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ケムステしごと

工程フローからみた「どんな会社が?」~タイヤ編 その2

Tshozoです。 前回の続きでございます。早速。

前回書いたとおり、自動車タイヤはトレッド、サイドウォール(ショルダー含む)、ベルト、カーカス、インナーライナーというふうに大きく5か所に分けられます。ではそれぞれどういうゴム成分を使っているのか。。。構造ごとの代表的な組成をまとめたのが下の図になります。

タイヤ断面と各ゴムの一般的な分子構造と特徴的な役割[旭化成殿の資料を改編して掲載・こちら] なおベルト部にはスチールコードが使われることもしばしば

NRはこれらの材料に要求仕様に応じてミックスされますが、今回は都合により省略しました。ピアノ線についても省略します、あしからず。これらのゴムと部品ごとにを合成するメーカごとに整理すると、納入メーカは歴史的な経緯からほぼ決まっているようなのですが最近は少しずつその供給先にも変動があるのだとか。しかし基本的な組成はトレンドから外れることは無いもよう。以下はその主流の材料であるHIIR、BR、SBR、IRについて描いていってみます。

[HIIR:ハロゲン化イソブチレンイソプレンゴム]

主要な特性:ガスバリア性、他の部材との密着性
使用される場所:インナライナ
主な供給メーカ:日本ブチル、ExxonMobil, Lanxess(Polysar→Bayer→Lanxess), NKNK、Sibur, Sinopec

タイヤ内側のインナライナはとにかくガスを通しちゃいかん。ガスの通しにくさは分子量の組み合わせと高い分子間力と低い自由体積、低い分子運動(回転)性に依存するため一般に分子間で水素結合をつくるようなPVAなどが有名ですが、タイヤに使われる以上、高温も耐えてで他のゴムと親和性を持ちつつ一体化して架橋してくれなきゃいかん。しかもバルキーでなくかつ回転性の低い分子構造を持つ必要がある。ということでこれらを満たすHIIRは有難いことにゴムの中でも抜群にガスを通しにくいという特長があります。このためバルクタイヤ以外の気体封入タイヤにはこのHIIRが必ず使われ、しかも荷重の大きいトラックなどのタイヤにはより大量に使われることから、その生産量はかなり長期間で単調増加しているという興味深い材料でもあります。なお上図の分子構造のXの部分には加硫速度の関係から一般的にBrが入るそうです。

ただこのHIIRはその他の特性が悪くこれのみではタイヤを作れない。ということで最も特性を活かせるタイヤの空気を封じ込める部分に絞って適用されているわけです。しかしながら最近、トレッドにもこのHIIRを入れてウェット・ドライスキッド性を上げたということをLanxessが発表していたりするので(2008年)、その用途はもうちょっと広がっていくのかもしれません。

ゴム別のガス透過性比較(常温での一般的なデータに基づく)
IRのガスバリア性は圧倒的

さらに面白いのが、このHIIRがゴムの中でも相当特殊な合成法を必要する点。具体的にはJSRが発行しているIIRに特化した解説文[文献1・リンク]に詳しく、「バッキバキに純度を上げたモノマーを-100℃以下の極低温で出来る限りブランチポリマーが出来ないよう重合させつつ大量の反応熱を取り去りながら『工業サイズで』製造しなくてはならない」という高難度プロセスを仕上げることのできるエンジニアリングレベルを要求されるわけです。反応自体はZiegler-Natta触媒を彷彿とさせる塩化アルミニウムを使うのですがExxon系とLanxess系で少しモノが違うらしく、ここらへんもノウハウがあるようですね。

[文献1]より引用 矢印部が-100℃で合成するところ
生成物を取り出す
ためのエクストルーダもかなり特殊なものらしい

この合成方法の特殊性と機能の重要性さから、資本主義国での供給メーカは上述の下線部3社のみ(実際には日本ブチルはExxonとJSRのJVのため、実質2社)に限定されています。中国(Sinopec, Cenway)にもメーカはあるのですがタイヤのような重要部品で供給先変更はやりづらいため、この3社が独占しているといってもよいでしょう。なお珍しいのはロシアのゴムメーカ(“Nizhnekamskneftekhim”, “Sibur”)が国内のためだけにHIIRを供給しているという事があります。ロシアのゴム合成の歴史は古くドイツに先行すること1910年のセルゲイ・レベデフによるポリイソブチレン合成にまで遡り、シュタウディンガーの高分子構造提案よりも前に既に合成に成功していたのは驚くべき速さです。文献も乏しいため言及は避けますが、ロシア化学メーカの調査とかやってみても面白いかもしれません。筆者が幼少のころ北海道に不時着した旧ソ連のMiG-25(リンク)という戦闘機を色々調べたら、航空力学的にどうもおかしな構造なのに何故か飛べてるという謎があったことを鑑み得ると、ロシアの力をもってすれば未だ西側が成功していない謎のゴムとか合成出来てしまっているのかもしれません。嘘です。

特殊ゴム”HIIR”の供給メーカ各位

[BR:ポリブタジエンゴム]

必要特性:低動的発熱性、高強度、耐引き裂き性、高弾性、耐摩耗性
使用される場所:トレッド、ショルダ、サイドウォール、ビードワイヤ周辺
主な供給メーカ: JSR, Zeon, UBE、Goodyear Chemical, Evonik, Lanxess

BRの特徴的な性能は動的発熱がゴムの中でも天然ゴムに次いでかなり小さいこと。ゴムは小さな丸まった糸のような高分子が架橋した分子構造を取っており、外部から応力を受けると運動性の高いゴム分子が小さな風船のようなイメージでバネのような動きをするのですが(いわゆるエントロビー弾性)、伸縮を繰り返すうちにそのエネルギーの一部は分子や分子のかたまり同士の摩擦や流動によりエネルギーとして回収できない分子の熱運動へと変換されます。多少なら問題にならないのですが(なります)、車が動いている時常に弾性体として動いているゴムがやたら発熱してくれては温度がガンガン上がってグリップも寿命も悪くなりますし燃費も悪化します(走るときに靴がきちんとグリップを伝えてくれずに発熱ばっかしてくれる、というイメージ)。ということで「動的に発熱量が少ない」材料で構成されていることは燃費はもちろん疲労耐久性に対しても非常に重要なことであるのです。

動的発熱のイメージ
側鎖の量が多ければ多いほど変形以外の運動≒分子同士の摩擦につながり
ムダな熱を生むと解釈される

この発熱量を防ぐのにBRの分子構造が極めて重要になります。つまりBRのように線状であればあるほど、回転性が低ければ低いほど上記の分子同士のぶつかりや回転によるムダな熱運動に逃げる割合が少なくなる。SBRはベンゼン環が「側鎖」としてくっついてますから近くの分子に熱運動が伝わる摩擦が発生してアカンですし、IRも全体的にバルキーな感じの「側鎖」が付いた分子構造ですからコレもダメ。HIIRは側鎖っぽい感じでメチル基がついてますし弾性という特性で論外。ちなみにNR(天然ゴム)はBRにかなり近い構成を持っているうえ機械的特性は実はゴムの中でもトップクラスなのですが、不純物が混じってたり分子量がブロードだったり採取時期によって特性が微妙にズレたりと品質管理がしづらいのでこれも万能というわけではない。結局きちんと管理が出来た状態で望みのものを合成できるBRの方がこの動的発熱特性を抑制するのに向いているわけです。

なおBRで主にタイヤへ使われるHi-cis BRの中でのビニル基の部分は全体の1%程度にしか満たず、架橋点として使われるためそれによる分子同士の摩擦は問題にならない。ということで非常に分子内のムダな熱エネルギーが発生しにくい理想的な構造であることが重要なゴム、それがBRになります。唯一の弱点としてはやや混じりにくいこと。分子構造を見た感じでは極性は大体どれも同じようなイメージがあるのですが、違う繊維で出来た糸くずはなかなか絡み合わないように線状性の強いBRも他のゴムへのAffinityが若干低いという困った特性を持っています。だいたい接地面のトレッドにもBRは混ぜて使いますがゴムの中に不均一部があるとクラックにも発展しかねないため、これをどう防ぐかはそれこそノウハウの積み重ねがモノをいうわけで。

