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尿から薬?! ~意外な由来の医薬品~ その2

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Tshozoです。前回の続き、さっそく。

【ミリモスチム ~ニッチな需要はあるものの~】

ウロキナーゼが見つかってからも(その前後も)尿にもっと何か有効成分があるんじゃないかということで血液学者を中心にその探索が活発に行われます。その研究の中心地はやはり欧米だったのですが、これに対し実はこのミリモスチム(商品名:ロイコプロール)は日本で初めてその詳細構造と作用が実証され、医薬品として製品化されたものです。

有効成分ミリモスチムが入った「ロイコプロール」
販売は協和発酵キリン、製造はまたもやJCRファーマ(だった・詳細後述)

ミリモスチムは一般にM-CSFと呼ばれるヒト尿中またはに含まれるタンパク質の一種で、ヒト尿より精製される214個のアミノ酸残基からなる蛋白質のホモ2量体で構成される糖蛋白質(分子量:約84,000)として定義され、分類としては顆粒球(一般に「白血球」をイメージしてもらえるといいです)の分化を促したりしてその活動を全体として活発にすることで、癌などが原因で起こる白血球減少症を緩和若しくは治療することを主目的とした薬剤です。[文献1]によると”M-CSFは造血因子で、骨髄や歯髄中に存在する多機能性幹細胞から分化するうち、単球とよばれるマクロファージ化する単球細胞の亢進を促す”とありますので所謂「免疫機能」を向上させる作用をもつとみてよいでしょう。この他不妊治療などにも作用し得ると書いてあります[文献3]。

細胞分化に作用するたんぱく質の作用を書くことになるとは思いませんでしたが
折角なので参考文献[1]から引用させていだたきます

発見者は防衛医大の元吉和夫名誉教授で1976年に年東大医科学研究所化学研究部助手、1980年に自治医科大学血液内科講師, 1998年に年防衛医科大学校第三内科教授、2000年防衛医科大学校病院副院長まで勤められたという、筆者には眩しくて正視出来ない経歴をお持ちです。[文献3]にその発見経緯が詳しく書いてあり、ヒト尿中のミリモスチムの実質的な構造特定と発見は1978年、詳細な体内でのメカニズムは1985年に明らかになったようですが、それより先の1982年に抗がん剤投与に伴う白血球減少症に対する治療薬として臨床試験を開始しています。製剤化はもともとは森永乳業株式会社(!!!)と株式会社ミドリ十字(現:田辺三菱株式会社)でしたが製造は前回の如く日本ケミカルリサーチ(現:JCRファーマ)に継承され、結局協和発酵キリンがしばらく販売を継続する形を取っていたようです[文献4]。

・・・と、ここまで書くと前回のウロキナーゼと同様、尿を大量に集める力技をもとにJCRファーマが作ってた、ということは共通しているのですが問題は前回書いたように中国の近代化により新鮮尿が入手しづらくなってきたという点と、ヒト由来製剤にウイルス等の問題が発生してしまうのではないかという懸念。このためか、[文献5]に書いてあるようにこのミリモスチムを含んだロイコプロールは2018年の8月に厚労省に製造・販売の中止が申請され、保険適用外薬剤となってしまったというのがこの薬に関する近年の大きなトピックになります。

問題は、それを処方されていたのが原爆被爆者の方々であるということ。同じく[文献5]の文面を見ますと

“広島赤十字・原爆病院(広島市中区)と五日市記念病院(佐伯区)の医師計4人が2日、日本血液学会に対し、中止を了承しないよう求める要請文を送った。「治癒率低下を招き、被曝(ひばく)医療に大きなダメージを与える」とし、製造継続を訴えている。”

という悲痛な内容が書かれています。単純に免疫の活性化だけで言うと持田製薬が出している”G-CSF”剤(上の図の”好中球”を活性化させる方のタンパク質)である「フィルグラスチム」などが似たような効果を上げるはずなのですが[文献5,6]とも他の製剤で代価が効くようなものは無いと断じており、ここらへんは単純にケーキが無いならパンを食えばいいとか言うレベルでない人間の体の神秘を感じずにはおれません。続報でも[文献6]、

“広島プロトコルによる治療成績は(中略)8年後の生存率が6割を超える。・・・ただ、このホルモン剤(ロイコプロール)は、国内の製薬会社が原料となる尿の調達困難を理由に製造を中止している。効果的な治療を続けるには、新薬だけでなく今までの薬も大事だ。製造を引き継ぐ会社が現れて欲しいと願っている。”

ということであるだけに非常に残念です。

ともかく、尿が実際に取得しづらくなっている以上に製造・販売がコスト的に成り立たなくなっているというのが企業側の正直な悩みのひとつなのではないでしょうか。前回書いたように尿を1トン集めたって平均15mgくらいしか採れず、しかもナマモノだから新鮮なうちに集めないと失活したり変性したりするしウイルスのコンタミの危険性はあるし臭うし回収には特殊な設備が要るだろうし、ではニーズがあったとしてもコスト的にはしんどいのではないでしょうか。このミリモスチムがもっと広範に様々な症状に適用できるなら遺伝子組み換え細胞培養などによって(下記のEPOのように)供給体制も敷けるでしょうけども、色々見ていく限り相当頻度の低いUnmet Medical Needsのようですのでどうしても供給中止という判断をせざるを得ないというのは一概に非難出来ない気がします。ここらへんは患者さんの数と商売とをどうしても秤にかける「ように見えてしまう」可能性があるわけで、どこまでいっても正解は無い問題なのでしょう。いずれにせよ、何らかの形で供給が途切れない方向性が見いだせればよいのですが。

【エリスロポエチン ~熊本大学の挑戦~】

本件の最後のトピックがこのエリスロポエチン(EPO)です。基本的には貧血治療に用いる造血剤で、一時的に血液量が増えるのに等しい効果がみられるうえに元々体内に存在しうる物質でドーピングとしてばれにくい可能性があったことから2000年頃にツールドフランスの選手多数がガンガン使用していたのが社会的に大きな問題になった、と言えばイメージはつくでしょうか(注:現在ではEPOの効果は本当にあったか疑問視されているようです・[文献7])。

また医薬品としてはかなりニーズが旺盛で、基本的には糖尿病に付随して発生する腎性貧血を抑制する効果を発揮し[文献8]、協和発酵キリンが販売している商品でるEPO製剤「エスポー」はもちろんその第二世代製剤である「ネスプ」の累計で年間500億円前後を売り上げるヒット製剤(こういう言い方が良いかどうかは疑問がありますが)です。現在でもバイオシミラーが各社争って発売する状況で、糖尿病が存在する限りそのニーズはなくならないことから現在でも関連製剤の開発は各社続けられているとみてよいでしょう。

EPOのききどころ[文献8] エスポーもネスプも基本的に
赤血球を増やす/活性化するホルモンとしてはたらく

エリスロポエチンの構造[日本語版wikiより]
相変わらず何が何だかわからないがとにかくすごい構造

そのEPOの発見について極めて興味深い文体で書かれているのが[文献10]の熊本大学の河北誠教授, 宮家隆次教授によるエッセイです。歴史的には動物ベースでの造血因子の存在とその検証が1950年あたりまで続いたあと、熊本大学の小宮教授という方のもとで1936年にはじめて”Erythropoietin(EPO)”ということばが提唱されていたということが書かれています。そのうちにこのEPOは貧血患者の尿内にかなり含まれることが明らかになり、じゃあ尿から集めっか、という発想が当然のように出てきます。

で、興味深いのはそのヒト尿からの抽出の経緯。尿から取り出すという事で相も変わらず尿まみれのトピックが出てくるのですが、

[文献10]より引用 まずもって下線部のインパクトがすごい

文中の「嘘ッ!」というところに刃牙味を感じます。同時に敬意を猛烈に感じたのが、そういう一見ムチャで時間がかかり、もしかしたら一見アホなことをやらかして人生がおしまい、という遠大かつリスクの高いこうした試みに挑戦出来る人と環境があったという同大学医学部の風土です。HIV治療薬の第一人者である満屋裕明教授も熊本大学医学部の出身ですしロングショットを狙う校風があるのかもしれませんね。きっと今そんなことに協力してくれる『一見賢くない』スタッフはそうそう集まらんでしょうし。また、その尿からの抽出についてもなかなか凄まじいものがあります。

[文献10]より引用 最終的にこれを2.5トン分繰り返したとのこと・・・

某沼研を思わせる記述 平均して2.75Lの尿を毎日処理したことになる

しかしながらこうして得られた製剤は極めて高い有効性を示し、
今では世界累計で1千億円/年に迫ろうかというレベルの大型薬剤となった

尿収拾に協力してくれた患者さんへの感謝を記載しているのが
個人的には一番感銘を受けました

このエリスロポエチンは後に遺伝子工学による培養技術の進化によって尿から分離しなくてもよくなりましたが、遺伝子工学技術の威力を実際に見せつけたという意味でも端緒を拓いたという意味でもその結果救われた方々の人数という意味でも非常にインパクトの高い研究だったと言ってよいと思います。上記のとおり現在も様々な会社が開発して投入してくるほど需要が大きい重要な医薬品であるため、筆者としてはこうした方々こそノーベル賞の候補に挙がるべきではないかと思うのですがここんところどうなんでしょうか。いずれにせよこうした『一見賢そうにみえず』『成果が明らかになるまで相当に我慢が必要な』本当の意味でのMoonshot的な研究はアタマの良い御方々にはきっと無価値に見えてしまうであろう現在の時代というのは世知辛いもんだなぁと感じずにはおれません。

なお個人的にはこの宮家教授がアメリカで共同研究をした教授のお名前がGoldwasser(Gold=黄金 Wasser=水)だったということがツボに入ってしばらくニヤニヤ笑ってしまったのですが筆者の変態ぶりがばれるのでもうここらへんでやめときます。

【おわりに】

実は上記以外にも、プレグニール(性腺刺激ホルモン[文献11])、ウリナスタチン(急性膵炎処方薬[文献12/自衛隊の方々の尿を使ったことで有名])という尿由来医薬品があったのですが情報があまりにも少ないため今回は採り上げません。特に前者は閉経後婦人尿のみに含まれるタンパク質(オランダ製)を精製したという凄まじい由来の製品であって、英語文献を調べていくうちに筆者の顔がしかめっ面になるとともに口の中に経験したことの無い変な味覚が広がる経験をしたためここで採り上げるべきか非常に迷ったあげく、表向きは情報些少のためとりやめることにした次第です。

ともかく今回の尿に限らずヒト由来、動物生体由来の医薬品というのは結構あり[文献11]、有名どころでは薬害クロイツフェルト-ヤコブ病の端緒となったB-Braun社の”ライオデュラ”は死者の脳内の硬膜を薬品処理してフィルム化したものですし、HIV集団感染の原因となった血液製剤もヒト由来。あとB型肝炎の事件を引き起こしたフィブリノーゲンも、だいいち輸血用の血液自体も重要な”医薬品”の一種であったわけです。以前石油産業をネクロマンシー(死霊術)に例えたことがありますが、こうした生物由来品の医薬応用もある意味種類を変えた死霊術とかいうイメージを捨てきれません。健康になるためにはえらいことをせにゃならんのだなぁと複雑な気分でもあります。

