[スポンサーリンク]

ケムステしごと

DOWとはどんな会社?-1

[スポンサーリンク]

Dow_01.png

  今回は「どんな会社?」シリーズ、BASFに次いで世界第2位の売上げを誇るDow Chemicalをご紹介します。

 Tshozoです。 力いっぱい後ろ向き、が身上です。

 今回はわが敬愛するBASFの対抗馬、Dow Chemicalにスポットを当てましょう。化学業界売上規模世界第2位の6兆円超、米化学界の魁Dow Chemicalとは一体どんな会社なのでしょうか? アジアでのシェアがあまり高くない(売り上げ全体の20%程度)のため日本では正直少し影が薄いのですが、その事業規模はBASFに全く引けを取りません。なお日本の化学メーカで無理やり喩えると、信越化学工業(HP)と東ソー(HP)が一番工業製品メーカとしてのイメージが近いです。

 まず第1回目は同社の歴史から紐解きましょう。

Dow_02.png

創業者 Herbert Henry Dow(左) と その息子 Willard Dow(右)こちらから引用

 社名であるDowは実は人名です。「住友家」が住友化学をつくったように、Dow家がDow Chemicalを作ったわけです。また、BASFはもともとがタール収集→インディゴ染料→合成化学・・・という、どちらかというと有機化学寄りのスタートだったのに対しDow Chemicalは無機化学がスタートとなっています。アメリカのミシガン州で出発した会社の発展を創業期、発展期、拡大期と大きく3つに分けてみてみましょう。

 【創業期】
 Dowを紐解く重要なカギとして、「電解技術」があります。創業時の重要な収入源は、かん水(Brine:無機塩分の高い地下水)から得られる臭素(Bromine)でした。1900年当時から医薬品原料や写真現像に使用されていたのですが、これを効率よく取り出すのに電解技術を応用、他に類を見ない高収率で回収することに成功したのです。 実は創業者であるHenry Dowは大学の時点でこの臭素を取り出すための論文を"Science"(当時)に載せるレベルで仕上げ、ここにDow社の原型を築くのです。なお意外なことにこの臭素は日本にも輸出されていました。

Dow_03.png

創業者当時のかん水を掘削していたSaginaw Valleyこちらから引用

 当時の臭素製造業者は塩を煮詰めて残留塩から臭素化合物をさらに分けていたようですが、そこにいきなり電解技術を持ち込んで高純度な臭素を大量合成されてしまったのですから、競合者にとってはたまったものではなかったでしょう。さらに臭素ができるということは塩素もできる。ついでにカルシウムもマグネシウムもできる。これらの高純度の元素を用い、高強度軽金属などへの応用もどんどん進めていきます。

 【発展期】
 上記の電解技術による無機物の合成を事業コアに置き、次にH.Dowが取り組んだのは有機物の合成でした。既にACS中部地区の総代を務めていたH.Dowは学会のコネクションを利用して当時ミシガン大学の教授であったW. Hale と E. Brittonの二人を1920年あたりに引き抜きます。この2人を中心として"Organic Research Laoratory" を社内に創設し精力的な研究活動を開始しました。大恐慌もなんのその、フェノールの高速合成法であるDow Processの開発やサランラップの発明などで有機材料だけでなく生活品にも多くのアウトプットを出していきます。なお著名な成果としてはこの他にも1930年付近で戦略物質である合成ゴムの原料となるブタジエンの大量合成、スチレンモノマーの大量合成にも成功しています。

Dow_04.png

Dow有機化学の創始者 Dr. W. Hale と Dr. E. Brittonこちらから引用

Dow_05.png

有機化学研究所の主要な成果であるPhenol合成法と
インフレーション法により作られたサランラップ
こちらから引用

 【成熟期~拡大期~現在】
 1940年代以降はそれまでに培った基礎化成品・汎用樹脂のスケールメリットによるシェア拡大と、競争会社との共闘・吸収合併による巨大化の時代です。後者の大きなトピックとしてはCorning社とのJVである"Dow Corning"社の立ち上げ(1940年)、Union Carbideの買収(2001年)、そして知る人ぞ知る無機化学品・機能性化学品の雄Rohm and Haasの買収(2009年)の3点があります。Union Carbide社の買収額は93億ドル、Rohm and Hassの買収額はなんと188億ドルでした。当時はその気迫に感銘した記憶があるのですが、このリスクを取りに行く気迫とその結果生まれる価格決定力こそが、欧米化学企業が化学分野の世界シェアの大半を取っている理由なのかもしれません(もちろん、資本力もありますが)。石化事業とも共通点がある事項だと思います。もっとも、Rohm社の買収の際には中東のプロジェクトがポシャった都合でキャッシュを用意するのに非常に苦労したようですが・・・。

Dow_06.png

今や無機化合物の大物2社ともにDow Chemicalの傘下に 
Rohm and Haasはイオン交換樹脂では業界トップクラス

 さて、こう見てくると、Dow社は歴史的に戦争による被害、破産や更生法などの経営危機(直近の2008年付近のものを除く)をさほど経験せずに拡大の一途をたどり創業100年を迎えた恐るべき企業だと言えます。ただ調べてみて初めてわかったのですが、玄人好みのイノベーションは非常に多いものの、いずれも「いぶし銀」的なものであるためどれを合成技術としてのトピックに挙げるべきか戸惑っているというのが正直なところですが、そこらへんはまあトピックを探し出してご紹介しますのでお楽しみに。

 なお、同社は時としてベトナム戦争への武器供給(ナパーム弾の火薬)やロッキーマウンテンでの核兵器製造(工場運営)に関わる、いわゆる軍需産業としての側面があることで批判にさらされることがあります。しかし、Dowに限らずBASFやDupontなどの化学会社は多かれ少なかれ軍需産業の側面があり、たとえばBASFはIG FarbenとなってNazisに協力した過去がありますし、Dupontはウラン濃縮などでマンハッタン計画に参加した過去があります。
 こりゃもう属する国や時代によりそうなった、としか言いようがない事項であり、同社に限ったことではないことをここに記すものです。結局は人間がやることですからね・・・。

 なお筆者は、軍需産業であることを以って同社を含む化学会社とそこに勤務される方々を論う(あげつらう)つもりは全くありません。念のため。

 ということで今回はここまで。次回はDow社の最近の化学合成に関わる研究成果をご紹介します。

 

Avatar photo

Tshozo

投稿者の記事一覧

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

関連記事

  1. 「ソーシャルメディアを活用したスタートアップの価値向上」 Blo…
  2. Fmoc-N-アルキルグリシンって何ができるの?―いろいろできま…
  3. 高収率・高選択性―信頼性の限界はどこにある?
  4. 2023年ノーベル化学賞ケムステ予想当選者発表!
  5. 「新反応開発:結合活性化から原子挿入まで」を聴講してみた
  6. 第7回 慶應有機化学若手シンポジウム
  7. ビタミンB12を触媒に用いた脱ハロゲン化反応
  8. Reaxys Prize 2012ファイナリスト45名発表!

注目情報

ピックアップ記事

  1. ケムステSlackが開設5周年を迎えました!
  2. 名大の巽教授がIUPAC次期副会長に
  3. DAST類縁体
  4. 目指せ抗がん剤!光と転位でインドールの(逆)プレニル化
  5. 第二回 伊丹健一郎教授ー合成化学はひとつである
  6. リチウムイオン電池製造の勘どころ【終了】
  7. ブラッテラキノン /blattellaquinone
  8. ペイン転位 Payne Rearrangement
  9. 第41回「合成化学で糖鎖の未知を切り拓く」安藤弘宗教授
  10. サレット・コリンズ酸化 Sarett-Collins Oxidation

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年2月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP