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スポットライトリサーチ

ファンデルワールス力で分子を接着して三次元の構造体を組み上げる

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第 656 回のスポットライトリサーチは、京都大学 物質-細胞統合システム拠点 (iCeMS) 古川研究室 (研究当時) の徳田駿さんにお願いしました。
古川研究室では、分子集合体の基礎的化学を深め、健康・環境・エネルギーなどの分野における課題解決につながる、新しい多孔性材料を創出することを目的として研究を行っています。多孔性材料といえば金属–有機構造体 (MOF) や共有結合性有機構造体 (COF) などが近年盛んに研究されていますが、このたび徳田さんはそれらとは異なる種類の多孔性材料群を提案し、そのコンセプトを実証しました。その成果はプレスリリースとして発表され、日本経済新聞などの一般メディアや Phys Org などの海外ウェブメディアでも取り上げられ、世界的に注目されています。

Three-dimensional van der Waals open frameworks
Tokuda, S.; Furukawa, S. Nat. Chem2025in press. DOI: 10.1038/s41557-025-01777-0

徳田さんを指導した古川先生より徳田さんの人となりについてコメントをいただいています。

徳田くんと初めて会ったのは、彼が京大に入学した2018年4月の授業でした。iCeMSの教員4人で提供している少人数制ゼミ「サイエンスジャングルの歩き方」では、研究テーマの発案、仮想実験、論理的な発表を行ってもらうのですが、18歳でここまで理路整然と話せるのかと思うくらい見事な発表するのが徳田くんでした。その後、縁あって1回生から修士終了までの6年間私の研究室に在籍し、本当の科学研究を楽しんでくれたと思います。

化学者として徳田くんが特に優れている点は、その観察眼です。塩化ナトリウム二水和物の結晶化、銅板からの酢酸銅の合成など、幼少期から自宅で化学実験を行っていたそうです。もちろん家には分析装置がないため、実験対象をじっくりと観察し分子レベルでの挙動を推測する必要があったことから、科学的洞察力が相当に磨かれています。実際に卒業研究を始めた際に、これまで複数名の博士研究員が達成できなかった新規金属錯体多面体(MOP)の合成に挑戦し、これまでの実験条件では合成できなかった理由を反応後の溶液の色と粘性から突き止め、驚くべきことに1週間で合成しました。これが本論文の発見であるWaaFにつながるロジウムイオンとナフタレンジイミド(NDI)配位子からなる八面体型MOPです。今回の論文ですが、彼の3章立ての修論の第1章です。残り2章も近いうちに世に出しますので、ぜひご期待ください。

アイデア―実験―考察をいったりきたりして、何か新しいものを作り出す化学はクリエイティブな彼にとっての天職だと思います。研究は運の要素ももちろんあるけど、それを逃さないのは観察眼なんだと徳田くんと一緒に研究をやったことで学ぶことができました。徳田くんはマックスプランク研究所で博士課程研究を始めたところですが、将来的には日本を背負って立つ化学者になってくれるでしょう!見届けることができたらいいなと思っています。

今回も論文の裏側にある研究のリアリティについてお話しいただきました。それではインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?

本研究では、ファンデルワールス力を利用して分子を網目状に組み上げた新たな多孔性材料「多孔性ファンデルワールスフレームワーク(WaaF」の開発に成功しました。この新材料は近年精力的に研究されている多孔性フレームワーク材料の常識を良い意味で裏切る、新たなファミリーといえます。

2000年代初頭から2025年現在までの化学研究における一大ブームのひとつとして、多孔性配位高分子(MOF)や共有結合性有機構造体(COF)をはじめとする多孔性フレームワーク材料の開発が挙げられます。これらは有機分子と金属イオン、あるいは有機分子同士を強い化学結合で連結させることで合成される網目状の固体材料であり、そのナノサイズの網目を利用したガス分子の貯蔵や分離、また触媒としての利用など、その活用は非常に幅広い分野で期待されています。これらの材料を合成する上で鍵となるのが原料分子同士を繋ぐ強い結合の存在であり、配位結合や共有結合といった安定な化学結合を利用した材料設計がこれまで常識とされてきました。

本研究のポイントは、強い化学結合に頼ることなく分子を繋げて、安定な多孔性フレームワークを合成した点にあります。そのために私たちが注目したのが、ファンデルワールス力です。高校化学でも習う通り、ファンデルワールス力はあらゆる分子の間に働く非常に弱い引力とされています。しかしながらこの感覚を裏切る例こそが、壁や天井を這い回るヤモリです。ヤモリの足の裏は無数のヘラのような形状をした毛に覆われていることが知られており、ヤモリはこの毛の先端を壁と密着させ、大面積で壁に接触することで、強力なファンデルワールス力を発生させて体を支えています。すなわちファンデルワールス力が弱いとされているのは私たちが普段扱う分子が小さいからであり、ひとたび大きな分子同士を密に接触させることができれば、非常に強い力でそれらを結び付けることが可能となるはずです。このような考えに基づき、私たちはファンデルワールス力を利用した新たな多孔性材料「多孔性ファンデルワールスフレームワーク(van der Waals open Framework; WaaF)」の合成に挑戦しました。

大きな分子サイズと密な分子間相互作用を同時に達成するのに最適だったのが、古川研究室の主な研究トピックである金属錯体多面体(MOP分子でした。具体的にはナフタレンジイミド(NDI)骨格を有するジカルボン酸配位子とRh(II)イオンとを反応させることで、正八面体型の形状を示すMOP分子を新たに合成しました。このMOPは直径が2 nmを超える大型分子であり、その分子表面には平滑なNDI骨格が並んでいます。実際にこのMOPを結晶化させてみたところ、MOP分子はその8つの面のうち4つを隣接分子と密着させることで、ダイヤモンドの結晶構造のようなMOP分子の網目を形成することが明らかになりました(WaaF-1)。WaaF-1は網目内部に取り込まれた溶媒分子を取り除いてもこの網目構造を保ち、また優れた熱安定性、多孔性を示しました。またWaaF-1中の分子間相互作用について量子化学計算を行ったところ、MOP分子間の相互作用はファンデルワールス力による寄与が主であり、400 kJ/mol以上にも及ぶエネルギーで相互作用していることが示唆されました。この結果は、MOP分子同士がC-C単結合以上の強さのファンデルワールス力で結び付いていることを示しています。また従来のMOF・COF等とは大きく異なり、WaaFは再結晶による構造の再生が可能です。これはMOP分子が化学結合ではなくファンデルワールス力で結び付いているからこそ成せる特徴であり、有機溶媒を用いることで実際にグラムスケールでのWaaFの再結晶にも成功しました。

本研究は「分子を大面積で相互作用させる」という比較的シンプルな戦略がファンデルワールス力を制御する上で有用であることを示しています。ファンデルワールス力はあらゆる種類の分子間に働く普遍的な相互作用であることから、今後はMOPに限定されない、様々な機能性分子を用いたWaaFの合成やその活用に注目が集まることを期待しています。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください

一番思い入れがあるのは単結晶X線構造解析です。八面体型MOP分子の合成は当初の予想よりも簡単でしたが、その後の単結晶の育成にかなり手こずりました。また直径 2 nmを超える分子の結晶であるため必然的に単位格子が大きく、構造解析には強力なX線とテクニックが必要でした。毎月のように足繁く兵庫県のSPring-8に通い、幾度と失敗を重ねた末にWaaFの結晶構造を同定することができました。そのような経緯もあり、論文中ではできる限り美しく結晶構造が見えるように工夫を凝らしています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

今WaaFと呼んでいる物質そのものは実は研究の早い段階で合成できていましたが、その発見が分野にとってどのような意味を持つことになるのか、納得のいく説明が浮かぶまで1年弱ほど費やしました。量子化学計算や特性評価を重ねた末、「ファンデルワールスフレームワーク(WaaF)」という名前を古川先生と一緒に編み出した瞬間は今でも鮮明に覚えています。名は体を表すといいますが、WaaFを命名した後はその名前に導かれるようにして追加実験や論文執筆がスムーズに進みました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

これまでと変わらず、誰よりも化学が好きで、誰よりも化学研究を楽しんでいられるように心掛けたいです。また博士課程は斬新な研究テーマに挑戦できる絶好の機会なので、多くの人を驚かせられるような研究を今後数年間でさらに展開できればと思います。将来的には、まだ名前もないような新しい化学分野を切り拓きたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!

本研究を通して私が学んだこと、そして読者の学生の皆さんに伝えたいことは、常に主体的に観察を続けることの大切さ・楽しさです。特に研究を始めたばかりの頃は研究室の先輩や先生方の知識量や判断力に圧倒されることも多いかと思いますが、研究対象に直接触れているのはその研究に取り組む学生本人に他なりません。研究対象が稀に見せる些細な変化に気づくことができるのは学生の特権とも言えます。学部生・大学院生の方々にはその特権を謳歌しつつ、物語の主人公かのような気分で楽しく研究に取り組んでほしいと思います。

最後になりますが、本研究に限らず、私の過去6年間のiCeMS古川研究室での研究生活を充実したものにしてくださった多くの方々に感謝申し上げます。私は京都大学に入学した当初から当研究室で活動していましたが、特に最初の4年間はあまりにも未熟な私を、古川先生をはじめとして当時の大学院生やポスドク、研究所の方々が手厚く支えてくださいました。本研究は皆さんの尽力の賜物です。今後は自分らしい研究を展開することを通じて、これまでお世話になった方々への恩返しができればと思います。

研究者について

名前:德田 駿(とくだ しゅん)
所属:京都大学物質-細胞統合システム拠点 (iCeMS) 古川修平研究室 M2(当時)(現 マックスプランク固体研究所 (MPI-FKF) Bettina V. Lotsch研究室 D1)
略歴
2022年3月 京都大学 工学部 工業化学科 卒業
2024年3月 京都大学大学院 工学研究科 合成・生物化学専攻 博士前期課程 修了
2024年4月~7月 京都大学 物質-細胞統合システム拠点 (iCeMS) 古川修平研究室 研究員
2024年8月~現在 マックスプランク固体研究所 (MPI-FKF) Bettina V. Lotsch研究室 博士後期課程

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PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

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