[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ホウ素が隣接した不安定なカルベン!ジボリルカルベンの生成

[スポンサーリンク]

p受容性置換基をもち不安定なジボリルカルベン(DBC)の新たな生成法が開発された。さらに、NMR実験からDBCは中性のホウ素化合物として最も強いルイス酸性を示すことが明らかにされた。

NHCと相反する電子配置をもつDBCの新たな生成法の開発

N-ヘテロ環状カルベン(NHC)は、隣接する窒素がp供与性置換基としてカルベンのp軌道に電子供与するため、s型軌道に非共有電子対が収納された電子配置をとる(図1A左)[1]。NHCはこの非共有電子対によりルイス塩基性を示すため、配位子として盛んに研究されている。一方で、ジボリルカルベン(DBC)は、隣接するホウ素がp受容性置換基としてカルベンの非共有電子対を受容するため、s型軌道が空となる電子配置をとる(図1A右)。この特異な電子配置からDBCはルイス酸性を示す一方で、DBCのカルベン炭素はオクテット則を満たさない上にp受容性置換基をもつため不安定であることが予想される。

不安定なDBCは、理論研究と実験研究が数例報告されているのみの未開拓の化学種である。BerndtらおよびKassaeeらは、DBCにおいてホウ素の空軌道とカルベンの非共有電子対が相互作用し、空のp軌道もしくはs型軌道をもつことを示した(図1B)[2]。実験的には、Berndtらがジボラメチレンシクロプロパンへのルイス塩基の添加によりDBC誘導体を単離している(図1C)[3]。これはジボラメチレンシクロプロパンがDBCに異性化することを示唆している。この報告は平衡で生じるDBCを捕捉した唯一の例であり、依然としてDBCを平衡中間体でなく生成させる方法は知られていない。

東京大学の楠本准教授らは、著者らの以前の報告を踏襲し、環状DBCおよびその前駆体を設計した(図1D)[4, 5]。金属とハロゲンによる安定化を受けるDBC前駆体の有機アルミニウム試薬を用いた脱ハロゲン化によるDBCの定量的な生成法の確立を目指した。

図1. (A) N-ヘテロ環状カルベン(NHC)とジボリルカルベン(DBC)の電子配置、(B) 理論計算されたDBC、(C) ルイス塩基に捕捉されたDBC、(D) 前駆体とルイス酸によるDBCの生成

 

“Synthesis, Characterization, and Trapping of a Cyclic Diborylcarbene, an Electrophilic Carbene”

Shibutani, Y.; Kusumoto, S.; Nozaki, K. J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 16186–16192.

DOI: 10.1021/jacs.3c04933

論文著者の紹介

研究者:楠本周平

研究者の経歴:

–2009                             B.Sc. University of Tokyo, Japan

2009–2014                  Ph.D. University of Tokyo, Japan (Prof. Kyoko Nozaki) 

2014                               Postdoc, University of Tokyo, Japan (Prof. Kyoko Nozaki)

2014–2023                  Assistant professor, University of Tokyo, Japan (Prof. Kyoko Nozaki)

2023–                             Associate professor, University of Tokyo, Japan (Prof. Kyoko Nozaki)

研究内容:金属–配位子協働作用を用いた結合切断/形成反応の開発、ヘテロベンゼンを含む新規配位子の合成

論文の概要

図2AにDBC前駆体5Fおよび5Clの合成経路を示す。まず、既法に従い合成した1にメシチルリチウムを加え、メシチル化体2へ導いた後に、塩基を作用させることで3を得た[5]5Fの合成の際には、得られた3とNFSIを反応させることでモノフルオロ化体4Fとし、強塩基を作用させて前駆体5Fを合成した。一方、5Clの合成では3にNCSを添加し、ジクロロ化体4Clへと変換した後に、カリウムグラファイト(KC8)による還元で5Clへ導いた。合成した5F5Clの構造は、いずれもX線構造解析により明らかにしている(詳しくは論文を参照されたい)。

次に、合成したDBC前駆体5FからDBCの生成を試みた(図2B)。重ベンゼン中5Fにルイス酸(Al(C6F5)3)を作用させることで、5FのC4位炭素の13C NMRピークが169 ppmから242 ppmへシフトした。これは、計算値(5FのC4位: 169 ppm、6のカルベン: 240 ppm)と良い一致を示した。また、19F NMRにおいてAl(C6F5)3に捕捉されたフルオリド([F–Al(C6F5)3])のピークも観測された。これらのNMR実験から6の生成が確認された。さらに、ESI-TOF MSからDBCのカリウムカチオン付加体7・K+の質量ピークが観測された。以上のNMR実験および質量分析からDBCの生成を確認し、これはDBCを平衡中間体でなく生成する新たな手法となる。

続いて、著者らは7のルイス酸性度を評価した(図2C)。5Clの加熱により発生させたDBC7のトリメチルホスフィン複合体は、31P NMRにおいて7.9 ppmにピークを示した。これは頻用されるルイス酸(B(C6F5)3: –6.1 ppm, BF3: –28.5 ppm)よりも著しく低磁場側へシフトしていた。このことから、空のs型軌道をもつDBCは強いルイス酸性を示し、相反する電子配置でありルイス塩基として働くNHCとの対極な物性が明らかとなった。

図2. (A) DBC前駆体5xの合成、(B) DBCのルイス酸をもちいた生成、(C) DBCのルイス酸性度の評価

以上、p受容性置換基をもつ不安定カルベン(DBC)の新たな生成法が確立された。この報告を皮切りに、今後DBCの特異な反応性を利用した反応の開発が期待される。

参考文献

  1. Zhao, Q.; Meng, G.; Nolan, S. P.; Szostak, M. N-Heterocyclic Carbene Complexes in C–H Activation Reactions. Chem. Rev. 2020, 120, 1981–2048. DOI: 10.1021/acs.chemrev.9b00634
  2. (a) Menzel, M.; Winkler, H. J.; Ablelom, T.; Steiner, D.; Fau, S.; Frenking, G.; Massa, W.; Berndt, A. Diborylcarbenes as Reactive Intermediates in Double 1,2-Rearrangements with Low Activation Enthalpies. Chem., Int. Ed. 1995, 34, 1340–1343. DOI: 10.1002/anie.199513401 (b) Kassaee, M. Z.; Koohi, M.; Mohammadi, R.; Ghavami, M. 2,2,9,9-Tetramethylcyclonona-3,5,7-trienylidene vs. Its Heterocyclic Analogues: A Quest for Stable Carbenes at DFT. J. Phys. Org. Chem. 2013, 26, 908–916. DOI: 10.1002/poc.3189
  3. Budzelaar, P. H. M.; Schleyer, P. von R.; Krogh-Jespersen, K. An Extraordinary Structure and Topomerization Mechanism for“Diboramethylenecyclopropane.” Angew. Chem., Int. Ed. 1984, 23, 825–826. DOI: 10.1002/anie.198408251
  4. Simmons, H. E.; Smith, R. D. A New Synthesis of Cyclopropanes from Olefins. J. Am. Chem. Soc. 1958, 80, 5323–5324. DOI: 10.1021/ja01552a080
  5. Kishino, M.; Takaoka, S.; Shibutani, Y.; Kusumoto, S.; Nozaki, K. Synthesis and Reactivity of PC(sp3) P-Pincer Iridium Complexes Bearing a Diborylmethyl Anion. Dalton Trans. 2022, 51, 5009–5015. DOI: 1039/D2DT00513A
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 2013年就活体験記(1)
  2. 有機合成化学協会誌2017年7月号:有機ヘテロ化合物・タンパク質…
  3. 有機化学者のラブコメ&ミステリー!?:「ラブ・ケミスト…
  4. 学会風景2001
  5. 2016 SciFinder Future Leadersプログ…
  6. 窒素原子の導入がスイッチング分子の新たな機能を切り拓く!?
  7. フライパンの空焚きで有毒ガス発生!?
  8. アメリカ大学院留学:卒業後の進路とインダストリー就活(1)

注目情報

ピックアップ記事

  1. 反応機構を書いてみよう!~電子の矢印講座・その2~
  2. ちっちゃい異性を好む不思議な生物の愛を仲立ちするフェロモン
  3. クラレが防湿フィルム開発の米ベンチャー企業と戦略的パートナーシップ
  4. (+)-11,11′-Dideoxyverticillin Aの全合成
  5. 藤嶋 昭 Akira Fujishima
  6. 可視光活性な分子内Frustrated Lewis Pairを鍵中間体とする多機能ボリルチオフェノール触媒の開発
  7. 安全なジアゾメタン原料
  8. 自動車用燃料、「脱石油」競う 商社、天然ガス・バイオマス活用
  9. ネイサン・ネルソン Nathan Nelson
  10. インドの農薬市場と各社の事業戦略について調査結果を発表

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年9月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP