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スポットライトリサーチ

偶然と観察と探求の成果:中毒解毒剤から窒素酸化物を窒素分子へ変換する分子へ!

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第692回のスポットライトリサーチは、同志社大学大学院理工学研究科(小寺・北岸研究室)博士後期課程3年の中上敦貴 さんにお願いしました。

今回ご紹介するのは、人工ヘモグロビン化合物を用いた一酸化窒素(NO)からの窒素ガス(N2)変換に関する研究です。

NOは大気汚染や光化学スモッグなどの一因となるようなガスである一方、重要な役割をもつ生理活性ガスとして知られています。今回、人工ヘモグロビン化合物「hemoCD」、酸性条件、グリシン存在下にてNOからN2が生成されることを報告されました。

インタビュー中から、”なんとなく”グリシンー塩酸緩衝液を用いた際に見出された現象から派生した研究とのことですが、見逃さない観察力と、見つけた現象を深く突き止めていく遂行力に、原稿をいただいた筆者(hoda)も見習わなければと感じました。

本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。

N2 Generation from Nitric Oxide Coordinated to Iron(III) Porphyrin in Acidic Glycine Buffer
Nakagami, A.; Shiota, Y.; Fujikawa, K.; Kodera, M.; Kitagishi, H., J. Am. Chem. Soc., 2025, 147, 47898–47903. DOI: 10.1021/jacs.5c17871

研究を指導された北岸宏亮 教授から、中上さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

中上君は、修士で卒業してから5年間企業で働いた後、博士課程の学生として私の研究室に戻ってきました。そのためか、社会人的にしっかりとしており(大人!)、一方で元々持っていたのか取り戻したのか分かりませんが、学生らしい元気いっぱいで、後輩たちと一緒に日々楽しく過ごしています。子育てしながらの研究生活を送っており、そのメリハリの効いた生活スタイルは、私も見習わないといけないなあと思いつつ、いつも感心して見守っています。企業を辞めて、思い切って博士課程に飛び込んでもうすぐ3年、中上君にとっての博士号が今後どんな意味を持ち、どのような道を歩むのか、とても楽しみにしております。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

この研究は当初計画していたものではなく、関連の研究で偶然見つかった現象を深掘りすることで得られた研究成果です。元々はヘモグロビンなどに代表されるヘムタンパク質を人工的に再現したhemoCDという化合物を我々の研究室で開発しており、このhemoCDは生体内で一酸化炭素(CO)や酸素(O2)を結合できることから、各種中毒解毒剤や人工酸素運搬体としての社会実装を目指しています1−3)。実用化にあたり、hemoCDの生体内での反応性を理解することは必須であり、特に一酸化窒素(NO)は生体内で産出される内因性のガスであり、特定のヘムタンパク質と相互作用して血管拡張等の重要な生理機能を示すため、hemoCDについてもNOとの相互作用を調べていました4)。その中で、酸性条件においてhemoCDとNOを含む溶液から気泡が多量発生してくることに気がつきました。気泡の成分が窒素分子(N2)であることを突き止め、さらにメカニズムを調べていくと、緩衝液成分であるグリシンがN2発生に関与していることが明らかとなりました。NOは窒素酸化物(NOx)の一つであり、工業的にもアンモニアや金属触媒を用いてN2への変換が行われていますが、高温での反応を必要とします。今回発見された我々のhemoCDの系では水中・室温で進行するため、NOx除去の観点から応用の可能性があります。さらに自然界にはNOからN2への脱窒過程と呼ばれるプロセスが存在し、窒素循環に重要な働きを担っています。HemoCDが模倣するヘムタンパク質の中には、このプロセスの中でNOをN2Oへと変換する一酸化窒素還元酵素のようなタンパク質がありますが、今回の研究のようなグリシンとの反応はこれまでに報告がありません。HemoCDで見つかった現象が天然のヘムタンパク質とNOとの反応に異なる視点からの洞察をもたらし、新たな知見の開拓に繋がる可能性があると考えています。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

今回の研究は緩衝液成分にグリシンを選択したことが始まりでした。酸性の緩衝液組成は複数ありますが、“なんとなく”グリシン−塩酸緩衝液を用いたことが今回の研究に結びついており、この部分は論理的には説明できないところで面白いと思っています。またこれまでの研究はスペクトルデータを図表に載せることがほとんどでしたが、今回は溶液からガスが出てくる反応ということで、視覚的な情報を載せることにしたものの、経験がない中で写真や動画の撮影には苦労しました。色々改善点が出てきたので次回似たような研究があればもっとこだわりたいです。また発生ガス量の定量も最初は中々うまくいかず、最終的には教科書に出てくるような水上置換法で確立しました。発生するガス量は微量なので、チューブを色々探して自作しました。これまでは既製品を使うことが多かったのですが、こうして色々工夫して自分で作ってみると案外出来るものだと思いましたし、とても良い思い出です。後はぼんやりとメカニズムを描いて、それが合っているかをNMRスペクトルで確認したところ、その通りにスペクトルが出てきたときは感慨深く、一気に疲れが吹き飛びました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

メカニズムの解明が最も難しかったと感じています。最終的に窒素分子が生成することはガスクロマトグラフィーから早い段階で明らかに出来ておりましたが、NOからどのようにしてN2が生成するのか、というメカニズムは全く予想がつかず苦労しました。そのような中で、同位体で標識化した原料を用いて質量分析をしたり、発生したガスの方ではなく残った溶液の方を分析するなどして着実にデータを蓄積していきました。すると、論文で提唱したメカニズムで一貫した説明が出来ることに気がつき、それを理論計算で評価し、それでも疑問が残る点は実験により補強する良いサイクルで研究を進めることが出来ました。いわゆるPDCAサイクルを早く回して速やかに本質を明らかにすることも大切ですが、今回のケースでは既に我々の錯体とNOとの相互作用については論文で発表しておりましたので、この研究はおまけのような形で肩の力を抜いて、じっくりと向き合えたのがポジティブに働いたのではないかと考えており、研究の進め方も様々あっていいものだと感じました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

当初描いた通りにはならないことが多く、一方で予想に反した結果が興味深い成果をもたらすことが化学の面白さだと考えています。このようないわゆる”セレンディピティ”による発見は、昨今研究での活用が進むAIや機械学習でも予測できない領域だと考えています。もちろん狙って見つけられるものではありませんが、実験中に目で見た些細なことや変化をしっかりと観察し、記録することが重要かと思います。予想通りにいかないから面白い化学を出来るだけ解き明かしていく研究者人生を過ごしていけたらと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私は修士課程を修了後、企業で5年間働いた後に博士課程に進学しています。このような決断に至ったのは、博士号の取得が自身の研究者としてのアイデンティティを確立するものになると考えたためです。一回社会に出てみると、将来どうなるかは誰にもわかりませんし、思い描いた通りに進んできたつもりが全然違うところにいるなんてこともよく見てきました。一方で5年間の企業経験の後での進学だったので周囲からの不安の声もありました。今となっては決断して良かったと感じており、自分の決めた道を信じて、研究に真っ直ぐに取り組む日々はとても充実しています。研究が好きで進路に迷っている方は博士課程への進学を是非おすすめします。不安という気持ちもあると思いますが、研究だけに没頭できる時間はかけがえのない財産になると思いますし、コツコツ取り組んでいる姿は必ず誰かが見てくれているはずです。

最後に今回の研究において共同研究をさせて頂きました九州大学の塩田先生に改めて感謝申し上げます。そして今回執筆の機会を下さいましたChem-Station様に御礼申し上げます。

研究者の略歴


名前:中上 敦貴なかがみ あつき
所属:同志社大学大学院 理工学研究科 応用化学専攻
略歴:
2016年3月 同志社大学 理工学部 機能分子・生命化学科 卒業
2018年3月 同志社大学大学院 理工学研究科 応用化学専攻 博士課程(前期課程)修了
2018年4月〜2023年3月 国内化学メーカー勤務
2023年4月〜現在 同志社大学大学院 理工学研究科 応用化学専攻 博士課程(後期課程)在学中

関連リンク

  1. Kitagishi, H.; Kano, K. Synthetic Heme Protein Models that Function in Aqueous Solution. Chem. Commun. 2021, 57, 148−173. (DOI: 10.1039/D0CC07044K)
  2. Mao, Q.; Zhao, X.; Kiriyama, A.; Negi, S.; Fukuda, Y.; Yoshioka, H.; Kawaguchi, A. T.; Motterlini, R.; Foresti, R.; Kitagishi, H. A synthetic porphyrin as an effective antidote against carbon monoxide and cyanide poisoning. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2023, 120, e2209924120. (DOI: 10.1073/pnas.2209924120)
  3. Nakagami, A.; Mao, Q.; Horitani, M.; Kodera, M.; Kitagishi, H. Detoxification of hydrogen sulfide by synthetic heme model compounds. Sci. Rep. 2024, 14, 29731. (DOI: 10.1038/s41598-024-80511-1)
  4. Nakagami, A.; Tosha, T.; Horitani, M.; Oohora, K.; Hayashi, T.; Sato, W.; Kubo, M.; Kodera, M.; Kitagishi, H. Nitric oxide binding to ferric and ferrous porphyrins encapsulated in the cyclodextrin nanocavities in aqueous solution. Inorg. Chem. 2025, 64, 13973–13985. (DOI: 10.1021/acs.inorgchem.5c02267)

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大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

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