[スポンサーリンク]

一般的な話題

アズレンの蒼い旅路

[スポンサーリンク]

 

アズレンは、炭素数10・水素数8の炭化水素であり、非ベンゼン系芳香族化合物の代表格のひとつにして、鮮やかな青色が特徴の物質です。アズレンとナフタレン構造異性体の関係にあることを思い出すと、なぜ色がつくのかなかなか考察し甲斐がありますが、それはさておき、このアズレン構造を持ったオモシロ化合物をいくつか紹介していきましょう。

大学の化学の教科書では、たいていヒュッケル則の話のあたりで、アズレンは顔合わせになるかと思います。アズレン誘導体は、薬草であったり、園芸ハーブであったり、ある種の植物エキスを蒸留することで得られます。キク科草本のカモミール(Matricaria recutita ) ・ハマビシ科木本のユソウボク(Guaiacum officinale )・イネ科草本のベチバー(Vetiveria zizanioides )などなど。これらの植物に含まれていた内生の化合物は、もっと水素原子がついて飽和した別の化合物だったのですけれども、人為的な加熱によって化学変化し、アズレンのような平面構造になるようです。

こうして得られるアズレン構造を持った化合物は、抗炎作用などの薬理活性があり、穏やかな効き目のため、古くから現代に至るまで、目薬・胃薬・喉薬などに使われてきました。このような 生理活性アズレンがネアンデルタール人の歯からも検出されたことから、薬草成分として2万年以上前から使われていたようです[4]。

GREEN0192.PNG

Google翻訳より / アズレンの語源

 

アズレン構造を持った内生の化合物はないのか、というと実はあって、ルリハツタケ(Lactarius indigo )の青色色素が該当します[5]。ルリハツタケは毒々しいほどに鮮やかなキノコですが、見た目と違って食べられます。傷みやすく足が早いものの、採りたてを食べると美味しいらしいです。

Lactarius_azulene

 

ルリハツタケ青色成分(出典:Wikipedia)

 

また、アズレン構造がいくつか連なった興味深い構造を持つ天然化合物が、つい最近、サンゴのなかまであるウミウチワ(Anthogorgia sp.)から単離されています。こちらは、フジツボの着生を抑制する生理活性があったとか[6]。

GREEN0194.PNG

他にも十数種類が単離 / 報告(2011.12)されたばかりなためFirst Synthesisはまだのはず

 

では、人工のアズレンで面白い物性を持ったものはないのかというと、さすが特異な構造をしたアズレンだけあって、盛んに研究されています。とくに、ポルフィリン[1]であるとか、フタロシアニン[3]であるとか、環状化合物と融合させたタイプのユニークな化合物がいくつも合成されています。単に共役系を伸ばしていくだけではなく、「もっとパイを!(More π, please!) [2]」という真摯な叫びに、分極して応えられる点が、アズレンを組み込む利点のひとつでしょう。光子電子の受け渡しを仲介する分子として、応用される日も近いかもしれません。アズレンを組み込む反応法も、同時にあいまって洗練されてきました。

2015-11-11_15-12-00

それぞれ論文[1],[2],[3]で合成

 

教育・薬理・材料と大人気のアズレンですが、まだ届かない蒼い旅路のフロンティアには、たくさんの可能性が待っていることでしょう。

 

参考論文

  1.  “A Quardruply Azulene-Fused Porphyrin with Intense Near-IR Absorption and a Large Two-Photon Absorption Cross Section” Kei Kurotobi et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2006 DOI: 10.1002/anie.200600892
  2. “Tetraazuliporphyrin Tetracation” Natasza Sprutta et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2009 DOI: 10.1002/anie.200900496
  3. “Azulenocyanine: A New Family of Phthalocyanines with Intense Near-IR Absorption” Atsuya Muranaka et al. J. Am. Chem. Soc. 2010 DOI: 10.1021/ja101818g
  4. “Neanderthal medics? Evidence for food, cooking, and medicinal plants entrapped in dental calculus” Karen Hardy et al. Naturwissenschaften 2012 DOI: 10.1007/s00114-012-0942-0
  5. “Preformed azulene pigments of Lactarius indigo” A. D. Harmon et al. Cell. Mol. Life Sci. 1980 DOI: 10.1007/BF02003967
  6. “Anthogorgienes A – O, New Guaiazulene-Derived Terpenoids from a Chinese Gorgonian Anthogorgia Species, and Their Antifouling and Antibiotic Activities” Dawei Chen et al. J. Agric. Food Chem. 2011 December DOI: 10.1021/jf2040862

 

関連書籍

 

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 神経細胞の伸長方向を光で操る
  2. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑫:「コクヨの…
  3. アメリカ大学院留学:卒業後の進路とインダストリー就活(1)
  4. 【四国化成ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)
  5. OMCOS19に参加しよう!
  6. 磁力で生体触媒反応を制御する
  7. 表面酸化した銅ナノ粒子による低温焼結に成功~銀が主流のプリンテッ…
  8. 研究テーマ変更奮闘記 – PhD留学(前編)

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. イタリアに医薬品販売会社を設立 エーザイ
  2. オープンアクセス論文が半数突破か
  3. (–)-Daphenezomine AとBの全合成
  4. ホウ素ーホウ素三重結合を評価する
  5. LG化学がグローバルイノベーションコンテストを開催へ
  6. 2,2,2-トリクロロエトキシカルボニル保護基 Troc Protecting Group
  7. 論文をグレードアップさせるーMayer Scientific Editing
  8. 塩化インジウム(III):Indium(III) Chloride
  9. 化学系企業の採用活動 ~現場の研究員視点で見ると~
  10. テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0) : Tetrakis(triphenylphosphine)palladium(0)

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年2月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
272829  

注目情報

最新記事

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜

第109回薬剤師国家試験 (2024年実施) にて、以下のような問題が出題されま…

産総研がすごい!〜修士卒研究職の新育成制度を開始〜

2023年より全研究領域で修士卒研究職の採用を開始した産業技術総合研究所(以下 産総研)ですが、20…

有機合成化学協会誌2024年4月号:ミロガバリン・クロロププケアナニン・メロテルペノイド・サリチル酸誘導体・光励起ホウ素アート錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年4月号がオンライン公開されています。…

日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました

3月28日から31日にかけて開催された,日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました.筆者自…

キシリトールのはなし

Tshozoです。 35年くらい前、ある食品メーカが「虫歯になりにくい糖分」を使ったお菓子を…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP