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【ケムステSlackに訊いてみた⑤】再現性が取れなくなった!どうしてる?

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日本初のオープン化学コミュニティ・ケムステSlackの質問チャンネルに流れてきたQ&Aの紹介シリーズです。第5段は研究室の現場から、再現性に困ったときの対策と考え方を紹介します。

Q. 自分の実験で再現が取れなかった経験とかありますか?またその際、どういったことを意識していましたか?

質問そのものはかなり一般的なものと読み取れますが、ケムステSlack参加者には有機合成化学分野の方が多く、合成の再現性に苦しむ苦労話が良く出てくるとしても想像に難くありません。今回も合成化学に関する回答が多くなりました。下記回答にあるような観点を踏まえてやりなおすことで、確かに改善されるケースが多いように思います。

A1-1. 原因は使っていた自分達で蒸留していたdry溶媒のロットが違っていたため、微妙に含水率が違うことが原因でした。(この時はわずかな水がある方が良かったみたいです)なので、小分けにしてdry溶媒を管理して使っている場合は、蒸留日、開封日、ロット番号を試薬瓶と実験ノートにも書くのが大切だと思いました。
A1-2. 小林ビニロガスアルドールとかも含水率によって反応の加速効果があったりとか、確かTLかどこかに出てたのを昔参考にしたことがあります。ちょっと今ググっても出てこなかったので論文のソースが無くて申し訳ないですが
A1-3.  反応が進まなくなるのか・別な物が出来てるのか・選択性が変わるのか etc. にもよりますが、私が先ず疑うのは試薬等のロット、スケール、湿度や温度等作業環境の違いですね。(ある意味真っ先に疑うのは実験者の性格や腕ry)その時は試薬のロット変更や精製をしてみたり、溶媒量を変えてみたり、温度を変えてみたり、水の添加やモレシなどの脱水剤を添加してみたりなどなど。
A1-4. 実験ノートを確認したら、使っていた試薬のロット番号が違うことがわかり、結局それが原因でした(NMRを確認したら純度に微妙な違いが見られました)。

微量の水の存在は、有機合成反応においては再現性を損なうあるある要因の一つです。慌てないよう、試薬・溶媒・容器・シリンジなど、全て一通り乾燥・脱水させてからやり直すのがいいでしょう。特に有機溶媒の乾燥法は、いろいろな手順がしられています。適切なものを選ぶようにしましょう。

パラジウム触媒反応なんかだと溶存酸素の影響がクリティカルに響くこともあります。脱気操作をマスターしておきましょう。

有機合成用試薬の品質については、定評ある試薬会社で買う限り、どこもそんなに大きく違いません。ただ不安定な試薬だったりする場合、届いたときにはあらかた死んでいる・・・みたいなことが希にあります。保管・取扱も含めての注意が必要です。

一方でバイオ色の強い試薬(タンパク質・抗体、ケミカルバイオロジー用試薬など)については、ロットによって品質がばらけていることもままあります。そのような試薬を使う実験の際には、購入会社とロット番号を実験ノートにメモっておくクセを付けて置くといいかと思います。

A2-1.  room temperatureってあまり鵜呑みにしない方が良いというのは思っていたりします。夏に高収率だった合成が冬になると収率が落ちたり…DMSO溶媒反応でこういう目にあったので(冬は室温で凍る)、比較的精密な水浴使って23℃で反応やってました。凍らないやつは相変わらず「室温」でやってますが。
A2-2. 私も夏場に室温で行なっていた実験を冬場に行うと収率が10ー20%下がり、温度を固定すると再現性が取れるようになった経験があります。また、インドの論文で室温の記載がある実験だと少し温めるか?位の気持ちでいます。

これも現場では有名な話で、「室温反応」の定義が報告された国によって異なるのでは疑惑。例えば報告がインド発だと室温は40℃近いことがあるでしょうし、ロシア発だと10℃以下なこともあるでしょうと・・・日本発でも季節によって勿論異なります。そのようなファクターはある程度想定しながら論文読むクセをつけておくと、実際に手がけるときの自己防衛にはなるとは思えます。

あと回答でも触れられていますが、案外うっかりしがちなのが反応温度に適さない溶媒の選択。DMSOやt-BuOHは氷冷で凍りますし、ジオキサンも極低温反応には使えません。加熱する反応でうっかりジクロロメタンをつかって枯らしてしまうなどもあります。特に反応開発研究における溶媒スクリーニングのときにやりがちで、溶媒が凍って全くデータにならなかった・・・なんてことは一度は経験したこともある人、多いのではないでしょうか。凍ってしまう溶媒で新反応が見付かってきたとしても、再現性取得に苦しむことは想像に難くないでしょう。

 

A3. 再現性問題で経験したのは光延反応。少量で再現できたのにスケール上げたらno reaction。検討の結果、THF溶媒で最初やってたんですが、少量だとDIADのトルエン溶液の影響強くて反応が進行。スケール上げたらTHF支配になって不進行。で、溶媒をDIADの溶液だったトルエン、ベンゼンに変えたら安定化。試薬溶液含めて2溶媒系になる場合にはこのあたりの可能性も考えた方がよいかと思います。

光延反応は比較的信頼性の高い反応ですが、何種類もの試薬をゴソっと入れる反応でもあるので、少し違うと状況が変わってくる・・・みたいなこともあったりします。DEADとDIADで違ってたりとか・・・。
この事例に限らず、各基質で報告されている条件は、仕込む前に類似構造の反応例も含めてなるべく複数チェックするのが良いと思います。

 

A4-1. 意識としては上でも書かれている通り、後で追えるようにノートに細かく事が大事であると私も思います。
A4-2. 当たり前と言われるかもしれませんが、実験ノートに細かいことまできっちり書いておくのが大切だと思いました。同じような条件検討をしているとついサボりたくなりますが後で痛い目を見るのは自分か『引き継いだ人』。下記のブログ内容も興味深いですね
http://orgchemical.seesaa.net/article/437054943.html

http://orgchemical.seesaa.net/article/456208525.html
https://moro-chemistry.org/archives/2347

いつもやってることだしなぁ・・・と適当になり出した辺りで大問題に直面する、というマーフィーの法則は実験化学でも”あるある”話です。笑い話で済めば良いですが、結局再現性が取れずにある期間やった実験が一通りおじゃん・・・となっては笑えません。神は自ら助くる者をを助く。全ての情報は実験ノートにあり!ゆめゆめ記載をおろそかにはしないようにしましょう。

 

A5. 可能ならいっそ他の実験者にやってもらって結果が変わるか試してみるのも良いかもしれないと考えてみたり。

有機合成はものごとが大がかりにならない一方で、学生単独で実験を進めるケースも多くあります。反応が新しく見付かったはいいものの、発見した学生しか再現できない!・・・なんて話も枚挙に暇がありません。いざ論文化するときには、発見者である先輩に後輩学生を一人つけて、二人三脚でデータ集めをするなどの対策がたびたび取られます。再現性のないものを報告してしまうこと防げる、後輩は論文の共著者に成れる、地味なデータ取りをなるべく短い時間でおわらせられるなど、メリットは多くあります。考えたくない話ですが不正・捏造防止の策にもなります。

 

化学のオープンコミュニティ・ケムステSlack

個々のラボ文化を気軽に分野横断で共有できる場というのも、考えて見れば国内には無かったように思います。どの環境でもローカルにはそれぞれが頭をひねりながら業務をこなしているわけですが、便利な暗黙知や現場の工夫などは、機会ある度にシェアしておくと、みんなが便利になっていくと思います。そのための情報共有コミュニティとしても、ケムステSlackを是非活用頂ければ幸いです。興味を持たれた方はこちらのケムステSlack解説記事をご覧いただき、是非ご参加ください!

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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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