ということで筆者はこうしたヒト由来薬剤に正直に違和感を持っており(エ〇バではない)、欧米ではその思考の劇しさがゆえに先行して研究や応用が進んだのでしょうけれども正直「そこまでして生きたいのか?」と「何としても生きたいに決まってるだろうが」という相反する感情の中で書きました。健康な今でこそ尿から作った薬なんて御免こうむるとか思ったりしていますが、多分そういう奴ほど病気になって死にそうになったとしたら治療薬が尿由来だったとしても「お願いですから投薬してください」と懇願するに決まっていますが。

ともかく生体由来の製剤以外にも、バイオシミラーをはじめとした生体系医薬に筆者が強烈な違和感を感じる原因をよく考えてみたのですが、どうも非常にめーわくなことを細胞とか大腸菌とかにやってもらってる、言い方を恐れずに言えば「生命を弄んでるようなマネをしているに等しい」ことに対する負い目なんではなかろうかということでした。たとえばある種のバイオシミラー医薬品はハムスターの卵巣細胞を培養して作り、生合成が終わったらプラントまるごと全部廃棄するのですが、もともとは動物の中にあって別の方向で動いていたものを無理矢理取り出して働かせている「奴隷細胞」、つまり実験用のマウスと同じことを細胞レベルでやってるわけでその意味で根本的なところは深刻なんではなかろうかという気がしています。

特定の医薬品になるたんぱく質をつくれるチャイニーズハムスター卵巣細胞
[英語版wikiより引用]

これを見せられて「生か、死か?」と問われたらどうします?

もちろん感情論で片づけてはいかん問題だとは思いますが、多分死ぬまで拭いきれん感覚なのだと思います。ここらへんの倫理の問題はもう結構置き去りになっているうえ、結果的に多数の人が救われているであろうことを考えると「もうやっちまってるんだからガダガダ言うな」、という段階に入ってきているのを認めざるを得ないのでしょう。ここまで書いて、いつか立杭を指さして「こは何ぞ」と問われた時にその立杭を蹴っ飛ばして「あれは何ぞ」と言い返せるだけの覚悟を得られるのだろうかという、何と言うか果てしないことの問いかけをされている気がしてしまいました。

・・・と、カッコいいつもりのことを書きましたが実は筆者は何回か大病と大ケガを患ったことがありその度に色々体内に医薬品を注入して頂きましたありがとうございました。いずれにせよ日々他の生命に感謝しつつ生きねばならんという意識だけは捨てずにいたいもんです。

それでは今回はこんなところで。

【参考文献】

  1. “婦人科癌化学療法の副作用と対策”, 慶應義塾大学医学部 1996年10月, リンク
  2. “G―CSF製剤の歴史”, Drug Delivery System, 32―2, 2017 リンク
  3. “物質の発見から治療薬への確かな道のり”, 臨床血液58(2017):5 リンク
  4. “ロイコプロール インタビューフォーム” 2014年 JCRファーマ リンク
  5. “製造継続 医師ら要請 白血病治療薬「ロイコプロール」”, 中国新聞, 2018年10月3日記事,  リンク
  6. “白血病は「治り得る」 五日市記念病院の許副院長に聞く”, 中国新聞, 2019年3月5日記事, リンク
  7. “EPOドーピングは効くのか、前代未聞のRCT”, m3.com,【時流◆スポーツとEPO関連製剤】2017年9月8日, リンク
  8. “ネスプ インタビューフォーム” 2014年 協和発酵キリン リンク
  9. “EPO抵抗性貧血の原因と対策”, 診療up to date 高松赤十字病院 平成25年10月24日,  リンク
  10. “エリスロポエチン物語 ―純化の歩みと遺伝子クローニングへの道のり―”, 河北 誠, 宮家隆次, 2013年 リンク
  11. “医薬品の中にある動物由来物質の今”, 杏林製薬サイト 「ドクターサロン」 リンク
  12. “U液の不思議なはたらき”, 沖縄県医師会 2014年会報 リンク
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Tshozo

Tshozo

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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