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スポットライトリサーチ

アルカロイド骨格を活用した円偏光発光性8の字型分子の開発 ~天然物化学と光材料化学の融合~

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第599回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 理学系研究科 化学専攻 天然物化学研究室(大栗研究室) の本田 丞 (ほんだ たすく)さんにお願いしました.

大栗研究室では、有機合成化学を駆使して、生合成経路を合理的に改変・拡張するアプローチを提案しています。骨格レベルの構造多様性を系統的に創出し,多官能性分子群を構築するプロセスを開発します。抗感染症・制ガン活性を発現するリード化合物群を創製するとともに,共有結合性リガンドを活用したケミカルバイオロジー研究に取り組んでいます。また、天然物の構造に潜在する分子認識能力を顕在化させ、超分子化学と融合した研究を展開しています。

本プレスリリースの研究内容は、円偏光発光分子の新規合成法についてです。主にsp2炭素で構成されるキラルな芳香族化合物を用いる従来の合成法の多くでは、光学活性なマクロ環を得るためにキラルカラム等での光学分割が必要不可欠であり、キロプティカル特性を有する有機分子創製のボトルネックとなっていました。そこで本研究グループでは、キラルな天然物骨格を基盤とした分子設計により、強力な円偏光発光を示すキラルD2対称性8の字型マクロ環を簡便に合成しつつ、芳香族クロモフォアを自在に改変できるモジュラー式合成プラットフォームを開発しました。 この研究成果は、「Angewandte Chemie International Edition」誌に掲載され、Front Cover に選出されました。またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Rapid Synthesis of Chiral Figure-Eight Macrocycles Using a Preorganized Natural Product-Based Scaffold

Tasuku Honda, Daiji Ogata, Makoto Tsurui, Satoshi Yoshida, Sota Sato, Takahiro, Muraoka, Yuichi Kitagawa, Yasuchika Hasegawa*, Junpei Yuasa*, Hiroki Oguri*

Angew. Chem. Int. Ed. 202463, e202318548.

DOI:doi.org/10.1002/anie.202318548

研究室を主宰されている大栗 博毅教授より本田さんについてコメントを頂戴いたしました!

農工大ラボ4期生の本田 丞さんは、大学院で目覚ましい成長を遂げた有望な若手研究者です。本郷でのラボを一緒に立ち上げたメンバーの1人で、東大の博士課程へ進学しました。中学時代から音楽やギターに情熱を注ぎ、志とバイタリティーを兼ね備えた爽やかなキャラクターです。

サイエンスへの強い関心や好奇心に駆動されながら、本田さんはラボメンバーと切磋琢磨し、メキメキと実力を付けていきました。修士課程後半で得た意外な知見をきっかけに、キラルな8の字型マクロ環の創製に照準を合わせ、持ち前の実力を更に大きく開花させました。本田さんは、建設的な意見やアドバイスを積極的に発信しつづけ、年々頼もしく成長していく姿がラボメンバーの記憶に深く刻み込まれています。

湯浅先生や他の共同研究者のアドバイスを受けながら、実験と計算を繰り返し、有機光化学と天然物合成化学を融合した研究を推進しました。未踏の融合領域研究に果敢に挑戦した本ACIE論文では、本田さんが積み上げたデータがSIにも満載されています。是非ご覧ください。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

キモナンチンに代表される二量体型アルカロイド群に共通するビスピロリジノインドリン(BPI)骨格を活用することで、強力な円偏光発光(CPL)を示すD2対称性キラル8の字型マクロ環状分子群のモジュラー式合成法を開発しました。ビナフチルやヘリセン等の芳香族ユニットを用いた従来法と異なり、トリプトファンから簡便に合成できる本手法では、キラルHPLC等の光学分割を必要としません。

図1:BPI骨格を用いた8の字型マクロ環状分子群のモジュラー式合成

BPI骨格5/5‘位にアルキンを導入し、置換基を改変した3種の環化前駆体のCDスペクトルやX線結晶構造解析から、これらの前駆体がそれぞれ異なる配座を持つことを確かめました。実際、Boc型基質のみでマクロ環形成反応(アルキンホモカップリング)が進行し、ジイン型8の字型分子が効率よく得られることを見出しました。

図2:適切な配座を有する基質を用いたアルキンホモカップリングによるマクロ環化反応

本系を拡張し、ワンポット4連続薗頭カップリングによってマクロ環中央にベンゼン環を導入しつつ8の字型骨格を一挙に構築することにも成功しました。パラ体だけでなくメタ体やオルト体、様々なアリールユニットの導入に成功しました。

本モジュラー式合成法で得られたキラルなマクロ環状分子群は優れたCPL特性を示し、パラ置換ベンゼンを導入した32員環が8の字型有機分子として最大級のBCPL値 (glum = 1.1×10−2, Φfl = 0.74, BCPL = 480 ) を示すことを見出しました。本研究ではこのような分子をL-Trpから9工程、最大総収率15%で合成することが出来ました。

天然物化学と光材料化学を融合したユニークな研究に仕上がったと思います。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

分子設計には思い入れがあります。自分がM1になった直後に研究テーマが変わり、大栗先生から「BPIを使ってシクロデキストリンのような分子を作りたい」と言われました。当時の私は「また教授が無茶なこと言ってるなぁ」と思いつつも、いくつか案を考えて、その中から面白そうなモノを検討しては分子設計を改良していきました。M1の冬にGlaserカップリングを初めて試し、TLCで弱いながらも発光する環化体が確認できました。条件検討の後、DPPFを配位子としたPd触媒を用いることで本反応の収率が劇的に改善しました。PdとCuを使う反応系でマクロ環化が効率よく進むなら、薗頭カップリングに展開できるのでは?と考えて試してみると、強く発光する環化体が得られました。これらの反応のTLCを見た瞬間の感動は今でも鮮明に覚えています。

論文ではあたかも初めから全て設計したように書いていますが、実はほとんど後からわかったというのが実情です。保護基として用いていたBoc基が分子の配座を制御していることも論文にまとめようとしてから、ハッキリとしてきました。環化効率やCDスペクトル、結晶構造からBPI骨格の配座特性を紐解いていく過程は爽快でした。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

研究テーマの設定そのものにかなり悩まされました。マクロ環が効率よく合成出来るようになったものの、どう応用できるかは全く考えられていませんでした。そんな時に、8の字型の結晶構造が得られ、本研究のゴールをCPLにするのがいいのでは?と考えました。合成以外は素人でしたので、そこからの分光分析、DFT計算、結晶構造解析では非常に多くの方々にサポート頂きました。共著者である、理科大の緒方君、湯浅先生、北大の鶴井君、北川先生長谷川先生、東大工学部の吉田君、佐藤先生、農工大の村岡先生に大変お世話になりました。現在では、薬学部の内山先生鳥海先生のご助力もあり、CPL研究の大部分を自分たちで遂行できるようになりました。厚かましくも大部分の測定を自分でやらせていただき、測定条件をしつこく検討出来たからこそ高いBCPL値を示す分子の価値を見出せたと確信しています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

化学の面白さは、理論的に可能な範囲で自由に分子を創成できる所だと思っています。大栗研での6年間で、固定観念に縛られない柔軟な発想と、それを実現するための情熱が、新しいモノを生み出すために必要だと痛感しました。4月から化学メーカーに就職しますが、このマインドを忘れずにこれからも化学に向き合って行きたいと思います。また、このような化学の面白さを発信することにも今後は携わって行きたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

Chem-Station、特にスポットライトリサーチの記事は学部生の頃から毎回楽しみに拝見していました。「いつか自分も掲載されるような成果を発表する」という目標を胸の内に秘め、日々の研究を行ってきました。本研究を通じて本当に多くのことを学び、研究者としてのみでなく人間としても大きく成長できたことを実感しています。

「自分で手がけた分子を可能な限り良い形で世に送り出したい!」という気合で合成や測定を行ったことが結果に結びついたのだと思います。また、講演会や学会発表、日々の研究室のセミナー等から大変多くのことを学びました。自分の研究に使えるアイディアが転がっているかも知れませんし、効果的な発表方法や研究に対する考え方等を吸収できる絶好の機会に「学べるだけ学んでやろう」という気概で参加する、というのはこれからも続けていきたいと思っています。

最後に、研究室配属されたばかりの右も左もわからない私を農工大時代から親身になって導いてくださった大栗教授、学生時代から研究室を牽引し博士の手本となった谷藤助教、東大に移動してから大変お世話になった佐竹准教授にこの場をお借りして感謝申し上げます。また、行き当たりばったりだった本研究ですが、多くの方々にサポート頂き何とか学位審査直前にアクセプトに漕ぎつけることが出来ました。本研究にかかわってくださった全ての方々に感謝申し上げます。結びに、このような機会を与えてくださったケムステスタッフの皆様に御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:本田 丞 (ほんだ たすく)

所属:東京大学大学院 理学系研究科 化学専攻 天然物化学研究室(大栗研究室) 博士課程3年

研究テーマ:ビスピロリジノインドリン骨格を基盤としたキラルなマクロ環状分子群の設計・合成・円偏光発光特性

経歴:

2015年3月 東京都立大泉高等学校 卒業

2019年3月 東京農工大学 工学部 応用分子化学科(大栗研究室) 卒業

2021年3月 東京農工大学大学院 工学府 応用化学専攻(大栗研究室) 博士前期課程終了

2020年4月―2021年3月 東京大学大学院 理学系研究科化学専攻 特別研究学生

2021年4月―現在 東京大学大学院 理学系研究科 化学専攻(大栗研究室) 博士後期課程

2021年10月―現在 次世代研究者挑戦的研究プログラム SPRING GX プロジェクト生

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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