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スポットライトリサーチ

僅か3時間でヒトのテロメア長を検出!

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第60回のスポットライトリサーチは、国立遺伝学研究所・前島研究室佐々木 飛鳥さんにお願いしました。

佐々木さんの所属する前島研究室では、核内でゲノムDNAがどのように収納されているかを理解することを目指して、細胞生物学・超解像ライブセルイメージング・計算機シミュレーション・電子顕微鏡観察などの様々な手法を用いた研究が行われています。特に、染色体の末端に存在するテロメアの標識法の開発は、老化・がん化の研究に大きく貢献するものと考えられています。今回佐々木さんたちは、マウスやヒトの細胞のテロメア長を温和な条件・短時間で測定可能にする手法を開発しました。この成果は、プレスリリースで取り上げられており、以下の論文としても発表されています。

“Telomere Visualization in Tissue Sections using Pyrrole–Imidazole Polyamide Probes”
Sasaki, A.; Ide, S.; Kawamoto, Y.; Bando, T.; Murata, Y.; Shimura, M.; Yamada, K.; Hirata, A.; Nokihara, K.; Hirata, T.; Sugiyama, H.; Maeshima, K. Sci. Rep. 2016, 6,  29261. DOI: 10.1038/srep29261

また、佐々木さんについて、前島先生から以下のコメントをいただきました。

佐々木さんは、好奇心旺盛で、とても情熱的な学生です。大学院の最初の二年間で、本プロジェクトについて手がけてもらいました。化合物の合成部分を除いた、サンプル調製、顕微鏡の観察、そして画像解析の全ての行程は、彼女の努力によって実現したものです。彼女の几帳面でがんばり屋さんの性格は、研究室の雰囲気作りや研究室の維持管理にも貢献してくれています。今後残りの三年間で、いろいろなことを吸収し、一人前の研究者として、巣立ってくれることを期待しています。

Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

蛍光標識したピロール・イミダゾール(PI)ポリアミド化合物を用いて、組織切片の細胞における染色体テロメア配列を簡便かつ迅速に標識する方法を開発した研究です。

テロメア配列特異的に結合するPIポリアミド(図1)は、2001年に前島先生らによって報告されました。合成が難しくて、10年以上進展がなかったのですが、2013年に、京都大学の杉山弘先生、坂東俊和先生、大学院生の河本佑介さんらによって大量に合成する方法が開発されました。2014年にはハイペップ研究所の軒原清史代表らにより、テロメア配列への特異性を上げた改良型のPIポリアミドの開発に成功しました。

PIポリアミドは、今まで培養細胞におけるテロメア配列標識にしか用いられていなかったのですが、今回、改良型のPIポリアミドをマウスとヒト凍結組織切片に応用することに成功しました。さらに、腫瘍マーカーと併用して、ヒト食道がん・非がん組織切片のテロメアを染色し、PIポリアミドの蛍光強度を定量した結果、腫瘍マーカー陽性細胞におけるテロメア長の短縮を検出しました(図2)。

PIポリアミドは細胞内の構造を壊す恐れのある、熱や変性剤を用いることなくテロメア配列に結合します。細胞内の空間情報を保持したままテロメアを標識できるので、超解像顕微鏡技術と組み合わせることにより、細胞が持つテロメア構造の本来の姿を捉えることが期待されます。

佐々木飛鳥fig1

図1.二本鎖DNAに結合するPIポリアミド。

佐々木飛鳥fig2

図2.ヒト食道ガン・非ガン組織切片におけるテロメア標識。(A) ガン・非ガン組織切片をPIポリアミド(テロメア、赤色)、抗Ki-67抗体(腫瘍マーカー、緑色)、およびDAPI(DNA、青色)で染色した画像。ガン組織切片では腫瘍マーカーが陽性である。(B) ガン・非ガン組織切片におけるテロメアの蛍光強度を定量した結果。ガン組織切片におけるテロメアの蛍光強度は、非ガン組織切片におけるテロメアの蛍光強度に比べて小さい。

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

大変ラッキーなことに、PIポリアミドの組織切片への応用は特に工夫したところがなかったと思います(それが売りでもありますが)。培養細胞と同じように染色して、きれいにテロメアが染まりました。自分でもこんなに簡単に染まっていいものかと思いました。

また、PIポリアミドの研究は、研究室所属前の学部生時代から関わっていたので、今回論文を出させていただいたのは大変嬉しく思います。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

マウスの全身凍結組織切片を作るところが難しかったです。体じゅうのテロメアが染まるか見たくて、生後0日のマウスを丸ごと固定して切片を作製していました。骨から内臓まで、硬さの異なる部位を含む切片をスライドガラスに全身貼り付けるのが大変でした。切るときにサンプルの向きを変えたり、スライドガラスの角度を微妙にずらしながらサンプルを貼り付けたりして、なんとか綺麗に切片を作製することができました。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私の専門は分子生物学ですが、今回のように、化学のスペシャリストの方たちと協力して、分野をまたいだ研究をしていけたらいいなと思います。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

まずはご指導していただいた前島一博教授、井手聖助教に感謝の意を表したいと思います。また、この研究は共著者の協力なしには遂行することができないものでした。京都大学の杉山弘先生、坂東俊和先生、大学院生の河本佑介さんをはじめ、共著者の皆様に心からお礼申し上げます。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。生物学専攻の私が、このような化学の大きなサイトに載せていただけるなんて大変光栄に思います。今後も日々精進して研究生活を送りたいと思います。皆さんもしテロメアを染める機会があれば、是非PIポリアミドを使ってください。

 

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研究者の略歴

佐々木飛鳥fig3佐々木飛鳥(ささき あすか)

2014年3月 千葉大学 理学部生物学科 卒業

2014年4月 総合研究大学院大学 生命科学研究科遺伝学専攻 5年一貫制博士課程(現在に至る)

研究テーマ:PIポリアミドを用いたテロメアクロマチンのイメージングなど

Orthogonene

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有機合成を専門にするシカゴ大学化学科PhD3年生です。
趣味はスポーツ(器械体操・筋トレ・ランニング)と読書です。
ゆくゆくはアメリカで教授になって活躍するため、日々精進中です。

http://donggroup-sites.uchicago.edu/

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