[スポンサーリンク]

一般的な話題

リアル『ドライ・ライト』? ナノチューブを用いた新しい蓄熱分子の設計-後編

[スポンサーリンク]

前回のつづきで、蓄熱材料の中身についてさらに突っ込んでみてみましょう。

Tshozoです。前回の続き。MITのGrossman教授、Nocera教授の論文の詳細を見ていきましょう。

新たな蓄熱分子を創出するためのコンセプトとして、「A. リジッドな骨格に + B. 高密度に官能基を付加して + C. 光変化後のコンフォメーションのアライメントを制御し前後のエネルギー変化を大きく、かつした分子構造」を立ち上げたわけですね。具体的には、

 A. リジッドな骨格        : 単層カーボンナノチューブ SWCNT

B. 高密度に付ける官能基  : アゾベンゼン(+アミド)

C. コンフォメーション制御   : ①cis化した分子を高密度で存在させる

②容易にtrans化し難い仕掛けを組込む(逆反応の活性化エネルギーを制御)

・・・を、主要構造として下図のような分子構造を用いることで実現したと記載があります。それぞれの点につき、詳細を下に記していきましょう。

 

SF_14.png最終的に用いた分子構造と合成反応 実際にはこの反応を数サイクル回している 本論文より引用→ 

 まずAでは、SWCNTみたいな黒いモンを使うと光吸収率が下がるんではないか、という懸念がありますが、大した問題にはならないでしょう。論文中では「最終的にはB.の密度を増やせれば大丈夫」というノリでやってますが、現在ではSWCNTをぶった切ったり →  、最小単位を合成できたり長さを調整したり→  することが出来ていますから。ただ今回の場合はNano-C社から提供された精製CNTを使っており →  、これはFluidized Bed Synthesis(流動床合成・Arkema社などが使う一般的なCNT合成法→ )で作っているCNTですので長さや径は制御出来てないですね。

次に実際にエネルギーを貯める主役であるB.についてですが、前編で予想した通り、官能基量(アセトアミドアゾベンゼン部)を十分に上げるのにかなり難渋したことが論文からうかがえます。本文中で”Iterative Functionalization” とありますが、要は「繰返し追加合成」。1回の合成じゃ見込むレベルの官能基密度に持って行けず、追加合成を3回やってようやく目標レベルまで持って行けたとのことです。(詳細はSupporting Information参照→ )
 【以下私見・・・本件、SWCNTと過酸化ベンゾイルとアゾ基を含む官能基前駆体を同時にぶち込んでベンゼンReflux中で合成するというかなり荒っぽい手段を取っていますが、ヘタ打つと爆発しますよねこれ。こんな酸化性の強い物とあんまり安定性が強くなさそうな官能基を一緒の反応系に置いて果たして大丈夫なのか、という気がします。正直、SWCNTに直接くっついてるんじゃなくて、副反応物が反応物中に紛れ込んでるだけなんではないか、と邪推してしまいますが、取り急ぎ話を進めましょう】


 またこの官能基密度(Functionalized Density)を求める手段は一般的なNMRではなく、TGAに頼るという手段を取っています。この手法はあまり厳密ではありません(・・・ので、SIではエラーバーを考慮したデータを出しています)が、SWCNTの溶解性・分散性が一般にどの溶媒にも悪く、かつSWCNTが分子量分布を持つことを考えると、TGAは実践的な方針であるでしょう。実際にはB.の密度は、「1個の官能基がSWCNT内のカーボン原子数幾らに対し付いているか」、例えば1/37とか、1/18.2とかいう形で示してあります。例えば1/37ですと、SWCNT中のベンゼン環8個に対し1個官能基が付いているというイメージです。

最後にC. コンフォメーションの制御(密集化)ですが、その議論はちょっと混乱しているように見えます。
要点としては「見込んでたよりコンフォメーション制御するとエンタルピー増加に効果がある、でも何でかわかんないね、ただ修正したモデルの数値計算と何とか合いそうだね!」ということになりそうなのですが、未だ色々余地がある印象を受けました。何故こんな書き方をしたかと言うと、経験的にここらの数値計算が厳密に合ったことは非常に稀でなかなか無く、後付け感満載で使うことがしばしばで、正直本論文でもその印象を拭いきれなかったためです。それよりも、「実際にコンフォメーション制御をエンタルピー増加に反映させることを実証出来た」ことが本論文では大事なのだと思います。実際論文中では、CNT等に付加されていないアセトアミドアゾベンゼンに比較し付加したアセトアミドアゾベンゼンでは倍以上のエンタルピー増加を示しており、分子構造を工夫すれば更に良い性能を示しうるでしょう。

SF_13.png

用いた分子構造と、狙った反応サイクル 本論文より引用→ 

 こうして得られたサンプルは、上図に従いAcCN希釈溶液中で狙い通りの安定性を以って長時間の繰り返し使用(>2000回)に足る性能を示しました。従来品(アゾベンゼン)のような劣化も顕著には見られないようで、下図のように実際に繰り返し反応が起こせることも確かめています。またエネルギー発生時にもcis→trans由来の発光(発熱)が発生していることも顕微Ramanでの測定で確かめており、隙の無い論文と感じます。

SF_15.png実際にAzo基付加SWCNTを用いた繰り返し反応(論文中の図を筆者が改編して引用)
この図では短波光を当てる→cis化 →長波光を当てる →trans化 を繰り返している

