[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

パーソナライズド・エナジー構想

[スポンサーリンク]

エネルギー問題は人類全てが解決を希求する課題の一つ。世界の頭脳によって対策が模索され続けています。

中でもハーバード大学・Daniel Nocera教授によって提唱されたパーソナライズド・エナジー構想 (Personalized Energy, PE)[1,2]は、ひときわユニークな輝きを放つものです。

構想の要を一言で表すと、「太陽光エネルギーの運用を個人レベルで行う社会の実現」になります。大変興味深い提言ですので、今回取り上げてみたいと思います。

PE構想とは何か?

100年後の未来、人類に必要なエネルギー総量はおよそ現在の2倍になると試算されています。現在でもエネルギー需要のほとんどは、実は発展途上国30億人(Low-energy user)に由来しており、これから半世紀でさらに30億人分が増加するとされています。

人口爆発によって将来不可避となるエネルギー不足問題の解決を目指して、PE構想は提唱されました。

現代社会におけるエネルギーは、製造は発電所で、運搬は電線もしくは燃料の形で、消費は各地で常時扱われています。

これに対しPE構想では、発電・貯蔵・抽出システムを個人保有し、全てのエネルギー運用を必要な時に必要なだけ、自前で行います。

・・・と言われてもイメージしづらいでしょうから、下の図(典型的なPEシステム)をご覧ください(論文[1]より引用)。

PE_1.gif屋根に太陽光発電システムを設置、日中生産したエネルギーを水分解システムで貯蔵燃料電池によって必要なときに取り出すシステムを組み上げます。これら全てを、個々の家庭で行います。要するに全ての家をエネルギーステーションにしてしまおうという思想ですね。

試算によれば、米国の一般家庭で必要な電力量(20kW・h/day)は、ソーラーパネル(3×2.5㎡・20mA/?)で太陽光発電を2時間半行って、5.5Lの水分解貯蔵で十分まかなえるそうです。非常にコンパクトなシステムでOKなのです。

先進国では一部が実現されているスタイルではありますが、PE構想においては発展途上国も含めた全地球上での実施を想定しています。仮に60億の人口が太陽光PEを採用すれば、そのエネルギー産出は膨大なものになります。もしこれを回収して再配分できれば、「エネルギープロセスのロングテール」を活用することも夢ではありません。

PEの実現によりもたらされる世界

PEの実現により、加えて以下のような革新がもたらされます。これらはいずれも持続可能な社会および発展途上国の進展に必要不可欠な要素ばかりです。

エネルギーの配分最適化 (ライフスタイルに応じてエネルギー供給を制御可能)
エネルギーの安定供給(消費者の近傍でエネルギーを生産可能)
CO2問題の解決 (太陽光エネルギーはカーボンニュートラル)

とはいえPEは、あくまで未来的な構想です。実現に向けては、様々な技術的ハードルが存在しています。

最も大きな障壁はインフラの価格にあるとされています。発展途上国にまで普及させるには、相当抑えなければなりません。

中でも重要とされるのは、安価な貯蔵システムの実現です。太陽光エネルギーは日中しか稼げませんから、優れたエネルギー貯蔵系は必要不可欠です。

しかし既存のエネルギー貯蔵法(蓄電池など)は性能不足であり、高価でもあります。よりエネルギー密度を高めるべく、「化学結合としてエネルギーを貯蔵する」ための技術開発が必要になっています。

もっとも実現に近い方策は、安価な水分解触媒系を使う方式とされています。つまり太陽光から得たエネルギーを使って水を電気分解し、水素+酸素の形でエネルギーを貯蔵します。エネルギーが必要なときには燃料電池で逆反応を起こせば、エネルギーを取り出すことができる寸法です。

PE_2

安価なエネルギー変換・貯蔵・抽出インフラの創出は、現在でも最先端課題です。「ボトルネックが化学技術の発展にある」とする本構想では、技術者・研究者こそが課題解決のメインプレーヤーとなることが期待されています。未来は我々化学者の肩に掛かっているというわけですね。

かつて大型コンピュータがパーソナルコンピュータに置き換わったときのように、エネルギーシステムが個人のものになる社会。いろいろな考え方が大きく変わってきそうで、非常に楽しみです。

関連動画

関連文献

[1]”Chemistry of Personalized Solar Energy” Nocera, D. G. Inorg. Chem. 2009, 48, 10001. DOI: 10.1021/ic901328v
[2]”Personalized Energy: The Home as a Solar Power Station and Solar Gas Station” Nocera, D. G. ChemSusChem 2009, 2, 387. DOI: 10.1002/cssc.200900040

関連書籍

関連リンク

Nocera Lab

Sun Catalytix (MIT : ダニエル・ノセラ教授 Daniel Nocera)-NAVERまとめ

人工葉の開発に成功(スゴモリ)

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 乙卯研究所 研究員募集
  2. コロナウイルスが免疫システムから逃れる方法(1)
  3. 【書籍】クロスカップリング反応 基礎と産業応用
  4. ケムステスタッフ徹底紹介!
  5. マイクロ波の技術メリット・事業メリットをお伝えします!/マイクロ…
  6. 付設展示会へ行こう!ーWiley編
  7. エマルジョンラジカル重合によるトポロジカル共重合体の実用的合成
  8. ゲノム編集CRISPRに新たな進歩!トランスポゾンを用いた遺伝子…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 櫻井英樹 Hideki Sakurai
  2. 太陽電池バックシートの開発と評価【終了】
  3. 周期表の形はこれでいいのか? –上下逆転した周期表が提案される–
  4. 反芳香族性を示すπ拡張アザコロネン類の合成に成功
  5. 水中マクロラクタム化を加速する水溶性キャビタンド
  6. 沈 建仁 Jian-Ren Shen
  7. 旭化成の吉野彰氏 リチウムイオン電池技術の発明・改良で 2019 年欧州発明家賞を受賞
  8. 岡本佳男 Yoshio Okamoto
  9. 企業における研究開発の多様な目的
  10. π電子系イオンペアの精密合成と集合体の機能開拓

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年12月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

電解液中のイオンが電気化学反応の選択性を決定する

第595回のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) 若手国際研究センター(ICYS…

第10回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

【書評】スキルアップ有機化学 しっかり身につく基礎の基礎

東京化学同人より 2024 年 2 月 16 日に刊行された、「スキルアップ有機…

“逆転の発想”で世界最高のプロトン伝導度を示す新物質を発見

第594回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 理学院 化学系 八島研究室の齊藤 馨(さいとう …

第17回日本化学連合シンポジウム「防災と化学」

開催趣旨能登半島地震で罹災された方々に、心からお見舞い申し上げます。自然災害、疾病、火災、事…

溶液中での安定性と反応性を両立した金ナノ粒子触媒の開発

第593回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科(山口研究室)博士後期課程3年の夏 …

DeuNet (重水素化ネットワーク)

Deunet とは?重水素化ネットワーク (The Duteration Network, De…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける分子生成の応用 ー新しい天然有機化合物の生成を目指すー

開催日 2024/2/21 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

有機合成化学協会誌2024年2月号:タンデムボラFriedel-Crafts反応・炭素-フッ素結合活性化・セリウム錯体・コバルト-炭素結合・ホスホロアミダイト法

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年2月号がオンライン公開されています。…

有機合成にさようなら!“混ぜるだけ”蛍光プローブ3秒間クッキング

第592回のスポットライトリサーチは、香港科技大学(Ben Zhong Tang研)の清川慎介さん(…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP