[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

CRISPRで薬剤分子-タンパク相互作用を解明する

[スポンサーリンク]

Harvard大学のLiau教授らは、ゲノム編集技術CRISPRを利用して、骨髄性白血病に関わるタンパク(ヒストン脱メチル化酵素:LSD1)への薬剤分子の作用機序を解明しました。

“CRISPR-suppressor scanning reveals a nonenzymatic role of LSD1 in AML”

Vinyard, M. E.; Su, C.; Siegenfeld, A. P.; Waterbury, A. L.; Freedy, A. M.; Gosavi, P. M.; Park, Y.; Kwan, E. E.; Senzer, B. D.; Doench, J. G.; Bauer, D. E.; Pinello, L.; Liau, B. B. Nat. Chem. Biol. 2019, 5, 529. (DOI: 10.1038/s41589-019-0263-0)

1. ゲノム編集技術CRISPR-Cas9

CRISPRは近年、科学界で最も注目されている技術です。従来、遺伝子を改変するには、放射線や化学物質でランダムに変異を加え、得られた個体の中から目的の変異を含む個体を選び出すという手法が一般的でした(図1a)。ところが、それではとても効率が悪く、目的の個体をなかなか得ることができません。そこで、DNAを特定の位置で切断したり、修復したりする酵素を利用して、遺伝子を思い通りに改変する技術の開発が進められました(図1b)。

図1. 遺伝子改変の手法。

1990年後半から、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)やテールヌクレアーゼ(TALEN)という酵素を用いた手法が開発され、ゲノム編集技術は大きく進展しました。ところが、ZFNやTALENには、酵素の作製が難しい・編集効率があまり高くないといった問題点がありました。そこで、2012年にエマニュエル・シャルパンティエ(Emmanuelle Charpentier)教授・ジェニファー・ダウドナ(Jennifer Doudna)教授らによって発表され、注目を浴びているのがCRISPR-Cas9です。[1] CRISPR-Cas9は、ZFNやTALENのようにタンパクを用いて目的のDNA配列を認識するのではなく、ガイドRNA(gRNA)と呼ばれるRNA分子によってDNA配列を認識します(図2)。RNA–DNAの相互作用(A, T/U, G, Cの塩基対形成)は、タンパク–DNAの相互作用よりも単純である上に、ZFNやTALENのように目的配列ごとにタンパクを作り直さなくても、認識用のgRNAのみを変えて切断用の酵素(Cas9)を使い回すことができるので、これまで以上に簡単にゲノム編集が行えるようになりました。

図2. 遺伝子編集技術、ZFNやTALEN(左)とCRISPR(右)の違い。

2. CRISPRを用いた創薬研究:CRISPR-Suppressor Scanning

さて、CRISPRは、遺伝子治療や農作物の品種改良、医学・生物学の研究などにおいて、特定の遺伝子を挿入したり、取り除いたりするために用いられています。でも、CRISPRの応用先はそれだけではありません。CRISPRは、低分子医薬の創薬研究においてもとても有用です。

今回紹介する論文でLiau教授らは、CRISPR-suppressor scanning(CRISPR-抑制分子スキャニング)と呼ばれる手法を用いて、がん細胞の増殖に関わるタンパクに対し低分子阻害剤が作用するメカニズムを解明しました。CRISPR scanningでは、まず図3のようにCRISPRのDNA切断機能を利用して、標的タンパクの変異体ライブラリを作ります。CRISPRによって変異が起こる仕組みは以下の通りです。

  • 様々な配列を持つガイドRNAライブラリを利用し、標的タンパクの遺伝子を持つ二本鎖DNAを切断。
  • 切断された二本鎖DNAが、細胞が元々持っているDNAの修復機構(非相同末端結合;NHEJ)によって自然に繋ぎ合わされる。
  • 修復時のエラーによって、様々な変異の入ったDNAが得られる。

図3. CRISPR を用いた標的タンパクの変異体ライブラリの作製。

次に、このようにして得られた細胞を、阻害剤(リガンド分子)の存在下で培養します。すると、ある変異体では、リガンド分子が結合するはずだった部位に変異が入り、リガンド分子が標的タンパクに作用しなくなります(薬剤耐性変異)。今回の論文では、標的タンパクはがん細胞の増殖に関わるタンパク(LSD1)で、リガンド分子はLSD1の働きを阻害する、つまりがん細胞の増殖を抑える作用を持っているため、最終的に生き残った細胞のDNA配列からリガンド分子の作用機序を解析することができます(図4)。

図4. CRISPR scanningの流れ。

3. 複数の機能を持つタンパク(LSD1)へのリガンド分子の作用機序の解析

CRISPR scanningによるタンパク-リガンド相互作用の解析は、タンパクが複数の機能を持っている場合にとても有効です。今回用いられた標的タンパクLSD1は、図5のように複数のドメインからなり、ヒストンを脱メチル化する酵素活性と、転写抑制因子GFI1/GFI1BのSNAGドメインに結合し、遺伝子発現を調節するという、2つの機能を持っています。

図5. 複数のドメインからなるLSD1の構造。脱メチル化活性(水色)とGFI1との結合(マゼンタ)の2つの機能を持つ。(PDB:2Y48)

薬を開発する際には、薬剤分子の結合がタンパクの機能にどう影響を与え、治療効果をもたらすのかを理解することが重要ですが、複雑なタンパクの場合はリガンドの結合によって複数の機能が同時に変化することがあるため、薬が効くメカニズムを知るのが困難です。ところが、CRISPR scanningを用いると、たくさんの変異体の情報が得られるため、リガンドの作用を詳しく解析することができます。図6aは、CRISPR scanningによって検出されたLSD1タンパクの変異の位置を示しています。データは以下のように読み取ることができます(図6b)。

  • タンパクの細胞増殖に関わる機能が損なわれる変異は、致死変異体となり除かれる。(フレームシフト変異も含む)
  • 変異がタンパクの細胞増殖に関する機能を完全に損なわず、リガンドの結合にも影響を与えない場合、その変異体は阻害剤非存在下でのみ増殖する。
  • 変異がリガンドの結合には影響を与えるが、タンパクの細胞増殖に関する機能には影響を与えない場合、その変異体は阻害剤の存在下・非存在下に関わらず増殖できる。(薬剤耐性変異)

図6. (a) CRISPR scanningによって検出された変異の位置。変異の検出度は、阻害剤なしで培養したサンプルのデータを元に規格化し、対数値を示している。(論文より)(b) 変異の位置とがん細胞の増殖。赤星:変異の位置、青四角:細胞増殖に重要な機能部位、緑四角:細胞増殖に不要な機能部位。結合ポケットは阻害剤の結合部位を示す。

興味深いことに、検出度の高かった変異のほとんどは、GFI1/ GFI1Bの結合部位(SNAG peptide)から少し離れ、脱メチル化活性部位(FAD補因子)の周辺に位置しています(図7;赤)。このことから、リガンド分子の作用機序は、脱メチル化活性を阻害することではなく、GFI1/ GFI1Bとの結合を阻害することであると示唆されます。実際、論文中では、CRISPR scanningによって得られた薬剤耐性LSD1が、脱メチル化活性を持たないこと・GFI1Bと相互作用できることなどが示されています。

LSD1の構造の拡大図。変異の検出度が高かった部位(赤)と低かった部位(青)。(論文より)

4. おわりに

今回の論文では、CRISPRを利用した遺伝子変異によって、標的タンパクの薬剤耐性変異体を体系的に生み出し、薬剤分子の作用機序を解析するCRISPR-Suppressor Scanningという手法が示されました。タンパクは複雑な分子で、結晶構造などの情報を元に狙い通りに薬剤耐性変異体をデザインすることは難しいため、この手法は創薬研究においてとても有用です。今後、他のタンパクにも広く応用されることが期待されます。

参考文献

  1. Jinek, M.; Chylinski, K.; Fonfara, I.; Hauer, M.; Doudna, J. A.; Charpentier, E. Science 2012, 337, 816. DOI: 10.1126/science.1225829
  2. Donovan, K. F.; Hegde, M.; Sullender, M.; Vaimberg, E. W.; Johannessen, C. M.; Root, D. E.; Doench, J. G. PLoS One. 2017, 12, e0170445. DOI: 10.1371/journal.pone.0170445

関連リンク

関連書籍

[amazonjs asin=”4023316881″ locale=”JP” title=”ゲノム編集からはじまる新世界 超先端バイオ技術がヒトとビジネスを変える”] [amazonjs asin=”4785358661″ locale=”JP” title=”ゲノム編集入門: ZFN・TALEN・CRISPR-Cas9″]
Avatar photo

kanako

投稿者の記事一覧

アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

関連記事

  1. LSD1阻害をトリガーとした二重機能型抗がん剤の開発
  2. モータータンパク質に匹敵する性能の人工分子モーターをつくる
  3. 有機レドックスフロー電池 (ORFB)の新展開:高分子を活物質に…
  4. 光学迷彩をまとう海洋生物―その仕組みに迫る
  5. 向山アルドール反応40周年記念シンポジウムに参加してきました
  6. アメリカの研究室はこう違う!研究室内の役割分担と運営の仕組み
  7. スターバースト型分子、ヘキサアリールベンゼン合成の新手法
  8. 酵素合成と人工合成の両輪で実現するサフラマイシン類の効率的全合成…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 三菱商事ナノテク子会社と阪大院、水に濡れるフラーレンを共同開発
  2. 情報守る“秘密の紙”開発
  3. 名大・山本名誉教授に 「テトラへドロン賞」 有機化学分野で業績
  4. 製薬系企業研究者との懇談会
  5. MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」
  6. ニセ試薬のサプライチェーン
  7. 多環式分子を一挙に合成!新たなo-キノジメタン生成法の開発
  8. ヘリウムガスのリサイクルに向けた検討がスタート
  9. ナイトレンの求電子性を利用して中員環ラクタムを合成する
  10. クラーク・スティル W. Clark Still

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年5月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP