[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

メチレン炭素での触媒的不斉C(sp3)-H活性化反応

[スポンサーリンク]

 不活性メチレンC(sp3)-H結合を位置選択的に活性化し、炭素-炭素結合を高収率・高エナンチオ選択性で形成できる不斉パラジウム触媒が、スクリプス研究所・Yuらのグループによって開発された。独自開発した不斉二座配位子APAQがもたらす配位子加速効果が成功の鍵である。

“Ligand-Accelerated Enantioselective Methylene C(sp3)-H Bond Activation”
Chen, G.; Gong, W.; Zhuang, Z.; Andrea, M. S.; Chen, Y.-Q.; Hong, X.; Yang, Y.-F.; Liu, T.; Houk, K. N.*; Yu, J.-Q.* Science 2016, 353, 1023. DOI: 10.1126/science.aaf4434

問題設定と解決した点

 メチレン炭素上のプロキラルな不活性C(sp3)-H結合を区別した変換を行なうことは従来困難な課題とされていた。カルベン/ナイトレン挿入反応形式、非対称化反応形式、高反応性のシクロプロピル・シクロブチル基を標的とした特殊系での報告はあったが、炭素-金属結合形成を経る一般系の報告は存在しなかった。

 本報告はメチレンC-H活性化、鎖状基質への適用、位置選択性(β位)の発現、分子間C-C結合形成、エナンチオ選択的変換を全て充足しており、触媒的不斉合成分野の最難関課題をクリアしたマイルストーン的成果といえる。

技術・手法の肝

 独自開発した不斉配位子APAQによる配位子加速効果の獲得、および弱配位性単座配向基 (ArF = p-CF3C6F4アミド)の活用により配位子解離を防ぎ、ラセミバックグラウンド反応を抑制していることが最大のポイント。

 全く新規な骨格の不斉配位子は、一つ一つ合成し適用するというごくごく地道な検討が必要だが、可能性は無限に存在するため、なんらかの指針で手数を絞る必要がある。Yuらはまず2-オキシ縮環ピリジン配位子に不斉点を導入する[1]アプローチを検討したものの、単座配位子では効果が薄かった。ある時点でEllmannイミンから容易に合成可能な6員環キレート二座配位構造の探索と舵を切っている。アシル保護アミノ酸リガンドの知見[2]も活用し、アセトアミド部位を採用したことが勝因。

APAQ配位子の合成法

主張の有効性検証

 基質一般性はそれなりに高く、F/Cl/Br/CF3、フタルイミド、ケトン、エーテル、エステル、リン酸エステル、Tsアミドなどが共存してもOK。立体障害には少し弱そうな印象。アセトアミド酸素がC-H切断の加速に寄与しているとの遷移状態(TS)計算結果も提示。

基質リストの抜粋

議論すべき点

  • 特殊なアミド配向基(ArF)を導入しなくてはならない。いずれカルボン酸配向基などへの拡張が成されれば、高い一般性・応用性をもつ反応系が実現できるだろう。
  • C-H活性化の位置はβ位に限定されている。一般論としてβ位より遠隔(γ,δ・・・)は選択的活性化が難しい。配向基や配位子のデザインによってβ位より遠隔の変換を行なうことを考案したい。
  • ロジウム触媒によるアリールボロン酸の不斉共役付加と同じ構造の生成物になってしまう。α,β不飽和アミドが作れない基質には適するとの主張だが、合成的強みという面ではまだまだか。
  • アミドα位に置換基があるものは基質リストに含まれない。ArFアミドの合成法に由来する制限ではないだろうか。
  • 実際にはこの系に行き着くまでに、恐ろしいほどのリソースが注ぎ込まれている[3]。普通のラボではなかなかここまでやれない・・・。

次に読むべき論文は?

  • カルボン酸そのものを配向基としてメチレンsp3 C-H活性化(非不斉)を進行させる触媒系。
  • J.-Q.Yu研が蓄積を持つ、パラジウムC-H活性化触媒における配位子加速効果とその構造活性相関[2]。
  • 第一列遷移金属によって内圏型C(sp3)-H活性化を行なっている触媒系。
  • β位よりも遠隔位の不活性C(sp3)-H結合を位置選択的に変換している触媒系。

参考文献

  1. (a) M. Wasa et al., J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 18570. DOI: 10.1021/ja309325e (b) J. He et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 785. DOI: 10.1002/anie.201509996
  2. (a) B.-F. Shi, N. Maugel, Y.-H. Zhang, J.-Q. Yu, Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 4882. DOI: 10.1002/anie.200801030 (b) K. S. L. Chan et al., Nat. Chem. 2014, 6, 146. doi:10.1038/nchem.1836 (c) D. G. Musaev, A. Kaledin, B.-F. Shi, J.-Q. Yu, J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 1690. DOI: 10.1021/ja208661v (d) G.-J. Cheng et al., J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 894. DOI: 10.1021/ja411683n
  3. Stu Borman, C&EN 2016, 94, 7.

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. SlideShareで見る美麗な化学プレゼンテーション
  2. 蛍光色素を分子レベルで封止する新手法を開発! ~蛍光色素が抱える…
  3. 量子アルゴリズム国際ハッカソンQPARC Challengeで、…
  4. 核酸医薬の物語3「核酸アプタマーとデコイ核酸」
  5. Excelでできる材料開発のためのデータ解析[超入門]-統計の基…
  6. リガンド指向性化学を用いたGABAA受容体の新規創薬探索法の開発…
  7. スーパーなパーティクル ースーパーパーティクルー
  8. 超多剤耐性結核の新しい治療法が 米国政府の承認を取得

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 立体特異的アジリジン化:人名反応エポキシ化の窒素バージョン
  2. キッチン・ケミストリー
  3. ダグ・ステファン Douglas W. Stephan
  4. Molecules That Changed the World
  5. 第30回光学活性化合物シンポジウムに参加してみた
  6. “加熱しない”短時間窒化プロセスの開発 -チタン合金の多機能化を目指して-
  7. パラジウム価格上昇中
  8. 銀イオンクロマトグラフィー
  9. パーソナル有機合成装置 EasyMax 402 をデモしてみた
  10. 化学のあるある誤変換

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年3月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

先端事例から深掘りする、マテリアルズ・インフォマティクスと計算科学の融合

開催日:2023/12/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功

第583回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室の狩野見 …

\脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケミカルリサイクル・金属製錬プロセスのご紹介

※本セミナーは、技術者および事業担当者向けです。脱炭素化と省エネに貢献するモノづくり技術の一つと…

【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る

概要米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い,変えてきたのか ……

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所

細胞代謝研究をテーマに第一線でご活躍されている先生方をお招きし、同仁化学研究所主催の学術セミナーを全…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2023/12/06 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御

第582回のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP