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スポットライトリサーチ

稀少な金属種を使わない高効率金属錯体CO2還元光触媒

第180回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 石谷・前田研の竹田浩之(たけだ ひろゆき)特任助教にお願いしました!

竹田先生の所属する石谷・前田研究室は人工光合成をはじめとした光化学の研究で強力に世界を牽引している研究室の一つで、新規金属錯体や半導体-錯体ハイプリッド光触媒等を次々に報告しています。これまでにも複数回スポットサイトリサーチでインタビューさせていただいています(第68回第115回)。

人工光合成の実現の前に立ちふさがる一つの問題として、使われる金属がレニウムやルテニウムといった高価な稀少金属(1グラムで数千円オーダー)であるという課題がありました。今回は”銅”と”マンガン”といった、卑金属の錯体のみで構成された高効率二酸化炭素還元の報告をご紹介いただきます。これらの金属は安価(グラム単価でだいたい千分の一の値段)かつ地球に豊富に存在する(地殻存在量が千倍程度以上)点がポイントです。

新規光化学反応の開拓という意味で基礎化学の観点から価値が高いのみならず、応用のことを考えるとシステムの低コスト化の問題も極めて重要です。今回の竹田先生の成果は、人工光合成の実用に向けて大きく一歩を踏み出した、基礎・応用双方の観点から素晴らしい貢献であることは疑いないでしょう。本成果はJ. Am. Chem. Soc.誌に掲載されており、プレスリリースもされています。

“Highly Efficient and Robust Photocatalytic Systems for CO2 Reduction Consisting of a Cu(I) Photosensitizer and Mn(I) Catalysts”
Hiroyuki Takeda, Hiroko Kamiyama, Kouhei Okamoto, Mina Irimajiri, Toshihide Mizutani, Kazuhide Koike, Akiko Sekine, & Osamu Ishitani
J. Am. Chem. Soc., 2018, 140, 17241-17254. DOI: 10.1021/jacs.8b10619

石谷治(いしたに おさむ)先生からは、竹田先生と本研究成果について以下のようにコメントをいただいています。

竹田浩之君は、粘り強く研究を進める事ができる優秀な光化学者です。学生時代には、世界的に研究が行われたにも関わらずよくわかっていなかったRe錯体によるCO2の光触媒還元機構に鋭く切り込み、その解明に大きな貢献をしました。この仕事は、ほぼ彼一人で完成させたものでJACSに掲載され、当初の反響はそうでもありませんでしたが、現在では頻繁に引用されており引用件数は300回を大きく超えています。豊田中央研究所では、自分の持っている光触媒の知識と稲垣グループのメソポーラス有機シリカを融合した光捕集型光触媒の開発に活躍しました。今回紹介していただいた元素戦略に基づいた新規CO2還元光触媒の開発は、竹田君が東京工業大学に特任助教として帰ってきてから自身で立ち上げ、学生と悪戦苦闘しながら成果を上げてきた研究です。このように、彼は自分の専門をしっかりと保持しながら、新たな職場では新規の研究に挑戦していることが成果に結着いていると思います。自分の専門性の確立と新規分野への情熱的挑戦は、研究者にとって成果を上げるための鍵の一つだと思います。若い研究者の方はもちろん、私のようなベテランも忘れてはならないことでしょう。

それでは、竹田先生からのわかりやすい解説とメッセージをご覧ください!

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?

稀少な金属を用いることなく高効率に二酸化炭素を還元する光触媒を見出しました。光触媒として用いたのは、金属イオンと有機配位子からなる「金属錯体」です。今回特に、金属イオンとして銅、マンガンという身近に使われることの多い金属種のみを用いても高効率に反応を進行させられることがわかりました。反応の量子収率(吸収光子あたりの生成物分子数)は57%、ターンオーバー数(触媒分子あたりの生成物分子数)は1300回と、希少な金属を用いない反応系では世界最高の効率でCOおよびギ酸を生成します。これは、これまでに知られている他の稀少金属を用いた高効率光触媒にも匹敵する効率です。これにより近年注目される「人工光合成」反応の一つ、二酸化炭素の還元をより安価に行えるばかりでなく、この光触媒反応を高効率に進行させられる金属種の幅を広げることができました

この光触媒反応は、銅錯体とマンガン錯体とを反応溶液に混合させて行います。銅錯体は光を吸収し、これにより還元剤から電子を汲み上げてマンガン錯体へと移動させる「レドックス光増感剤(PS)」として働きます。一方、電子を受け取ったマンガン錯体はCO2と反応し、CO2の二電子還元生成物であるCOおよびギ酸を生成する「触媒(CAT)」として働きます。光増感剤は一光子吸収により一電子ずつ段階的に二電子供与することで、一電子供与のみでは困難なCO2の二電子還元を、触媒を介して進行させます。回転数と引き換えに強い力を生み出す歯車に似ています。

本研究で用いた銅錯体は、リン光材料として近年OLEDの分野でも注目されている発光材料を改良したものです。本研究では、新規配位子を設計・合成1したことで、反応溶液中での分解を抑制し、一般的に用いられることの多いルテニウムトリスビピリジン錯体と同様の機構でレドックス光増感反応を、高効率・高耐久で進行させられたことが今回の成果に大きく貢献しています。ドイツのグループ2によりこうした銅錯体が水素生成光触媒反応の光増感剤として働くことがすでに見出されていましたが、銅錯体の分解が効率・耐久性の向上に対しネックとなっていました。

一方マンガン錯体触媒は、古くから知られる金属錯体であるものの、最近になってフランスのグループによりCO2還元電気化学触媒として働くことが見出されました3。それ以降、世界中で活発に研究されている分子触媒の一つです。我々のグループでこれを光触媒反応に用いたところ、高効率にCO2還元反応を進行することがわかりました4。その後改良を重なることで、有機配位子上へ置換基を導入することによりその反応性が大きく変わることがわかりました。今回の研究では、我々が独自に見出したマンガン錯体のみならず、他のグループ3,5が電気化学触媒として発表したマンガン錯体の合計3種類を用いて光触媒反応を比較しました。この結果、最も高効率に反応を進行したのは、我々の見出したマンガン錯体でした。興味深いことに、用いるマンガン錯体によりCO2還元生成物であるCOとギ酸の選択性が3者3様異なる結果が得られました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

反応中間体となる銅錯体一電子還元ラジカル種の検出・定量に工夫を要しました。本研究では、光触媒反応の初期過程を分光学的に追跡することで、その機構解明を行いました。この際、中間体ラジカル種を電気化学的に定量的に生成させ得られた紫外可視吸収スペクトルを、光触媒条件で得られたものと比較をしました。電気分解装置を作成し、より少量のサンプルで迅速にスペクトル測定できるよう工夫しました。これには、共同研究者の小池博士が当初作成されていたものを参考にしました。新規合成した銅錯体の安定化の効果もあり、還元ラジカル種のスペクトル測定が可能となったことで定量的な解析が可能となりました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

私達の研究室では、CO2還元といった人工光合成型光触媒反応の研究を主に行っています。金属錯体を用いたものではレニウムやルテニウムの錯体が研究室の花形なので、担当する学生共々、探り探り進めていく必要がありました。この研究はもともと、銅錯体光増感剤の研究と、マンガン錯体CO2還元触媒の研究とを別個に行なっていたものでしたが、石谷先生の「銅とマンガンを組み合わせてはどうか?」とのご提案がきっかけで成果を得ることができました。思い返せば他にも多くの幸運や共同研究の皆さん・学生さんのファインプレーが重なって得られた成果です。個々の問題に突き詰めて取り組んだ末に乗り越えた事の積み重ねだと思います

ご指導いただいた石谷治先生のみならず、過渡吸収スペクトル測定では産業技術総合研究所の小池和英博士に、X線結晶構造解析では東工大理学院化学系の関根あき子先生にご協力いただきました。この場をお借りしてお礼を申し上げます。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

やってみたいことは多くあるのですが、今はCO2還元光触媒反応がライフワークになっています。中でも光を使った反応は学生の頃から興味を持っています。この分野ではあまり興味を持たれない鉄などの身近な金属錯体を用いた独自の化学を展開していきたいです

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

この研究には、当時の東工大石谷・前田研究室の大学院生だった加美山紘子さん、岡本耕平君、入交美奈さん、水谷年秀君の成果が多く含まれています。真剣に取り組む学生の皆さんと接することで学ばされることも多く、研究を進めるモチベーションにもなりました。学生の皆さんの努力は周りの人にも良い影響を与えていると思います。

関連文献

  1. Takeda, H.; Ohashi, K.; Sekine, A.; Ishitani, O. “Photocatalytic CO2 Reduction Using Cu(I) Photosensitizers with a Fe(II) Catalyst” J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 4354–4357.
  2. Luo, S. P.; Mejía, E.; Friedrich, A.; Pazidis, A.; Junge, H.; Surkus, E.; Jackstell, R.; Denurra, S.; Gladiali, S.; Lochbrunner, S.; Beller, M. “Photocatalytic Water Reduction with Copper-Based Photosensitizers: A Noble-Metal-Free System” Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 419–423.
  3. Bourrez, M.; Molton, F.; Chardon-Noblat, S.; Deronzier, A. “[Mn(Bipyridyl)(CO)3Br]: An Abundant Metal Carbonyl Complex as Efficient Electrocatalyst for CO2” Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 9903–9906.
  4. Takeda, H.; Koizumi, H.; Okamoto, K.; Ishitani, O. “Photocatalytic CO2 Reduction Using a Mn Complex as a Catalyst” Chem. Commun. 2014, 50, 1491–1493.
  5. Sampson, M. D.; Nguyen, A. D.; Grice, K. A; Moore, C. E.; Rheingold, A. L.; Kubiak, C. P. “Manganese Catalysts with Bulky Bipyridine Ligands for the Electrocatalytic Reduction of Carbon Dioxide: Eliminating Dimerization and Altering Catalysis” J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 5460–5471.

関連リンク

関連書籍

研究者の略歴

竹田 浩之(たけだ ひろゆき)

所属:東京工業大学理学院化学系 石谷・前田研究室 特任助教

専門:金属錯体の光化学、光触媒化学、CO2還元、メソポーラス材料

略歴:
2001年 埼玉大学 工学部 応用化学科 卒業
2003年 埼玉大学 大学院理工学研究科 環境制御工学専攻 修士課程修了
2006年 東京工業大学 大学院理工学研究科 化学専攻 博士課程修了 (博士(理学))
(株)豊田中央研究所 稲垣特別研究室 客員研究員などを経て2012年より現在に至る。

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ニューヨークでポスドクやってました。今は旧帝大JK。専門は超高速レーザー分光で、分子集合体の電子ダイナミクスや、有機固体と無機固体の境界、化学反応の実時間観測に特に興味を持っています。

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