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化学者のつぶやき

分子の対称性が高いってどういうこと ?【化学者だって数学するっつーの!: 対称操作】

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群論を学んでいない人でも「ある分子の対称性が高い」と直感的に言うことはできるかと思います。しかし分子の対称性を利用して化学を論じるには、対称性に関する専門用語を身につける必要があります。そこで身につけた専門用語は、群論を使って分子軌道を理解したり、光化学的な選択律を議論したりする際に役立ちます。この記事では、群論を学ぶための初歩の初歩として、対称操作と対称要素についてお話しします。

分子の対称性が高いとはどういうことですか?

おおまかにいうと、分子の対称性が高いとは、たくさんの種類の対称操作を実行できることを指します。次に詳しく説明しましょう。

対称操作とはなんですか?

ある物体に対して、回転させたり反転させたりした後の前後で、物体の構成要素や方向が変わったことを区別できないことがあります。例えば、今あなたがそっぽを向いている間に、ここにあるアンモニア分子 NH3 を 120 度回転させたとしても、あなたはこのアンモニアが回ったかどうか気づくことはできません。なぜなら操作の前後で物体の点が等価な場所に移動しているからです。下の図には、水素1、水素2、水素3と番号を振られていますが、この番号がなければ、それぞれの水素は本来区別できないのです。このように、番号を付けていなければ区別できないような物体の配置を、等価な配置といいます。

上の例のように、物体のすべての点を、それと等価な点へ動かす操作を対称操作といいます。このとき、対称操作が実行される中心となる点、線、面を対称要素といいます。対称要素は、対称操作において動いていない点とも解釈できます。なぜなら「ある軸に対して回転する」という対称操作を行ったとき、軸上にある点は動かないからです。同様に、「ある面に対して反転する」という対称操作を行ったとき、その面上の点は動きません。

先ほどのアンモニアの例に戻します。もしアンモニアを 240 度回転させたとしても、分子のそれぞれの点を等価な点へと動かすことができます。しかし、水素の番号にまで着目すると、その並びは 120 度回転のときの並びと異なっています。したがって 240 度回転と 120 度回転は異なる対称操作であると言えます。では、反時計回りに 120 度回転する操作はどうでしょうか。反時計回りに120度回転する操作によって得られる配置は、時計回りに 240 度回転する操作によって得られる配置と同じです。したがって、アンモニアの水素に番号を付けていたとしても、反時計回り 120 度回転と時計回り 240 度回転の結果を区別することはできません。反時計回り 120 度回転は新しい対称操作とは認められず、240 度回転でその操作を代表させます。

時計回り 240 度回転と反時計回り 120 度回転は同じ対称操作. 

アンモニアの対称操作はそれ以外にもありますが、ひとまず、アンモニアには、いくつかの異なる対称操作を実行できることがお分かりいただけたかと思います。

次に三フッカホウ素 BF3 について考えてみましょう。BF3 も、アンモニアと同様に 120 度回転や 240 度回転により、等価な配置へ分子を動かすことができます。さらに BF3 は平面なので、ひっくり返すという操作を行っても、等価な配置になります。下の図では分子がひっくり返ったことを明示するために, 元素記号も上下逆さまに書いています。しかし、実際には原子の裏表は区別できないため、ひっくり返された配置も元の配置と等価な配置とみなされます. 一方、アンモニアはピラミッド型なので、ひっくり返す操作は対称操作になりません。つまり、BF3 にはひっくり返す対称操作があるため、BF3 とアンモニアでは、BF3 の方が実行できる対称操作の数が多く、BF3 の方がアンモニアよりも対称性が高い、ということになります。

BF3 はひっくり返す対称操作をもつためアンモニアよりも対称性が高い. 

対称操作にはどのようなものがありますか?

分子の対称性を考えるのに必要なのは、たった 5 種の対称操作や対称要素だけです 。それらの大まかな説明を下の表にまとめました。対称操作と対称要素はセットなので、同じ記号を割り当てられています。同じ記号が割り当てられてはいますが、対称操作と対称要素は別の用語であることに注意しておきましょう。上でお話ししたように、対称操作は分子に対して実行する操作です。一方、対称要素は分子の中に存在する点、線、面のことです。

では、上述の4種の対象操作と対象要素について 1 つ 1 つお話しします。

Cn 回転はどんな操作ですか?

Cn 1/n 回転する操作を表します。例えば C2 だと 1/2 回転です。言い換えると半回転あるいは 180 度回転です。C3 だと 1/3 回転です。言い換えると 120 度回転です。
では 240 度回転の場合はどう表すのでしょうか。240 度回転は、120 度回転を 2 回繰り返すことと同じです。そこで、数学の累乗のように C32 のように書いて、C3 を 2 回繰り返すことを表します 。

240 度回転は 120 度回転を 2 回繰り返すことなので C32 と表します.

しかし、360 度回転を C33 とは書きません。360 度回転すると、もとの配置が得られるため、何もしなかったことと同じです。なので、これには別な特別な記号 E が割り振られています。同様に C34 で得られる 480 度回転は、120度回転と同じ配置を作るので、新しい対称操作とは認められません。C34C3 回転と等価です。

C33は120 度回転を 3 回繰り返すことなので 360 度回転に対応しますが, これは E と表されます.

C3 から n の数を一つ増やした C4 は 90 度回転です。90 度回転を 2 回繰り返すことによって得る 180 度回転 C42 はもはや C2 と等しいので、C2 と表します。ただし、参考書によっては、その C2 C4 から生まれたものであることを明示するために、”C2 (= C42)” と書いている場合もあります。C43 は270 度回転であり、新しい対称操作として認められます。C44 はもはや 360 度回転なので、E と表されます。

C 回転が行われる軸を Cn 軸と言います。たとえば C3 操作を行うときの対称要素が、C3  軸です。ただし、C32 操作の対称要素を C32 軸とは言いません。その操作における回転軸は、単に C3 軸と言います。そして、回転軸の下付き文字 n は、その回転軸の次数 order といいます。

分子の主軸とはなんですか?

対称性が高い分子では、複数の回転軸を持つ場合があります。このとき、最も次数が大きい軸をその分子の主軸と定義します。例えば、下の BF3 について考えます。この分子は、C3 回転軸と それと垂直に交わる C2 軸を 3 つ持ちます。このなかで、C3 回転軸が最も次数が大きいので、C3 回転軸がこの分子の主軸になります。

鏡映はどんな操作ですか?

鏡映はある面に対して、物体を反転させる操作を表します。記号は σ であらわします。例えば BF3 分子は平面三角形の構造を取るため、分子平面は鏡面であると考えられます。この鏡映面は水平鏡面と呼ばれ、horizontal の h を添えて σh と表されます。

BF3 を分子平面で反転させると, 等価な配置が得られます. 図では反転させたことを明示するために, 元素記号の上下も反転していますが,  現実には元素に上下はないため, 操作の前後で等価な配置であると考えられます. 

BF3 分子は、分子平面以外にも鏡面を持ちます。それは、分子平面に垂直で、B–F 結合を含む面です。これは垂直鏡面と呼ばれ、vertical の v を添えて σv と表されます。

厳密には、水平鏡面や垂直鏡面は、ある分子が回転軸を持つときにのみ定義されます。すなわち、水平鏡面は分子の主軸に垂直な鏡映面と定義します。一方、垂直面は主軸を含む鏡映面と定義します。ただし、あとで詳しく説明するように、その分子の主軸が偶数の場合、2種類の垂直面が存在します。その一方は正式に σv と名付けられますが、もう一方は σd と名付けられるので注意が必要です。

σσ は何が違うんですか?

σd  は、主軸の次数が偶数のときにのみ現れる垂直鏡面で、σv と σ が作る二面角は、主軸の回転角の 1/2 になっています。2 種類の垂直鏡面が存在するとき、どちらを σv にして、どちらを σ にするかは慣例的に決まります。順を追って説明しましょう。

まず気づいておかなければならないことは、主軸の存在により、他の対象要素が複製される場合があることです。例えば  BF3 について考えます。この分子は、下の図のように垂直鏡面 σv   3 持ちます。この 3 という数は、主軸 C3 の次数と一致しています。この理由は、もし 1 つの σv を見つけたなら、C3 回転によって、そのσv と等価な σv があと 2 つ複製されるはずだからです。これは主軸に垂直な C2 軸についても同じです。下の図のように BF3 は 3 つの C2 軸 を持ちます。その理由は、もし1つの C2 軸を見つけたなら、C3 回転によって、あと 2 つの C2 軸が複製されるからです。

同様に、C6 軸を持つベンゼンについて考えてみましょう。C6 軸とベンゼンの六角形の対角線を含む面は、垂直鏡面になっています。これも C6 回転により複製されるはずです。では、この鏡面に等価な鏡面はいくつ存在するのでしょうか。答えは C6 の次数の “6” … ではなく 3 です。なぜなら、C6 を 3回繰り返すと 180 度回転に対応します。このとき面を 180 度回転させると、もとの位置に戻ってしまうのです。

ただし、ベンゼン分子の鏡面はその 3 つだけではありません。向かい合うC–C 結合の切るような面も、鏡面になっています。言い換えると、ベンゼンの対角線からできた角を 2 等分する面が、別の鏡面になっています。この二等分面の鏡面も、C6 軸により 3 回複製されるはずです。

上記の 2 種の鏡面を合わせるとベンゼン環に垂直な鏡面は計 6 つ存在することになります。やはり、6 という数は主軸 C6 の次数と同じです。しかし、BF3 のときと異なり、ベンゼン環に垂直な 6 つの鏡面は等価ではありません。 慣例上、六角形の対角線 (C2軸) を含む面は真の垂直鏡面として正式に垂直鏡面 σv と命名されます。一方、向かい合う C–C 結合を結んだ線 (C2軸) を含んだ垂直鏡面は、二面角などを意味する dihedral の頭文字を取り、σd と命名します。σv と σd が作る二面角は、主軸 n による回転角度の半分に一致しています。

これは主軸に垂直な C2 軸 についても同じです。ベンゼンは 主軸に垂直な C2 軸を、6 つ持ちます。しかし、6 つの C2 軸は等価ではありません。六角形の対角線になっている C2 軸は C2と命名され、そしてその C2を二等分する C2 軸 ( = 向かい合う C–C 結合の中点同士を結んだ線) をC2と命名されています。

σd が定義されるのは、n が偶数のときのみであることに注意しましょう。BF3 の例で見たように n が奇数のとき、垂直鏡面は全て等価なので、すべて正式に垂直鏡面 σv と命名されます。重要なので繰り返します。

もし主軸 Cn に垂直な C2 軸や垂直鏡面があるとき、それらは 主軸の回転操作により複製されます。このとき
n が奇数なら n 個の C2 軸や垂直鏡面 σv はすべて等価です
n が偶数なら 2 種類の C2 軸や垂直鏡面 σv が n/2 個ずつ存在します

反転はどんな操作ですか?

物体の中心に対して、すべてを反転させる操作を反転といい、その中心を対象中心といいます。記号は i で表されます。

恒等はどんな操作ですか?

恒等操作は、何もしない操作です。記号は E を使います。恒等操作に対応する適切な対称要素はありません。

回映はどんな操作ですか?

物体を 1/n 回転させた後、その回転軸に垂直な面に対して鏡映する操作を回映といいます。先に鏡映してから、1/n 回転させても問題ありません。英語では improper rotation や rotary reflection と言い、記号は Sn で表されます。S という記号はドイツ語で鏡を意味する spiegel から来ています。たとえばメタン CH4 において、上の図のようにH–C–Hを二等分する軸で 1/4 回転 (90º 回転) させた後反転させると、元の構造と等価な構造が得られます。つまりメタンは S4 操作を実行可能です。

Sn操作ができるからといって、Cn操作ができるとは限りません。上の図で表したように、S4 操作の途中である 90 度回転を行なった直後の配置は、元の配置と等価ではありません。水素の位置が元の位置とは違っています。したがってメタンの S4 軸は C4 軸にはなっていません。そのため、上の図では S4 の途中の 90 度回転にはクオーテーションマークをつけて、”C4” と表しています。”C4” のあとの上下反転についても同じ、水色に示した面で鏡映する操作は、本来メタンの対称操作にはなっていません。

いくつかの回映操作は、ほかの対称操作と等価な場合があります。例えば S1 は、C1 回転をしてから、その回転軸の垂直面に対して鏡映することです。ただし C1 は360 度回転、つまり何もしないことと同じです。したがって、S1 は単なる鏡映操作のことであるといえます。同様に S2 は 180º 回してから上下反転することなので、分子中心に対する反転操作 に相当します。

なぜ回映操作が一つの対称操作なのですか?

回映操作は、回転と鏡映を続けて行っているように見えるため、1 つの対称操作とみなすことに抵抗があるかもしれません。しかし、実際に回映操作はれっきとした対称操作として認めなければなりません。その理由は 2 つの方法で説明できます。1つは、回映操作がないと、一度の操作によってメタンの全ての等価な配置を再現できないことです。

例えば、四面体の 4 つの頂点に番号を振ることを考えます。その番号付けの方法は、4 x 3 x 2 x 1 = 24 通りあります。記事の前半部分で「ある物体のすべての点をそれと等価な点へ動かす操作を対称操作」と言いました。逆に言うと、ある配置からそれと等価な配置へと動かす操作は、すべて対称操作として認められます。例えば、下の図において右列の一番上の配置は、左の配列からの C3 回転によって対応づけられます。また、右列の 2 段目の配置は、鏡映によって対応づけられます。では、3 段目の配置はどうでしょうか?これが回映操作 S4 にあたります。回映という操作を 1 つの対称操作として認めなければ、メタンの24通りの等価な配置を対応づけられないのです。

CH4 の配置は 24 通り存在しますが, S4 を対称操作とみなさなければ, その全ての配置を一度の操作で得ることができません. 

回映操作が1つの対称操作として認められなければならない 2 つ目の理由は、群論の閉集合性です。
群の性質については、次回以降の記事でも詳しく説明するため、その要点をまとめると、ある群に属する対称操作を2回繰り返した結果得られる操作もまた、その群に属さなければならないのです。例えば BF3 分子は D3h 群に属し、 C3 軸と σh  鏡映面を両方持ちます。このとき、群の閉集合性によると C3 と σh  を続けて行う操作 (=対称操作の積) もまた、D3h 群の対称操作に含まれている必要があります。C3 と σh  を続けて行う操作は回映操作 S3 のことであり、回映操作 S3 D3h 群の対称操作として認められなければならないわけです。

回映を繰り返すとどうなりますか?

Cn 操作と同様に Sn 操作も繰り返し行うことができ、それを累乗で表します。その結果は、n が奇数であるか偶数であるかによって繰り返したときに得られる操作が変わってきます。

例えば S32 は、120度回して鏡映してから、さらに120度回して鏡映する操作です。ただし、同じ面に対して 2 回鏡映すると、元に戻ってしまうので、S32 の正味の動きは 240 度回転になります。つまり S32 C32 です。S33 はどうなるのでしょうか。C32 の状態から 120 度回すと、回転角度の和は 360 度となるため、回転については 1 周回ってしまいます。一方、鏡映による分子の向きを考えると、鏡像の鏡像の鏡像なので、それは鏡像です。したがって、S33 は 鏡映 (= σ) と等価であると言えます。

S3 を 3 回繰り返しても元の配置にはもどらなかったので、そこからさらに S3 を繰り返すことで新しい配置が生まれそうです。そのまま S3 を続けて行なってみましょう。S34 では、回転の正味の角度は 120 度で、鏡映操作による向きに関しては正像になります。したがって、S34 C3 と等価です。S35では、正味の回転角度は 240 度で、鏡映による分子の向きは鏡像です。これは新しい対称操作として認められ、S35 S35 としか表現できません。S36 は、正味の角度が 360 度で、鏡映による分子の向きは正像です。これは何もしないことと同じなので、E とみなされます。E が得られたので、S37 以降は、新しい対称操作が生まれることはありませんS3 操作を繰り返すことで、S3, C32, σ, C3, S35, E の 6 つの操作が得られることがわかりました。

このことは Cn の場合と対称的です。なぜなら、 Cn n 回繰り返すと初めの配置と等価になってしまい、Cnn+1 以上の回転操作は考える必要がなかったからです。一方、回映操作 Sn では n 回繰り返しても元の配置に戻らない場合があるのです。

S4 操作についても、繰り返し実行して見ましょう。 S42 は180 度回転で表向きなので、C2 と等価です。 S44 はどうなるでしょうか。実は、S44 は360度回転の表向きなので、何もしなかったことと同じです。つまり、S44 E であり、S44+1 以上繰り返しても新しい操作は生まれません。

これまでの話をまとめます。Sn において、n が奇数だと Sn のを n 回繰り返したときに、物体の向きは鏡像になります。したがって、n が奇数の Sn を持つ物体は、必然的に σh を持ちます。そして Sn 操作を n 回以上繰り返しても新しい配置が得られます。もし Sn において、n が偶数だと Sn n 回繰り返したときに、物体の向きは正像になります。したがって、SnnE と等価で、n 回以上 Sn を繰り返しても新しい配置は生まれません。この事実は、Sn 操作によって生成される巡回群を理解するときに役に立ちます。

Snn n が奇数のとき σh
Snn n が偶数のとき E

おわりに

というわけで、本記事では対称操作と対称要素の用語についてお話ししました。これらの基礎は、多くの無機化学や物理化学の教科書で書いてあることですが、一般的な教科書よりも踏み込んで解説しました。

しかし、対称操作について学んだ後に、こう思ったことがある人は多いのではないでしょうか。

「で、この対称操作と群論がどう関係しているの?そもそも群論ってなに?」

このもやもやを晴らすため、次回の記事では、群とは何かについてお話しし、分子の対称操作が群をなすことについて見ていこうと思います。最終的には、教科書の巻末について言える指標表がどこから湧いて出て来たのかなどを、順を追ってお話しできればと考えています。

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参考文献

  • Cotton, F. A. Chemical Applications of Group Theory, 3rd edition, 1989, Wiley.
  • 原田義也  量子化学 下巻, 2007, 裳華房.

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PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

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