[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

有機合成の進む道~先駆者たちのメッセージ~

 


先日、東京大学弥生講堂にて開催された、有機合成化学特別講演会 「有機合成の進むべき道―先駆者からのメッセージ―」と題された講演会を拝聴してきました。

今年の学士院賞を受賞された、知る人ぞ知る有機合成化学者の大物4名(北原武、大類洋、村井 眞二、村橋俊一 教授)が若手向けにメッセージを送るという主旨の、豪華そのものな講演会でした。

それぞれ個性豊かな方ばかりで圧倒されましたが、その中でも筆者にとって特に刺激的だったのは、村井教授のお話です。


C-H活性化型触媒反応を開発し、現在の一大研究領域の先駆者となった村井教授。
この成果、実はいわゆるセレンディピティの帰結ではありません

2015-08-22_10-13-10

村井教授らによって1993年に開発された触媒的C-H活性化反応

村井教授は1980年代に既に以下の3テーマを想定し、「こんなことができればいいよね」とメンバーと良く語り合っていたのだそうです。

project_murai_1980.gif

このうち(1)のC-H活性化は後に形を変え、村井教授自らが一番手に実現したものです。
つまりかの歴史的業績は偶然でもなんでもなく、全くの信念によってもたらされた成果だということです。

そうあるためには当然ながら、当時としてはまったく夢そのものなテーマを思い描けていなくてはなりません。「この発想が30年前に出るのか!?」と感嘆するしかない着眼点とイマジネーションは、ひとこと「非凡」としか形容できないものに思えます。

偶然性を超越していけるほどの信念と発想は、日本の土壌にも確かにある―それは改めて認識されるべき事実でしょう。

欧米化学者が誰一人成しえなかったブレイクスルーの背景には、かくのごとく強い信念があったわけですが、それに至った現場の経緯も、また想像以上のものでした。

C-H活性化触媒の開発は当然ながら、当時としてはリスキー過ぎるテーマの一つ。
それゆえ、取り組ませてきた当時修士課程の学生(=垣内史敏・慶応大教授)に、予めこのようなサジェスチョンをしていたのだそうです。

「博士課程の間にノーデータでも困らないよう、修士課程のうちに博士論文が書けるデータを、別テーマで全部集めさせた」

こんなことを文字通り実行出来る飛びぬけた学生は、まずもって相当レアでしょう。

しかしここで考えてみてください。もしもそのような学生に出会ったとき、自分ならどうするか?――守るべきものもあって、研究室を維持しなくてはならない立場です。データを安定供給させる側に向かわせるというのが、大抵の帰結だと思えます。結果を持ってくること100%確実なわけですから。

しかし村井教授はあえてそうさせず、『トップクラスの学生だからこそ、最大級のチャレンジに取り組ませ、未踏の境地へ到達するきっかけとした』わけです。この選択は、誰しもできる類のものではないでしょう。村井教授の非凡さは、そういう点にもあると思われました。

またほかにも、

「研究には【思考ドリブンなテーマ】【実験ドリブンなテーマ】の二通りがある。後者のアイデアはnaive(悪い言い方をすればアタマの悪いもの)であるほどよい」

などの話もユニークでしたし、

「研究室ではうまくいかないのが常態です」

とも強く言い切り、目先の結果に固執しないさまを披瀝しておられました。

ことばの節々から「これはアリ、これはナシ」と断ずることのできる、確固たる指針とぶれない強い研究哲学が感じ取れ、これまででもっとも刺激的な講演の一つだったと思えます。

他のお3方も、自分の研究経験をもとに、若手化学者に向けた熱いメッセージを送っておられました。
すべて紹介すると長くなり過ぎるので割愛させていただきますが、総じて内容の濃いすばらしい講演ばかりだったと思います。

 

関連リンク

The following two tabs change content below.
cosine

cosine

博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 化学に耳をすませば
  2. 分子レベルでお互いを見分けるゲル
  3. CO2を用いるアルキルハライドの遠隔位触媒的C-Hカルボキシル化…
  4. 二つのCO2を使ってアジピン酸を作る
  5. 貴金属に取って代わる半導体触媒
  6. ポリセオナミド :海綿由来の天然物の生合成
  7. 近況報告Part V
  8. 振動結合:新しい化学結合

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. がん細胞を狙い撃ち 田澤富山医薬大教授ら温熱治療新装置 体内に「鉄」注入、電磁波で加熱
  2. ラロック インドール合成 Larock Indole Synthesis
  3. 深共晶溶媒 Deep Eutectic Solvent
  4. ボルテゾミブ (bortezomib)
  5. 浦野 泰照 Yasuteru Urano
  6. 2009年9月人気化学書籍ランキング
  7. ジャクリン・バートン Jacqueline K. Barton
  8. 【書籍】「世界一美しい数学塗り絵」~宇宙の紋様~
  9. 【第一三共】抗血小板薬「プラスグレル」が初承認‐欧州で販売へ
  10. マイクロフロー瞬間pHスイッチによるアミノ酸NCAの高効率合成

関連商品

注目情報

注目情報

最新記事

研究のための取引用語

企業の研究員や研究室のスタッフになると、必要な機器や物品を自ら購入する機会が多々ある。その際に知って…

研究室でDIY!~割れないマニホールドをつくろう~

どこでも誰でも使える、ちょっとしたDIYテクニックを共有し、皆でラボを便利に使いましょう・節約しまし…

材料研究分野で挑戦、“ゆりかごから墓場まで”データフル活用の効果

材料研究分野でデータを“ゆりかごから墓場まで”フル活用するシステムの構築が進んでいる。人工知能(AI…

150度以上の高温で使える半導体プラスチック

Perdue大学のMei教授らは、150ºC以上の高温でも安定的に電気を流せる半導体ポリマー材料を開…

化学構造式描画のスタンダードを学ぼう!【応用編】

前回の【基本編】に引き続き、化学構造式描画の標準ガイドラインをご紹介します。“Graphical…

アジドの3つの窒素原子をすべて入れる

ホスフィン触媒を用い、アジド化合物とα,β-エノンからβ-アミノα-ジアゾカルボニル化合物を合成した…

Chem-Station Twitter

PAGE TOP