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研究テーマ変更奮闘記 – PhD留学(後編)

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前回の記事では、私がPhD留学を始めた際のテーマ決めの流れや、その後テーマ変更を考え始めてからの教授へのアプローチについて、経験を綴りました。せっかく自力でプロポーザルを書いて教授に見せたものの、アイディアの欠点をつく教授の意見に何も言い返せず、そのアイディアを新規テーマとすることは断念してしまいました…。

後編の今回は、その後、私が新しい研究テーマを始めるに至るまでのエピソードを紹介します。

4. 他のラボへの移動を考える

1年次に取り組んでいたテーマをあまり好きになれなかった私は、他のラボへの移動を考え始めました。

アメリカの大学院に来て驚いたのですが、こちらのシステムでは研究室の変更が比較的やり易く、実際にラボを移る学生が結構います。(仲の良い友達に何人も居ます。)ラボを移る理由は、研究の興味が合わない、教授や他のメンバーとの人間関係、ファンディングが足りないなど様々です。もちろん、研究室を変えるには心理的なハードルはありますが、教授やラボのメンバーが無理に引き止めることもあまりないので、「合わないなら辞めて他に移る」という合理的な選択ができます。ラボを移る場合は、希望研究室を回って教授に話し、受け入れ先がOKなら基本的に移動ができます。元の研究室の教授も、きちんと話せば普通は理解してくれます。

私は研究テーマについてかなり悩んでいたため、1年生の中盤頃に他の研究室に移ることも考えていました。PhD課程は5年(+α)と長いので、1〜2年の遅れはそれほど気になりません。3年次の終わりに研究室を移り、3年ほどでプロジェクトを仕上げて卒業した人(トータル6年なのでその分野ではほぼ標準の卒業年数)などもいるので、ラボの移動が卒業年数にどれだけ影響するかは本人次第と言えます。

私は、移動先の研究室を探すため、授業を受けていた他の研究室の教授にプロポーザルを見せ、反応を探ってみました。教授の反応はとても好意的で、「もし先生の研究室に入ればこういうテーマをやることはできますか?」と聞くと、「もちろん。面白そうだね。」と言ってもらうことができました。(その教授がどれくらい本気に受け取ってくれていたかは分かりませんが、)なかなか良い反応だったため、その研究室に移ろうかと気持ちがだいぶ傾きました。

後で述べるように、私は幸運ながら元の研究室で新しいテーマを始めることができたので、ラボを移ることはしませんでしたが、そうでなければ移動していたかもしれません。

5. 新しいテーマに変えるチャンスを得る

研究テーマを変えようといろいろ行動しつつも、指導教官との間では特に話が進みませんでした。前回の記事で書いたようにプロポーザルを見せた後は、新しいテーマについて話を持ち出す機会が無く、とりあえずは任されていた既存のテーマについて実験を続けました。実験がうまく行かないときにはモチベーションを保つのが大変でしたが、このテーマをひと段落させれば別のテーマを始められるかも、という期待もあり、実験を進めることにしました。そういう状態が数ヶ月続くうちに実験がうまく進み、やっとひと段落というところまで辿り着くことができました。

そんなある日、翌年度の自己資金申告書(奨学金の有無やTAの希望を学科に申告するフォーム)について教授にサインを貰うため、教授室に行く機会がありました。日本の財団から頂いている奨学金について説明し、申請書にサインを貰うと、教授から唐突に「そういえば前に、新しいテーマをやりたいって言ってたよね。今度ディスカッションしよう。」と伝えられました。

自己資金を持っていることが効いたのか、テーマがひと段落しそうなタイミングが良かったのか、それとも私の度重なるアピールが功を奏したのかは分かりません。とにかく、テーマ変更について教授から前向きな意見を貰うことができ、新しいテーマに向けて大きく前進することができました。

6. 新しいテーマの決定

その後、教授と1-2回ほど面談し、新しいテーマを決めました。

まず教授から提案されたのは、研究室で既に誰かがやっているプロジェクトに加わり、そこから少しずつ派生して独立のテーマを作るという形です。そうすれば、他のラボメンバーとも協力し合いやすく、研究室のメインのプロジェクトから大きく逸れる心配もありません。

そこで、上級生の研究をもとに何か面白いテーマを始められないか、他のメンバーに相談にのってもらいました。ところが、配属前に論文を読んで興味を持っていたプロジェクトの多くは、既に学生が卒業して打ち切りになっていました。(発表論文と現行のプロジェクトにタイムラグがあることを研究室配属前にちゃんと考慮していませんでした…;) 継続中のプロジェクトでは、参加してみたいと強く思うテーマは見つけられませんでした。

教授との面談の際に、既存のプロジェクトでピンとくるものがないことを伝えると、私がどういうタイプの研究に興味があるのかについて話し合う流れになりました。

学部時代に超分子化学や有機材料化学に関連する研究をしていた私は、バイオ系の研究室に入りつつも、分子の構造や相互作用に焦点を置いた研究に興味がありました。そこで、「今のテーマよりも化学の要素が強い研究」「細胞レベルでなく、分子レベルの研究」などと自分の興味を伝えました(具体性のかけらもありませんが…;)。

こんな漠然とした回答にも、うまく合わせてくれるのが教授のすごいところだと思います。「タンパク質の結晶構造解析はどう?」「化学がやりたい、というのは、有機合成を含む研究をやりたいってこと?」などいろいろと聞いてくれました。

そして最終的に、ホワイトボードにある有機分子の構造を描き、「こんなのはどうかな?」とアイディアを示してくれました。そのアイディアはそれまでに自分が考えたテーマや研究室の既存のプロジェクトよりも自分の興味に合いそうで楽しそうだったため、迷いなく「やってみたい」と返事をしました。

テーマを変えたいと思い始めて約9ヶ月、ようやくPhD課程を通して取り組みたいプロジェクトを始めることができました。

7. おわりに

今回の話はもう4年も前のことですが、PhD課程初期の段階で自分のやりたいテーマに変えることができて良かったと今でも思っています。

テーマ変更の希望を教授に伝えるにはなかなか勇気が要りましたが、自分から主体的に動かなければ、きっとそのまま興味の合わないプロジェクトを続けることになっていたはずなので、アプローチを続けて良かったです。

テーマを変えたいと思った時、最初からもっとはっきりと教授に伝えれば良かったのか、逆に興味のあまり合わないテーマでも面白い研究になるようにもっと努力すべきだったのか、今でも良く分かりません。でも、そういう悩みは先輩や教授でも一度は抱いたことがあるかもしれないので、方向性に迷った時は周りに相談してみるのが一番だと思います。

また、新しいテーマを始める機会を与えていただいた教授にはとても感謝しています。所属研究室を選ぶとき、研究内容はもちろんとても大事ですが、5年間のPhD生活で研究・進路・人間関係などいろんな悩みに直面することを考えると、教授の人柄もとても大事な要素だと思いました。

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アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

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