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スポットライトリサーチ

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

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Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポットライトリサーチ)になります。

“Molybdenum-catalyzed ammonia synthesis by using zero-valent metal powder with alcohols or water”,
 Taichi Mitsumoto, Yoshiaki Nishibayashi, Angew. Chem. Int. Ed. 2025, e202423858. (Open Access)
 Hot Paper にも選ばれました!

論文リンク SIリンク

以前の記事から更新して筆者が作成 酸素原子の数と状態がアレなのはお許しください

本論文の要旨は「汎用金属、特に亜鉛やマンガンといった汎用かつ低い還元電位をもつ金属を使ってアンモニアが常温常圧触媒反応で合成できた」というもの。常温常圧触媒的アンモニア合成は同研究室のライフワークで、2003年に発表されたシュロック教授による萌芽的な成果を長年かけ大きく発展させたことは以前書いたこの記事で述べたとおりですが現在同研究室では実用化に向け重点を3つに絞り進めておられます。

つまり、①室温で窒素分子を開裂&反応させられる高耐久な分子触媒の探索 ②より低い(貴な)酸化還元電位を持つ電子供与体の適用 ③①②をPCET反応(=Proton-Coupling Electron Transfer 後述)に基づき「まとめる」ことの出来る”メディエーター”開発、 の3点(③は近年研究対象に組み込まれたもよう)。今回ご紹介する成果はこれまで磨き上げてきた①を使い②汎用性が高く商売に乗り得る電子供与体を使い、③メディエーターの機構を探って反応の完成度を向上させる足がかりを築いたもの。これはアンモニア合成にかかる正味エネルギーを更に低減させ得る糸口となる重要な成果です。ということで、スポットライトリサーチとして、本論文1st Authorである東京大学大学院の光本泰知さんの声を筆者作成の前説とともにご紹介していきます。

はじめに 研究背景と位置づけのご紹介

これまで、窒素N2と水H2Oから合成でき長期間貯蔵・ハンドリングできるアンモニアNH3が最も適切なエネルギー貯蔵体であり、化石資源を「出来るだけ使わず」再生エネルギーベースで低コストに合成・貯蔵できるようにすることこそがエネルギーの自律・自立にもつながり得るという考えのもと様々な記事を書いてまいりました。ここではその合成方法がどうでなければならないのか、特にエネルギー経済的に何が理想なのか、にポイントを絞った前説を付けておきます。

まず現在主流のNH3合成法について(概要リンク)。もちろんN2、H2が必要なのですが、N2は空気中から分離して楽にとれますけど問題はH2の方。これは天然ガス(CH4)を水蒸気改質法で分解して供給する形がほとんどで、このH2原料としてのCH4費用が2014年時点で出来上がったNH3のお値段の約90%を占める(現在も大差ないはず…)。つまりCH4というエネルギー源をドンと加工してH2を取り出しハーバーボッシュ法で別のエネルギー源であるNH3に変えるのですが、そのH2(=プロトン+電子)の供給に一番ゼニがかかってる。当然このゼニを無駄にするわけにはいかないためにハーバーボッシュ法を含むアンモニア合成全体の反応効率は長い歴史の中で極限まで磨き上げられてきていて、現代ではエントロピー分を勘案した理論値に近い値(~60%以上(文献1・下図))を達成しているのですから恐ろしい…とはいえ、CH4の持つエネルギーの半分くらいを合成時に消耗しているので、これを肥料ならまだしもエネルギーとして使用するのはやや不経済であると言わざるを得ません。もちろんその過程でCCSなど関連技術が発展し放出されるCO2が低減される観点では大きな意味はあるのですが。なので化石燃料ベースのNH3はよく考慮して使わなければならないわけです。

(文献1)より筆者が編集して引用  六芒星の電解合成による理想値が目指すべき値

(文献1):”Current and future role of Haber–Bosch ammonia in a carbon-free energy landscape”, Energy Environ. Sci., 2020, 13, 331, リンク

では将来技術である再生可能エネルギーを使ったアンモニア合成反応はどうすべきか。これはやはり水と窒素からアンモニアを作る(+酸素を追い出す)のが理想で、そのためには基底状態から相当のエネルギーを与えてつくるUphill型の反応でなければなりません(下図)。ただ(CH4のような)もとの生成エネルギーが高い原料を加工するDownfall型に比べ、Uphill型は極めて難易度が高いため世界中の研究者が難儀している分野の一つです。このUphill反応を行うのに熱を加える場合もありますが概して不経済になるため、通常ΔEには電力(≒電圧)が適切な原動力として選ばれます。再生可能エネルギーは電力として取り出されますのでその点で相性自体はいいわけですよね。とはいえ、そこには電気化学的な素養が必要になる例が多く分野を跨いだ複合的な取り組みが必要になってくる領域でもあります。

Uphill型のイメージ(あくまでもイメージ) スノボーで言うならハデな技が難しいように見えるが
実は地道に山を登る方が本当に大事で難しいということにたとえられる

しかしながらこのΔEに相当する再生エネルギー電力費がまぁ高いこと。電力系統につながずNH3合成を「貯めて」使える形であればだいぶ安くなるとはいえまだ高い。このため図のΔE*の値が低いほど、また介在する材料が安いほどコスト的は理想に近づきます。そんな中、今回の成果はリクツ的には上図の六芒星にかなり近い値でのエネルギー入力のみによってH2分子を経由せずにアンモニアを触媒的に合成し得る反応系を実現した、という観点で極めて重要な内容を含んでいるわけです。

以前の記事から再編集して引用 ZnがZnOになったと仮定して記述
実際には過電圧が必要になるので実用時のΔEγは1.90Vくらいになると思われる
(水の電気分解の実用電圧は1.70V以上なのでかなり近い値)
今回はそれを反応系として回転し得ることを実証したことが大事

理想的には水の電気分解程度のエネルギー(上図左下 ΔEα)だけで常温常圧下、一気にアンモニアまで進めば嬉しいんですが平衡的には進む可能性はゼロではないものの非現実的な時間がかかるため、結局追加エネルギーが必要で、その追加分が小さくても反応が進む系を組めるかが再生エネルギーベースのアンモニア合成には重要な課題となります。この点、汎用性が高く廉価で、ゼロ価に戻す時に可能な限り電力を食わない金属が使えれば一番いいわけですね。金属は電気溜まりみたいなもんで存在するだけでエネルギーを持ちますし粉の状態で反応液に入れて釜で煮れますし合成が終わった後も原則として分離して電気化学的に再生できる、という点でも重要と言えます。

そこでSHE(標準水素電位)に比べ卑な電位を持ちかつその差異が少ない金属はどれか。筆者がよく使う酸化還元電位リストを眺めると(参考リンク)Bi、Co、Sn、In、Mn、Znが候補ですが、扱いやすく汎用性が高いのはZn,Mn(とSn)でしょう。特にZnはH2発生過電圧がかなり高いため厄介なH2が出る反応が抑えられるというオマケもあり、今回は非常に適正な材料を選択されたのではないかと。こういうものを使ってプロトンH+と電子e+(金属材料としての還元)エネルギーが関わる反応をどう設計し制御しエネルギー経済的につくりあげるかが低コストなアンモニア合成の肝になるのですが、今回はそれを実証出来た点で大きな意義があると思われます。ややZnの反応率が低いのはまぁおそらく表面に酸化被膜の類いでも出来てるんでしょうから、それを破砕できる例のメカノケミカル反応と組み合わせたらもっと反応が進む・・・かもしれません!

今回見出した反応のイメージ図(ZnXは論文文面のみでは状態が不明なためそのように記載)
なお今回
マグネシウムMgはメディエーターであるサマリウム中間体の”凝集”を
抑制/解消するのに用いることが出来る

なお上記では詳細を書けておりませんが、論文内でのメディエータの反応中間体(上図中央下に示すようなオキソメタレートのような構造をもつ)や凝集体の構造解析にも成功しており、より反応を効率的にもっていけるような手掛かりを得ている出色の出来になっております。オープンアクセスですので是非ご覧ください。

というわけで前説はここまで。そんなエネルギー経済的に重要な突破口を開いた本論文の1st Authorは、西林研究室の光本泰知さん(本記事執筆開始時 博士課程3年生)。まずは西林仁昭先生からのご紹介からどうぞ!

1st Author 光本 泰知さん ご紹介 西林仁昭 先生より

光本君は、私が化学系ではない専攻(工学系研究科システム創成学専攻)所属の研究室を主宰していた時に学部配属されて以来の6年間を一緒に過ごしてきたことになります。化学系でない学科でしたので、学部時代には化学の科目を履修しておらず、当初は研究会等では大変苦労してきたかと思います。化学系専攻への研究室の異動と共に一緒に所属専攻も転籍してくれて、この3月で応用化学専攻博士課程を無事に修了し、晴れて工学博士の学位を取得することになっています。

東大生の中でも極めて優秀な学生さんで、自分で考えながら試行錯誤を行うと共に、大変熱心に実験に取り組む姿勢は研究室の後輩達の良い見本になってくれていたと思っています。研究成果を論文にまとめる時でも、自分が納得いくまで徹底して仕上げる姿勢には大変感心しておりました。

学位取得後は活躍の場を企業へと移しますが、より一層活躍してくれることを確信しています。

【以下が光本 泰知さんへのインタビュー内容です!】

Q1. 今回発表となった論文に掲載されたのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください

今回私たちは、安価で反応性の低いメタルパウダーを還元剤として用いた触媒的アンモニア合成反応に成功しました。当研究室ではこれまでに、ピンサー型配位子を有するモリブデン錯体を触媒として、窒素分子と還元剤、プロトン源からアンモニアを合成する反応系を報告しています。しかし、これまでのアンモニア合成反応では、還元剤としてヨウ化サマリウム(II) (SmI2)やメタロセンなどの比較的高価で反応性の高い試薬が用いられていました。本研究では、従来開発したモリブデン錯体に加えヨウ化サマリウム(III) (SmI3)を触媒とすることで、還元力の高いマグネシウムはもちろんですが、亜鉛やマンガンなどの還元力が低いとされてきたメタルパウダーを還元剤、水やアルコールをプロトン源として用いるアンモニア合成反応に成功しました。例えば、亜鉛はサマリウム金属と比べて価格が1/10程度であり、このような安価で反応性が低いメタルパウダーをアンモニア合成に活用できたことは大きな価値があります。また本研究では、アンモニア合成におけるサマリウム触媒化についても初めて達成しています(同時期にPetersらも報告・参考リンク)。

Q2. 本研究テーマについて、ご自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください

還元剤としてメタルパウダーを初めて用いたことです。実は当初、安価で反応性の低い還元剤を用いるアンモニア合成を意識していませんでした。というのも、私は修士課程の頃からモリブデンとサマリウム化合物を触媒とするアンモニア合成を目指しており、還元剤として反応性の高いメタロセンを使用し続けていました。しかし、メタロセンを用いる反応ではインパクトのある実験結果が得られず、論文のワントピックになれば良いなという思いで亜鉛を使ってみたのが本研究のきっかけでした。実験結果を西林先生に見せると予想以上に食いつきが良く、触媒反応条件や化学量論反応の検討を通じて研究がサクサク進みました。気がつくとメタルパウダーの活用が、ワントピックどころか本研究の主軸となりました。様々なことを試してみることは研究においてもちろん大切ですが、発見したことを周りにアウトプットすることが重要だと学びました

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

実験結果をどのようなストーリーとして論文にまとめるかを考えるのが難しかったです。メタルパウダーを用いる前から、本研究テーマの元となる実験結果で論文化しようと考えていました。しかし印象的なストーリーが思いつかず、しばらくこの研究テーマを寝かせて(後回しにして)いました。今振り返ると、論文の方向性を決めつけすぎることで研究テーマの可能性を狭めてしまっていたと思います。研究を発散させようと思って始めたメタルパウダーの活用が、結果として当初の目標であったサマリウム触媒化の達成につながったのは幸運でした。また、実験においては触媒反応後のサマリウム三核錯体の同定に苦戦しました。研究室の皆様の力を借りながら、触媒反応後の後処理および再結晶条件を工夫することで、最終的に単結晶X線構造解析により同定することができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私はもともと化学専攻出身ではなく、工学部システム創成学科のエネルギー・環境コースに所属しエネルギーと環境について広く学んでいました。今では、アンモニアなどのエネルギーキャリアを化石燃料に代わるエネルギー資源とすることで、地球温暖化をはじめとする環境問題を解決したいという想いがあります。化学はエネルギー・環境問題に最も根幹的な解決策を提供できるので、そこに携わる研究者になりたいと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします

今回の経験から、自分にとって小さな発見でも、周囲の人に話してみることが新しい研究のきっかけになると学びました。自分にとって些細なことでも、見方を変えると大きな価値が秘めているもしれません。同時に、共同研究者の小さな発見を見逃さないために、日々のコミュニケーションや興味のアンテナを広げておくことも重要だと思います。

最後に、研究を指導してくださった西林仁昭先生、研究室の皆様、研究を紹介する機会をくださいましたケムステスタッフの皆様に深くお礼申し上げます。

【著者近影とご経歴 ご紹介】

氏名: 光本 泰知(みつもと たいち)
2020年3月 東京大学工学部システム創成学科 卒業
2022年3月 東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻 博士前期課程 修了
2022年4月―現在 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 博士後期課程
(論文執筆時:東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 西林研究室 博士後期課程3年)
研究対象:「遷移金属錯体を用いた触媒的アンモニア合成反応」
博士論文題目:「サマリウム化合物を利用したモリブデン触媒による窒素固定反応の開発」

 

 

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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