第690回のスポットライトリサーチは、大阪大学大学院工学研究科(鳶巣研究室)博士後期課程2年の向井虹渡 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、13族元素ガリウムによる2電子酸化還元に関する研究です。
遷移金属は、d軌道を利用した酸化還元反応が多く知られています。一方、ガリウムなどの典型元素はd軌道が反応に関与せず、これまで13族元素による酸化還元反応は困難とされていました。今回、開発したフェナレニル型配位子を用いることにより、13族元素ガリウムが光照射により3価から1価へ変化することを実証されました。そして、この化学変換を利用し、1,3-ジエンとイソシアニドからフェニレンジアミンを生成する、新奇分子変換を報告されました。本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Synthesis of Phenylenediamines via (4 + 1 + 1) Photocycloaddition of 1,3-Dienes and Isocyanides Enabled by a Gallium(I)/(III) Redox: The Key Role of a Phenalenyl-Based Ligand”
Mukai, N.; Kodama, T.; Tobisu, M., J. Am. Chem. Soc., 2025, 147, 45432–45440. DOI: 10.1021/jacs.5c15802
研究を指導された兒玉拓也 助教と鳶巣守 教授から、向井さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
兒玉先生
本研究は、「13族元素で酸化還元反応を実現できないか」という、ある意味無謀とも言える問いから始まりました。私自身も研究室としても低原子価典型元素種の取扱いに関するノウハウがなく、文字通りゼロからの立ち上げでした。その意味で向井虹渡くんは、私にとって一人の学生という枠を超え、日夜ああでもない、こうでもないと議論を重ねながら共にテーマを構築してきた戦友のような存在です。本研究においても、光照射下で観測された予期しない挙動を決して見逃さず、その背後にある科学的意味を的確に読み取った慧眼が、ガリウムの光駆動レドックス反応という前例のない現象の発見につながりました。自由な発想に基づいて、確かな専門知識と実験技術で研究を形にした姿勢は、まさに研究者としての本質を体現していたと思います。普段の彼は、独特のユーモアとセンスで研究室の雰囲気を和ませながらも、後輩からは絶大な信頼を集め、チーム全体を導いてくれる頼もしい存在です。将来は“虹渡”という名前が示す通り、異なる分野や人をつなぐ架け橋となり、柔軟な発想で研究の世界に新しい道を切り拓いていく研究者になると確信しています。これまで培ってきたセンスと探究心を武器に、彼自身の色で新しい化学を描き出してくれることを心から楽しみにしています。
鳶巣先生
僕たち教員はついつい夢物語を語りがちですが、それを現実にすべく学生たちは日々悪戦苦闘しています。そんな無理難題を、なぜか涼しい顔でクリアしてしまうのが向井くん。頼もしさで言えば右に出る者はいません。
周りの意見を柔軟に取り入れつつ、きちんと自分の頭で考えて研究を進める。そんな向井くんの姿勢が、僕は大好きです。雑誌会では流行りのキラキラ論文ではなく、「え、こんな論文あったんや…!」と皆を唸らせる渋い論文を選んでくるあたりにもセンスを感じます。ミーティングでの発言は多いわけではありませんが、一言一言に重みがあります。そして、研究テーマの新規立案も一人でこなせます。これもすべて、自分で考えることを常に忘れない姿勢があるからこそだと思います。しかも、頭でっかちになることなく、軽いフットワークで実験をガンガン回すのも彼の魅力です。実際、向井くんはいつ見てもだいたい実験室にいます。短期留学したMax Planck石炭研究所では、Cornella先生に実験技術を大絶賛されました。
そんな向井くんと一緒に研究できるのも、あと一年ちょっとだと思うと寂しい気持ちになりますが…まだまだいろんな無茶ぶりをしていきたいと思っています(笑)。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、典型元素であるガリウムの酸化状態を光によって制御し、13族元素としてはじめての2電子酸化還元[E(I)/E(III)]を経る化学変換を実現しました。遷移金属はd軌道を利用して電子を可逆的に授受できるため、酸化還元を伴う多様な触媒反応を実現してきました。一方、典型元素ではd軌道が反応に関与しないため、価数変化を伴うレドックス反応の制御は根本的に難しいとされてきました。しかし近年、配位子設計の進展により、14・15族元素がレドックス中心として機能し得ることが報告され、典型元素化学に新たな展開が生まれています。これに対して、13族元素では、1価種[E(I)]がσ結合やπ結合との反応を通じて、熱力学的に非常に安定な3価種[E(III)]へと変換される一方、逆の還元過程(E(III) → E(I)) は熱力学的に不利であり、一般に進行しません。このため、13族元素を中心とするレドックスサイクルを構築することは長らく困難でした。
本研究ではこの課題を克服する戦略として、電子を一時的に授受できるフェナレニル(Phenalenyl)型レドックス活性配位子(ref1,2) に着目しました。我々は以前に上記配位子を導入したガリウム(I)錯体が共役ジエンとの(4+1)環化によりガラサイクル[Ga(III)錯体]を与えることを報告しています(ref1)。今回、上記Ga(III)錯体に青色光照射を行ったところ、Ga–C結合の均一開裂を起点とする還元的開裂が進行し、ガリウム(I)錯体が再生することを明らかにしました。更に、イソシアニド存在下では、光照射下でGa–C結合に対するイソシアニド挿入反応が2回進行し、得られた二重挿入体からC–C結合の還元的脱離を経て1,2-フェニレンジアミン骨格が生成することを実証しました。本反応は、共役ジエンとイソシアニドからフェニレンジアミンを構築した初めての例であり、遷移金属でも達成されていない新規分子変換です。以上より、本研究は13族元素における光駆動型2電子レドックス反応の初実証となり、典型元素を基盤とした新たな分子変換の可能性を切り拓くものです。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
一番思い入れがあるのは、青色光照射下Ga–C結合が均一開裂することを発見したところです。このテーマは、私が学部4年のときに研究室に配属され兒玉先生から「フェナレニル配位子を使った13族元素錯体でレドックス触媒を実現しよう」と言われたのが出発点でした。当時は、NacNac(β-ジケチミナート)配位子に対して骨格の堅牢性、レドックスアクティブ性、可視光吸収特性といった機能を付与が期待されるフェナレニル配位子によって、どのような違いが現れるのかを探るところからのスタートでした。ある日、ガリウム上に2つ炭素置換基を導入した錯体が、特異的にピンク色に変わる現象を見つけ、他のガリウム錯体とは異なる反応性を示すのではと思いました。そこで、試しに青色光を照射してみたところ、¹H-NMRで5.5–5.6 ppm付近に新たなピークがわずかに観測されました。そのとき、「これはフェナレニルラジカルが生成して二量化しているのでは?」と思い立ち、兒玉先生とESR測定を行ったところ、フェナレニルラジカル特有の超微細構造を有するシグナルを確認できました。測定室で思わず兒玉先生とハイタッチしたのを今でも鮮明に覚えています。この瞬間が、本研究の原点です。その後、「二つの炭素鎖をつなげると発生したラジカルが移動して還元的脱離するのでは?」と思い、上述したガラサイクルを用いた光反応を検討しました。すると期待通り青色光を照射によりガリウム1価錯体の生成を1H NMRで観測することが出来ました。今思うと、こうした一つ一つの経験が、現在の自分の研究生活の支えになっていると感じます。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
一番苦労したのは、イソシアニド二重挿入体からの還元的脱離でした。当初、イソシアニド一分子の挿入反応が進行していることは、X線結晶構造解析によって確認できていました。鳶巣先生と兒玉先生から「酸化的環化や挿入反応まで行ったなら、還元的脱離までやって触媒反応にしよう」と背中を押され、そこから約一年、毎日のように錯体を合成しては反応条件を試す日々が続きました。しかし、思うように反応が進まず、分解した配位子だけが得られることも多く、出口の見えない時期が続きました。そんな中、イソシアニドの窒素上の置換基を系統的に検討していたところ、ベンゼン環の2,6位にメチル基を有するイソシアニドを用いた場合に、特異的に二分子挿入反応が進行することを見出しました。この錯体を用いて還元的脱離の検討を進めましたが、それでも簡単には進行しませんでした。「仮に還元的脱離が起こっても、生成するガリウム(I)錯体は分解してしまうだろうが、試してみよう」と思い、DMSO中190 °Cという高温条件で反応を行ったところ、なんとフェニレンジアミンが生成していることが分かりました。さらに、反応に酸素原子が関与しているのではと考え、キノン類を添加すると、わずかに収率が向上しました。残念ながら触媒反応へと展開することは叶いませんでしたが、地道な試行錯誤の積み重ねが、ひとつの素反応発見につながることを実感した瞬間でした。リバイスの際には、「スコープを広げてはどうか」というコメントをいただき、正直かなり大変でした。それでも新たに錯体を単離して検討を重ね、最終的には3種類の新規骨格を含むフェニレンジアミン合成反応として一般性を示すことができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
自分で分子を設計し、その構造や性質を明らかにしたうえで、新たな素反応を生かした触媒反応まで展開できればとてもかっこいいなと思っています。新しい化合物を作れば、必ず何かしら新しい反応性が見えてくるはずです。その“新しい反応性”を手がかりに、まだ誰も見たことのない反応系を作り上げたいと考えています。自分の“名刺代わり”になるような分子を作ることが、今の目標のひとつです。また、元素の性質をより深く理解したうえで研究を進めていきたいとも思っています。正直、まだ原理的な部分では理解が追いついていないと感じることも多いので、そうした基礎的な側面をしっかり身につけ、自分の研究に活かしていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
本研究を遂行するにあたり、鳶巣守教授および兒玉拓也助教には、数え切れないほど多くのご指導とご助力を賜りました。この場を借りて深く感謝申し上げます。特に兒玉拓也助教には一番近くで私の研究を見て頂きました。実験結果をいつも肯定的に見てくだるので、私自身とても楽しく研究をさせてもらえています。また、研究室の皆様にも日々多くの面で支えていただいており、「鳶巣研究室に入って本当に良かった」と感じながら、幸せな研究生活を送っています。さらに、学会やセミナーを通じてさまざまな分野の研究者の方々と出会い、貴重なご助言や励ましをいただいたことにも、改めて御礼申し上げます。
私は普段から「思いついたことはすぐ試してみる」ことを大切にしています。「やらないよりも、やってみて、あわよくば面白い現象が見られたらラッキー」のマインドで日々実験に取り組んでいます。また、どんな結果であってもそれは世界で自分にしか得られないデータであり、その積み重ねこそが研究の醍醐味だと思います。今回登場したフェナレニル配位子を持つガリウム錯体は全くの新規化合物でした。手探りの状態でいろいろ試しながら、自分なりの“教科書”を作っていくような感覚で研究を進めています。そうして日々を楽しみながら研究することが結果的に一番研究を進める力になっていると思います。自分で考え、工夫して、うまくいったときの達成感は何にも代えがたく、それが私にとって研究を続ける一番の原動力です。
最後に、本研究成果を取り上げてくださったChem-Stationのスタッフの皆様に深く感謝申し上げます。普段から一読者として楽しく拝見していたケムステに、自身の研究を掲載していただけたことを大変光栄に思います。
研究者の略歴

名前:向井 虹渡 (むかい にじと)
所属:大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻分子創成化学コース機能有機化学領域 鳶巣研究室
略歴:
2022年3月 大阪大学工学部応用自然科学科 (鳶巣研究室) 卒業
2024年3月 大阪大学大学院工学系研究科応用化学専攻 (鳶巣研究室) 博士前期課程 修了
2024年4月~現在 大阪大学大学院工学系研究科応用化学専攻 (鳶巣研究室) 博士後期課程 在学
2024年4月~現在 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2025年4月~6月 Max-Plank石炭化学研究所 (Cornella研究室) 短期留学
関連リンク
- T. Kodama, N. Mukai, M. Tobisu, Inorg. Chem. 2023, 62(17), 6554–6559. DOI: 10.1021/acs.inorgchem.3c00697
- T. Kodama, K. Uchida, C. Nakasuji, R. Kishi, Y. Kitagawa, M. Tobisu, Inorg. Chem. 2023, 62(20),7861–7867.DOI:





























