[スポンサーリンク]

F

フィーゼルマン チオフェン合成/Fiesselmann Thiophene Synthesis

[スポンサーリンク]

⏱ 30秒サマリー

  • 何をする反応か — チオグリコール酸エステル(HS–CH₂–CO₂R)とα,β-アセチレン系エステルを塩基存在下で縮合させ、一段階でチオフェン環を構築する。
  • 何ができるか — 生成物は3-ヒドロキシ(ニトリル変法では3-アミノ)チオフェン-2-カルボン酸エステルに限定される。2,3位が官能基化された多官能性チオフェンが直接得られる。
  • いつ使うか — キナーゼ阻害剤など医薬中間体の合成に定番。無置換・単純アルキル置換のチオフェンが目的なら Paal-Knorr法Gewald法 を検討する。

概要

フィーゼルマン チオフェン合成(Fiesselmann Thiophene Synthesis)とは、ドイツの化学者 Hans Fiesselmann が1950年代に確立した、硫黄求核剤であるチオグリコール酸エステルの硫黄と活性メチレンの2つの反応点を利用して、一段階(ワンポット)でチオフェン環を組み上げる縮合反応である。典型的にはα,β-アセチレン系エステルに対し、塩基(ナトリウムアルコキシド、KOHなど)でチオグリコール酸エステルを脱プロトン化して反応させると、2位にエステル基、3位にヒドロキシ基をもつチオフェン(3-ヒドロキシチオフェン-2-カルボン酸エステル)が得られる。[1][2] 硫黄源としては、活性メチレンをもつHS–CH₂–CO₂R”(およびそのα-置換体)が用いられ、S原子とメチレン炭素がそれぞれチオフェン環のS1原子とC2炭素になると理解されている。[5]

出発物のカルボニル成分を変えることで、生成物の置換様式を制御できる点が特徴で、α,β-アセチレン系エステルのほか、β-ケトエステルやβ-クロロビニルケトンなども前駆体として用いられる。[3][4] また、エステル基をニトリルに置き換えると、3-ヒドロキシ体の代わりに3-アミノチオフェン-2-カルボン酸エステルが得られる(ニトリル変法)。[7] 3-ヒドロキシ/3-アミノチオフェン-2-カルボキシラートは医薬・材料化学で有用な多官能性チオフェン中間体であり、本反応はその代表的な構築法のひとつとされる。[5][7]

反応機構

まず、(1) 塩基によりチオグリコール酸エステルのチオール(–SH)が脱プロトン化され、生じたチオラートがα,β-アセチレン系エステルの三重結合へチオ-Michael型の共役付加を起こしてビニルスルフィド中間体を与える。[5] 続いて、(2) チオグリコール酸エステル由来の活性メチレン(S–CH₂–CO₂R”)が塩基で脱プロトン化され、生じたカルボアニオンが分子内で、もう一方のエステル(アセチレン系エステル由来の –CO₂R’) カルボニル炭素へ分子内Claisen/Dieckmann型縮合を起こして五員環を形成する。このときアルコキシド(R’O⁻)が脱離してケトン(3-オキソ体)が生成し、(3) 互変異性・芳香族化を経て3-ヒドロキシチオフェン-2-カルボン酸エステルが完成する。[1][5]

エステルの代わりにニトリルを用いた場合は、環化段階でC≡Nへの付加・互変異性を経て、3位がエナミン/アミノ基となり、3-アミノチオフェン-2-カルボン酸エステルを与えると理解されている。[7]

特徴・適用範囲・類似反応との比較

強み: チオグリコール酸エステルという安価で扱いやすい硫黄源から、一段階で2,3位が官能基化された(3-ヒドロキシ/3-アミノ-2-カルボキシラート型)チオフェンを直接構築できる。得られる3-ヒドロキシ/3-アミノチオフェン-2-カルボキシラートは、さらなる誘導化(脱炭酸、アシル化、クロスカップリング等)の足がかりとなる多官能性中間体であり、医薬骨格の構築に広く応用されている。[5][7]

弱み・注意点: 生成物の骨格が「3-ヒドロキシ(または3-アミノ)チオフェン-2-カルボン酸誘導体」という特定の置換パターンに実質的に規定される。無置換・単純アルキル置換のみのチオフェンを作る用途には不向きで、その場合はPaal-Knorr型Gewald型など他法が適する。強塩基条件を要し、位置選択性は基質依存で、置換基によっては位置異性体・副生成物を生じ得る。

反応 主な前駆体 生成物の型 長所 短所・注意 使いどころ
Fiesselmann チオフェン合成 α,β-アセチレン系エステル/ニトリル(β-ケトエステル等)+チオグリコール酸エステル 3-ヒドロキシ(3-アミノ)チオフェン-2-カルボキシラート 2,3位官能基化体を一段階で構築、医薬中間体に有用 生成物型が特定パターンに限定、強塩基必要 3-OH/3-NH₂-2-CO₂R型の多官能チオフェン
Gewald チオフェン合成 ケトン/アルデヒド+活性ニトリル+硫黄(S₈) 2-アミノチオフェン(3位にEWG) 2-アミノ基を直接導入、多置換に強い 生成物型が2-アミノチオフェンに限定的 2-アミノ-3-置換チオフェン骨格
Hinsberg チオフェン合成 1,2-ジカルボニル+チオジグリコール酸エステル チオフェン-2,5-ジカルボン酸誘導体 2,5-ジエステル型を構築 生成物型が限定的 2,5-ジカルボキシル型チオフェン
Paal-Knorr チオフェン合成 1,4-ジカルボニル+硫黄導入剤(P₄S₁₀/Lawesson) 2,5-(〜3,4-)置換チオフェン 一段階・置換制御が明快 H₂S発生・強い硫黄化試薬 1,4-ジケトンが得やすい2,5-置換チオフェン

反応例

Nicolaouらは、本条件を利用して、抗腫瘍活性を持つ可能性のある環状アルキン・ゴルフォマイシンAの潜在的なDNA切断特性を示した。[8]

実験手順

代表的プロトコル

α,β-アセチレン系エステル(またはβ-ケトエステル)1当量に対し、チオグリコール酸エステル(概ね1〜1.2当量)と塩基(ナトリウムメトキシド/エトキシド、あるいはKOHなどを1〜2当量)を、無水アルコールやTHF等の溶媒中で混合し、室温〜加熱還流下で反応させる。チオ-Michael付加に続く分子内縮合・芳香族化が進行し、酸性化・後処理の後に3-ヒドロキシ(または3-アミノ)チオフェン-2-カルボン酸エステルを得る。[1][3] 反応の進行はTLC等で追跡する。

Lissavetzky変法では、環状β-ケトエステルとチオグリコール酸から、アルコール添加の有無でモノ付加体とチオアセタール(後にエステル化・KOH環化)を作り分けられると報告されている。[6]

実験のコツ・テクニック

  • 塩基・溶媒の選択: 反応はチオラート生成と活性メチレンの脱プロトン化に依存するため、ナトリウムアルコキシド等の適切な塩基性条件が重要とされる。エステル交換を避ける観点から、エステルのアルコキシ基と対応するアルコキシド塩基(例: メチルエステルにはNaOMe)を用いる配慮が有効な場合がある。
  • 基質カルボニル成分による生成物制御: α,β-アセチレン系エステル、β-ケトエステル、β-クロロビニルケトンなど前駆体の選択で置換様式を制御できる。目的チオフェンの置換位置から逆算して前駆体を設計するとよい。[3][4]
  • エステル→ニトリルで3-アミノ体へ: 3-アミノチオフェン-2-カルボキシラートが欲しい場合は、カルボニル成分をニトリルに置き換える(ニトリル変法)。医薬骨格(キナーゼ阻害剤など)の構築に有用。[7]
  • 位置異性体・副生成物への注意: 非対称な基質では位置選択性が問題となり得る。生成物の位置化学(2-, 3-, 5-位の割り当て)は必ずNMR等で確認すること。

参考文献

  1. 【原著】Fiesselmann, H.; Schipprak, P. “Über Oxythiophencarbonsäureester, I. Mitteil.: Über die Anlagerung von Thioglykolsäureester an Fumarsäure-, Maleinsäure- und Acetylendicarbonsäureester.” Chem. Ber. 1954, 87, 835–841. DOI:10.1002/cber.19540870608 (原著・命名の由来 Part I)
  2. 【原著】Fiesselmann, H.; Schipprak, P.; Zeitler, L. “Über Oxythiophen-carbonsäureester, II. Mitteil.: Synthese und Reaktionen von 3-Oxy-thiophen-carbonsäure-(2)-estern.” Chem. Ber. 1954, 87, 841–848. DOI: 10.1002/cber.19540870609 (原著 Part II・3-ヒドロキシ体の合成と反応)
  3. 【原著】Fiesselmann, H.; Pfeiffer, G. “Über Oxythiophencarbonsäureester, III. Mitteil.: Die Einwirkung von Thioglykolsäureester auf β-Ketosäureester.” Chem. Ber. 1954, 87, 848–856. DOI: 10.1002/cber.19540870610 (原著 Part III・β-ケトエステル基質)
  4. 【原著】Fiesselmann, H.; Thoma, F. “Über Hydroxythiophencarbonsäureester, VI. Mitteil.: Darstellung von 3-Hydroxy-thiophencarbonsäure-(2)-estern aus β-Ketosäureestern.” Chem. Ber. 1956, 89, 1907–1912. DOI: 10.1002/cber.19560890816 (β-ケトエステルからの3-ヒドロキシチオフェンエステル調製)
  5. 【総説】Li, J. J. Name Reactions: A Collection of Detailed Mechanisms and Synthetic Applications, 5th ed.; Springer International Publishing: Cham, 2014; pp 250–251. DOI: 10.1007/978-3-319-03979-4_104 (人名反応集・機構解説)
  6. 【応用例(変法)】Donoso, R.; Jordán de Urríes, P.; Lissavetzky, J. “Synthesis of [b]-Condensed Alkyl 3-Hydroxythiophene-2-carboxylates.” Synthesis 1992, 526–528. DOI: 10.1055/s-1992-26152 (Lissavetzky変法)
  7. 【応用例】Redman, A. M.; Johnson, J. S.; Dally, R.; Swartz, S.; Wild, H.; Paulsen, H.; Caringal, Y.; Gunn, D.; Renick, J.; Osterhout, M.; Kingery-Wood, J.; Smith, R. A.; Lee, W.; Dumas, J.; Wilhelm, S. M.; Housley, T. J.; Bhargava, A.; Ranges, G. E.; Shrikhande, A.; Young, D.; Bombara, M.; Scott, W. J. “p38 Kinase Inhibitors for the Treatment of Arthritis and Osteoporosis: Thienyl, Furyl, and Pyrrolyl Ureas.” Bioorg. Med. Chem. Lett. 2001, 11, 9–12. DOI: 10.1016/S0960-894X(00)00574-6 (ニトリル変法による3-アミノチオフェン・キナーゼ阻害剤応用)
  8. 【応用例】Nicolaou, K. C.; Skokotas, G.; Furuya, S.; Suemune, H.; Nicolaou, D. C. “Golfomycin A, a Novel Designed Molecule with DNA-Cleaving Properties and Antitumor Activity”. Angew. Chem. Int. Ed. 1990, 29 , 1064–1067. doi:10.1002/anie.199010641.

関連反応

関連書籍

外部リンク

この反応についてもっと知りたい?

現役の研究者・学生が集まる ケムステSlack(無料) で聞いてみませんか?

ケムステSlack参加はこちら

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. ボラン錯体 Borane Complex (BH3・L)
  2. クレーンケ ピリジン合成 Kröhnke Pyridine Sy…
  3. マクコーマック反応 McCormack Reaction
  4. 奈良坂・プラサード還元 Narasaka-Prasad Redu…
  5. タングステン酸光触媒 Tungstate Photocataly…
  6. スワーン酸化 Swern Oxidation
  7. コーンフォース転位 Cornforth Rearrangemen…
  8. ロッセン転位 Lossen Rearrangement

注目情報

ピックアップ記事

  1. 窒素を挿入してペリレンビスイミドを曲げる〜曲面π共役分子の新設計指針の確立を目指して〜
  2. 芳香環シラノール
  3. 「一家に1枚」ポスターの企画募集
  4. 理論的手法を用いた結晶内における三重項エネルギーの流れの観測
  5. 存命化学者達のハーシュ指数ランキングが発表
  6. 化学オリンピックを通して考える日本の理科教育
  7. 酸素と水分をW保証!最高クラスの溶媒:脱酸素脱水溶媒
  8. お前はもう死んでいる:不安定な試薬たち|第4回「有機合成実験テクニック」(リケラボコラボレーション)
  9. 第42回―「ナノスケールの自己集積化学」David K. Smith教授
  10. オカモト株式会社茨城工場

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2026年7月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

条件の「前後」も実験条件である【プロセス化学者のつぶやき】

前回まで1. 設定温度と系内の実温度のお話2. 温度値をどう判断するか3. 反応操作をし…

そのpH、“本当にその場所”の値ですか?ニードル式pHセンサーを使ってみた!

突然ですが、「培養の再現性がなんか悪い」「同じ条件のはずなのに結果がズレる」といった経験はあ…

「骨格編集」×「ナノカーボン合成」〜ナノカーボン合成の新戦略を実証〜

第719回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科(忍久保研究室)博士後期課程2年の平…

【書評】立体化学 はじめの一歩

立体化学は,分子の三次元構造を理解するための重要な分野であり,有機化学や…

水のシミュレーション入門 — 水分子を計算機の中でどう”描く”か —

身近なのに、計算機にとって手強い"水"。本記事では、点電荷モデルから機械学習まで、その"描き方"の進…

◆◇◆◇ 第36回フォーラム・イン・ドージン開催のご案内 ◆◇◆◇

同仁化学研究所が熊本から世界へ情報発信するフォーラム・イン・ドージンの開催ご案内です。今年は『な…

『力』による円偏光発光のon/off制御を単一分子レベルで実現

第718回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 物質理工学院(相良研究室)博士後期課程2年の野中…

数日かかっていた反応機構解析を、わずか数分に!

機械学習ポテンシャルが変える計算化学の現在近年、DFT計算による反応機構解析は広く行われるよ…

海外ポスドクのオファーをもらう【アメリカで Ph.D. を取る: 進路編】

ポスドクとして海外に留学する場合、希望する研究室の教授に直接連絡を取り、面接などを通して適性を判断さ…

MDで観るトライボロジー 〜原子が擦れるその場をシミュレーション〜

軽くて強いのに摩耗に弱いチタン合金は、航空機や人工関節に広く使われています。原子が擦れ合うその場を分…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP