[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

不安定化合物ヒドロシランをうまくつくる方法

[スポンサーリンク]

 

ヒドロシラン、特にトリメチルシラン(Me3SiH)、モノシラン(SiH4)は特異な臭気を有する無色の有毒気体です。加えて、自然発火性と爆発性を併せもつため、モノシランの使用においては爆発事故[1]が何度も起きており、その取り扱いには注意を要します。そのため、通常、防爆などの設備が整っていない研究室ではこれらを取り扱うことが困難です。

「じゃあ使わなければいいじゃん!」といったらそれまで。

取り扱い困難な化合物はあまり研究も進んでおらず、往々にして驚くべき性質が眠っているものものです(一概にはいえませんが)。まあ簡単にいえば研究者心をくすぐる”好敵手”なワケですね。

ではこれらをうまくつくる方法はないのか?

今回はこの「不安定ヒドロシラン類を実験室でうまくつくる方法」について、最近のベルリン工科大学大学のOestreichらの研究を紹介したいと思います。まずはヒドロシランの有機合成化学的な観点からみた有用性について簡単に説明しましょう。

 

ヒドロシランの有用性:ヒドロシリル化反応

2015-09-17_00-12-02

図1 ヒドロシリル化反応とその触媒

まずひとつはヒドロシリル化反応につかえるということ。ヒドロシリル化反応は、有機骨格にシリル基を導入する最も基本的な手法の一つです(図 1)。オレフィン、ケトン、イミンといった不飽和結合に対し、遷移金属触媒あるいはルイス酸存在下、ヒドロシランが付加反応を起こします。1956年のPt触媒(Speier触媒)を用いたオレフィンへのヒドロシリル化反応[1]を皮切りに、Pd[2]、Rh[3]、Ru[4]などの様々な遷移金属触媒を用いたもの、塩化アルミニウム[5]、トリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン(B(C6F5)3) [6]といったルイス酸を用いたものが数多く報告されています。しかしながら、上述したようにヒドロシランは高い毒性や可燃性を有しており、特に低分子量のヒドロシランは常温で気体であるために、取り扱いが困難であることがこの反応の難点です。

 

では、Oestreichらがどのようにこの不安定なヒドロシラン類を合成したのか?みていきましょう。

 

取り扱い容易なトリメチルシラン前駆体1の開発

実は、低分子量のヒドロシラン類そのものを合成したわけではなくて、反応溶液中で簡単に発生させることができる「前駆体(等価体)」の開発を試みたのです。その結果、2013年に、液体で取り扱いの容易なMe3SiH前駆体1の開発に成功しています(図 2)[7]。この前駆体のデザインはB(C6F5)3を触媒としたヒドロシリル化反応がヒントとなっています。

すでに、嵩高いルイス酸であるB(C6F5)3がヒドロシランのケイ素–水素結合と相互作用し、水素がホウ素に配位した複合体2を形成する(I)ことが知られていました[8]。続いて2のシリル基が不飽和結合に付加し(II)、生成したカルボカチオンをヒドリドが捕捉することによってヒドロシリル化が進行します(III)。彼らはこの反応をもとに、Me3SiHの水素原子を「1,4-シクロヘキサジエニル基」で置き換えた1がMe3SiH前駆体として適用可能であると考えたのです。

すなわち、1,4-シクロヘキサジエニル基の4位の水素がホウ素に配位する(IV)ことで、シリルアレニウムイオン3が生成します(V)。続く、3の芳香族化によって、ベンゼンが配位したシリリウムイオン4が形成されます。得られた4に対して、ホウ素上のヒドリドが付加することでMe3SiHが生成すると同時にB(C6F5)3が再生する(VI)と考えました。

実際に、合成した1を触媒量のB(C6F5)3存在下オレフィンと反応させたところヒドロシリル化反応が進行し、Me3SiHを反応溶液中で容易に発生していることを確認しています。また後に、1とB(C6F5)3を用いたケトンおよびイミンのヒドロシリル化も報告しています[9]

2015-09-17_00-44-23

図2 Me3SiH前駆体1とその反応機構

 

安定なモノシラン前駆体5、6の開発およびヒドロシリル化反応への応用

さらにモノシラン(SiH4)の反応系中での発生法に着手したところ、ごく最近、SiH4前駆体5および6を合成し、これを用いたヒドロシリル化反応の開発に成功しました[10]

彼らはまずMe3SiH前駆体1を参考に、SiH4の水素原子を2カ所あるいは3カ所1,4-シクロヘキサジエニル基で置き換えた、SiH4前駆体5および6の合成を行いました(図3)。5および6は、2,5-シクロヘキサジエニルリチウムをトリクロロシランもしくはジクロロジエトキシシランへ求核置換させることによって1段階あるいは2段階で合成し、再結晶により単離することができました。合成した5および6触媒量のB(C6F5)3を作用させることで7とSiH4が生成していることを1H NMR測定によって確認でき、SiH4の前駆体として働くことがわかりました。

2015-09-17_00-46-49

続いて彼らは、5を用いて各種オレフィンに対するヒドロシリル化反応を行いました(図4a)。スチレン誘導体及び環状、鎖状オレフィンに対して反応は進行し、基質の嵩高さによって2回から4回ヒドロシリル化が進行した生成物が得られています。また、アルキンである3-ヘキシンに対してのヒドロシリル化は、トランス付加で進行しました。さらに1,4-シクロヘキサジエニル骨格は、ケイ素–水素結合の保護基として用いることが可能です。また、5と白金触媒を用いた1-オクテンのヒドロシリル化、続くB(C6F5)3による1,4-シクロヘキサジエニル基の脱保護によって、モノアルキルシラン8を合成しています(図 4b)。

2015-09-17_00-47-37

図5 モノシラン前駆体を用いたヒドロシリル化反応

 

このように、低分子量ヒドロシラン類を簡便に発生させることのできる「前駆体」を開発し、SiH4を用いたオレフィンやアルキンのヒドロシリル化反応へと展開しました。単純な構造ではあるものの、爆発性を有するため危険で取り扱いが困難であったSiH4を、簡便に安全に取り扱うことを可能とした本論文の意義は極めて大きいといえます。今後これらのヒドロシランを用いた研究が発展することを期待したいと思います。

 

参考文献

  1. (a) Chen, R. J.; Tsai, Y. H.; Chen, K. S.; Pan, R. H.; Hu, C. S.; Shen, C. C.; Kuan, M. C.; Lee, C. Y.; Wu, C. C. Process Saf. Prog. 2006, 25, 237. DOI: 10.1002/prs.10136 (b) Chang, Y. Y.; Peng, J. D.; Wu, C. H.; Tsaur, C. C.; Shen, C. C.; Tsai, Y. H.; Chen, R. J. Process Saf. Prog. 2007. 26, 155. DOI: 10.1002/prs.10194
  2. (a) Speier, J. L.; Webster, J. A.; Bernes, G. H. J. Am. Chem. Soc. 1957, 79, 974. DOI: 10.1021/ja01561a054  (b) Lewis, L. N.;Sy, K. G.; Bryant, G. L.; Donahue, P. E. Organometallics 1991, 10, 3750. DOI: 10.1021/om00056a055
  3. Yoshida, J.; Tamao, K.; Takahashi, M.; Kumada, M. Tetrahedron Lett. 1978, 19, 2161. DOI: 10.1016/S0040-4039(01)86834-9
  4. (a) Ojima, I.; Kumagai, M. J.  Organomet. Chem. 1974, 66, C14. DOI: 10.1016/S0022-328X(00)93873-7 (b) Dickers, H. M.; Haszeldine, R. N.; Mather, A. P.; Parish, R. V. J. Organomet. Chem. 1978, 161, 91. DOI: 10.1016/S0022-328X(00)80914-6
  5. Esteruelas, M. A.; Herrero, J.; Oro, L. A. Organometallics 1993, 12, 2377. DOI: 10.1021/om00030a057
  6. Oertle, K.; Wetter, H. Tetrahedron Lett. 1985, 26, 5511. DOI: 10.1016/S0040-4039(01)80873-X
  7. Simonneau, A.; 
 Oestreich, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 11905. DOI: 10.1002/anie.201305584
  8. (a) Rubin, M.; Schwier, T.; Gevorgyan, V. J. Org. Chem. 2002, 67, 1936. DOI: 10.1021/jo016279z (b) Rendler, S.; Oestreuch, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2008, 47, 5997. DOI: 10.1002/anie.200801675 (c) Houghton, A. Y.; Hurmalainen, J.; Mansikkamäki, A.; Piers, W. E.; Tuononen, H. M.
 Nature Chem. 2014, 6, 983. DOI: 10.1038/nchem.2063
  9. Keess, S.; Simonneau, A.; Oestreich, M. Organometallics 2015, 34, 790. DOI: 10.1021/om501284a
  10. Simonneau, A.; Oestreich, M.;Nature Chem. 2015, ASAP. DOI: 10.1038/nchem.2329

 

関連書籍

[amazonjs asin=”904817791X” locale=”JP” title=”Hydrosilylation (Advances in Silicon Science)”]

 

外部リンク

Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 【3月開催】第六回 マツモトファインケミカル技術セミナー 有機金…
  2. 高分子鎖デザインがもたらすポリマーサイエンスの再創造
  3. 高分子鎖の「伸長」と「結晶化」が進行する度合いを蛍光イメージング…
  4. おまえら英語よりもタイピングやろうぜ ~上級編~
  5. 創薬におけるモダリティの意味と具体例
  6. エマルジョンラジカル重合によるトポロジカル共重合体の実用的合成
  7. なぜ青色LEDがノーベル賞なのか?ー基礎的な研究背景編
  8. フルオロホルムを用いた安価なトリフルオロメチル化反応の開発

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第65回―「タンパク質代替機能を発揮する小分子の合成」Marty Burke教授
  2. 田辺シリル剤
  3. サラシノール salacinol
  4. ノバルティス、米カイロンを5000億円で完全子会社に
  5. ケムステSlackが開設5周年を迎えました!
  6. 有機合成化学協会誌2020年3月号:電子欠損性ホウ素化合物・不斉Diels-Alder反応・ホヤの精子活性化誘引物質・選択的グリコシル化反応・固定化二元金属ナノ粒子触媒・連続フロー反応
  7. アジリジンが拓く短工程有機合成
  8. 広大すぎる宇宙の謎を解き明かす 14歳からの宇宙物理学
  9. 菅裕明 Hiroaki Suga
  10. ペロブスカイト太陽電池が直面する現実

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年9月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

注目情報

最新記事

水分はどこにあるのか【プロセス化学者のつぶやき】

前回まで1. 設定温度と系内の実温度のお話2. 温度値をどう判断するか3. 反応操作をし…

「MI×データ科学」コース 〜LLM・自動実験・計算・画像とベイズ最適化ハンズオン〜

1 開講期間2026年5月26日(火)、29日(金) 計2日間2 コースのねらい、特色近…

材料の数理モデリング – マルチスケール材料シミュレーション –

材料の数理モデリング概要材料科学分野におけるシミュレーションを「マルチスケール」で理解するた…

第59回天然物化学談話会@宮崎(7/8~10)

ごあいさつ天然物化学談話会は、全国の天然物化学および有機合成化学を研究する大学生…

トッド・ハイスター Todd K. Hyster

トッド・カート・ハイスター(Todd Kurt Hyster、1985年10月10日–)はアメリカ出…

“最難関アリル化”を劇的に加速する固定化触媒の開発

第 703回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院 理工学府 博士課程前期で…

「ニューモダリティと有機合成化学」 第5回公開講演会

従来の低分子、抗体だけでなく、核酸、ペプチド、あるいはその複合体(例えばADC(抗体薬物複合体))、…

溶融する半導体配位高分子の開発に成功!~MOFの成形加工性の向上に期待~

第702回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理学部(田中研究室)にて助教をされていた秋吉亮平 …

ミン・ユー・ガイ Ming-Yu Ngai

魏明宇(Ming-Yu Ngai、1981年X月XX日–)は米国の有機化学者である。米国パデュー大学…

第55回複素環化学討論会

複素環化学討論会は、「複素環の合成、反応、構造および物性」をテーマとして、化学・薬学・農芸化学など幅…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP