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誰かに話したくなる化学論文2連発

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ライプニッツ天然物および感染生物学研究所(Leibniz-HKI)の研究者が、バクテリアの一種から天然の抗生物質を発見しました。この物質は植物にとって害となる真菌を殺菌する強い効果があり、映画「ジョン・ウィック」でキアヌ・リーブス演じる殺し屋にちなんで「keanumycin(キアヌマイシン)」と名付けられました。 (引用:Gigazine2月8日)

コーヒーにはさまざまな飲み方や楽しみ方があり、「いつもブラックで飲んでいる」という人もいれば「ミルクを入れて飲むのが好き」という人もいます。そんなコーヒーに含まれる抗酸化物質のポリフェノールを細胞に投与する実験により、ポリフェノールとタンパク質を組み合わせると抗炎症作用が倍増することが突き止められました。 (引用:Gigazine2月19日)

一般ニュースサイトに興味深い化学に関する論文が紹介されましたので、詳細を見ていきます。

一件目は、キアヌマイシンと名付けられた抗生物質に関する論文です。

論文の背景では抗菌薬に関連した現代の問題について触れており、医療や、畜産、農業において抗菌薬を過剰使用・誤用したことで多剤耐性菌が蔓延することを招き、米国だけでも約300万人が抗菌薬耐性菌に感染しています。患者の多くは、長引く病気と集中治療による深刻な衰弱と、しばしば長期にわたる副作用に苦しむことになります。抗菌薬耐性菌への対策の一つは、新しい抗生物質を開発することですが、新しい天然物由来のリード化合物を見つけるには膨大なコストがかかるため、ほとんの製薬会社ではその開発を中止しています。

そんな中、新しい抗生物質の候補を見つける方法としてメタボロームを利用する方法があり、原核生物と真核生物の相互作用に関連するメタボロームを調べることで自然界の抗生物質を効率的に調べることができます。加えて、ゲノムマイニングと組み合わせることで、遺伝子情報から抗菌薬の構造を予測することができます。そこで本研究では、ソーシャルアメーバの細胞性粘菌に属するPseudomonas株のゲノムマイニングを行い、キアヌマイシンと名付けた強力な抗菌性非リボソームリペプチドを発見、単離することに成功しました。

キアヌマイシンの構造式

まず、キアヌマイシン発見の経緯ですが、先行研究においてPseudomonas sp. QS1027からJessenipeptinが生成することを発見しましたが、変異株の状況からPseudomonas sp. QS1027はアメーバを殺す天然物をさらに生合成することができると結論付け、ゲノムマイニングを行いました。これによりキアヌマイシンの生合成遺伝子群を特定し、その解析を行いました。結果、キアヌマイシンの生合成遺伝子群は、Jessenipeptinの生合成遺伝子群に隣接していることからクオラムセンシングによって制御されていると考えらました。実際、一連の制御遺伝子ノックアウト変異体とシグナル伝達分子であるN-hexanoyl-homoserine lactoneを用いると同じクオラムセンシングによってキアヌマイシンとJessenipeptinの生成が示されました。

次にキアヌマイシンの構造についてですが二次元NMR、特にCOSYとHMBCで帰属が行われ、さらにHRMSとバイオインフォマティクスの予測によって確認されました。キアヌマイシンCについては、反応性を調べることでキアヌマイシンAとの構造の違いを明らかにしました。さらにキアヌマイシンAの生理活性を調べました。その結果、種々の真菌に対して強い活性を示し、特にボトリティス菌の抑制に対して極めて有効であることが分かりました。さらに膜透過性を調べたところ、キアヌマイシンAは膜透過性であることも確認されました。

結果としてキアヌマイシンは、新規抗真菌剤開発のリード化合物として期待され、特にボトリティス病の発生を阻止する効果においては、植物に直接塗布することで発揮でき環境に優しい薬剤の開発につながる可能性があるとしています。

 

2件目は、コーヒーに含まれるポリフェノールの効果を調べた論文です。

まず研究の背景ですが、ポリフェノールは有名な抗酸化化合物であり、多くの種子、果物、野菜に含まれています。食品において、ポリフェノールとタンパク質は共有結合および非共有結合を生じることが分かっていて、非共有結合性相互作用は、ポリフェノールの疎水性/親水性部位またはイオン化によってタンパク質と相互作用を起こします。一方共有結合性の相互作用は、ポリフェノールの酸化によって生成したキノンがアミノ酸と反応することで、タンパク質-ポリフェノール付加体が形成され生じます。このようなタンパク質-ポリフェノール相互作用はタンパク質の構造や溶解性を変化させるため、タンパク質の物理化学的・機能的特性に影響を与えることが分かっていますが、その効果が共有結合性か非共有性結合性のどちらから来るのかについては分かっていません。

具体的なポリフェノールとしてコーヒー酸とクロロゲン酸に目を向けると、これらはココアやコーヒー豆に主で含まれているフェノール酸です。食品においてこの二つは容易に酸化されてキノンに変化します。飲料として非常によく飲まれている牛乳との組み合わせ(ココアやカフェラテ)は、ポリフェノールとタンパク質間の共有結合を調べるための優れた食品で、キノンとシステインの反応が速度論的に有利に進むことが分かっています。しかしながら、タンパク質のスルフヒドリル基がどれくらい修飾しているか調べる方法が欠如しているのが現状です。そこで本研究では、コーヒー酸とクロロゲン酸に牛乳を加えて、システイン付加体がどれくらい生成しているのかを調べました。

まずコーヒー酸とクロロゲン酸のシステイン付加体を合成し、LC-MS/MSによって定量化の方法を確立しました。そして実際に牛乳にコーヒー/カカオ抽出物を種々の条件で加えて付加体の定量を行いました。するとコーヒー酸の付加体の検出量は条件によって変化し、クロロゲン酸がコーヒー酸よりもシステインと反応する親和性が高いこと、二つが混在する場合、コーヒー酸とクロロゲン酸のシステインとの反応は競争反応となることなどが示されました。一方で、市販の飲料について調べたところ、付加体の濃度は検出限界以下でした。

コーヒー酸(CA)とクロロゲン酸(CGA)を牛乳と混ぜた時のシステイン付加体の生成濃度(出典:Covalent bonding between polyphenols and proteins: Synthesis of caffeic acid-cysteine and chlorogenic acid-cysteine adducts and their quantification in dairy beverages

この研究成果によりコーヒー酸とクロロゲン酸は、牛乳と混ぜることでシステイン付加体に変化することが分かりました。ではこのシステイン付加体は、コーヒー酸やクロロゲン酸と比べてどのような違いがあるのかが気になるところであり、同じ研究グループが別の論文で抗炎症作用の違いについて調べています。結果、コーヒー酸やクロロゲン酸のシステイン付加体は、付加していないフェノール酸よりも最大2倍の抗炎症抑制作用があることが確認されました。

1件目のキアヌマイシンについて、論文中では新しい化合物の発見から構造解析、生理活性までが研究成果として論じられており、話題になった化合物の名前だけでなく内容についてもインパクトの大きい論文だと思います。命名の由来の通り、殺菌効果が高い化合物ということで、キアヌマイシンの発見が農薬や医薬品開発に役立てられることを期待します。2件目のコーヒー酸とクロロゲン酸の研究は、身近な飲料で起きている化学反応の解明がなされ、それが人の健康に役立つ可能性があることが示唆されました。一方で、実験で調製した混合物からのみシステイン付加体が得られたということで、より多くのシステイン付加体が生成する条件や安定性などが気になるところです。またシステイン付加体の効果については、動物を使った検証などでさらなる検証が行われることをを期待します。今回は話題性のある研究を少し紹介しました。詳細な実験結果が気になる方は原著論文をご参照ください。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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