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スポットライトリサーチ

分子間エネルギー移動を利用して、希土類錯体の発光をコントロール!

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第544回のスポットライトリサーチは、九州大学理学府化学専攻・分光分析化学研究室(恩田研)の宮崎 栞(みやざき しおり)さんにお願いしました。

恩田研では、パルスレーザーを用いて様々な時間分解分光法を開発し、それを用いて人工光合成や有機エレクトロニクスなど各種機能性物質の過渡的状態の解明を行っています。

本プレスリリースの研究内容は希土類錯体の発光についてです。発光性希土類金属錯体は色鮮やかな発光を示すため、その薄膜には様々な応用が期待されています。しかし薄膜における希土類錯体の発光機構は未解明で希土類錯体の高効率・強発光化のボトルネックとなっていました。そこで本研究グループでは、三価ユウロピウム(Eu(III))錯体を用いた薄膜における発光過程を1 兆分の 1 秒の時間分解能で逐次解析することによって、その機構を詳細に解明し、薄膜内の光エネルギー移動効率 100%、錯体単体と比較した発光強度 400 倍を達成することに成功しました。
この研究成果は、「Chemical Science」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Highly Efficient Light Harvesting of Eu(III) Complex in a Host-Guest Film by Triplet Sensitization

Chem. Sci., 2023,14, 6867-6875

DOI:doi.org/10.1039/D3SC01817B

指導教員である宮田潔志 准教授より宮崎さんについてコメントを頂戴いたしました!

希土類発光体の時間分解分光は、私が九州大学に着任してから全く新しく始めた研究でした。北大の長谷川靖哉先生が集中講義に来られた際に初めて希土類発光体の話を聞き、高速分光やってみたら面白そうだな、と直感して共同研究の議論を始めたのがきっかけでした。北川先生とも意気投合し、そこに宮崎さんが参画してくれたのが5年前のことです。

宮崎さんは周囲を巻き込みながら研究する能力が高く、置かれた環境を活かしながらも違った専門分野の研究者と積極的に繋がりを作りながら今回の分野横断的な研究を展開していました。

特に博士後期課程に進学してからの成長は見ていて痛快なほどで、ここ二年は発表する度に本当に毎回賞を射止めて来るほどです。指導者でありながら、私自身もとても勉強させてもらいました。本成果は宮崎さんの実行力がなかったら絶対になかった研究なので、一緒に研究できて本当に光栄です。今も次のステップに向けて新たな挑戦中の宮崎さんですが、一度きりの人生、是非思い切り挑戦をしてオンリーワンの人生を目いっぱい楽しんでほしいと心から思います。今後のご活躍も応援しています!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

三価ユウロピウム(Eu(III))錯体をドープしたホスト-ゲスト薄膜において、ホスト分子からのエネルギー移動を利用して、Eu(III)錯体単体の400倍の発光強度を達成しました(図1)。この発光機構について、時間分解発光分光(TR-PL)と過渡吸収分光(TAS)を用いることで明らかにしました。

図1.ホスト-ゲスト薄膜での発光増強の概念図

Eu(III)錯体は、高色純度発光を示すことから色再現度の高いディスプレイや視認性の高いセンサーなどを実現するための発光材料としての応用が期待されています。しかし、希土類錯体における適切な配位子合成の難しさ、エネルギー移動機構の複雑さが課題でした。本研究では、吸光係数の大きなホスト分子中にEu(III)錯体をドープしたホスト-ゲスト薄膜を溶液法で作製し、ホスト分子選択によるEu(III)錯体の発光効率化に取り組みました。

トリアジン誘導体(mT2T)を用いた場合、非常に高い発光量子収率が得られ、ホスト分子励起後のエネルギー移動効率が約100%で生じることが明らかになりました(図2)。この高効率エネルギー移動過程の全貌をTR-PL、TASにより明らかにし、Eu(III)錯体を効率的に光らせるホスト分子として、(1)高効率項間交差、(2)配位子のT1準位の良好なエネルギーマッチング、が重要であることが分かりました。

図2(a)本研究で用いたホスト-ゲスト薄膜の概念図。高い光吸収能力を持つ多数のホスト分子をアンテナとして利用し、ゲスト分子へ高効率で光エネルギーを集めることによって強発光を実現している。(b)ホスト-ゲスト薄膜中の発光機構を示す概念図。ホスト分子励起後、(1)ホスト分子でのS1-T1項間交差、(2)ホスト分子T1から配位子T1への分子間エネルギー移動、(3)配位子T1からEu(III)の励起状態5D1へと分子内エネルギー移動が生じ、それらの効率はそれぞれ約100%となっている。また最終的な発光中心であるEu(III)の発光効率も87%と高い値である。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

Eu(III)錯体はEL素子としての応用に向けた研究が盛んに行われてきた一方で、実用化に至る発光効率化が達成されていませんでした。なぜEL素子でEu(III)は光らないのか、この疑問が本研究のスタートでした。実際に、EL素子の作製過程を一通り経験するなかで、本テーマであるホスト-ゲスト薄膜の発光効率化に着目しました。素子作製を一通り経験したことで、材料化学の視点から求められている研究の一端を垣間見ることができたと感じました。

本研究では、錯体の合成、薄膜作製、時間分解測定の一連の実験工程を全て自分の手で行いました。測定だけでなく合成も、合成だけでなく素子作製も、というような多岐にわたる実験を経験しました。これらの経験によって、本研究のテーマに出会うことができたことが、私にとっての思い出です。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

希土類錯体・薄膜での分光測定です。これまでに、希土類錯体の溶液中での時間分解測定の経験はありましたが、Eu(III)発光の解析に十分なデータをとるには10時間以上の積算が必要でした。薄膜の場合、励起光によるダメージが大きく、長時間での測定ができませんでした。ダメージ削減のために薄膜を動かしながらの測定や少しでも信号強度が大きくなるよう厚みのある薄膜を作製する工夫をし、測定セットアップに細心の注意を払うことで解決しました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

基礎研究と応用をつなぐようなアプローチを大切にし、社会の問題解決や技術開発に貢献していきたいです。私がこれまでに研究してきた希土類錯体は、日々新たな光物性を見出す数多くの研究が進んでいます。一方で、その発光機構を詳細に研究した例はほとんどありません。研究を進める中で、その発光機構の複雑さに何度も悩まされましたが、光物性の開発においてその機構解明は非常に重要だと認識しています。興味深くても原理がよく分かっていない状態に対しても引き続き関心を持ち、材料開発に役立つような基礎研究を行っていきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

本研究は、Eu(III)錯体を使ったEL素子を作ってみたい!という自分の思い付きから始まりました。錯体の合成や薄膜作製について、所属研究室では初めての試みで、共同研究として多くの方々に協力していただきました。幸運なことに多くの方々のご協力により、自分自身では実現困難と思われるようなことでも、主体的に行動を起こすことで前進する経験をすることができました。皆さんも、現状にとらわれることなく、どんどん新しいことに挑戦してください!

研究を遂行する上でお世話になった指導教員の恩田先生、宮田先生をはじめ共同研究として多くの実験指導やディスカッションをしてくださった九州大学の安達千波矢先生合志憲一先生、北海道大学の長谷川靖哉先生北川裕一先生にこの場をお借りして感謝申し上げます。

研究者の略歴

宮崎栞(みやざき しおり)

所属:九州大学理学府化学専攻・分光分析化学研究室

テーマ:時間分解分光を用いた発光性希土類錯体の発光機構解明

略歴:

2019/03 九州大学理学部化学科 卒業

2021/03 九州大学理学府化学専攻 修士課程修了

2021/04– 九州大学理学府化学専攻 博士課程

2022/04– 日本学術振興会特別研究員 (DC2)

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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