[スポンサーリンク]

一般的な話題

ポンコツ博士の海外奮闘録XXII ~博士,海外学会を視察する~

[スポンサーリンク]

ポンコツシリーズ

国内編:1話2話3話

国内外伝:1話2話留学TiPs

海外編:1話2話3話4話5話6話7話8話

続きだよ9話10話11話12話13話14話15話

続きの16話17話18話19話20話21話

第22話:博士,海外学会を視察する

ポンコツポスドク,学会参加を画策する。

──一定の研究成果があるとカガクシャが目指すACS Meetingには一体何があるのか。その謎を解明するため、ポンコツ調査隊はサンフランシスコの都市部へと向かった──

世間一般に基礎研究は社会の役に立たない仕事と揶揄されるが,研究活動と向き合う人間が評価指標を論文誌のIFだけにとらわれず,自分の関連研究が社会還元される可能性をほんのちょっとだけでも意識しているかどうかで,無駄に見える研究活動が実は社会に役立っていることを社会に認識させられる好循環が生み出されるのではないかと思う今日この頃,筆者は日々の実験生活に飽き飽きしていた。

研究生活をマクロ視点(線)で考えると有意義だと認識できるのかもしれないが,ミクロ視点(点)では実験結果,時間的猶予,人間関係等において良いこと,悪いことが波のように起き,実際の作業も地味で面白いものではない。筆者は「ヒャッハー!毎日の研究と実験が楽しくて仕方ないなぁー!」と言っている方がいるとリスペクトしつつもドン引きするタイプである。こいつはとんでもないドMだと。

研究室に篭りっぱなしでは個人的な思想(主観)に基づくミクロな視野が優位に先行し,マクロな視野を必要とする一般社会からますます浮世離れするため,外部の状況を拝見する必要性は高い。このような背景のもと,筆者はACS Meeting Fall 2023 in  San Franciscoに参加することを決めた。発表に関してはボッスに交渉する+要旨締切まで残り2日で準備が面倒だったため,視察だけに留めた。

ポンコツSouth CA民,San Franciscoに翔ぶ

──参加登録画面を開いた筆者は気づいた。ACS Meetingに参加する最大の壁は「金」だ──

筆者は野良研究者であることから参加費等は自腹であり,できる限りケチケチいきたかった。しかし,一般研究者の参加登録費はなんと799ドルというPixel 7 (256 GB)を購入してもお釣りが出る衝撃的なお値段だったため,筆者は発狂した(Fig. 1)。一応,ACS premium member(160ドル/年)であれば40%オフになるが,約160ドル+320ドル=480ドルで結局Apple Watch Series 8を買っても容易にお釣りが出る価格だったため,普通の参加を諦めた。

Fig. 1) 筆者がたまげた参加画面

一方,筆者が在籍する研究所には何名かの日本人企業戦士が派遣されており,幸運なことに企業戦士の方から他人を学会に潜り込ませる裏技が存在することを教えていただいた。具体的には,学会発表者は付随者の1名を100ドルで追加できるオプションがあるようだ。これを踏まえて筆者は,このオプション行使を前提に滞在ホテル等の工面を独自に行ない,SFの観光旅行日程をあれこれした(実際の滞在に関しては次回書く予定である)。そして筆者は,LAXを経由してSFへ旅立った。

ポンコツモグリカガクシャ,新しい学会形式を拝見する。

最近,ACS Meetingもハイブリット形式の学会に変更になったようで,現場にフル参加する人が大幅に減少したようだ。合理的な発想を非常に好むAmericanカガクシャ達は,野崎先生が有合協で記載した同様の経験を経て基本的にはオンラインで学会参加し1,自分の発表やシンポジウム,懇親会などがある日だけ現場に出向くというスポット参戦型に切り替えたようだった(資金的にも安いからだろう)。

この効率性は高名な先生方に非常に好評であり,全く高名ではない筆者も概ね同意するが,駆け出し学生には学会にフル参加して他大学の発表の雰囲気やポスターで研究内容の雑談等をし,最終的に自分で色々現場を感じて何かを掴み取って欲しいなぁと筆者は思った。デジタル化の普及によって現場でしかわからない雰囲気や物事を掴み取る訓練が希薄になり,その瞬間的な時にしか得ることのできない大切なことを見逃してしまうような人になって欲しくないからである。

学生時代,有機合成化学の金字塔であろうハラヴェン(エリブリン)の創薬開発研究でエーザイの田上克也先生の講演を聞く機会があった際に,ニッケル触媒の粒子がプロセス現場では不均一で細かくないものを使用していたために反応再現性の問題でつまづき,そこに気付くまでに大苦戦して危うくポシャりかけたという話を聞いたことがある。そういった単純なことだが重要なことにちゃんと気づくことができる,常に謙虚な姿勢で客観的に物事を判断できるカッコいい大人になれるかどうかは,若いうちに現場での観察眼を鍛え,そして立場が変わってもそれを忘れないことが重要なんかなぁ…知らんけど。と考えたことをふと思い出した。

その他,現場に行って経験するという名目で人のお金で遊びに行った風に見えないようにきっちり何かを得るように気をつけたいものだ(筆者はガチ自腹だから許されてほしい)

ポンコツモグリアカデミア,海外学会を堪能する。

ACS MeetingはChemistryという名のもとに,ありとあらゆる分野が集結する学会である。有機化学や無機化学,分析化学などはもちろんのこと生化学などの生物系分野の講演があり,さらには企業研究の発表も多い。筆者は日本化学会系の学会に参加したことがないため,こんな感じなのだろうか?と思いながら日本では経験できなさそうな講演に参加することにした。薬学会では生物系分野に加えて臨床系の研究も発表しているが,企業研究の発表は少ないため,筆者の興味を引いた。

移動自体に関しては,人混みが非常に苦手な筆者がスイスイ会場に潜り込むことができ,SFの安全地帯としてノンストレスで過ごせる場所だった(Fig. 2)。また,ACSのお土産品を容易に入手することができた。 しかし,過去に比べて大幅におみやげの種類も減っていたようだ。

お土産漁りに疲れ果てて床で座っていた筆者は,偶々,日本でお世話になっていた先生を発見した。少し人見知りが起きていた筆者は知り合いがいる安心感からダッシュで話を聞きに向かった。先生は過去の留学先のボッスから「この日は学会にいるから参加しにこい」と言われて渋々ACS Meetingに参加していたようであった。なお,お忙しいタイミングにも関わらず,自動的にフル参加であったであろう。お疲れ様でした。

ポンコツモグリアカデミア,企業の研究発表を勉強する。

結局,筆者が拝聴した講演はほぼ全て企業の研究発表であった。有名どころのアカデミアの講演も聞いても良かったが,企業との接点などまるでない筆者が企業研究を滅多に聞く機会などほとんどないため,優先して拝聴した。内容はもちろんのこと,スライド構成等で大変勉強になった。ラボのDefenceの時からずっと思っていたが,海外プレゼンターの講演は学生・著名な研究者問わず,非常にウィットに富んでおり,真面目な発表の中にもクスッと笑えるエピソードがどこかに含まれていて興味を惹きつけやすい。

つまり,海外プレゼンターは上方落語界の爆笑王と称された桂枝雀氏が提唱した緊張の緩和理論2-4を自然と研究プレゼンにおいても実行していた。この理論が「自分の研究を他人に興味を持たせて使わせるためのつかみ」技術として抜群の効果を示すことを改めて実感した。筆者のプレゼンも基本的の型としてこのスタイルでいきたいなぁとしみじみと思った。

と,学術的にも現場の雰囲気を掴み,ちゃんと勉強したと自称する筆者はもう2度とこないかもしれないSFを満喫するため,予定していた観光日程を消化することを目指した。

しかし,SFという街は容易にポンコツ氏に快適な朝を提供してくれなかった…

続く

参考文献

[1] 野崎 京子, 有機化学合成協会誌, 「両手を広げて」, 79 (2021).

[2] 長島 平洋, 笑い学研究, 「桂枝雀の「緊張の緩和」論を検証する(II) : 笑いを起こすひとつのメカニズムは計測・解明されうるのか?」, 15, (2008)

[3] “桂枝雀が語る 笑いの根底にある『緊張の緩和』と『笑いの分類・サゲの分類』”, お笑いテキスト, 2021/12/28, https://waraitext.com/post-17/

[4] 動画リンク:桂枝雀,「緊張と緩和 古典落語サゲの四分類

関連リンク・おまけ

いらすとや :アイキャッチ画像の素材引用元。

化学の素材屋さん:アイキャッチ画像の素材引用元②。

関連商品

[amazonjs asin=”4759819320″ locale=”JP” title=”企業研究者たちの感動の瞬間: モノづくりに賭ける夢と情熱”] [amazonjs asin=”4065243858″ locale=”JP” title=”ネイティブが教える 日本人研究者のための国際学会プレゼン戦略 (KS科学一般書)”] [amazonjs asin=”4094804684″ locale=”JP” title=”桂枝雀 名演集 第2シリーズ 第3巻 うなぎや 替り目 (小学館DVD BOOK)”] [amazonjs asin=”B00SUM4LYG” locale=”JP” title=”ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! ~ブルーレイシリーズ(3)~ 松本チーム 絶対笑ってはいけない温泉旅館の旅! Blu-ray”]

NANA-Mer.

投稿者の記事一覧

たぶん有機化学が専門の博士。飽きっぽい性格で集中力が続かないので,開き直って「器用貧乏を極めた博士」になることが人生目標。いい歳になってきたのに,今だ大人になれないのが最近の悩み。読み方はナナメルorナナメェ…?

関連記事

  1. 【3月開催】第六回 マツモトファインケミカル技術セミナー 有機金…
  2. ベンゼン環を壊す“アレノフィル”
  3. き裂を高速で修復する自己治癒材料
  4. 沖縄科学技術大学院大学(OIST) 教員公募
  5. 年収で内定受諾を決定する際のポイントとは
  6. 「研究を諦めたくない」―50代研究者が選んだセカンドステージ
  7. ニセ試薬のサプライチェーン
  8. 日本化学会ケムステイブニングミキサーへのお誘い

注目情報

ピックアップ記事

  1. ウルフ賞化学部門―受賞者一覧
  2. IR情報から読み解く大手化学メーカーの比較
  3. ケミストリー四方山話-Part I
  4. ジョージ・ホワイトサイズ George M. Whitesides
  5. 複数工程が必要なパーキンソン病治療薬を連続フロー法で合成
  6. カスガマイシン (kasugamycin)
  7. 富山化学とエーザイ 抗リウマチ薬(DMARD)T-614を国内申請
  8. ニトリルオキシドの1,3-双極子付加環化 1,3-Dipolar Cycloaddition of Nitrile Oxide
  9. Arcutine類の全合成
  10. 触媒的プロリン酸化を起点とするペプチドの誘導体化

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年9月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP