[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

結晶構造に基づいた酵素機能の解明ーロバスタチン生合成に関わる還元酵素LovCー

[スポンサーリンク]

 

筆者が学部生の頃、タンパク質の結晶化は非常に難しいと授業で教わりました。

タンパク質の結晶化は職人技だ!と。

 

しかし、タンパク質の結晶化は年々簡便になってきています。また、最近の酵素工学の論文を見ていると、近い将来タンパク質の結晶構造は必須になるのでは?思います。

今回は、血液中のコレステロール値を低下させる薬としても有名なロバスタチンの生合成に関わるLovCという還元酵素についての論文を紹介します。この論文では、LovCの結晶、変異酵素の結晶、補酵素や基質との共結晶など様々な結晶を基に、反応機構、タンパク質間相互作用について議論しています。

 

’’Crystal structure and biochemical studies of the trans-acting polyketide enoyl reductase LovC from lovastatin biosynthesis’’

Brian D. Ames, Chi Nguyen, Joel Bruegger, Peter Smith, Wei Xu, Suzanne Ma, Emily Wong, Steven Wong, Xinkai Xie, Jesse W.-H. Li, John C. Vederas, Yi Tang and Shiou-Chuan Tsai

PNAS, 109 (28) 11144-11149(2012) DOI : 10.1073/pnas.1113029109

Lovastatinの生合成

2015-08-15_23-35-13

Lovastatinの生合成経路はきわめてシンプルです。

TypeI PKSであるLovBとEnoyl ReductaseであるLovCの主に二つの酵素でLovastatinの骨格を作りあげ、そこへ、LovFによって作られた側鎖がLovDにより縮合するというものです。

 

この生合成経路の中で注目すべき点は、LovBLovCによって触媒される反応です。

この二つの酵素について以下の2点が注目されていました。

 

  • LovBによって生合成されるnonaketide中間体は8つのケト部分構造を持つのに、なぜLovCはそのうちの3つのみを認識して還元できるのか?
  • LovBLovCはcomplexを形成しているのか?

 

enoyl reductaseって何?

type I PKSは、複数のドメインが一つのポリペプチド上に連なった酵素です。ドメインには、KS, DH, AT, ACP, KR, MT, ER, TEなどがあります。ERは、下記の反応式に示すように二重結合の還元反応を触媒するドメインです。

enoyl reductase.png

 

今回取り上げるER(LovC)は、type I PKS (LovB)のポリペプチド上に無く、LovBとは別のタンパク質として存在しているにも関わらず、LovBのいくつかのモジュールの反応に関与しています。このようにモジュールの外側に存在しているにもかかわらず、反応に関わってくるものをtrans-actingと言います。trans ER以外に、trans ATなどもよく知られています。

 

LovCの構造

 

LovCはmedium-chain dehydrogenase/reductase(MDR) super familyというタンパク質群に属しています。ほぼ全てのMDRがdimerなのに対して、LovCはmonomerとして存在しています。

また、他のMDRに比べてLovCは、余分な領域を持っておいます。(上図A中のxL1xL2

このように、LovCはMDR super familyに属する他のタンパク質の構造と大きく異なっているため、分子置換法により結晶構造を解くことはできなかったようです。(今回の論文では、重原子置換法を用いています。)おそらく、ホモロジーモデルも作れなかったのではないでしょうか。

 

また、LovCは基質の結合の有無によりopen formclosed formをとります。NADPHが結合している状態ではopen form。ここにさらに基質が結合するとTyr296(xL2部分)が内側に倒れて、closed formになります。open formからclosed formに変化することによって、タンパク質表面の電荷状態も大幅に変化するようです。

 

LovBとLovCのタンパク質間相互作用

 

LovBとLovCのタンパク質間相互作用は昔から提唱されていました。しかし、どのように複合体を形成しているかは謎でした。今回、筆者らは、サイズ排除クロマトグラフィーでLovBとLovCが複合体を形成していることをまず確かめました。

size exclusion chromatograpy.gif

 

LovBには、機能していないERドメインが一つあります。この事実と、LovCはMDR super familiyに属しているにも関わらずmonomerで存在しているということ、LovCとLovBのERドメインの相同性が高いことより、

LovCはLovBのERドメインとhetero dimerを形成しているのではないか?

LovCがmonomerで存在しているのはhetero dimerを作るためでは無いのか?

と論文著者らは予想しました。

 

そこで、LovBのERドメインのみをクローニングしてタンパク質を精製し、サイズ排除クロマトグラフィーで相互作用を調べましたが、LovCとはhetero dimerを形成しませんでした。

 

論文著者らは、LovCとLovBのタンパク質間相互作用にはER以外のドメインも関わっているのではないかと考えました。そこで、LovBのホモロジーモデルとLovCの結晶構造とでドッキングシミュレーションを行なうと、LovBのACPドメインとLovCが非常に近い位置にあることが分かりました。

LovB ACP-LovC.gif

上図左側が、LovBのACPドメインのホモロジーモデル。右側がLovCと基質の共結晶。タンパク質の表面電荷からもLovCのactive siteとLovBのACPドメインは相互作用することが裏付けられています。

結論として、LovCはLovBのACPドメイン、ERドメインと相互作用しています。

 

LovCの反応機構

今回の実験結果よりLovCの反応機構は以下の図のように推定されました。(細かい実験結果は、論文を参照してください)

2015-08-15_23-39-24

 

 

1. 基質が結合する前に、NADPHがLovCに結合する。

2. これによりLovCの構造が変化しLovBと結合しやすくなる。

3. LovBのACPドメインがLovCのK54付近の正電荷を帯びているタンパク表面と相互作用し、複合体を形成する。

4. 基質がACPよりLovCに受け渡される。

5. NADPHのヒドリドが基質のC3位を攻撃。

6. 中間体であるエノラートがLovC中のオキシアニオンホールにより安定化される。

7. 基質のC2が水の水素原子を奪い、還元反応が終了する。

8. LovCから基質が放出され、LovBとの複合体形成を解消する。

 

 

また、論文著者達はドッキングシミュレーションによりLovCの基質特異性についても議論しています。

実験結果より、LovCが受け入れることができるのは、tetraketide, pentaketide, heptaketideのみです。他のpolyketide中間体はなぜ受け入れられないのでしょうか?その理由は以下のように述べられています。

diketideやtriketideのような炭素鎖の短い基質では、NADPHと基質の二重結合部分がうまく近づかない。

また、hexaketideでは、LovCの反応よりもDiels Alder反応の方が優先される。

heptaketideよりも長い炭素鎖の基質は、酵素のキャビティ容積の関係上、キャビティ内に入らない。

 

今回の研究の位置づけ

LovBとLovCのタンパク質間相互作用は、Vederas本人によって30年以上前に提唱されていましたが、今回の論文で初めて証明されました。やはり、タンパク質の結晶構造には説得力があります。

 

今回紹介した論文はPNASに掲載された論文でした。Vederas, Yi-Tang, Tsaiの3研究室合同の研究ということもあり、データ量、内容ともに充実したものでした。明らかに、PNASより上の雑誌を狙って失敗したという印象を受けました。(量が多すぎたので、今回のつぶやきの記事では、論文のかなりの部分を省略して紹介しました。結果としてまとまりの無い記事になってしまいました。)

今回の論文で、より上の雑誌を目指すために足りなかったのは、変異実験についての考察だと思います。あるアミノ酸残基を変えることに酵素の機能がガラッと変化すれば結論付けが楽なのですが、今回の論文中の変異実験の結果はどれも微妙なものでした。

 

今回、LovCの構造が明らかになったことでLovBのACPとの相互作用部位などが分かりました。LovCの配列を用いてBLAST検索することにより他のカビのtrans-acting ERも見つけることができるようになりました。そこからさらに、trans acting ERと相互作用するType I PKSを見つけ出すことも可能になりました。

つまり、今回の論文の成果は、ロバスタチンの生合成研究にのみ還元されるものではなく、その他多くのカビの代謝産物の研究にとって重要なものです。今後のカビの二次代謝産物の生合成研究に多いに貢献すると思います。

 

最後に

今回紹介したような酵素を論文で見るたびに、生体の反応制御の精巧さに驚かされます。酵素活性部位を模倣した触媒というものが、多数開発されていますが、まだ酵素には及ばないように思います。酵素の反応制御のすごさと言うのは、活性中心のみだけでなく、それ以外の部分にも現れています。

タンパク質間相互作用により、他の酵素との基質のやり取りを容易にしたり、基質の結合によりopen form, closed formを切り替えたりと、本当に良くできていると毎度感嘆させられます。

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4254177151″ locale=”JP” title=”代謝と生合成30講 (図説生物学30講 植物編)”]
Avatar photo

ゼロ

投稿者の記事一覧

女の子。研究所勤務。趣味は読書とハイキング ♪
ハンドルネームは村上龍の「愛と幻想のファシズム」の登場人物にちなんでま〜す。5 分後の世界、ヒュウガ・ウイルスも好き!

関連記事

  1. 材料開発の変革をリードするスタートアップのBizポジションとは?…
  2. 有機合成化学協会誌2018年4月号:脱カルボニル型カップリング反…
  3. 二重マグネシウム化アルケンと二重アルミニウム化アルケンをアルキン…
  4. カーボンナノリング合成に成功!
  5. Gaussian Input File データベース
  6. 文献管理のキラーアプリとなるか? 「ReadCube」
  7. 近況報告PartIV
  8. 単結合を極める

注目情報

ピックアップ記事

  1. カンプトテシン /camptothecin
  2. 高速液体クロマトグラフィ / high performance liquid chromatography, HPLC
  3. 超原子価ヨウ素試薬PIFAで芳香族アミドをヒドロキシ化
  4. 分子標的の化学1「2012年ノーベル化学賞GPCRを導いた親和クロマトグラフィー技術」
  5. アルキンジッパー反応 Alkyne Zipper Reaciton
  6. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」④(解答編)
  7. トロンボキサンA2 /Thromboxane A2
  8. 付設展示会に行こう!ーシグマアルドリッチ編ー
  9. 天然物化学
  10. ビス(トリシクロヘキシルホスフィン)ニッケル(II)ジクロリド : Bis(tricyclohexylphosphine)nickel(II) Dichloride

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年8月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

金属酸化物ナノ粒子触媒の「水の酸化反応に対する駆動力」の実験的観測

第639回のスポットライトリサーチは、東京科学大学理学院化学系(前田研究室)の岡崎 めぐみ 助教にお…

【無料ウェビナー】粒子分散の最前線~評価法から処理技術まで徹底解説~(三洋貿易株式会社)

1.ウェビナー概要2025年2月26日から28日までの3日間にわたり開催される三…

第18回日本化学連合シンポジウム「社会実装を実現する化学人材創出における新たな視点」

日本化学連合ではシンポジウムを毎年2回開催しています。そのうち2025年3月4日開催のシンポジウムで…

理研の一般公開に参加してみた

bergです。去る2024年11月16日(土)、横浜市鶴見区にある、理化学研究所横浜キャンパスの一般…

ツルツルアミノ酸にオレフィンを!脂肪族アミノ酸の脱水素化反応

脂肪族アミノ酸側鎖の脱水素化反応が報告された。本反応で得られるデヒドロアミノ酸は多様な非標準アミノ酸…

野々山 貴行 Takayuki NONOYAMA

野々山 貴行 (NONOYAMA Takayuki)は、高分子材料科学、ゲル、ソフトマテリアル、ソフ…

城﨑 由紀 Yuki SHIROSAKI

城﨑 由紀(Yuki SHIROSAKI)は、生体無機材料を専門とする日本の化学者である。2025年…

中村 真紀 Maki NAKAMURA

中村真紀(Maki NAKAMURA 産業技術総合研究所)は、日本の化学者である。産業技術総合研究所…

フッ素が実現する高効率なレアメタルフリー水電解酸素生成触媒

第638回のスポットライトリサーチは、東京工業大学(現 東京科学大学) 理学院化学系 (前田研究室)…

【四国化成ホールディングス】新卒採用情報(2026卒)

◆求める人財像:『使命感にあふれ、自ら考え挑戦する人財』私たちが社員に求めるのは、「独創力」…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP