[スポンサーリンク]

chemglossary

メビウス芳香族性 Mobius aromacity

[スポンサーリンク]

メビウス芳香族性(Mobius aromacity)とは、環状化合物のうちヒュッケル則を満たさないにもかかわらず芳香族性を持つ現象です。特徴は、環がねじれメビウスの帯のように一周すると位相が反転するかのような構造にあります。

 

芳香族化合物と言えば、高校では二重結合があるのに水素と化合しにくいですよといった話をされ、大学にくると核磁気共鳴スペクトルが普通と違いますよといったことを習います。単結合と二重結合が順番に並んで輪になっていればいいというわけではなく、通常はパイ電子の数を数えて、4で割り切れず2余ったら芳香族の性質があり、4で割り切れたら反芳香族というヒュッケル則を、大学の学部生で習うことでしょう。量子力学でゼロからヒュッケル則を導出しようとするとなかなか手間がかかるらしいですが、それはそれとして頭に残りやすい鮮やかな結果です。

 

しかし、理論計算[1]によって示唆されていたところによれば、メビウスの輪のように、パイ電子の共役をクルンとしてやると、芳香族性か反芳香族性か、ヒュッケル則の結果は反転するというのです。

 

220PX-~1

メビウスの輪は手元に紙きれ1枚あると理解しやすい

 

おれはヒュッケル則を超越するッ!

 

そうとは言っても、こうもなだらかにゆがんだ分子を、実際に合成できるか、安定に単離できるかというと、案の定これは難題で、なかなかモノを取ることができませんでした。しかし、予言[1]から40年が経とうとしていた頃。2003年になってついにメビウス芳香族化合物っぽい物質が合成され、結晶構造解析までされたというのです[2]。

 

合成の方法はこちら。アントラセンC14H10の二量体C28H20と、トリシクロオクタジエンC8H8を、紫外線照射下[2+2]環化付加で化合。間にある結合を「ブチっ」・「ぶちッ」と開裂していくと、目的産物C32H28ができあがります。40年ごしにして、メビウス芳香族化合物の予言は、ここに達成されたというのです。あーん!メビウス様が陥落した。

GREEN2013aroma4.png

メビウス芳香族炭化水素っぽい物質の合成経路(論文[2]より)

 

こうして[2]、メビウス芳香族化合物の化学が、ひとつの分野として花開いたかに思えました。

 

しかし、この合成経路は確かに見事であるものの、できた化合物が芳香族性をしっかり持つかというと議論の余地があります。2005年に別の研究チームが発表した後続論文[3]によればパイ電子が16員環で共鳴しておらず、芳香族性を示さないと考えられ、メビウス芳香族化合物とは言えないとのこと。2006年には再反論[4]があって、いや少し共鳴していそうだからやはりメビウス芳香族化合物だろうという主張もあり、混沌としています。気になる方は論文をそれぞれ確認のこと。

 

実験証拠を含めて、白黒はっきりしたメビウス芳香族化合物の単離はこちら。ポルフィリンの誘導体[5]です。環がうまいことねじれた200K以下程度の温度条件ではメビウス芳香族性を保ちます[5]。さらに発展して、金属イオン等を配位させて環のゆがみを制御した分子[6]も報告されています。他にもメビウス芳香族化合物がいくつか記載されていますポルフィリンの芳香族性はなかなか奥が深いため[8]、ここでは詳細な解説を割愛してしまいますが、興味ある方はあわせてメビウス芳香族化合物の総説[7]をご覧のほど。

 

GREEN201302mobius99

論文[5]より

参考論文

[1] “Huckel molecular orbitals of Mobius-type conformations of annulenes.” Heilbronner E et al. Tetrahedron Lett. 1964 DOI: 10.1016/S0040-4039(01)89474-0

[2] “Synthesis of a Mobius aromatic hydrocarbon.” Ajami D et al. Nature 2003 DOI: 10.1038/nature02224

[3] “Investigation of a Putative Moebius Aromatic Hydrocarbon. The Effect of Benzannelation on Moebius [4n]Annulene Aromaticity.” Castro C et al. J. Am. Chem. Soc. 2005 DOI: 10.1021/ja0458165

[4] “Synthesis and Properties of the First Mobius Annulenes.” Ajami D et al. Chem. Eur. J. 2006 DOI: 10.1002/chem.200600215

[5] “Expanded porphyrin with a split personality: A Huckel–Mobius aromaticity switch” Stepien M et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2007 DOI: 10.1002/anie.200700555

[6] “Metalation of expanded porphyrins: A chemical trigger used to produce molecular twisting and Mobius aromaticity” Yasuo Tanaka et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2008 DOI: 10.1002/anie.200704407

[7] “Mobius aromaticity and antiaromaticity in expanded porphyrins” Yoon ZS et al. Nature Chemistry 2009 Review DOI: 1038/nchem.172

[8] “Description of aromaticity in porphyrinoids.” Wu JI et al. J. Am. Chem. Soc. 2013 DOI: 10.1021/ja309434t

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4807906992″ locale=”JP” title=”マクマリー有機化学〈中〉”]
Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 多成分連結反応 Multicomponent Reaction…
  2. 分子の点群を帰属する
  3. 光学分割 / optical resolution
  4. ポットエコノミー Pot Economy
  5. 導電性ゲル Conducting Gels: 流れない流体に電気…
  6. 指向性進化法 Directed Evolution
  7. 極性表面積 polar surface area
  8. 不斉触媒 Asymmetric Catalysis

注目情報

ピックアップ記事

  1. カガクをつなげるインターネット:サイエンスアゴラ2017
  2. ヘイオース・パリッシュ・エダー・ザウアー・ウィーチャート反応 Hajos-Parrish-Eder-Sauer-Wiechert Reaction
  3. フッ素 Fluorine -水をはじく?歯磨き粉や樹脂への応用
  4. 第86回―「化学実験データのオープン化を目指す」Jean-Claude Bradley教授
  5. ヘテロ環ビルディングブロックキャンペーン
  6. 実例で学ぶ化学工学: 課題解決のためのアプローチ
  7. ノーベル賞化学者と語り合おう!「リンダウ・ノーベル賞受賞者会議」募集開始
  8. 博士後期で学費を企業が肩代わり、北陸先端大が国内初の制度
  9. 世界の化学企業ーグローバル企業21者の強みを探る
  10. 表面処理技術ーChemical Times特集より

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年2月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728  

注目情報

最新記事

久保田 浩司 Koji Kubota

久保田 浩司(Koji Kubota, 1989年4月2日-)は、日本の有機合成化学者である。北海道…

ACS Publications主催 創薬企業フォーラム開催のお知らせ Frontiers of Drug Discovery in Japan: ACS Industrial Forum 2025

日時2025年12月5日(金)13:00~17:45会場大阪大学産業科学研究所 管理棟 …

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2027卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

欧米化学メーカーのR&D戦略について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、欧米化…

有馬温泉でラドン泉の放射線量を計算してみた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉は、日本の温泉で最も高い塩分濃度を持ち黄褐色を呈する金泉と二酸化炭素と放射性のラドンを含んだ…

アミンホウ素を「くっつける」・「つかう」 ~ポリフルオロアレーンの光触媒的C–Fホウ素化反応と鈴木・宮浦カップリングの開発~

第684回のスポットライトリサーチは、名古屋工業大学大学院工学研究科(中村研究室)安川直樹 助教と修…

第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」を開催します!

第56回ケムステVシンポの会告を致します。3年前(32回)・2年前(41回)・昨年(49回)…

骨粗鬆症を通じてみる薬の工夫

お久しぶりです。以前記事を挙げてから1年以上たってしまい、時間の進む速さに驚いていま…

インドの農薬市場と各社の事業戦略について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、インド…

【味の素ファインテクノ】新卒採用情報(2027卒)

当社は入社時研修を経て、先輩指導のもと、実践(※)の場でご活躍いただきます。…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP