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スポットライトリサーチ

酸化グラフェンの光による酸素除去メカニズムを解明 ―答えに辿り着くまでの6年間―

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第226回のスポットライトリサーチは、筑波大学の羽田真毅(はだ まさき)先生にお願いしました。

羽田先生は、2019年に筑波大学に異勤され、独立した研究室を運営させています。超高速分光、特に海外で磨いてきた時間分解電子線回折の技術を日本に持ち帰り、尖った測定技術で様々な光機能性物質や化学反応の構造ダイナミクスを探索されています。

今回紹介いただける成果も、時間分解電子線回折の強みを十分に活かした成果です。酸化グラフェンの光誘起還元機構を直接的に観測し、熱処理による還元との反応機構の差を明確にしたという報告で、ACS Nano誌に掲載されています。岡山大学から共同プレスリリースもされており、日本経済産業新聞や、ChemistryViewなどの海外メディアでも取り上げられています。

“Selective Reduction Mechanism of Graphene Oxide Driven by the Photon Mode versus the Thermal Mode”
M. Hada*, K. Miyata, S. Ohmura, Y. Arashida, K. Ichiyanagi, I. Katayama, T. Suzuki, W. Chen, S. Mizote, T. Sawa, T. Yokoya, T. Seki, J. Matsuo, T. Tokunaga, C. Itoh, K. Tsuruta, R. Fukaya, S. Nozawa, S. Adachi, J. Takeda, K. Onda*, S. Koshihara, Y. Hayashi, Y. Nishina*,
ACS Nano, 2019, 13, 10103 – 10112. DOI: 10.1021/acsnano.9b03060

仁科教授からは羽田先生と本研究成果について、以下のようにコメントをいただきました。

この研究は2013年に着想を得てから論文掲載まで約6年かかっています。私の専門は有機化学や触媒科学ですので、当時は「サンプルを渡して測定してもらえば論文完成!いいパートナー見つけた!」くらいに思っていました。しかし実際は、困難の連続でした。今回の論文には、非常に多くの共著者が含まれていますが、全て羽田先生がご自身で足を運び、困難を解決すべく協力を募った結果です。自分に足りないところは専門家の力を借りて完璧に仕上げる。知を探求する科学者としての姿勢を目の当たりにしました。

羽田先生と私は、全く異なる分野であることに加え、歩んできた道や文化(羽田:移動型、仁科:定住型)も全く異なります。それでも、研究に対する考え方には、何か共通項があるような気がして、お付き合いを続けていただいています。この研究が一段落した今も、羽田先生とは月1回くらいディスカッションし、次の研究テーマを考えつつ、予備実験を開始しています。この過程がとても楽しいです。今でも専門の単語が分からないことは多々ありますし、次の論文がいつ仕上がるか見通しは全く無いのですが……。

それでは、6年間の思いのこもった、羽田先生からの臨場感あふれるメッセージをご覧ください!

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどのような研究ですか?

光を照射することによる物質の変化を1兆分の1秒という非常に速い時間で追跡できる計測手法・計算手法を駆使して、酸化グラフェンに光を照射すると酸素が除去されるメカニズムを解明した研究です。

グラフェンは、馴染みのある方も多いかもしれませんが、炭素原子がハチの巣状に結合した二次元シート状の物質で、最も薄く、最も強靭で、最も導電性に優れた材料です。そのため、グラフェンを次世代の電子デバイスやバイオセンサーなどに応用する研究が活発に進められています。グラフェンを合成するために、酸化グラフェンから酸素を除去する手法が提案されています。グラフェンは水や有機溶媒に溶解しないので、化学的な処理を行うことはできません。しかし、酸化グラフェンは水溶性のため、化学的な処理で新しい機能を付加することができます。また、酸化グラフェンは、安価かつ大量に入手することが可能な黒鉛から合成することができます。従って、酸化グラフェンを利用することによって、グラフェンや新しい機能を持った炭素二次元ナノシート(炭素からなるナノメートルオーダーの厚みの材料)を大量に合成することが可能になると期待されています(図1)。酸化グラフェン中の酸素は、光や加熱によって除去することができますが(図2)、酸化グラフェンは非常に複雑な構造をしているため、その過程を測定する手法がほとんどなく、酸素除去のメカニズムは十分解明されていませんでした。このため、望みの機能を有する炭素二次元ナノシートを作製する方法も定まっていませんでした。

この研究では、酸化グラフェンの酸素除去のメカニズムを理解するために、光照射直後の酸化グラフェンの分子振動状態と分子構造をそれぞれ1兆分の1秒の時間分解能を持つ超高速時間分解赤外振動分光法および超高速時間分解電子線回折法を用いて観測しました。これは、酸化グラフェンから酸素が除去される時間スケールというのが1兆分の1秒程度であると先行論文より予想されていたからです。超高速時間分解赤外振動分光法は九州大学の恩田研究室で開発されている測定技術で、超高速時間分解電子線回折法は私が開発している測定技術です。それぞれ測定の結果(図3、図4)から、光照射により、酸化グラフェン上のエポキシ基に属する酸素原子が選択的に40ピコ秒(250億分の1秒)の時間をかけて脱離していることが明らかとなりました。さらに、この選択的な酸素原子脱離の詳細なメカニズムを、時間依存密度汎関数法という理論計算を用いて明らかにしました。その結果(図5)、光の照射で酸化グラフェンが励起状態となったときに、酸化グラフェンの平面構造とエポキシ基に属する酸素原子との結合が不安定になり、酸素原子が脱離することがわかりました。

材料を合成するときに、反応メカニズムを正しく理解することは極めて重要です。本研究で得られた酸化グラフェンの光照射による酸素除去のメカニズムの解明は、グラフェンや新しい機能を持った炭素二次元ナノシート材料を大量に合成する時の非常に有力な材料設計の指針を与えることとなります。研究が進むことで、グラフェンの大量合成だけではなく、デバイス応用やバイオ応用などに役立つ新しい機能を持った炭素二次元ナノシート材料の合成につながることが期待されます。

Hada_Fig1

図1:黒鉛(左)と酸化グラフェン(中央)とグラフェン(右)の構造。黒鉛から酸化グラフェンが合成され、酸化グラフェンから酸素が除去されるとグラフェンに近い構造へと変化します。

Hada_Fig2

図2:酸化グラフェンの光による酸素除去と熱による酸素除去。光による酸素除去では、ある特定の部位(エポキシ基)のみが除去されます。これに対し、加熱では、いろいろな部分から酸素原子が脱離するばかりか、穴が開くなどの複雑な過程が生じます。光による除去より酸素がより多く除去されるので、酸化グラフェンはより黒く変化します。

Hada_Fig3

図3: 超高速時間分解赤外振動分光装置(左)とエポキシ基(右上)と超高速時間分解赤外振動分光法で得られたエポキシ基のスペクトル(下中央)と酸化グラフェンからエポキシ基が脱離するときの変化(下右)。下左図でエポキシ基に対応するピークは1060 cm–1と1100 cm–1です。下右図のようにこのピークの時間変化を追跡することでエポキシ基の脱離を理解できます。

Hada_Fig4

図4: 時間分解電子線回折装置(左)とグラフェンや酸化グラフェンの構造(上中央)に対応する電子線回折(上右)と酸化グラフェンからエポキシが脱離するときの変化(下右)。エポキシ基が酸化グラフェンから脱離すると酸化グラフェンの炭素と炭素の原子間距離が縮みます。この収縮は、中央図の電子線回折像のリングの半径の変化からわかります。下右図のように、この収縮の時間変化を追跡することで、エポキシ基の脱離を理解できます。

Hada_Fig5

図5: 密度汎関数(上)法および時間依存密度汎関数法(下)を用いて明らかにした酸素原子脱離の詳細なメカニズム。上左図のように、エポキシ基の酸素原子と2つの炭素原子をつなぐ赤点線で囲んだ部分が電子でつながっていると、安定な状態を示します。電子は黄色や青色で示しています。上右図のように、エポキシ基の酸素原子と2つの炭素原子が電子でつながれていないと、不安定な状態となります。すなわち、酸化グラフェン上のエポキシ基は励起状態で不安定状態となります。下図でも同様に、エポキシ基の酸素と炭素の原子間距離は励起状態で離れようするためその距離が長くなります(青い矢印の部分)。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

この研究は、2013年11月から始まりました。私がドイツから日本(東京工業大学)に戻ってきて、仁科先生とお会いしたときからこのプロジェクトを進めました。当時、東京工業大学にいらっしゃった恩田先生とは、そのときから実験に付き合ってもらっています。恩田先生との出会いは大きな巡り合わせでした。超高速時間分解電子線回折実験も超高速時間分解赤外分光実験も2014年から始めましたが、そのときは回折像の変化も分光スペクトルの変化も得ることはできませんでした。この実験はうまくいかない状態で、私は2015年に岡山大学に異動しました。装置の移設などもありまして、2017年ごろからやっと実験の再スタートとなりました。その間に、酸化グラフェンの大きさや溶媒を工夫して、基板に塗りやすくより平坦なものを作成する方法を確立しており、再実験のときには回折像の変化も分光スペクトルの変化も見ることができました。2018年の終盤から、この回折像と分光スペクトルの変化が何を意味しているのかを広島工業大学の大村先生と議論を行い、酸化グラフェンから酸素が取れるメカニズムを解明することに成功しました。私は、2019年1月に筑波大学へ異動となり、岡山大学と筑波大学を週1で往復しながら、残りの実験データを取得し、論文を仕上げることになりました。非常に長いこと時間をかけて、遠回りもしながら真実にたどり着くのは、研究の醍醐味です。その間に誰かに先を越されないかは気になりましたが、途中で論文にするなどの妥協はしたくありませんでした。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

おそらく大学生や大学院生にとっての6年というのは、学部4年生から博士課程3年生までのすべての課程期間と同じですので、ピンと来ないかもしれません。しかし、このようなことはプロジェクトを複数回しているとたびたび生じます。これは、予測不可能な非常に多くの困難に直面するからにほかなりません。この研究は、2013年の当時は日本にはなかった時間分解電子線回折装置の開発からのスタートでした。その後2015年に、異動に伴う移設がありました。現在も2019年に異動したため移設作業に直面しています。恩田先生も2017年に異動されたため、時間分解赤外振動分光装置の移設がございまして、私たちにとっては計測そのものが困難でした。これは、本当に時間をかけて一つずつやっていくしか方法はありませんでした。また、回折像と分光スペクトルの変化を得るために、仁科先生に15回以上も試料を作り直してもらいました。最終的には酸化グラフェンの大きさを小さくしてもらって、溶媒の粘度を上げてもらって、基板に平坦に塗れるようにしてもらいました。これも試行錯誤の結果です。また、データが得られても、その酸素が取れるメカニズムが全く分かりませんでした。しかし、広島工業大学の大村先生との出会いで解決することになりました。これは、得られたデータをいろんな先生に聞いてもらって、答えに導いてくれる理論家の先生に巡り合えたことがカギとなりました。きっと、研究にかかわってくれた方々の巡り合わせがよくて、困難にも乗り越えられたのだと思います。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

「また、変なことやっていますね。」と言われながら、でも一周回って「おっ!」と言われるような研究をしていきたいです。そんな私を許してくれるまわりの先生方に感謝です。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

読者の大学生~大学院生の方々へ。20代に自分は「これをやるんだ!」ということを決めてがむしゃらに頑張れば、きっと良い30代を迎えられると思います。ただ、そんなに焦らなくてもいいとも思います(←と自分にも言い聞かせています)。

最後になりますが、私に自由に研究する機会を与えてくださったR. J. Dwayne Miller先生(独マックス・プランク研究所)、加藤隆史先生(東京大学)、腰原伸也先生(東京工業大学)、林靖彦先生(岡山大学)、このプロジェクトで特にお世話になった仁科勇太先生(岡山大学)、恩田健先生(九州大学)、宮田潔志先生(九州大学)、武田淳先生(横浜国立大学)、大村訓史先生(広島工業大学)にこの場を借りて感謝申し上げます。

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研究者の略歴

HadaMasaki.jpg羽田 真毅(はだ まさき)

所属: 筑波大学数理物質系(エネルギー物質科学研究センター)

専門: 計測装置開発、超高速現象

略歴: 2005年3月     京都大学工学部物理工学科 卒業
2010年11月   京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻博士課程 修了
2010年11月  (授)博士(工学)京都大学
2010年12月   京都大学大学院工学研究科附属量子理工学教育研究センター 研究員
2011年3月     ハンブルク大学(ドイツ)研究員
2013年1月     ハンブルク大学(ドイツ)上級研究員
2013年8月     マックス・プランク研究所(ドイツ)上級研究員
2013年11月  科学技術振興機構さきがけ専任研究員 (東京工業大学)
2015年10月   岡山大学大学院自然科学研究科(電気通信系学科)助教
2019年1月   筑波大学数理物質系(エネルギー物質科学研究センター)准教授
現在に至る

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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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