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一般的な話題

“マブ” “ナブ” “チニブ” とかのはなし

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Tshozoです。

件のことからお薬について相変わらず色々と調べているのですが、その中で薬の名称、特によく目につく語尾につく表現(マブ・ミブ・ニブ・ナブ…)がわからんようになってきたので勉強もかねてまとめておくことにしました。副代表殿が既にこちらの記事で基本的な由来や機構を、またDAICHAN先生こちらの記事でトレンドを書いておられるのですが、全体をまとめた形では書く余地アリと判断し、綴ってみます。「言葉は本質の表現でなければならない」と昔の言語学者の方が言うてますからそれなりに知恵を絞って名称を付けているはず…と思ったのですが薬の世界は複雑怪奇、一般的なわかりやすさがあまり通用しないようなのでメモしておく必要があるなぁと。これが発端。

ただ本記事作成中、DAICHAN先生のご指摘により、筆者が気になっていたこれら“mab”系のお名前の薬が2021年以降新しいものは出てこない(出てこなくなった)ということが発覚しました。最初からネタバレになるのですが、WHO内にこうしたお薬の名前を決めるINN部会というものがあり(「抗体医薬品の命名ルール大改正」記事:リンク)その部会の決定によりマブ系名称の薬はこれからもう新規には出てこない、ということになります。

おわり。

しかしながら「世界初」のマブ系の薬リツキシマブ(詳細後述)の発売から20年以上経ち一つの大きな医薬の時代を築いたのですから、歴史的観点から、また引き続き重要なお薬として活躍するものが多いであろうことから振り返る価値はあると思い、気を取り直してまとめてみることとしました。

それぞれの語尾は何を表しているのか

副代表が既に書かれていることを含めてとっかかりを書くと(文献1)、

・ニブ nib:inhibitor、つまり阻害剤の略で特に小分子(small molecular)が対象 iibでないのは語感の問題か
 以下、ibがつくものはinihibitor系、つまり何らかの代謝や作用を阻害して治癒の方向へもっていくものが基本となる
・アニブ anibangiogenesis inhibitors 血管新生阻害剤
・カチブ catibcathepsin inhibitors カテプシン阻害剤
・セトラピブ cetrapibcholesteryl ester transfer protein (CETP) inhibitors コレステロールエステル転位たんぱく阻害剤
・シチニブ citinib??? Janus kinase inhibitors ヤヌスキナーゼ阻害剤
・コキシブ coxib:selective cyclo-oxygenase inhibitors 選択的シクロオキシゲナーゼ阻害薬
・デギブ degib??? SMO receptor antagonists SMOレセプターアンタゴニスト
・リシブ lisib:phosphatidylinositol 3-kinase inhibitors ホスファチジルイノシトール3キナーゼ阻害剤
・マブ mab:Monoclonal Antibody、つまりモノクロナール抗体
・ナブ nabNanoparticle, Albumin-bound、つまりナノ粒子-アルブミン結合型
・パリブ paribpoly-ADP-Ribose polymerase inhibitors ポリADPリボースポリメラーゼ阻害薬
・プラジブ pladibphospholipase A2 inhibitors ホスホリパーゼA2阻害剤
・チニブ tinibtyrosine kinase inhibitor チロシンキナーゼ阻害剤 ニブの仲間だがこの類はかなり数が多い
・セルチブ sertibserine/threonine kinase inhibitors セリン/テオニンキナーゼ阻害剤 同じくニブの仲間
・ゾミブ zomib:Proteasome inhibitor、つまりプロテアソーム阻害剤の略 pib,ribでないのは重複を避けるためか

ということのようです。つまりだいたい阻害剤系製剤で、その中で今回採り上げるmabのみが原材料(モノクローナル抗体)という大きな括りでグループ分けされたのでしょう。また最後のzomibについてはsomibにすると何かと被るわけでもないのにs→zに変換されていてこの理由は調べきれませんでしたし、ヤヌスキナーゼ阻害剤はそもそも単語の語源すら合ってないじゃないか、というわけがわからんものも存在しました。ただ語感はこうした定義に結構重要な役割を果たしている気がします(憶測)。

で、今回確認した中で上記以外にもすげぇ種類があって、国際的に決められたルールの中で分類されているのですね。実際にはWHO:世界保健機関が主導していると思われる”INN = International Non-proprietary Name” 日本語訳「国際一般名」という枠組みがあり、その本丸である(文献1)に当時決められた全ての略称が記入されています。ついてに書くとこうした名称が簡単にわかるように、日本でも国立医薬品食品衛生研究所殿が運営する日本医薬一般的名称データベース(リンク)なるものがあり、だいたいの名称はすぐ探せるのです!!!しかもめっちゃ詳しく出てくる! こういうことも知らない状態でお薬のことを色々書いていたことを深く恥じ入った次第です。

“リツキシマブ” を日本医薬一般的名称データベースで検索した結果のアレ

・・・あと、ここまで書いて気付いたのですが、こうした命名に伴う謎ややりにくさをJACSも感じていたのか(文献3)という素晴らしいまとめ論文をJ. Med. Chem. に2021年の時点で掲載していました!!! しかもOpen Access!!! ということで上記のような話や歴史は経緯はそっちをご覧ください! この論文紹介で全体をクリアしてしまったのですが、こうした一般名称の薬を色々調べることで研究の活発さなどがわかるかもしれんと思って以下少し駄文をやってみます。

歴史と代表的なお薬たち

以下は通り一遍程度しか紹介できないのですが、今回は特に中核をなすマブ系に絞り書いてみます。マブ系については(文献4)(文献5)、また次回採り上げる予定のチニブ系については(文献6)という非常に素晴らしい文献がありますので歴史をまとめる下敷きにさせてもらいます。

まず歴史的には偉大なる生化学者 パウル・エルリッヒの時代まで遡ります。彼の功績は多岐にわたりすぎるのですが、その中でも免疫学で彼が打ち立てた”Magic Bullet”(Zauberkugel:直訳で”呪術弾丸”といったところか)というコンセプトが「人体内の免疫機能が様々な疾患に抗し得る」というもので、これこそ抗体の存在を暗示するものでした(“Paul Ehrlich’s magic bullet concept:100 years of progress” リンク)。←この記事によると細胞の染色度合いを調査していた際に細胞表面の状態が異なることから”side chain(側鎖)”という概念をつくり、これが細胞のインプット・アウトプットを制御すると考えるようになります。その後”In 1900 Ehrlich replaced the term ‘sidechain’ with ‘receptor’. According to Ehrlich’s receptor theory, which shifted over time from the binding of toxins and nutritive substances to the binding of drugs, various types of receptors with different structures and binding groups exist.” と、さらに考えを発展させて”receptor(レセプター)”が細胞表面に存在する、と提唱し出しました。ご本人の専門であった細胞染色が関わる細胞表面の機能に着目したのでしょうが、正に炯眼と言えるでしょう。

“抗体”という概念を立ち上げた偉大なる先人 Paul Elrich
ポーランド系ユダヤ人の家系に生まれた

ですが、抗体構造とかレセプターの仕組みなんて当時の技術でわかるわけがない。Elrichのその後の研究活動を見てみると現在のような巨大分子量を持つような材料ではなく、もっと低分子系の材料が抗体的な役割を果たすと考えていたフシがありますが、、、結局そこから苦節50年、ようやく細胞とは、それぞれの仕組みは、何をすればどう動くのか、がわかってきて話が進むようになります。その中でハイブリドーマ技術という1985年のノーベル医学生理学賞の対象ともなった極めて重要な技術により抗体の大量合成が可能になった時点から、この抗体の医薬化への歯車が回りだしました。

そして最初の上市に至ったのが上記のムロモナブ-CD3:Moromonabというヤンセンファーマ(現J&J傘下)により発売された世界初の抗体医薬。しかし実際にはINNの名称規格成立以前の販売だったため語尾ルールは充てられず(実際にはマブの語尾がつくような機序だったもよう)、また効能などがあまり芳しくなかったためか歴史的意義以外には注目されず、またその次のAbciximabも商売的にあまり注目を集めず(失礼!)結局その次に上市された抗がん剤リツキシマブ:Rituximab(ファイザー)が名実ともに世界初の(商売的に成功した)抗体医薬、と認識されているようです。

(文献4)より引用 横軸が年数、縦軸が市場価値
リツキシマブ登場の1994年から20年内に10兆円レベルの産業が生まれた点で驚異的

リツキシマブの分子構造イメージ(引用リンク) 
バイオに疎い筆者には冷やし中華くらいにしか見えない

分子量が14万以上あるこうしたバケモ,,,もといバイオ分子はさすがに全合成等では作れるわけがないので1975年にその基幹が実現された上記のハイブリドーマ技術、つまりは細胞奴隷化技術とも言える生合成手法によって大量かつ高純度に製造されます。こうしてできたものをMono(単一に) Clonal(クローン化された・コピーされた) Antibody(抗体(医薬))=モロクロナール抗体医薬=MAb、と呼ぶようになりました。なんで単一成分抗体と言わなかったんだろうと思ったのですが巨大分子からなるバイオ医薬品は各分子が完全に同一と言い切ることはできず、結局「細胞内で単一にコピー生成されたもの」、と言わざるを得なかったのかもしれません。リツキシマブ含めてこのハイブリドーマ技術は、すごさはもちろんですが倫理的な観点からも議論を呼びそうなので、テーマを変えて別の機会に採り上げるとしましょう。

で、リツキシマブ以降で注目すべきこのマブ系のお薬というと下記の2群が挙げられると思われます。

①Adalimumab(商品名”ヒュミラ”)とInfliximab(商品名”レミケード”)

いずれもTNFα阻害剤として、特にリウマチをはじめとする自己免疫疾患に特効を示す薬剤として開発されたもので、AdalimumabはBASF傘下のKnoll AG(→のちにアッヴィ合同会社に買収)により、Infliximabはジョンソンエンドジョンソンの子会社であったCentocor(現Janssen Biotech)により開発されました。開発着手はCentocorの方が先でマウスベースでの抗体合成を進めていたのですがこれに対しアッヴィ(Knoll AG)は完全ヒトモノクローナル抗体に基づいた開発を進めていたために特許的にややこしい事態が発生し2002年以降お互いを訴え訴えられするというパテントカチコミが何回か発生した(ている?)という事態に。おそらくお互いの累計何百億円レベルで投資していたのでしょうから無理もない話ではあります(このTNFα阻害薬に関わる特許バトルについてはこちらの記載が詳しい→リンク)。

ゴタゴタはさておきTNF-αが何かというと、英語でTumor Necrosis Factor α、サイトカイン Cytokineと呼ばれる体内分泌物質の一種で本来は腫瘍の壊死作用を促進させることの出来る、人体に極めて重要な抗腫瘍機能の中核を担っています。もともとCytokine=Cyte(細胞)+Kine(運動)という意味で、主にT細胞やマクロファージから産生され細胞を動作させる機能を持つもの。なおαがあるということはβもあったのですが、こちらはTNF-βではなくLymphotoxin alphaと呼ばれるようになりました。元βなのにalphaというこれまたややこしい…。

で、TNF-αは主に湿潤T細胞、滑膜細胞から発生される物質で、こいつを抑制したり調整することを目的とするのが①のアダリムマブ=ヒュミラ、インフリキシマブ=レミケードの主要機能。機構上は下図(文献5)のように何らかの刺激から産生されたTNF-αに取り付いて、過剰な細胞破壊などにつながらないようにするのがそのメカニズム。ヒュミラもレミケードも分子構造の根幹部はIgG1という、体内免疫グロブリンの仲間の一番量が多いグループで、それぞれIgG1の先端機能部をゴニョニョして(具体的には生産用大腸菌マウス細胞の遺伝子をゴニョゴニョ組み替えて特定パーツをグロブリンの特定箇所へ織り込むようにするという、一昔前なら考えもできなかったようなことをしている・・・らしい)色々と差し替えた構造なのですが、ヒュミラはヒト由来構造であるのに対しレミケードはマウス由来の構造を使っているのが相違点。最終治験の結果がうまく調べられないので詳細が判断できないのですが、どうもヒュミラの方がヒト由来ということでTNF-αへの親和性が高く、効果が強く出ている模様です。

(文献5)より筆者が編集して引用
ガタガタっと雪崩式に悪くなる前の根本に取り付いて作用を抑えるので効果が高いことがうかがえる

で、そうまでしてなんでこのTNF-αを抑えるかですがこの2材料を使用することで「(関節)リウマチ」の症状が大きく緩和されるためというのが理由です。概要をつかむのに非常によろしい中外製薬殿サイト(リンク)で示されるとおりリウマチというのは体内免疫機能の不具合の一種による疾患で、関節をはじめ身体の様々なところにTNF-αをはじめとした免疫機能が過剰に、或いは間違ってはたらいてしまい体が炎症を起こしたり自分自身を攻撃したりして、指を動かすのも辛いくらいに痛いという症状を示すものです。筆者は医療関係者でないため伝聞レベルでしかその症状を知り得ないのですがご本人はもちろんサポートされるご家族含めてしんどいことになるようで…不勉強ながら筆者は当初痛風と似たようなもんだと考えていたのですが、今回資料を集める中でその理解が大きく間違っていたことを認識しました。

(文献6)より症状のイメージを引用 見てるだけで痛そう
重要な稼働関節に継続的な炎症疾患が起きて猛烈に痛く、変形まで伴ってしまう例があるとのこと
アダムリマブ、インフリキシマブはこの疾患の根幹を止めにかかるもの

こうしたリウマチに対してのこれらのお薬の効果は著しく、たとえばアダムリマブの場合だと最終的には各投与量グループごとの約4~5割近い患者が寛解された(アッヴィ合同会社治験要旨:リンク)という良好な結果となりました。従来の治癒方法の効き目が弱かったリウマチに対する強力な治癒薬としてマブ系グループの威力を見せつける端緒になったと言えるのではないでしょうか。ちなみに同様の自己免疫疾患の一種とも考えられる潰瘍性大腸炎に対してもその後の治験において同様の効果を示していて(リンク)、炎症抑制のための応用範囲の広い強い武器になっていることがうかがえます。

ただこのTNF-αにとりつくということは人体にもともと備わっている抗腫瘍機能・その他バリア機能を抑えるということ。これは物騒な話で、ガンとかが発生していたらそれをほったらかしにしてしまうような副作用が発生することを意味し、使用には相当に慎重を期さねばならなりません。似た例を挙げると副腎皮質ホルモンの一部にも抗炎症効果に伴い抗細菌・抗真菌作用が弱まる効果を持つものがありますが、たとえば水虫なのに診断を誤ってステロイドの一種を使用してしまったりした場合、いっそうひどくなるようなケースと似た感じ。いずれも適切な薬を塗り直せばすぐリカバリーできますが癌関係では取り返しがつかないので慎重さ度合いは推して知るべしで。じっさい治験結果を眺めてみると投与群の約半数に強弱なんらかの副作用が出ていてますのでお医者様、薬剤師様がきっちり判断したうえで使わねばなりません。お薬というのは概して効き目が強い≒副作用が強い」というもん。とはいえ人体内にまぎれこむので、狙い以外のところでも乳腺付近にまぎれこみ(本来人体が持っている免疫グロブリン構造と非常に似ているので)授乳中の赤ちゃんの体内に入ってしまいかねない点などをふくめ処方にはより一層の注意が必要でしょう。

なお日本メーカも黙っていたわけではなく、大塚製薬がスイスの医薬メーカUCBと開発した”セルトリズマブ”=ペゴル、という副作用を抑えたタイプのものを上市した経緯があります。ただ紆余曲折あった結果、結局今はアステラス製薬殿が商品名”シムジア”として販売を担当しているようで。ただこういう形で患者からみた選択肢が増えるのは有難い話で、商売的には苦しくなる方向に行ってしまうのはわかりますがなんとか特長のある各製剤が用途を広げながら患者の方々に資するように進んでいってもらいたい次第です。

②Nivolumab(商品名”オプジーボ”), Pembrolizumab(商品名”キイトルーダ”), Ipilimumab(商品名”ヤーボイ”)

この3種のお薬はマブ系の中でも全てスケールしたブロックバスターとして名高いもので所謂メラノーマ系のガンに特効を示すものです。売上金額で言うと後発のキイトルーダ(ペムブロリズマブ・メルク)がオプジーボ(ニボルマブ・小野薬品+ブリストルマイヤーズスクイブ)に対し世界売り上げで2021年時点までは互角、ヤーボイ(イピリムマブ・ブリストルマイヤーズスクイブ)が伸び悩み(下図)(文献7)となっていました。ところが2021年以降キイトルーダの伸長が著しく最近はキイトルーダが世界売り上げシェア50%に至るまでに成長し、PD-1の発見を含めて最も着手が早かった日本勢である小野薬品(+BMS)がシェア35%程度、という状況に至ってしまっています。もちろん特許訴訟では先行していた小野・BMS連合が実質勝訴したのですが額面をみると和解金を1000億円には至らずに和解せざるを得なかった技術で勝って商売で負けるみたいな構図になってしまっているのもちょっと残念な話。

(文献7)より引用 2020年まで拮抗していたの図
決して薬の優劣を示すものではないが
適用範囲や効果の差異が発生してしまうのが非常に興味深い

効能×営業力×企業体力=破壊力、というグラップラー刃牙の花山パンチみたいな話だとは思いますが、これに加え発売タイミングも重要でどれが欠けても競争に勝てない+デカい商売に育てていけない、と本当に難しい。実は時間的には上の時系列の図に示されるように(Medarexという会社で開発された)ヤーボイが一番最初だったので先行者利益により市場を押さえるはずだったのではという気がしたのですが。。。

これら3種はいずれもT細胞を癌細胞に対していわばバーサーカー化したままにする作用を持ち、癌細胞が「やめろやぁ」と言っても攻撃を仕掛けるように仕向けるのですが、この中でオプジーボ・キイトルーダはT細胞表面のPL-1(一説によると癌細胞側のやめろやぁ部分/PL-D1も)を阻害するのに対しヤーボイは異なる部分(T細胞中のCTLA-4)を阻害しに行く材料で、効き目や副作用の程度が有利ではなかったのが使用量が伸びていない理由なのでしょう。歴史的には1996年にこのいわゆる”免疫チェックポイント阻害薬”のきっかけを作ったJames Patrick Allison教授が生み出した論文における最初の劇的な効果は、現在のヤーボイが対象とする細胞表面リガンドCTLA-4への阻害作用によるものだったので色々と皮肉な話です。

それぞれの効能を模式的に表した図 (文献8)(文献9)の図を筆者が再構成して引用
確かにYervoyがやや間接的な効能であるのに対しKeytrudaとOpdiboは直接的に効きそうである

そりゃわかってみればなるほどなぁ、だが、各要素の発見と機構解明と
効果の高い阻害剤そのものの創成にどれだけの方々が関わったことか…

で、オプジーボについては京都大学本庶先生、James Patrick Allison教授のノーベル賞受賞に関するケムステ記事(リンク)で既に詳細が書かれておりますのでそちらをご覧いただき、今回は2023年時点で世界トップの売上高になっているキイトルーダの開発経緯を少し書いてみます。実は開発当初あまり注目をされていなかったらしく、メルクが本腰を入れるようになるまでの経緯が非常に面白い(記事リンク)。日本語でもちゃんと紹介されてなさそうなのでこの”メルクが本腰を入れるようになるまで”の部分を抜粋して時系列にまとめなおしてみると、

・最初はオランダOrganon(当時AkzoNobel傘下)がガンへの適用を目指し開発開始
・ただ当初から懐疑的な雰囲気があった このため抗ウイルス薬(レセプター阻害)用途も探りながら研究継続
 (研究部門トップDavid Nicholson氏がこの抗がん領域への活動強化へ尽力)
・しかしOrganonでも、2007年に買収したSherring Ploughでも「うまくいった実績がないので(nothing in tumor immunology ever worked)」経営層からの開発優先順位は足切り直前(low if not dead last)と
、常にプロジェクト中止の危機にあった
  (研究リーダのAndrea van Elsas氏が強い信念で経営層を説得・この前後で阻害ターゲットが本庶先生が発見したPD-1に確定/MIT出身のGreg Carven博士の貢献が大)
・2009年にSherringをMerckが購入した後も状況は好転せず(less fortunate)それどころか経営層が研究活動停止を命令、関連パテント叩き売りに舵を切ってしまったが、研究部隊側の粘り強いゲリラ戦が続く
・潮目が変わったのが2010年中旬、BMSがYervoyの効果を発表し、更にBMS-小野薬品工業間でのOpdiboに関する提携を開始し
た時点 ここから急遽反逆の狼煙を上げるが、Merckには珍しい”5年近くのビハインド”からの巻き返し開発となる
・しかし大急ぎで開始されたPhase1初期時点での効果は目覚ましく、ガン領域で狙う効果(治験設計によって異なる)が一般的に治験患者数の15%に出ればいいところ、なんと80%以上(7人中6人)に確認されたという前例のない結果が得られた(最終的に655人に投与するという
、こちらも前例のないPhase1になった)
・Merckは同時に製造/
物流、治験用バイオマーカー、FDAとの特別プロジェクト化など徹底的にやれることを全部やり倒し、Yervoyに対する競争力も明示し一気に承認にこぎつけた(このあたりも非常に面白いがここでは省略)

・・・いかがでしょうか。Merck経営層は後発ということでおそらく特許上でトラブルになるリスクを認識していたものの、同時に強力な効果のある製剤で実績を作ってしまえば訴訟を食らってもそのおつりが十分来るほどのゲインが得られるというポテンシャルを(Yervoyの成功も含めて)見抜いたのではないか、と思うほどかなり強引な開発ストーリーですね。おそらく小野薬品工業における開発状況などもある程度把握していたでしょうし、手のひら返しとか節操が無いとかは一概は言えない気がします。

ただ最近どの製薬ストーリーにも昔のような一種牧歌的な雰囲気はあまりみられず、商売と会社のナワバリを賭けた熾烈な競争だけが垣間見えてしまうので正直筆者好みではないのですが、その一方で結果的にこうして各種特効薬がうまれていくのは上記のような混乱(ワチャワチャ)と競争と熱気が必須条件なのではないか、という気もします。ただ、もしOrganon-Sherring-Merckの3社にわたって我慢強く開発を続けてきた各メンバの思い入れがなかったらあっさり水泡に帰していたでしょうから、どういうことでも個人の想いというか個人の念は大事且つ奇跡的なもんなんだなぁ、と自分の経験からもつくづく感じる次第です。

おわりに

ということで以上のようなことを調べたおかげでマブだのニブだのニチブだの薬の作用がイメージしにくいのでイラっとしてた筆者の気持ちもだいたい収まりました。さすがに冒頭に書いてた「言葉が本質の表現」であるような名前はついてなかったです。ただシステマティックに決められた感じのものが大半なのですが、citinibのように何と言うかテキトーに決まった感のものが混ざってるのがなんか人間臭さを感じてしまったのは筆者だけでしょうか。

ただ今回調べている途中、1975年に開発された「ハイブリドーマ技術」というものが今回メインで調べたお薬類の根幹にあることを恥ずかしながら初めて知りまして、、、平たい話が免疫生成細胞と骨髄腫ガン細胞を融合させて細胞の合成活性を強引に上げ、マブ系の薬のもととなる抗体(など)を「効率よく」生成させるという技術なのですが…

ハイブリドーマ技術を用いた医薬類の一例(文献7)
こうしたマブ系の医薬品も含めて様々なバイオ製品の合成に利用されている

この点、正直ドン引きしたのと自分の無知を久々に恥じました。万物に生命が宿るとかいう考え持っていたら、とか、節操とか節度とか考えたらそんなことするか?というのが最初に感じた印象だったのですが、よく考えたら筆者は幼き日、スタジオジブリ作”となりのトトロ”を観た際、夢の中で出た巨大な樹木を一晩のうちに育てる魔法に感動していたのでした。あんなもん普通の生命の枠を超えたような話なわけで、きっと異分野だから違和感を感じただけなんでしょう。とはいえ以前JCRファーマ㈱のことについて書いた記事で似たような感情があったのも事実で、筆者のように複雑な感情を持つ人もたまにいるのではないでしょうか、特に仏教徒というかお釈迦様に何らかの敬意を持っている人なら同様なんじゃなかろうかと思います。この点は少し整理して書いてみたいと思います。

ところでまた最近齢のせいで色々患ってしまいまして、またぞろ様々なお薬を大量に処方されたのですがその中についに上記に書いたようなインヒビターがあったのですよ! 齢60を数えようというタイミングでようやく受けたこの製品、実は一番名称が適当につけられた(感のある)ヤヌスキナーゼ阻害剤、その名も”コレクチム“!!! 一般名デルゴシチニブで実は国産、JT(日本たばこ産業)が発見・発明した非ステロイド系消炎剤の一種です。これが筆者人生初のインヒビター経験ともなりましたので、また次回以降で詳しくお伝えできればと思います。

それでは今回はこんなところで。

参考文献

1. “Nibs, Nabs, Mibs & Mabs”, Puget Sound Oncology Nurses Symposium, March 2017, Heather L. Sloan, BS,

2. “The use of stems in the selection of International Nonproprietary Names (INN) for pharmaceutical substances”, 2018, WHO, リンク

3. “What’s in a Name? Drug Nomenclature and Medicinal Chemistry Trends using INN Publications”, J. Med. Chem. 2021, 64, 8, 4410–4429, リンク

4. “Development of therapeutic antibodies for the treatment of diseases”, Journal of Biomedical Science volume 27, Article number: 1 (2020), リンク

5. “Adalimumab”, Springer, Biologics in General Medicine pp 14–31, リンク

6. “Human TNFα Transgenic Mouse Model of Spontaneous Arthritis” 2014 Webinar, Heidelberg Pharma, リンク

7. “The immune checkpoint inhibitors: where are we now?”, Nature Reviews Drug Discovery volume 13, pages 883–884 (2014), リンク

8. “新規がん免疫治療薬抗PD-1抗体ニボルマブの研究開発” ファルマシア, Vol. 52 No. 4 2016, リンク

9. “Clinical Pharmacokinetics and Pharmacodynamics of Immune Checkpoint Inhibitors”, Clin Pharmacokinet 58, 835–857 (2019), リンク

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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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