[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

“壊れないよう” に作ってきた半導体ポリマーを、あえて “壊れるよう” に作る化学

[スポンサーリンク]

半導体ポリマーは長いあいだ、「いかに壊れにくく、長持ちさせるか」といったような安定性を競って進歩してきました。ところが、役目を終えたら体内で溶ける医療デバイスや、環境で分解する使い捨てセンサーでは価値基準が逆転します。本記事では、この「あえて壊す」発想を整理した2024年の次世代エレクトロニクスデバイス向けPerspectiveを手がかりに、π共役高分子をどう狙って壊すのか、その設計と考え方を順にたどります。

“Degradable π‑Conjugated Polymers”,
A. Uva, S. Michailovich, N. S. Y. Hsu, H. Tran, J. Am. Chem. Soc. 2024, 146 (18), 12271–12287.
DOI: 10.1021/jacs.4c03194

「壊れにくさ」から「狙った分解」へ

有機半導体やπ共役高分子の研究では、酸素や水、光による劣化をどう抑えるかが中心的な課題でした。一方で、トランジェントエレクトロニクス(Transient Electronics:使用後に分解・消失するよう設計された電子デバイス)では、壊れやすさそのものが機能になります。世界の電子廃棄物全体でも、適正にリサイクルされる割合は17.4%にとどまると報告されており、使い終えた電子材料の行き先は社会的な問いでもあります。

Fig. 1. 分解性π共役高分子の設計の全体像.(a) 3つの主要な設計要素(モノマー構造・カップリング戦略・分解機構),(b) これらの高分子が用いられるデバイス例(有機電界効果トランジスタ・有機太陽電池・発光ダイオード),(c) 想定される応用(生体内外での健康モニタリング・環境モニタリング・生分解性のスマート食品包装・薬物送達).(出典:[1] Fig. 1)

この社会課題に対して、トロント大学のTranらは、2024年にπ共役高分子に分解性をどう作り込むかを整理したPerspectiveをJ. Am. Chem. Soc.に報告しました1。封止材・基板・誘電体といった「電気を流さない部材」の分解性はこの10年で進んだものの、導電性材料や半導体材料そのものを狙って分解させる設計は依然として限られています。大きな課題の一つは、分解したあとに何が残るか(副生成物の同定・毒性・環境影響)が分かっていないことだと整理されています。

分解性は3つの軸で同時に設計する

原典の中心的な提言は、分解性を「π共役モノマーの選定」「合成カップリング戦略」「分解機構」という3つの設計要素として、独立にではなく並行に、しかも用途を先に決めてから設計することです。なぜ並行設計が必要かというと、どのモノマーを選ぶかで使えるカップリング反応も壊れ方も連動して決まるからです。「分子の選択」が薄膜の構造を縛り、それがデバイスの分解挙動まで貫くという、スケールをまたいだ拘束関係があります。

Fig. 2. 共役高分子をモノマー単位から合成する重合法の俯瞰.(a) イミン重縮合,(b) 直接アリール化重合(DArP),(c) クロスデヒドロカップリング,(d) アルドール重合,(e) 酵素酸化重合の各反応形式.新たに形成される結合をハイライト.(出典:[1] Fig. 4 一部抜粋)

カップリングと分解の中身を具体的に見ると、主流はイミン重縮合です。温和な条件と触媒量の酸で進み、酸加水分解で容易に解重合するため、意図的に壊れやすい結合を導入する方法として最もよく取り上げられていると整理されています。

他にも、バイオ由来原料とグリーンな重縮合を結びつけた一例として、バニリン由来のπ共役ポリアゾメチンが挙げられます。Giraudらは金属触媒も遷移金属クロスカップリングも使わず(PTSA触媒と脱水条件で)、マイクロ波照射5分で重縮合を進め、副生成物は水のみだったと報告しています2。ただしこの論文が報告しているのは熱分解(TGA)のデータであり、イミン結合の加水分解や化学リサイクルは検証していないため、分解性の根拠としては扱えません。

合成と分解の設計

「分解性」の軸で有望なイミン結合ですが、その導入のしやすさには代償も伴います。Uvaらは、カロテノイド骨格を共有するイミン系ポリマーp(CP-hexyl)とビニレン類縁体caro-PPVを直接比較しました。イミン結合を外したcaro-PPVの方が電界効果移動度が最大でおよそ4桁高く(約10–4対約10–8 cm2V–1s–1)、イミン結合は分解性を作り込みやすい一方で、主鎖の捻れと平面性の低下を招いて電子性能を下げるというトレードオフが定量的に示されました3。

Fig. 3. カロテノイド系共役高分子の電界効果トランジスタ特性の一例.(a) BGTC型素子構造,(b) 伝達特性,(c) 移動度比較.イミン結合を持たない caro-PPV は,イミン系 p(CP-hexyl) より最大でおよそ4桁高い移動度(低分子量域での相対比較).分解性に有利だが電子性能に不利というトレードオフ.(出典:[3] Fig. 6)

「カップリング」の軸では、スズを使わない直接アリール化重合(DArP: 直接 C–H 結合を活性化してアリール同士を連結する重合)が、原子効率が高く、有害なスズ廃棄物を避けやすい手法として台頭しています。ただしDArPの主課題は、β位での望ましくないC–H活性化に由来するホモカップリング・分岐欠陥にあり、ここは未解決の課題として残っています。

「分解機構」の軸は用途に応じて選ばれ、酸加水分解と酸化的分解が共通テーマです。酸化的分解の例として、Repenkoらはπ共役主鎖にイミダゾール単位を組み込んだ蛍光性ナノ粒子が、活性酸素種(H2O2など)でイミダゾール環が開裂して可溶性の低分子断片に分解することを示しました4。LPSで活性化したマクロファージ内では蛍光が約11.5時間で消失したとされますが、実証はH2O2溶液と細胞培養(in vitro)での観測であり、in vivoでの全身からの消失時間は測定されていない点に注意が必要です。

分子レベルでの設計が分解の速さを左右することも分かってきています。側鎖の分岐・分子量・π–π積層間隔・規則性といった因子が速度に効き、薄膜は溶液よりも分解が遅いと整理されています。分子の作り込みが薄膜やデバイスの挙動へつながる、スケール橋渡しの一例です。

壊す・戻す・体内で消す——デバイスへの応用展開

伸び縮みして、やがて分解するトランジスタもあります。Tranらは、酸で切れるイミン結合を持つDPP系半導体を、単体で1000%超伸縮する生分解性エラストマーの中にナノ繊維として閉じ込め、半導体層を100%ひずみまで損なわず伸ばせる、完全分解性の半導体材料システムを実現しました5。薄膜はトリフルオロ酢酸(TFA)水溶液中でUV-vis吸収が約10日でほぼ消失し、100%ひずみまで移動度はおよそ0.03 cm2V–1s–1 をほぼ保ち、膜上の細胞生存率は99.5%超でした。ただし「デバイスが消える」ことと「半導体層が壊れる」ことは別物です。原典は、有機電界効果トランジスタでは基板と封止層がデバイス全体の最大約60%を占め、その分解が全体の速度を決めると整理しています1。

分解は「壊して終わり」とは限りません。NozakiやTranらのTII(thienoisoindigo)系は、酸で解重合しても安定なモノマーが残るため、回収して再重合できる閉ループ型化学リサイクルの例です6。トリフルオロ酢酸水溶液で室温でも約1日で解重合が完了し、2種の親ポリマーから同じモノマーを95%と91%で回収でき(酸性下でも6ヶ月安定)、再重合したポリマーの性能ももとと同等でした。鍵は、分解の条件でも壊れずに残るモノマーを選ぶことです。逆にDPP(diketopyrrolopyrrole)系は、酸でモノマーの骨格そのもの(ラクタム環)が開いて壊れてしまうため、回収できません。こうした閉ループ型化学リサイクルの実現はまだ開発途上の段階になります。

Fig. 4. 閉ループ型化学リサイクルの模式図.(a) 従来のTDPP(チエノ縮環ジケトピロロピロール)系は,分解してもモノマーを回収できず再重合不可(赤い×印).(b) TII(チエノイソインジゴ)系は,酸処理で原料のジアルデヒド(TII-(CHO)₂)へ解重合でき,モノマーを回収して再重合可能.鍵は分解条件下で安定なモノマーの選択.(出典:[6] Fig. 1)

体の中で働いたあと、役目を終えたら溶けてなくなる電池も登場しています。JiaやWallaceらは、PEDOT骨格に加水分解性のカルボン酸側鎖を付けて共役を保ったまま侵食性を持たせ、充電できる完全侵食性の体内用Zn電池を報告しました7。ラット皮下ではデバイス全体が約8週で完全に消失し(PVA製の封止材自体は約4週で吸収)、明らかな炎症反応も見られなかったとされています。取り出す手術を前提としない、分解性の導電材料が実デバイスに届いた一例です。

課題と未検討の領域

もっとも、この分野はまだ発展の途上です。多くの研究は「分解する」ことを定性的に示す段階にとどまり、分解後に何が残り、どれほど有害で、どんな速さで進むのか(副生成物の同定・毒性・速度論)は、その大半がまだまだ未解明とのことです。その見極めを難しくしているのが、測定手段の死角です。たとえばGPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)は検出下限が約500 Da付近にあり、それより小さな分解物は取りこぼすと指摘されています1。

そして、まだ報告例のない組み合わせも残っています。たとえば、「クロスデヒドロカップリングで合成された分解性π共役高分子」、「酵素のみで合成または分解するもの」、「イミン以外の結合で化学的にモノマー回収できるもの」、「海水中で分解するもの」は、いずれもまだ報告がないとされています1。これからは環境やin vivoでの毒性評価が欠かせず、自動化とAI、そして自走実験室を組み合わせれば、モノマー探索から重合条件の最適化、副生成物の予測までを加速できると期待されていますし、もし、皆さんの研究されている材料で、性能は優れているけど安定性に課題があるものも、こういった着眼点から新たなケミストリーに繋がるかもしれません。

「壊れにくさ」が重要視されてきたポリマーに、あえて「狙った壊れ方」を作り込み、新たな価値を生む。
こういった設計思想をもった材料研究に興味を持たれた方は、原典Perspectiveにより詳しくまとまっていますので、ぜひ手に取ってみてください。

参考文献

[1] Uva, A.; Michailovich, S.; Hsu, N. S. Y.; Tran, H. J. Am. Chem. Soc. 2024, 146 (18), 12271–12287. DOI: 10.1021/jacs.4c03194

[2] Giraud, L.; Grelier, S.; Grau, E.; Garel, L.; Hadziioannou, G.; Kauffmann, B.; Cloutet, É.; Cramail, H.; Brochon, C. Molecules 2022, 27 (13), 4138. DOI: 10.3390/molecules27134138

[3] Uva, A.; Kim, Y.; Michailovich, S.; Hsu, N. S. Y.; Bain, D. C.; Huang, S. H.; Musser, A. J.; Tran, H. Polym. Chem. 2025, 16 (24), 2817–2828. DOI: 10.1039/d5py00235d

[4] Repenko, T.; Rix, A.; Ludwanowski, S.; Go, D.; Kiessling, F.; Lederle, W.; Kuehne, A. J. C. Nat. Commun. 2017, 8, 470. DOI: 10.1038/s41467-017-00545-0

[5] Tran, H.; Feig, V. R.; Liu, K.; Wu, H.-C.; Chen, R.; Xu, J.; Deisseroth, K.; Bao, Z. ACS Cent. Sci. 2019, 5 (11), 1884–1891. DOI: 10.1021/acscentsci.9b00850

[6] Nozaki, N.; Uva, A.; Matsumoto, H.; Tran, H.; Ashizawa, M. RSC Appl. Polym. 2024, 2 (2), 163–171. DOI: 10.1039/d3lp00209h

[7] Jia, X.; Ma, X.; Zhao, L.; Xin, M.; Hao, Y.; Sun, P.; Wang, C.; Chao, D.; Liu, F.; Wang, C.; Lu, G.; Wallace, G. Chem. Sci. 2023, 14 (8), 2123–2130. DOI: 10.1039/d2sc06342e