各ゴム分子構造再掲(タイヤにはHi-cis BRが主に使用される)
SBRもよく似ているが、後述する性能を出すために
どうしてもポリスチレンブロックが多くなり、そのぶん損失が多くなる

こうしたBRを合成するのはさほど難しくなく(難しい)、特に上記のようなHi-cis BRの場合は基本的に温度以外はHIIRと同様のプロセスで作られます。ただ触媒がちょっと違う。これはLanxess(旧Bayer Materials)が世界で初めて開発したもので、ネオジムを中心金属とした錯体触媒[文献2]、所謂メタロセン触媒が使われます。この動きを追っかけるように各社がレアアース系のメタロセン触媒を活発に開発した歴史があるのですが、その競争は現在でも続いているようで、2000年以降も活発な特許活動が続いています。もともとはこのネオジムの独壇場であったのですが、ニッケル、コバルトといった他の金属でも線状のHi-cis BRを合成し得ることがわかり各社それぞれの中心金属の特徴を活かした商品づくりをしています。特に面白いのが最後発ながら2009年あたりから増産に次ぐ増産を見せている宇部興産のバナジウム系のメタロセン触媒でしょうか。他のものと異なる特性を織り込めるのと合成方法のオリジナル性から[文献4]、アジアを中心にプレゼンスを年々増していっています。

日本と米国、欧州のBR供給メーカ(最近は旭化成はあまり商売してないかも)
実はこれら以外にも結構な数のメーカがある[Lanxcess 文献3]を参照のこと
実はブリジストンやミシュランも自社用に合成している

宇部興産によるBR重合用バナジウム系メタロセン触媒[文献4][文献5] なんでこんな組み合わせに至ったのやら・・・

上記に挙げた他にもアジア各国、欧州にもメーカは色々とあり、特に最近中国では世界の生産量の30%近くを生産しているもよう。ただ上記のとおりタイヤ性能と直結するためそう簡単に代価が効くようなものではないことから、生産量は少なくても古い付き合いのあるメーカが各社に供給してるということのようです(JSR→ブリジストン、Lanxess/Evonik→ミシュラン/コンチネンタル、Zeon→Yokohama、などなど)。

なお地味な印象が強いこうしたゴム材料ですがまだまだ性能を向上させる試みは各社活発に行っており、最近ではブリジストンが去年発表したガドリニウム錯体を使用したこの技術(こちら)・(もともとは理研とJSRと共研で進めていたもの? こちら)なども触媒の性能向上と特性向上、そしてゴムではなく他の樹脂との分子レベルでのハイブリッドをつくり性能をコントロールすることを目指すという軸を打ち出していました。このようにブタジエンやイソプレンだけでなく、今回のブリジストンの例であるエチレンに対してもポリマー化が出来るような、広い材料に対して重合性能を持つ新時代の触媒が必要とされているのだと感じます。

・・・うーん、どうにもBRの部分が描きたいことが多くてボリュームがデカくなってしまいました。さらに次回に続きます・・・

【参考文献】

  1. “ゴムの工業的合成法 第5回 ブチルゴム”, 曽根卓男(JSR 株式会社 機能高分子研究所) , リンク
  2. “溶液重合ゴムのイノベーション”, 旭リサーチセンター,  リンク
  3. “Performance Butadiene Rubbers – Taking performance to a new level”, Lanxess, 2010, リンク
  4. “メタロセン型バナジウム触媒によるブタジエンの重合”, 宇部興産, 高分子論文集, Vol.62, No.9, pp.407-413, 2005, リンク
  5. “ゴムの工業的合成法第1回 ブタジエンゴム”,  曽根卓男(JSR 株式会社 機能高分子研究所), リンク
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Tshozo

Tshozo

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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