 

 ただし、前編でも書きましたが問題はその結果得られたモノのトータル効率はまだ極めて萌芽的なレベルです。結論から言うと、今回、この分子構造により得られたモデル太陽光(『AM1.5』といい、赤道付近の空気を透過した太陽光をAM1としてその1.5倍の空気量を通った太陽光のことを言う)に対するエネルギー効率はたったの0.3%。量子効率でないのが救いですが、特定波長(350nm)しか当ててないことを考慮しても非常に低い。適当な有機系太陽光電池でもAM1.5基準で6%くらい出ますから、まだまだプリミティブなレベルであることに間違いないでしょう。加えて概ね有機物なので高温で分解してしまいますから、実際には250℃上限くらいなもんでしょうか。酸素雰囲気下だと更にアカンかもしれません(今回の実験は主に不活性雰囲気下でやってます)。

SF_16.png

モデル太陽光 AM1.5のスペクトル分布 (詳細はこちらに詳しい →
今回のような材料は<350nmの波長しか使えず、エネルギー全体の1%にも満たない

 しかし、そんな「低い」性能なのに何故Nature Chemistryなのか? 色々ご意見はあるかもしれませんが、やはり新しい価値を見いだせるかもしれない研究分野を切り拓いたからだと思います。基本的にはこうした有機系の蓄熱材は今までほとんど注目されておらず、そこまで応用性のあるものではありませんでした。今後波長の吸収帯を広げたり色々な官能基を工夫することで性能向上の余地は十二分にあるでしょう。面白い使い方として想定されるのは、色々な波長の太陽光を単色光に変換できる可能性があるのでは、という点です。特定の波長に対し高効率な太陽電池さえあれば、トータルで極めて高効率な変換ができるかもしれませんしね。また、個人的には今回のこのコンセプトを無機材に活かせたら面白そうな気がしています(素人)。

なお今回重要な役割を果たすCNTのコストですが、最近CNTの価格低下は凄まじいものがあり、10年くらい前に耳かき1杯SWCNTでン百万円だったものが、今では試薬レベルで10万円/g程度まで下がってきています(キラルさえ気にしなければ・・・→ )。MWCNTですと更に下がってきていて、試薬レベルで数百円/g、工業的にtonレベルで合成できるものでは10円/g程度まで見込めているようですから→  、原料としてそこまでインパクトのあることにはならんでしょう。長さ、官能基の付きやすさを制御することも十二分に可能でしょうし、個人的には応用は十二分にあり得ると考えています。

最後になりますが、翻って今回の記事のタイトル。「ドライ・ライト」というのは藤子・F・不二雄さんが描かれた「ドラえもん」33巻に出てきたひみつ道具の一つです。著作権の関係上、表紙はおろか本文より1コマも載せられないのは極めて残念なのですが、是非この回は読んでみてください。特にエネルギー問題に関わる方々。(Amazonでの購入はこちら→ ) 知識や経験をつけてこの回を読み返すにつけ、藤子・F・不二雄さんの「夢の描き方」が素晴らしいと思う次第です。筆者はこれを思い返し、電力も夢の手段の一つでしかないのだと思い知った次第です。今回の論文はその夢を初歩的ながら化学的に実現したものであり、化学もここまで進歩したのかと感じたのが本件を書いたきっかけでした。

それでは今回はこんなところで。

 

参考文献

1. “New Materials for Solar Thermal Capture and Storage” 2011 MIT Research and Development Conference → 

2. “More QM Modeling for Solar Thermal Fuels, Plus a Little H-Storage”

MIT OCW, Introduction to Modeling and Simulation : Spring 2012 →

3. “A FUNDAMENTAL LOOK AT ENERGY RESERVES FOR THE PLANET” R. Perez → 

4. “Solar Fuels” GCEP Symposium 11 October 2012 → 

【論文本体】

1. “Templated assembly of photoswitches significantly increases the energy-storage capacity of solar thermal fuels” → 

2. “Azobenzene-Functionalized Carbon Nanotubes As High-Energy Density Solar Thermal Fuels” → 

Avatar photo

Tshozo

投稿者の記事一覧

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

関連記事

  1. 「科学者の科学離れ」ってなんだろう?
  2. アルメニア初の化学系国際学会に行ってきた!③
  3. 5/15(水)Zoom開催 【旭化成 人事担当者が語る!】202…
  4. ERATO 野崎 樹脂分解触媒:特任研究員募集のお知らせ
  5. 波動-粒子二重性 Wave-Particle Duality: …
  6. 日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン P…
  7. 第24回ケムステVシンポ「次世代有機触媒」を開催します!
  8. 18万匹のトコジラミ大行進 ~誘因フェロモンを求めて①~

注目情報

ピックアップ記事

  1. 「もしかして転職した方がいい?」と思ったらまずやるべき3つのこと
  2. 化学的に覚醒剤を隠す薬物を摘発
  3. トンボ手本にUV対策 産総研など 分泌物の主成分を解明
  4. タミフルの効果
  5. 発光材料を光で加工する~光と酸の二重刺激で材料加工~
  6. ニュースタッフ追加
  7. 有機EL、寿命3万時間 京セラ開発、18年春に量産開始
  8. 薬学部6年制の現状と未来
  9. アルツハイマー病早期発見 磁気画像診断に新技術
  10. 佐伯 昭紀 Akinori Saeki

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2014年5月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP