[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

逆電子要請型DAでレポーター分子を導入する

[スポンサーリンク]

 

生体分子を化学修飾してレポーター分子を導入可能な反応(Bioorthogonal Reaction)は生命現象の解明の足がかりとして強力なツールとなります[1]。最もよく知られているのが、アジド化合物とアルキンとのHuisgen反応(図1左)。Huisgen反応によるレポーター分子の導入は、生体直交性が高い・副生成物が生じないといった特徴から広く用いられています。しかし、問題点がないわけではなく、反応が遅いためレポーター分子の過剰投与が必要になることが多々有ります[2]

一方、1,2,4,5-テトラジン(1,2,4,5-tetrazine)とアルケンとの逆電子要請型Diels-Alder(IED-DA)反応は、Huisgen反応に比べ約2万倍の速度で進行することが知られています(図2右)。その利点を活用して、2008 年、米国デラウェア大学のFoxら は1,2,4,5-テトラジン と歪んだアルケンであるトランスーシクロオクタエン(trans-cyclooctene:TCO)とのIED-DA反応を利用したレポーター分子の導入法を報告しました[3]。その報告以降、1,2,4,5-テトラジンと反応する様々なアルケン(ジエノフィル)との反応が考案され試されています[4]

図1 Huisgen反応とIED-DA反応によるレポーター分子の導入

図1 Huisgen反応とIED-DA反応によるレポーター分子の導入

 

しかし、1,2,4,5-テトラジンは生体内での安定性が低いことが問題点です。最近、UCアーバインのPrescherらは、1,2,4,5-テトラジンの代わりに1,2,4,トリアジン(1,2,4-triazine)を用いることで、この問題点の解決に取り組みました。

“1,2,4-Triazines Are Versatile Bioorthogonal Reagents”

Kamber, D. N.; Liang, Y.; Blizzard, R. J.; Liu, F.; Mehl, R. A.; Houk, K. N.; Prescher, J. A. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137,  8388–8391. DOI: 10.1021/jacs.5b05100

 

1,2,4-triazineを用いた逆電子要請型DA反応

1,2,4-トリアジンは、微生物から単離される天然物にも見られ、生体内での高い安定性が期待できます。すでにトリアジンを使った逆電子要請型DAはスクリプス研究所のBogerらにより昔から様々な検討がなされていますが[5]、今回種々の1,2,4-triazine誘導体を合成し、TCO誘導体とのIED-DA反応を試みました。

その結果、反応は迅速に進行しピリジン誘導体を与えることがわかりました。一方で、1,2,4,5-テトラジン骨格との反応性が高いジエノフィルであるシクロプロペンやノルボルネンとは反応しないこともわかりました(図2)。このことから、TCO と他のジエノフィルを組み込みこんだ分子に対して、1,2,4-トリアジンと1,2,4,5-テトラジンをそれぞれ独立に反応させることも可能と考えられます。また、1,2,4-トリアジン骨格は1,2,4,5-テトラジンに比べチオールや水との反応性が低いことから、生体内での高い安定性が示唆されました。さらに、1,2,4-トリアジン骨格を側鎖に組み込んだ組換えGFPを作成し、in vitroにおいてTCO誘導体とのIED-DA反応が進行することを確認しました。

2015-08-15_10-09-40

図2 1,2,-4トリアジンとジエンやシステイン、水との反応

 

1,2,4-トリアジン1,2,4,5-テトラジンの違い:量子化学計算による考察

r1,2,4-トリアジンの反応性に関し量子化学計算による議論も行っています。計算結果からは以下の結果が示され、いずれも実験事実を支持しています。

  1. LUMO+1のエネルギー値およびエチレンとの反応における活性化障壁の値から、1,2,4-トリアジンは1,2,4,5-テトラジンに比べIED-DA反応での反応性が低い。
  2. メタンチオールとの反応における活性化障壁の値から、1,2,4-トリアジン は 1,2,4,5-テトラジンよりもシステインとの反応性が低い。
  3. シクロプロペン誘導体、ノルボルネン、およびTCOとのDA反応における活性化障壁の値から、1,2,4-トリアジンは室温においてTCOとは反応するが、シクロプロペンやノルボルネンとは反応しない。

 

 

2015-08-15_10-10-29

まとめ

1,2,4-トリアジンと1,2,4,5-テトラジンという、N原子ひとつの違いしかないですが、それが絶妙な反応性の差を生み、生体直交性反応剤としての有用性の差につながっっています。今回の報告は、これまで報告されていたレポータ分子の「改良」ではあるものの、逆電子要請型DAがラベリングツールとして使える可能性を広げた論文であるといえます。生体内イメージングへの適用の可否はわかりませんが、今後に期待したいと思います。

 

関連文献

  1. Lang, K; Chin, J. W. ACS Chem. Biol. 2014, 9, 16. DOI: 10.1021/cb4009292
  2. Rosson, R; Verkerk, P. R.; Bosch, M.; Vulders, R. C. M.; Robillard, M. S. Angew. Chem., Int. Ed. 2010, 49, 3375. DOI: 10.1002/anie.200906294
  3. Blackman, M. L.; Roysen, M.; Fox, J. M. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 13518.  DOI: 10.1021/ja8053805
  4. (a) Liu, F.; Liang, Y.; Houk, K. N. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 11483. DOI: 10.1021/ja505569a;  (b) Yang, J.; Liang, Y.; Seckute, J.; Houk, K. N.; Devaraj, N. K. Chem. Eur. J. 201420, 3365. DOI: 10.1002/chem.201304225
  5. (a) Boger, D. L. Chem. Rev. 1986, 86, 781 DOI: 10.1021/cr00075a004; (b) Anderson, E. D.; Boger, D. L. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 12285. DOI: 10.1021/ja204856a

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 5配位ケイ素間の結合
  2. 有機合成化学協会誌2021年7月号:PoxIm・トリアルキルシリ…
  3. 誤解してない? 電子の軌道は”軌道”では…
  4. 力を加えると変色するプラスチック
  5. パーソナル有機合成装置 EasyMax 402 をデモしてみた
  6. Nature Catalysis創刊!
  7. まず励起せんと(EnT)!光触媒で環構築
  8. あらゆる人工核酸へ光架橋性の付与を実現する新規化合物の開発

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. ChemDraw for iPadを先取りレビュー!
  2. 力を受けると蛍光性分子を放出する有機過酸化物
  3. 第94回―「化学ジャーナルの編集長として」Hilary Crichton博士
  4. エチルマレイミド (N-ethylmaleimide)
  5. 研究室ですぐに使える 有機合成の定番レシピ
  6. 「サンゴ礁に有害」な日焼け止め禁止法を施行、パラオ
  7. 有機配位子による[3]カテナンの運動性の多状態制御
  8. 有機合成化学協会誌2023年6月号:環状ペプチド天然物・フロキサン分子・分子内パラジウム触媒移動機構・C(sp3)–H結合官能基化型環化反応・一置換アセチレン類
  9. 金属錯体化学を使って神経伝達物質受容体を選択的に活性化する
  10. 「次世代医療を目指した細胞間コミュニケーションのエンジニアリング」ETH Zurich、Martin Fussenegger研より

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年8月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

5/15(水)Zoom開催 【旭化成 人事担当者が語る!】2026年卒 化学系学生向け就活スタート講座

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。化学業界・研究職でのキャリ…

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP