[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ルミノール誘導体を用いるチロシン選択的タンパク質修飾法

[スポンサーリンク]

2015年、東京工業大学・中村浩之らは、ルミノール誘導体と鉄-ポルフィリン複合体(ヘミン)を用い、チロシン選択的なタンパク質修飾法を開発した。水系溶媒にて高収率で進行する本反応は、酵素や抗体などにも適用可能である。

“Tyrosine-Specific Chemical Modification with in situ Hemin-Activated Luminol Derivatives”
Sato, S.; Nakamura, K.; Nakamura, H.* ACS Chem. Biol. 2015, 10, 2633. DOI: 10.1021/acschembio.5b00440

問題設定と解決した点

タンパク質修飾反応において、リジン(Lys)やシステイン(Cys)ほど側鎖反応性が高くなく、適度な表面露出度を持つチロシン(Tyr)側鎖は有力な標的である。Tyr選択的反応の代表格としてはBarbasらが報告したPTAD法[1]がある。しかしながら、PTAD試薬は水中で窒素と一酸化炭素を発生しつつ分解してイソシアネートを生じ、これがLys側鎖と交差反応を起こす問題がある。

そこでPTADと同様に酸化的に活性化されるルミノール誘導体に注目し、副生成物を生じることなくTyr修飾を行う手法を開発した。

技術や手法の肝

ルミノール反応は、血中の鉄触媒を用いて過酸化水素でルミノールを活性化し、基底状態に戻るときに発光を伴う反応である[2]。これはPTADを系中発生させる酸化過程に類似していることから、ルミノールもTyr修飾に使用可能と推測された。しかしルミノールは活性化状態からの分解が速いため、Tyr修飾の収率は21%にとどまった。そこで脱窒素が起こらないよう、窒素メチル基を導入した誘導体を合成し使用した。これはルミノールと異なり発光分解を起こさず、触媒量のヘミン存在下に95%以上の収率でTyr修飾が進行した。

主張の有効性検証

①PTADのような副反応を起こしていないことの確認

反応の検証にはアンジオテンシンⅡ(DRVYIHPFHL)を用いた。Tyr以外に反応していないことを示すため、TyrをAla, Cys, Lys, Met, Ser, Trpに置換したものでも反応を行ったところ、Cys以外は反応が進行しないことが分かった(Cys側鎖は酸化される)。

②タンパク質への適用可能性

基質としてBSA(Tyrを20個含む)を用い、100当量の試薬を用いて反応を行った。反応後のタンパクをMALDI-TOF-MS解析したところ、ピークシフトからおおよそ平均6つの分子が結合していることが分かった。LC-MS/MS解析の結果、20個のTyrのうち8つに結合しうることが示された。
BSAの結晶構造[3]から計算したSolvent Accessibility(SA)と反応位置の相関を考察している。SAが0と計算されるものが反応するなど一部例外もあるが、おおむね反応しやすさと露出度には相関があると考えられる。もっとも反応しやすいTyr400では二重修飾体を与えている。

③タンパク質機能に与える影響

アジド基を備えた試薬を結合し、Click反応で蛍光分子を結合可能であることが実証されている。さらに酵素(Carbonic anhydraseおよびTrypsin)を修飾し後に活性を調べたところ、やや低下は見られるものの概ね活性を保持したままであることが分かった。また反応を抗体にも適用しており、チューブリン抗体に蛍光分子を結合させてチューブリン染色に使用可能であることも実証している。

議論すべき点

  • Buffer中で行える反応だが、DMSOを2%混合している。ヘミンと試薬の水溶性に難があるのかもしれない。
  • システイン以外には言及していないが、過酸化水素活性化触媒を用いる都合、酸化的なダメージがタンパクに入る可能性は否定できない。
  • Tyrの位置選択性制御は次なる課題と言えそう。

次に読むべき論文は?

  • 本反応の改良として、ヘミンの代わりにHorseradish-Peroxidaseを用いた反応[4]を報告している。この酵素は活性が高く0.1 mol%で反応が進行すること、NADHを用いることで分子酸素を酸化剤として用いることが可能となった。ルミノール誘導体の試薬構造は同一である。

参考文献

  1. Ban, H.; Gavrilyuk, J.; Barbas, C. F. III J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 1523. DOI: 10.1021/ja909062q
  2. Merenyi, G.; Lind, J.; Eriksen, T. E. J. Phys. Chem. 1984, 88, 2320. DOI: 10.1021/j150655a027
  3. PDB: 4F5S
  4. Sato, S.; Nakamura, K.; Nakamura, H. ChemBioChem 2017, 18, 475. DOI: 10.1002/cbic.201600649

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. ポンコツ博士の海外奮闘録XVI ~博士,再現性を高める②~
  2. アメリカ化学留学 ”大まかな流れ 編”
  3. グサリときた言葉
  4. ポルフィリン化学100年の謎を解明:calix[3]pyrrol…
  5. フローシステムでペプチド合成を超高速化・自動化
  6. 芳香族フッ素化合物の新規汎用合成法
  7. マテリアルズ・インフォマティクス新春座談会 -二刀流で進める素材…
  8. 二刀流センサーで細胞を光らせろ!― 合成分子でタンパク質の蛍光を…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 遷移金属を用いない脂肪族C-H結合のホウ素化
  2. アセタール系保護基 Acetal Protective Group
  3. 有機機能性色素におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用とは?
  4. 環境省、04年版「化学物質ファクトシート」作成
  5. 一家に1枚周期表を 理科離れ防止狙い文科省
  6. ウーロン茶の中でも医薬品の化学合成が可能に
  7. 「副会長辞任する」国際組織に伝える…早大・松本教授
  8. 第155回―「化学結合と反応性を理論化学で理解する」Sason Shaik教授
  9. トップリス ツリー Topliss Tree
  10. やまと根岸通り

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年10月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

マイクロ波プロセスを知る・話す・考える ー新たな展望と可能性を探るパネルディスカッションー

<内容>参加いただくみなさまとご一緒にマイクロ波プロセスの新たな展望と可能性について探る、パ…

SFTSのはなし ~マダニとその最新情報 後編~

注意1:この記事は人によってはやや苦手と思われる画像を載せております ご注意ください注意2:厚生…

様々な化学分野におけるAIの活用

ENEOS株式会社と株式会社Preferred Networks(PFN)は、2023年1月に石油精…

第8回 学生のためのセミナー(企業の若手研究者との交流会)

有機合成化学協会が学生会員の皆さんに贈る,交流の場有機化学を武器に活躍する,本当の若手研究者を知ろう…

UBEの新TVCM『ストーリーを変える、ケミストリー』篇、放映開始

UBE株式会社は、2023年9月1日より、新TVCM『ストーリーを変える、ケミストリー』篇を関東エリ…

有機合成化学協会誌2023年9月号:大村天然物・ストロファステロール・免疫調節性分子・ニッケル触媒・カチオン性芳香族化合物

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年9月号がオンライン公開されています。…

ペプチドの精密な「立体ジッパー」構造の人工合成に成功

第563回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 工学系研究科応用化学専攻 藤田研究室の恒川 英…

SNS予想で盛り上がれ!2023年ノーベル化学賞は誰の手に?

さてことしもいよいよ、ノーベル賞シーズンが到来します!化学賞は日本時間 10月4日(水) 18時45…

ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2023年版】

各媒体からかき集めた情報を元に、「未来にノーベル化学賞の受賞確率がある、存命化学者」をリストアップし…

DMFを選択的に検出するセンサー:アミド分子と二次元半導体の特異な相互作用による検出原理を発見

第562回のスポットライトリサーチは、大阪府立大学(現:大阪公立大学)大学院 工学研究科 電子・数物…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP