[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

信じられない!驚愕の天然物たちー顛末編ー

[スポンサーリンク]

 

先日”信じられない!驚愕の天然物たち”と題したポストをしましたが、その続編と言いますか、顛末と言いますか、まあそうだよねえという論文が出ましたのでご紹介したいと思います。

先日のポストではいくつかの珍しい天然有機化合物についてご紹介いたしました。なぜかHUFPOSTでも紹介していただきまして、正直驚きました。

そんな中でも読者の皆様から比較的多くの反響があったのが“フッ素が入った天然有機化合物、しかも芳香族フッ素化合物”でした。インドのMarimuthuらによって報告され、放線菌の一種から単離されたとされており、その構造決定にはX-線結晶構造解析が用いられていました[1]

fluoro_2.png

左が放線菌から得られたとされる問題の化合物

さて、今回英国、エジプトのO’Haganらのグループからそんな化合物の構造が誤りであるという論文が出されました[2]。彼らは提出されていた構造をもつフッ素化合物を化学合成し、NMRなどのデータが一致しないことを確認しています。

では天然から得られたと報告された化合物はどんな構造なんでしょうか?MarimuthuらはX-線結晶構造解析を使って決定したとされる構造なので、明後日のものだとは考えにくいです。すると考えつくのがやはりフッ素原子というのが誤りなのではないかという可能性です。

X-線結晶構造解析ではフッ素と酸素の違いは結構微妙なところだとのことで、それを見誤ったのではないかとのことです。また、19F NMRのシグナルが観測されたと報告されていましたが、強度も弱くかなりブロードなシグナルでした。合成品はシャープなシグナルで現れていますし、19F-1H間のカップリングもきちんと観測されています。よってMarimuthuらはテフロンか何かのコンタミの19Fを観測したのではないかと推測しています。

unbelievable_2.png

工業的に使われる抗酸化物質

ではフッ素原子のアサインが誤りで酸素だったとしたら、捕まえてきたのはフェノール誘導体ということになります。それが天然物として得られたのであれば、それはそれで面白いですが(t-ブチル基を持つ天然物も稀です)、工業的に使われている抗酸化物質に似たような化合物がありますので、こういった化合物由来の物質が単離精製途中にコンタミしたと考えるのが自然だと思います。

ただ気になるのが、Marimuthuらは得られた化合物には抗酸化活性が無かったとしている点です。この点だけは合理的な説明ができませんが、検定法に問題でもあったのでしょうか。

X-線結晶構造解析と言えば、有機化合物の構造決定において絶大な威力を発揮する言わば最終兵器みたいなものですので、その解析図があればNMRスペクトルの詳細な解析なんてしなくってもいいので大変便利です。筆者も論文を読んでもの凄い珍しい物質だなあと感心した訳ですが、その構造決定にX-線を使っているとのことで信じてしまいました。しかし、専門家が見ればそんなX-線結晶構造解析でも変だなと思うようですね。今から思えばちゃんとSupporting Information (SI)のNMRスペクトルを見るべきでした。

次はおまけでこちらの化合物も紹介しましょう。Fumigatoside類はクラゲから得られた微生物Aspergillus fumigatusから単離したと中国のJung, Liuらが報告しました[3]

?unbelievable_3.pngFumigatoside A

筆者は論文の新着情報をRSSフィードで得ていますが、このOrganic Letters誌のフィードを見てひっくり返りそうになりました。赤で示した部分ですが、うちの学生がこのような構造を書いてきたりしたら有無を言わせず却下ですよ。アルキンに直接ヒドロキシ基が結合って安定なはずがありません。しかもそのアルキンは窒素原子に結合しているとのこと。N-アルキニル基を持つ天然物ってのも、見たことがありませんでしたし、もう突っ込みどころ満載の構造アサインでした。

何を根拠にこのような構造を提出したのかというと、DMSO-d6中で測定したHMBCスペクトルにおいて、9.8 ppm付近に観測されたとされるヒドロキシ基のプロトンと、N-アルキニルの炭素の間にHMBC相関が観測されたからとされています。なるほどSIを見るとそんな感じのHMBC相関がありそうに見えます。しかし肝心の1H NMRスペクトルがありません。あるのはCD3OD中の1H NMRスペクトルのみです。これでは詳細を見返す事が出来ません。

もし筆者が審査を担当したら、この珍奇な化合物の構造決定には細心の注意を払ってデータを見ると思います。そうすればNMRスペクトルの不備などは簡単に見つけられたはずです。杜撰な審査と言わざるを得ませんね。ちなみにSIファイルでは全て化合物名がfumigatoneになっています。投稿した時はfumigatoneで審査の過程でfumigatosideにしたけどSIは修正しなかったとかですかね。

結局この論文は騒ぎが大きかったからなのか著者らによって取り下げられました。掲載までこぎつけたということは複数の審査員の審査を通り、編集者もゴーサインを出したということです。STAP細胞問題でも論文審査の問題点が明らかになった訳ですが、この一件は論文の審査がいいかげんな事があるということを如実に示しているように思えます。あまりこんな事は言いたくありませんが、特定の国発の論文にこのようなケースが散見されるように思います。我が国は逆に審査が厳しい方が多いような・・・

驚くような天然有機化合物はなかなかお目にかかれませんが、今日も何処かで新しい、ユニークな化合物が発掘されているに違いありません。今回ご紹介したのは残念な結果になったものですが、次の化合物を楽しみに待っていましょう!

関連文献

[1] Natural Occurrence of Organofluorine and Other Constituents from Streptomyces sp. TC1. Marimuthu, P. et al. J. Nat. Prod. 77, 2, (2014). doi: 10.1021/np400360h

[2] Total Synthesis of a Reported Fluorometabolite from Streptomyces sp. TC1 Indicates an Incorrect Assignment. The Isolated Compound Did Not Contain Fluorine. O’Hagan, D. et al. J. Nat. Prod. 77, ASAP, (2014). doi: 10.1021/np500260z

[3] Fumigatosides A?D, Four New Glucosidated Pyrazinoquinazoline Indole Alkaloids from a Jellyfish-Derived Fungus Aspergillus fumigatus. Jung, J. H., Liu, Yonghong. et al. Org. Lett. (Retracted). doi: 10.1021/ol500243k

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4524402616″ locale=”JP” title=”薬学生のための天然物化学”][amazonjs asin=”4524402799″ locale=”JP” title=”パートナー天然物化学 改訂第2版”][amazonjs asin=”4396614918″ locale=”JP” title=”京都大学人気講義 サイエンスの発想法――化学と生物学が融合すればアイデアがどんどん湧いてくる”][amazonjs asin=”4567431103″ locale=”JP” title=”医療を指向する天然物医薬品化学”]
Avatar photo

ペリプラノン

投稿者の記事一覧

有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

関連記事

  1. フェネストレンの新規合成法
  2. 新型コロナの飲み薬モルヌピラビルの合成・生体触媒を用いた短工程化…
  3. 大気下でもホールと電子の双方を伝導可能な新しい分子性半導体材料
  4. 安全性・耐久性・高活性を兼ね備えた次世代型スマート触媒の開発
  5. 相田卓三教授の最終講義をYouTube Live配信!
  6. 「人工タンパク質ケージを操る」スイス連邦工科大学チューリヒ校・H…
  7. みんなーフィラデルフィアに行きたいかー!
  8. ケムステイブニングミキサー2015を終えて

注目情報

ピックアップ記事

  1. 浦野 泰照 Yasuteru Urano
  2. MIT、空気中から低濃度の二酸化炭素を除去できる新手法を開発
  3. 分子光化学の原理
  4. 第10回 野依フォーラム若手育成塾
  5. 炭素をBNに置き換えると…
  6. 溝呂木・ヘック反応 Mizoroki-Heck Reaction
  7. 理研、119番以降の「新元素」実験開始へ 露と再び対決 ニホニウムに続く「連勝」狙う
  8. マイヤース 不斉アルキル化 Myers Asymmetric Alkylation
  9. 歪んだアルキンへ付加反応の位置選択性を予測する
  10. 自分の強みを活かして化学的に新しいことの実現を!【ケムステ×Hey!Labo 糖化学ノックインインタビュー④】

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2014年5月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2025年6月号:カルボラン触媒・水中有機反応・芳香族カルボン酸の位置選択的変換・C(sp2)-H官能基化・カルビン錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年6月号がオンラインで公開されています。…

【日産化学 27卒】 【7/10(木)開催】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 Chem-Talks オンライン大座談会

現役研究者18名・内定者(26卒)9名が参加!日産化学について・就職活動の進め方・研究職のキャリアに…

データ駆動型生成AIの限界に迫る!生成AIで信頼性の高い分子設計へ

第663回のスポットライトリサーチは、横浜市立大学大学院 生命医科学研究科(生命情報科学研究室)博士…

MDSのはなし 骨髄異形成症候群とそのお薬の開発状況 その2

Tshozoです。前回はMDSについての簡易な情報と歴史と原因を述べるだけで終わってしまったので…

水-有機溶媒の二液相間電子伝達により進行する人工光合成反応

第662回のスポットライトリサーチは、京都大学 大学院工学研究科 物質エネルギー化学専攻 阿部竜研究…

ケムステイブニングミキサー 2025 報告

3月26日から29日の日本化学会第105春季年会に参加されたみなさま、おつかれさまでした!運営に…

【テーマ別ショートウェビナー】今こそ変革の時!マイクロ波が拓く脱炭素時代のプロセス革新

■ウェビナー概要プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーである”マイクロ波…

予期せぬパラジウム移動を経る環化反応でベンゾヘテロールを作る

1,2-Pd移動を含む予期せぬ連続反応として進行することがわかり、高収率で生成物が得られた。 合…

【27卒】太陽HD研究開発 1day仕事体験

太陽HDでの研究開発職を体感してみませんか?私たちの研究活動についてより近くで体験していただく場…

熱がダメなら光当てれば?Lugdunomycinの全合成

光化学を駆使した、天然物Lugdunomycinの全合成が報告された。紫外光照射による異性化でイソベ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP