[スポンサーリンク]

一般的な話題

IRの基礎知識

[スポンサーリンク]

 

赤外吸収分光法(infrared absorption spectrometry, IR)とは、試料に赤外線をあてて得られる吸収スペクトルを測定する分析法である。とりわけ、有機化合物にどのような官能基が含まれるかを決定したい時に威力を発揮する。
今回はIRの原理から実例までを紹介しよう。

原理

原子同士の結合は硬く固定されているわけではなく、バネでつながれるかのように、ある程度の柔軟性をもっている。分子に赤外領域のエネルギーを与えると、化学結合(長さ・角度)の振動が生じる。このとき、吸収された赤外線エネルギー量を測定することで、化学結合の種類(官能基)を知ることができる。このため、およそ有機化合物と呼べるものは、すべからく赤外領域に固有の吸収スペクトルを持っている。

結合振動は、伸縮振動変角振動の二つに大別される。

IR_1

伸縮振動(左:対称振動 右:逆対称振動)

変角振動(左:横揺れ 中央左:はさみ 中央右:縦ゆれ 右:ひねり)

変角振動(左:横揺れ 中央左:はさみ 中央右:縦ゆれ 右:ひねり)  二重矢印は画面に対して垂直方向を示す。

この伸縮振動と変角振動のエネルギーはそれぞれ異なっている。つまり、一つの化学結合に対して、二種類のスペクトルが現れることになる。

測定装置

IR測定装置には原理毎に様々な種類があるが、現代の主流はフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)である。

日本分光製FT-IR装置(ホームページより引用)

日本分光製FT-IR装置(ホームページより引用)

FT-IRの装置は大まかに①光源、②干渉計、③試料室、④検出器、⑤解析用PCから構成される。

光源から出た赤外線は、半透鏡を用いて、2つの経路(反射光と透過光)に分離される。移動鏡を動かすことで一方の光路長が変わり、これが再合成されることで異なる干渉波(インターフェログラム)が得られる。この干渉波の向かう先に試料室を置き、サンプルを透過した光を検出し、PCで波数成分毎に分離(フーリエ解析)することによって、吸収スペクトルが得られる。

スリットを使わないため、光源エネルギーを有効活用でき、高感度に測定できるという特徴がある。また多数の波長を同時に測定できることも利点である。

 

解析方法

赤外吸収スペクトルの吸収は4000〜650 cm-1まで目盛られ、波数の大きいほうが高エネルギー側である。また、赤外吸収スペクトルでは吸光率を求めることはせず、相対的な強弱で表すのが一般的である。

強度 記号
very strong vs
strong s
mediam m
weak w
variable v
broad br

チャートの読み解きは、まずスペクトル全体を4000〜1500 cm-1と1500〜650 cm-1の二つの領域に分けて考える。

前者には伸縮振動による吸収のみが現れるので、比較的簡単なスペクトルとなる。官能基毎に決まった位置にピークが現れるため構造決定に有用である。大まかには高波数側から水素含有単結合→三重結合→二重結合の順に並んでいる。

後者には変角振動と単結合伸縮振動に由来する複雑な吸収スペクトルが現れ、概ね化合物固有のスペクトルが得られる。この領域は指紋領域と呼ばれる。

もう少し細かい手順を踏んで解析したい方は、以下のインストラクション画像に従ってみるといいだろう。

解析の実例

 

それでは実際に、以下の簡単な分子についてIRスペクトル解析をしてみよう。

IR_7

オクタン(脂肪族炭化水素)

オクタンのIRスペクトル(SDBSより引用)

オクタンは直鎖状炭化水素であるため、分子中には-CH3と-CH2-の二種類の官能基しか存在しない。吸収帯の数も少なく、はっきりしているため解析は簡単である。

 

トルエン(芳香族炭化水素)

トルエンのIRスペクトル(SDBSより引用)

トルエンはオクタンと比べると、少し複雑なスペクトルである。しかしピークははっきりしているため解析しやすい。このスペクトルでは1625〜1575 cm-1、1525〜1475 cm-1の2本の吸収より、芳香族C=Cが含まれている事がわかる。また729、696 cm-1の2本の吸収は芳香族一置換体を示している。2920 cm-1の存在から、トルエンのメチル基が判別できる。

3−メチル−2−ブタノン(カルボニル化合物)

3−メチル−2−ブタノンのIRスペクトル(SDBSより引用)

分子にカルボニル基が含まれていると、1700 cm-1付近に鋭く強い吸収が現れる(水色でハイライト)。カルボニル基隣接位の構造によってこの位置は微妙にシフトするため、カルボニル付近の構造決定も行うことができる。共役型であればケト-エノール平衡のエノール型の存在比が大きくなり、それによって低波数側へシフトする。逆に隣接位に電子求引性基が存在すると高波数側へシフトする。

フェノール(アルコール、フェノール類)

フェノールのIRスペクトル(SDBSより引用)

このスペクトルの特徴は、3200 cm-1付近にある水酸基の幅広い吸収である(水色でハイライト)。フェノールの水酸基は元来鋭い吸収を示すが、分子間で複雑に水素結合をしている事情から幅広い吸収スペクトルを示している。希薄溶液にすることで鋭い吸収スペクトルを得ることができる。

おわりに

今回の話は、有機化学の実験を行おうとする学生の方々にとっては大変重要な話の一つだと思います。是非実験現場で、自分で作った分子・物質をいろいろ解析してみてください。やってみると面白いですよ!

(執筆 by ボンビコール, 2016/4/17 加筆修正 by cosine)
※本記事は以前より公開されていたものを加筆修正の上、ブログに移行したものです

関連書籍

赤外分光30講 (やさしい化学30講シリーズ 4)

赤外分光30講 (やさしい化学30講シリーズ 4)

山崎昶
¥2,750(as of 09/11 17:16)
Amazon product information
有機化合物のスペクトルによる同定法 (第8版): MS,IR,NMRの併用

有機化合物のスペクトルによる同定法 (第8版): MS,IR,NMRの併用

Silverstein,Robert M., Webster,Francis X., Kiemle,David J.
¥5,060(as of 09/12 05:54)
Amazon product information
有機化合物のスペクトルによる同定法演習編 (第8版)

有機化合物のスペクトルによる同定法演習編 (第8版)

岩澤 伸治, 豊田 真司, 村田 滋
Amazon product information

 

関連リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 【ジーシー】新たな治療価値を創造するテクノロジー -BioUni…
  2. Rice cooker
  3. ケムステイブニングミキサー2018へ参加しよう!
  4. 「ヨーロッパで修士号と博士号を取得する」 ―ETH Zürich…
  5. 研究リーダーがPJを成功に導く秘訣
  6. 比色法の化学(前編)
  7. 知の市場:無料公開講座参加者募集のご案内
  8. ウクライナ危機と創薬ビルディングブロック –エナミン社のケースよ…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 太陽電池バックシートの開発と評価【終了】
  2. 無保護カルボン酸のラジカル機構による触媒的酸化反応の開発
  3. ガブリエルアミン合成 Gabriel Amine Synthesis
  4. 向山酸化剤
  5. 三菱ケミの今期経常益‐1.8%に、石化製品市況弱く
  6. 小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出
  7. NMRの化学シフト値予測の実力はいかに
  8. キレート効果 Chelate Effect
  9. ニトリルオキシドの1,3-双極子付加環化 1,3-Dipolar Cycloaddition of Nitrile Oxide
  10. 自転車泥棒を臭いで撃退!?「スカンクロック」を考案

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2005年5月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

条件の「前後」も実験条件である【プロセス化学者のつぶやき】

前回まで1. 設定温度と系内の実温度のお話2. 温度値をどう判断するか3. 反応操作をし…

そのpH、“本当にその場所”の値ですか?ニードル式pHセンサーを使ってみた!

突然ですが、「培養の再現性がなんか悪い」「同じ条件のはずなのに結果がズレる」といった経験はあ…

「骨格編集」×「ナノカーボン合成」〜ナノカーボン合成の新戦略を実証〜

第719回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科(忍久保研究室)博士後期課程2年の平…

【書評】立体化学 はじめの一歩

立体化学は,分子の三次元構造を理解するための重要な分野であり,有機化学や…

水のシミュレーション入門 — 水分子を計算機の中でどう”描く”か —

身近なのに、計算機にとって手強い"水"。本記事では、点電荷モデルから機械学習まで、その"描き方"の進…

◆◇◆◇ 第36回フォーラム・イン・ドージン開催のご案内 ◆◇◆◇

同仁化学研究所が熊本から世界へ情報発信するフォーラム・イン・ドージンの開催ご案内です。今年は『な…

『力』による円偏光発光のon/off制御を単一分子レベルで実現

第718回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 物質理工学院(相良研究室)博士後期課程2年の野中…

数日かかっていた反応機構解析を、わずか数分に!

機械学習ポテンシャルが変える計算化学の現在近年、DFT計算による反応機構解析は広く行われるよ…

海外ポスドクのオファーをもらう【アメリカで Ph.D. を取る: 進路編】

ポスドクとして海外に留学する場合、希望する研究室の教授に直接連絡を取り、面接などを通して適性を判断さ…

MDで観るトライボロジー 〜原子が擦れるその場をシミュレーション〜

軽くて強いのに摩耗に弱いチタン合金は、航空機や人工関節に広く使われています。原子が擦れ合うその場を分…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP