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査読に AI を使われた体験談

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生成 AI の普及は加速しており、調べもの、英文校閲など研究者の皆さんも活用していることと思います。一方、論文の査読といった場面で生成AI が倫理的に不適切に使用される例が増えているという噂も聞きます。今回は、査読に生成AIの利用が疑われ、論文の受理に不利な判断が下された知り合いの経験談について共有します。そして生成 AI を査読プロセスに使うことに関する意見について、代表的な出版社における現状の立場をまとめます

査読に AI が使われたら分かるもの?

今回のケースは、明らかに AI が利用されたとわかるケースでした。もしAI に下書きを書かせていたとしても、人間が査読コメントを一目通してしていれば、AI が出力した査読コメントが嘘だらけだな、と気付き修正されるレベルでした。すなわち、その Reviewer はAI に論文を読み込ませてコメントを書き、本人は生成させた査読コメントすら読んでいないとすら推測されます。

根拠 1: 図の解釈があべこべ

具体的には SI に NMR スペクトルの図 (例えば Figure S1) を引用し、「Figure S1 のマススペクトルのH2D+ピークに関しては、しっかりブランクを測定することでそのピークの源を同定するべきだ」と指摘していました。「突っ込みどころが多すぎる…」と困惑しました。NMR スペクトルをマススペクトルと混同するなんて、訓練された化学者ではありえないでしょう。百歩譲って、引用する図番号を間違えたという可能性があればよかったのですが、その論文の SI にはマススペクトルは載せていません。そもそも H2D+ という化学種なんて聞いたことありません。調べてみると特殊な宇宙環境に存在し、遠赤外線のスペクトルを示すそうですが、一般的な質量分析の条件で生成する物質ではないでしょう。

根拠 2: 存在しないデータへの批判

その他にも、報告していない固体 NMRについて言及したり、報告していない X 線蛍光分析 (XPS) のフィッティングについて疑問を呈したり、ハルーシネーションの数々でした。

その AI を利用したと考えられる査読者は、論文の新規性、学術的プレゼンテーション、主張の実験的裏付けなどの評価項目に最低の評価を下し、”Do not publish” という最も厳しい判断をエディターに言い渡しました。AIに中立的に査読コメントをさせたのならば、まだギリギリ許せたのですが、今回AIに生成させた査読コメントは、不公平な酷評でした。競合研究者が意図的に出版を遅らせようとしているのではないかと思えるものでした。

他の査読者の判断と最終的なエディターの判断

一方他の 2 人の査読者は、その論文に比較的好意的で、Reviewer 2「マイナーチェンジの後にアクセプト」とReviewer 3「メジャーチェンジの後に再考 (ただしコメント自体はおおむね好意的)」という判断を下していました。

それらのまともな Reviewers 2-3のコメントに反して、その AI 査読者 Reviewer 1 による批判の語調がかなり強かったのか、エディターは「半年間の再投稿までの猶予を与えるリジェクト。再投稿時は、現在の査読者に加えて、さらに追加の査読者による審査の可能性あり」という判断をその論文に下しました。

どう対処したか

再投稿の機会は与えられたのは不幸中の幸いでした。しかし、追加の査読者が加わるとさらに出版が遅れる可能性があります。また Reviewer 1 は明らかに悪意ある査読を行っているので、再投稿の際にも不合理な判断を言い渡す可能性もあります。今回の場合は明らかに AI の使用を疑え、さらに他の2人の査読者が好意的であったため、エディターに直訴して決定の再考を訴えることにしました。はじめは、Reviewer 1 のコメントの 1 つ 1 つに対してコメントする形のレスポンスレターを一緒に送ろうと思ったのですが、指導教官のアドバイスに基づいて、最終的には以下のように要点だけをまとめた短いメールをエディターに送りました。

  • リジェクトの判断を下した Reviewer 1 の批判的コメントは全て存在しないデータに向けてあり、生成 AI 特有のハルーシネーションの傾向がみられる
  • Reviewers 2-3 によるコメントは、簡単な実験で比較的容易に対応できる

上述の問題点について説明するメールをエディターに送ったところ、次のような返事を得ました

Reviewer 1 に確認を取ったが AI を使っていないとの返答を得た。しかし、確かに Reviewer 1 のコメントは、本論文と関係がない記述が見られていると確認できた。”この論文は潜在的にこの雑誌での出版に値する可能性があり、メジャーリビジョンの後に現在の査読者および追加の査読者によってもう一度審査する” という判定に覆す。ただしReviewer  1 を含むすべての査読者のコメントに返答すること

AI を利用したと思われる Reviewer 1 のコメントは、「このコメントが本論文には関係がない」ということを丁寧な言葉に言い換えて返答するだけでよいので、逆に対応がしやすく、さらに他の査読者のコメントは常識の範囲内の追加実験で対応できたため、結果的にアピール成功でした。

再審査の結果

再審査では、もともとメジャーチェンジの判断を下していた Reviewer 3 、そして新しい査読者 Reviewer 4 の2人によって審査されました。AI を使用したと推定されるReviewer 1が除外されていたのは幸運でした。最終的にReviewer 3 は「これ以上の変更なしで出版」、そして新たに加えられた Reviewer 4 は「軽微な修正後に出版」という判断を下したため、エディターは2週間以内の軽微な修正を要求しました。そして、その軽微な修正後に晴れて論文はアクセプトされました。

結局新しい査読者が現れて査読にさらに時間がかかったことで、若干の遅延にはなりましたが、エディターに直訴していなければReviewer 1 が再審査の場面でもエディターをかく乱していたかもしれないと考えると、エディターに直訴したことは意味があったのかと思います。少し腑に落ちない部分があるとすれば、Reviewer 4 は非常に好意的な判断を下していたので、最初からReviewer 2, 3, 4 の3人に審査されていれば、もっとスムーズに論文が通っていたかもしれないということです。

今回の事件が起こったのは、創刊から30 年以上前からあり、化学界でも由緒ある優良誌と認められているジャーナルでした。AIを悪意的に使用した査読者に対して、エディターが妥当に対処していただいたことには感謝しています。しかし、AIのさらなる発展により、今後の査読プロセスがどうなるのかについては不安が残ります。

ここまでが、知り合いによる体験談をまとめたものです。以降は本記事の著者による調査や所感です。

現状, 生成 AI を査読に使うことは禁止されている

2026年現在では、多くの雑誌では査読に AI を使わないように査読者に呼び掛けています。例えば Science 誌では、 投稿された原稿を AIに読み込ませたり、AI に査読コメントのたたき台を書かせることを禁止しています (リンク: Science 誌の査読プロセス)。ただし、内容が外部に保存されたり AI のトレーニングなどに使われたりすることがないような設定にすることを条件で、人間の査読者が書いた査読コメントの下書きをAIに校閲させることは禁止していません。Nature 誌やその系列でも、原稿を AI にアップロードしたり、AI に査読させることを禁止しています (リンク: Springer の AI に関する方針)。一度書いた下書きを校閲することに関しては、明確な記述がありません。一方、アメリカ化学会 ACSの査読者では、AI を一切使用しないよう書かれています (リンク: ACS の方針)。

AIによる査読を禁止されている理由は主に2つです、1つ目は、査読は投稿された論文の研究分野の専門家によって評価されなければならず、AI にはそのような高度な判断ができないと (現状は) 考えられているからです。2つ目は、査読者には守秘義務があり、レビュアーの立場として受け取った未公開論文は秘匿情報として扱わなければなりません。したがって、その投稿された論文を生成 AI に読み込ませることが守秘義務に反するのです。

一流誌のエディターも AI の使用に疲弊している

実は最近 Science 誌の中で化学系の論文を扱っているエディターの講演を聴講する機会があり、そこでも査読プロセスでの AI の使用に関する議論がありました。Science 誌に査読を任されるような研究者のなかにも、AI に査読コメントを書かせたような形跡がある事例が最近見られるようになってきたとのことです。

現状 Science 誌は、クロスレビューを採用してます。どういうことかというと、査読者全員が査読コメントを提出すると、査読者は他の査読者のコメントを読む機会が与えられ、お互いの査読コメントが公平かどうかを判断したり、自分が見過ごしていた点を他のレビュアーが指摘していて、それがもっともらしいと思った場合には、追加でコメントできるという仕組みです。このクロスレビューの仕組みにより、明らかに査読に AI を使用している場合は良識ある査読者によって筒抜けになります。そして、AI を査読に利用したと疑われるレビュワーは二度と査読に呼ぶことがないようです。現状は、良識ある査読者の方が圧倒的多数であるため、査読の質は保てているということでした。

AI による査読に肯定的な見方

ここまでは論文の著者側の視点で、査読プロセスに AI が使われることに対する危機感を述べてきました。一方で、AI を査読に役立てようとする動きもあります。例えば、質の低い論文をスクリーニング的にはじき返すことにためのAIツールが開発されています。具体的には、Grounded AI の Veracity というツールは、参考文献に記されている論文が実在するかどうかを調査し、投稿された原稿中の主張と合致しているかを調べることができるようです (私自身は、この記事を書くために調べていて知ったツールで、使用したことはありません)。

最近は、研究者がAI に論文の原稿を書かせて、その AI 生成されたテキストを人間が大して精査することなく完成度が低い論文としてそのまま投稿されるため、低品質な論文が雑誌に投稿される頻度が増えているためエディターや査読者が疲弊しているとも聞きます (いわゆる AI スロップ)1。こういった低品質な論文を自動スクリーニングするために AI を利用してはどうか、というのはもっともな意見だと思います。生成 AI によって発生する問題を生成 AI で解決するのは、もはや著者側とジャーナル側の「AI 戦争」とも捉えることができ、なんだか皮肉です。守秘義務が守られることが前提にはなると思いますが、そういった AI によるスクリーニングが今後一般化していく可能性は否めません。

一方、論文の鍵となる発見を要約させたり、論文の新規性を評価するための AI ツールも開発されてはいるようです (例えばこれ: AIchemistReview)。それはすなわち、今回の体験談でも問題に挙げられていたような、査読コメントをゼロから生成できるような AI ツールだと言えます。それらを試しに使用してみた雑誌のエディターなどは、新規性の評価などには不十分だったと (現状は) 評価されています2。したがって、現状は人間による査読が適切である考えられており、多くの出版社では使用が認められないツールとなっています。

現状ではそれらの AI 査読ツールは、論文を執筆している研究者が、情報漏洩などの設定や評価の不完全性に関して自身で責任を持ったうえで投稿前に使用して査読コメントを予期して原稿を事前に修正するような使い方が妥当になると思われます。

人間が査読するからといって公平とは限らない?

今回の共有いただいた体験談は、生成AI によって不公平な判断を示された例でした。一方、人間が査読者の場合も、不当に厳しい査読をするような場合は存在します。しかし、人間が査読する場合は、厳しいコメントをしようと思ってもしっかり論文を読まなければならないので、労力がかかります。したがって、厳しく批判的なコメントもその論文に対する愛のムチ、といった見方ができなくもありません。しかし、生成 AI を使う場合は、ほとんど労力をかけることなく批判的なコメントを生成することができます。それはただの攻撃的で悪意ある遅延行為とみなされます。

査読における公平さに重きを置いたとき、プロンプト次第では AI の方が中立的な判断を出来るのではないか、と考える立場もあるかもしれません。しかし現状は、AI には論文の新規性の評価や専門性の高い議論に関して正しい論理的思考ができないというのが、多くの科学者が同意しているところだと思います。現状は、AI の査読への利用方法は、参考文献のリストのチェックすることで AI スロップ論文を排除するなど、論理的思考を必要としない使われ方に限定的でしょう。もちろん、そのように利用されることがあっても、情報の漏洩は防がれることが前提です。

おわりに: 誰のための査読か

筆者側にとって、査読は本来投稿された論文の内容の妥当性を評価してもらい、論文の弱い部分を補強するために第三者の目線からの提案を受けることで、論文を強めるためのものです。査読者にとっては、自身の研究分野の最先端の結果を共有してもらう機会をもらい、さらに助言を与えるという形でその研究に携わることができます。したがって、査読を行うことは間接的に科学の発展に貢献できる光栄な行為なわけです (もちろん、審判としての役割もありますが)。すなわち、査読は本来、研究コミュニティそのものの発展のためにあるはずです。

AI によって、論文執筆プロセスや査読プロセスが変わっていくことはあるかもしれません。結局のところ、査読は誰のためなのかということを考えて、建設的な査読プロセスが保たれるように、科学者は努めていかなければならないでしょう。

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参考文献

  1. Gartenberg, C.; Hasan, S.; Murray, A.; Pierce, L. More Versus Better: Artificial Intelligence, Incentives, and the Emerging Crisis in Peer Review. Organ. Sci. 2026, 37 (3), 795–812. https://doi.org/10.1287/orsc.2026.ed.v37.n3
  2. Naddaf, M. AI Is Transforming Peer Review — and Many Scientists Are Worried. Nature 2025, 639 (8056), 852–854. https://doi.org/10.1038/d41586-025-00894-7.
  3. Science の AI に関するガイドライン (2026/07/07 閲覧): https://www.science.org/cms/asset/8f7934b0-cf81-45c0-9f1c-a6f706a032e3/science_journals_guidelines_for_ai_use.pdf
  4. Springer の AI に関するガイドライン (2026/07/07 閲覧): https://www.nature.com/nature-portfolio/editorial-policies/ai

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PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

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