 

関連書籍

生体材料の構造と機能

生体材料の構造と機能

宮入 裕夫
¥4,180(as of 10/22 14:38)
Amazon product information

関連リンク

Avatar photo

ちおふぇん

投稿者の記事一覧

世の中の課題に対して分子レベルにおけるモノづくりから解決を夢見る有機材料屋さん。Ph.D.
興味の対象は物性構造相関と機能発現メカニズム。
よろしくお願いします。

関連記事

  1. Reaxys Prize 2012受賞者決定!
  2. 大学院生が博士候補生になるまでの道のり【アメリカで Ph.D. …
  3. 窒素固定をめぐって-1
  4. HTEで一挙に検討!ペプチドを基盤とした不斉触媒開発
  5. 大学院生のつぶやき:第5回HOPEミーティングに参加してきました…
  6. START your chemi-storyー日産化学工業会社説…
  7. DNAを切らずにゲノム編集-一塩基変換法の開発
  8. 最期の病:悪液質

注目情報

ピックアップ記事

  1. コンラッド・リンパック キノリン合成 Conrad-Limpach Quinoline Synthesis
  2. MacでChem3Dー新たなる希望ー
  3. 第54回複素環化学討論会 @ 東京大学
  4. 飽和C–H結合を直接脱離基に変える方法
  5. 求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?
  6. 「anti-マルコフニコフ型水和反応を室温で進行させる触媒」エール大学・Herzon研より
  7. 【10月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】 題目:有機金属化合物 オルガチックスを用いたゾルゲル法とプロセス制御ノウハウ(2)
  8. 化学者が麻薬を合成する?:Breaking Bad
  9. ディーン・トースト F. Dean Toste
  10. 研究室ですぐに使える 有機合成の定番レシピ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2026年7月
月 火 水 木 金 土 日
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

【スタッフ・寄稿募集】Chem-Stationで、化学を「伝える側」になりませんか?

Chem-Station(ケムステ)は2000年に開設された国内最大の化学ポータルサイトです。大学・…

第17回大津会議―とある参加者の記録―

2026年9月28日~29日に開催された第17回大津会議についての、とある参加者の記録です。この記事…

第17回大津会議 -Otsu Conference- 2026 開催報告 ~新体制で紡ぐ「有機合成の夢」~

第17回大津会議が2026年9月28日(月)〜9月29日(火)びわ湖大津プリンスホテルにて開催されま…

有機合成化学協会誌2026年10月号:医薬品プロセス開発・σ芳香族性・含窒素複素環・メロテルペノイド二量体・高歪み化合物

有機合成化学協会が発行する「有機合成化学協会誌」2026年10月号がオンラインで公開されています。…

時代は水だ! セメントのように水と混ぜるだけで成形・硬化できる「水硬性」高分子

第724回のスポットライトリサーチは、東京科学大学物質理工学院(大塚研究室)博士前期課程2年の徳満玲…

複雑さを設計して、結晶の動きをプログラムする

第723回のスポットライトリサーチは、高知工科大学大学院工学研究科(林研究室) 博士後期課程3年の樋…

ハロゲンの力で強力な結合を切断!天然物クマリンから医薬品・機能性材料原料のクマラノン類へ

第 722 回のスポットライトリサーチは、立命館大学大学院薬学研究科薬学専攻 精密合…

観察を写真で残す!カメラ内蔵リアクタ EasyMax 102i を使ってみた

反応の温度も、攪拌(かくはん)も、滴下も、サンプリングもいまや自動で記録される時代になりました。とこ…

ケムステ人気新着記事 トップ 5【2026年9月版】

2026年9月にケムステでは21本の新しい記事を公開しました。この記事では、その新着記事の中から、ペ…

2026ノーベル化学賞をOBが解説 –分子にも「右手」と「左手」がある? 10/31(土)14:00~15:30 県民センター(横浜駅3分) 【硤合教授ノーベル賞受賞記念】一般の方・中学生・高校生も対象に解説イベントを開催します(10/31)

bergです。2026年のノーベル化学賞が「不斉有機合成における非線形効果および自己触媒作用の発見」…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP