[スポンサーリンク]

一般的な話題

魅惑の薫り、漂う香り、つんざく臭い

[スポンサーリンク]

 

ケムステの読者のみなさんであれば、少しくらい化学実験でワオ!となったことがあるのではないでしょうか?それはボンという小さな爆発であったり、ブシューと吹き上げたり、ピカっと光ったり少し危険な感じもするような驚きの体験だったでしょう?

子ども心にもそんな興奮が化学に対する興味を芽生えさせることも多いかと思います。私もそのくちです。少なからずの化学の教員は学生に驚きを与えるにはどうすればいいかお悩みでしょう。私もその一人であります。ただ、ドカンとなったりする実験はインパクト絶大な一方で危険が伴い教室で演じるには少し無理があります。ではそんなワオファクター(著者の造語です)が高いものにはどんなものがあるでしょうか。

その有力候補はずばり匂いです!

今回のポストはNature Chemistry誌よりTulane大学のBruce C. Gibb教授によるthesisをご紹介します。前回はこちら

 

Bouquets, whiffs and pongs

Gibb, B. C. Nature Chem. 5, 805-806 (2013). Doi: 10.1038/nchem.1759

 

人の鼻に与えるインパクトやその記憶は目や耳に与えるインパクトに決して劣りません。皆さんもお婆ちゃんちの台所の匂いやお気に入りのキャンピングスポットの匂いの記憶がまだあるんじゃありませんか?そんな感傷的な記憶を蘇らせてくれるような香りはさすがに市販されていませんが、香水の市場は220億ドルにもなる巨大な市場です。

それだけ香り、匂いというのは人々に欠かせないもので、生活に密着していることから、化学教育にそのワオファクターを取り入れない道理はありません。特に有機化学のクラスではどんな物質が適しているか具体的に挙げていきましょう。当然ですが教えるべき内容とリンクした化合物でなければなりません。

smell_1

 

まず思いつくのはカルボン酸です。ここでシクロペンタンカルボン酸のオールドで甘い香りを思いついた方はなかなかですね。しかし、あえてここはカプロン酸(ヘキサン酸)でいきましょう。ヤギの匂いと言いますか、ヤギの乳から作ったチーズの匂いと言いますか、まあその香りはワオとなること請け合いです。

でも最近の都会っ子がヤギに触れる機会はあまりないかもしれませんのでそんな時はドデカン酸のツンとするような石鹸の香りでもワオとなるでしょう。

臭いものは逆効果で化学が嫌いになってしまうのではないかと危惧されるかもしれませんが、奇妙なものというのはいつの時代も楽しいものです。ご心配なく。

smell_2_1

 

それではいい香りというのも紹介しておくべきですね。バナナの香り酢酸イソアミルはいかがでしょう。ほぼ間違いなく学生も当てることができます。

2,6-ノナジエナールキュウリの香りですね。なんでもそうですが大体ものの香りというのは単一ではなくて色々な物質の混合物なのですが、こちらの2,6-ノナジエナールは単一の物質でキュウリの香りです。

ノナジエナールと共に不飽和結合の講義でしたらアニスの香りアネトールはいかがでしょうか。アニスと言えばアブサンというリキュールの香りとして有名です。そのほかにもパンや菓子類の香料としても使われます。ちなみに構造からは想像もできませんが、ショ糖の13倍甘い物質でもあります。

smell_2_2

一方で残念な香りの物質たちもあります。ケーキやアイスクリームの香料でよく用いられる2-アセチルピリジンポップコーンの香りですが、とにかく鼻に残るので厄介です。

ニンニクの香りシクロペンタンチオールもまたもの凄く残ります。

ラズベリーケトンは名前のストレートさとは異なりなんの匂いか学生はまず当てられませんね。

smell_3

 

食べ物関係の最後では2,4-ジチアペンタンチオテルピネオールを挙げましょう。硫黄を含む有機化合物はあまり馴染みがないと思うので良い機会となるでしょう。

前者はトリュフの香りです。興味深いことに経験上この香りは男女で感じ方に差があるようです。

後者はグレープフルーツメルカプタンと呼ばれることからもお分かりのようにチオールでは珍しく良い香りです。あまり高濃度にすると嫌な匂いになりますのでご注意を。

smell_4

食べ物の香りのインパクトは強いですが、ちょっとセクシーな香りも魅力的でワオです。

ムスクの香り16-ヘキサデカノリドは古くから香水に使われております。

中鎖アルデヒドのドデカナールファッティーなオレンジの香りとでも形容しましょうか、シャネルNo.5の主体となる成分に近い物質です。ファッティーなオレンジというと惹かれませんが、CHANEL No.5をつけたニコールキッドマンやブラッドピットの誘惑には勝てないでしょうね。

smell_5

 

もしカルボニル基の講義で取り上げる香水の話に学生が興味を抱かなかったら、アルケンやアルコールの講義でジヒドロミルセノールを取り上げるのはいかがでしょう。あまり馴染みのない化合物ですが、シトラスを謳ったようなメンズの香水や芳香剤によく用いられているフレッシュな香りです。

イソボルニルシクロヘキサノール(立体化学や置換基の位置は定かではありません)はウッディーな香りですが、これはより高価なビャクダンの精油成分であるサンタロールの代替品として人工合成された香料です。ビャクダンは稀少になりつつあることからGreenな代替品と言えるでしょう。

smell_6

食べ物とか香水とかよりもっと大事なことがあるでしょうって?その通りですね。ではペトリコールの匂いなんてどうでしょうか。ペトリコールとは乾いた地面に雨が降ったときにわき上がってくる匂いのことです。物質名ではありません。ではその匂いの正体はと言えばゲオスミンだと言われており、これは土壌のバクテリアが生産している物質と考えられています。初夏の夕立のノスタルジックな匂いですかね。

腐敗臭もワオな匂いですね。1,4-ジアミノブタンはかなり強烈です。少し毒性が強いので、代替として1,5-ジアミノペンタンはいかがでしょう。1,5-ジアミノペンタンは別名カダべリンと呼ばれます。死体のようなを意味する英単語cadaverousに由来しており、その匂いは想像の上をいく悪臭です。

アミン類を講義室に持ち込むときは揮発性が高くない物質であっても注意が必要です。化学者でしたら多少のアミン臭は慣れっこですが、学生にはひどい驚きを与えると思われます。また学生が選べば悪臭大賞を受賞するであろうカプロン酸もあなたには大した匂いに感じないかもしれません。では悪臭の王様のカルボン酸をアミンを混ぜたらどうなりますかね?酸塩基の化学の格好の材料となるかもしれません。カルボン酸のアンモニウム塩はほとんど匂いませんので。

smell_7

 

以上でご紹介した化合物はほんの一部でしかありません。まだまだいい香り、ひどい臭いの物質は多数あります。特に訓練したわけでもないヒトの鼻であってもこれほど多様な匂いを識別することができるという事実は有機化学のクラスでの教え方を無数の方法に拡張してくれることでしょう。

 

著者のやり方はどうなんだって?そうですね。有機化学の道にごっそりと学生が来てくれるようになるフェロモンとして働いてくれることを願いながら一つの化合物をいや、完璧な組み合わせの化合物をコレクションに加え続けているそうです。筆者も実は受験生相手のキャンパス見学会では香りの物質を使っております。なので、真似しないで下さいね!

 

 

さて話はだいぶ変わりますが、来る11月8, 9日に開催されますサイエンスアゴラにおいて我々ケムステのスタッフがケムステ出張版「広がる化学の世界」と題して出展することは既にお知らせいたしましたが、企画の一つとして香る有機化合物の氷山の一角をお楽しみいただければと準備しております。

ぜひ”ワオ!”となりにブースにお立ち寄りくださいませ!!(今月のthesisはたまたま出展の趣旨とかぶってしまいました。嬉しいような残念なような・・・)

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4061543792″ locale=”JP” title=”香料の科学 (KS化学専門書)”][amazonjs asin=”447808324X” locale=”JP” title=”香りを創る、香りを売る”][amazonjs asin=”4167661381″ locale=”JP” title=”香水―ある人殺しの物語 (文春文庫)”][amazonjs asin=”4797350377″ locale=”JP” title=”デキる男は香りが違う! プロが教える香水120%活用術 (ソフトバンク新書 91)”]
Avatar photo

ペリプラノン

投稿者の記事一覧

有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

関連記事

  1. 光で形を変える結晶
  2. 第1回ACCELシンポジウムを聴講してきました
  3. 「関口存男」 ~語学の神様と言われた男~
  4. アルキルラジカルをトリフルオロメチル化する銅錯体
  5. 可視光光触媒でツルツルのベンゼン環をアミノ化する
  6. 超一流化学者の真剣勝負が生み出した丸かぶり論文
  7. ボロールで水素を活性化
  8. 米国版・歯痛の応急薬

注目情報

ピックアップ記事

  1. 新しい太陽電池ーペロブスカイト太陽電池とは
  2. MUKAIYAMA AWARD講演会
  3. ワインレブケトン合成 Weinreb ketone synthesis
  4. 岩田浩明 Hiroaki IWATA
  5. レギッツジアゾ転移 Regitz Diazo Transfer
  6. 有機合成のための触媒反応103
  7. 化学の力で名画の謎を解き明かす
  8. 三角形ラジカルを使って発光性2次元ハニカムスピン格子構造を組み立てる!
  9. Density Functional Theory in Quantum Chemistry
  10. 史上最強の塩基が合成される

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年10月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP