20歳以上の読者の皆様、お酒はどのくらい飲まれますでしょうか?まず飲酒に関する基礎知識に関して日経新聞の記事をお読みください。
【ジュネーブ=共同】世界保健機関(WHO)は22日までに、世界で2016年にアルコール依存症など飲酒による健康障害に苦しんでいる成人(15歳以上)が推計2億8300万人に上ったとする報告書を発表した。過度の飲酒は欧米などの高所得国で深刻な健康問題をもたらしていると警告した。
報告書によると、宗教上の理由などにより世界で飲酒しない人は約31億人(成人人口の57%)で、飲酒している人は約23億人。16年の1人当たりの年間アルコール消費量(純アルコール換算)は6.4リットルで、05年より0.9リットル増加した。
WHOは、飲酒により健康に何らかの問題がある場合を「アルコール使用障害」と定義。世界の成人人口の5.1%にこの症状がみられるとした。日本は3.4%。このうち仕事や家庭よりも飲酒を優先させるようになる依存症は世界で推計1億4400万人で、成人人口の2.6%。日本は1.1%で、米国7.7%、韓国5.5%。欧州ではベラルーシ11%、ハンガリー9.4%など高い国が目立つ。
1人当たりのアルコール消費量はリトアニアが15リットル、ドイツ13.4リットル、フランス12.6リットルなど欧州諸国は多い傾向。米国は9.8リットル、日本は8リットルだった。
報告書は「飲酒の害を防ぐには目標値を定めてアルコール消費量を減らすなど政府や社会全体での取り組みが必要だ」と指摘している。
飲酒の健康障害2.8億人 WHO、高所得国で深刻 – 日本経済新聞オンライン、2018年9月23日 より引用
アルコール依存症はまぎれもない精神疾患の一つで、2013 年に行われた調査では、本邦で 100 万人強 (常態的な飲酒者の約 1 割) が罹患しているとされています。しかしながら、そのうち病院を受診した人の割合は数%と低く、治療に対する理解が進んでいない疾患の一種とも言えます。アルコール依存症は以下のような弊害を生み、自分一人の問題ではなく、家族や周囲の人にも多大な問題を抱えさせることになります。
アルコールへの依存が進行していくと、そばにいる家族は、いてもたってもいられなくなるものです。
なぜなら、こんなことが次々起きるからです。・酔いつぶれるまで飲む
→家族は、そのたびあれこれと面倒をみることに…・飲みすぎて体をこわす
→家族は、飲まないよう言い聞かせたり、酒を隠したり薄めたり…・酔って思わぬ失敗をしたり、周囲の人や職場に迷惑をかけたりする
→家族は、後片づけや、謝罪や言い訳などに追われるハメに…ところがこうして家族が一生けんめいやればやるほど、問題はひどくなっていきます。
さらに、飲んで延々と愚痴を言う、暴言・暴力などのDV、子どもへの虐待(ネグレクトを含む)が起きる場合も少なくありません。
アルコール依存症という病気は、本人を苦しめると同時に、家族を傷つけ巻き込みながら進行していきます。
そのため、家族は常に酒の問題が頭から離れなかったり、心身ともに疲れてしまったり、怒り・むなしさ・徒労感でいっぱいになったりします。特定非営利活動法人ASK > アルコール関連問題 > アルコール依存症とは > 家族はどうすれば?(アルコール)https://www.ask.or.jp/article/8824
以上のような問題の他にも、酒気帯び・飲酒運転などを誘発する可能性もあり、社会的な損失は計り知れません。自身で依存症かもと認識している方や、家族・友人知人・同僚などから指摘された経験のある方は、ぜひ受診を勧奨いたします。
昔のアルコール依存症治療というと、長期入院、強制的な断酒など辛いイメージがあり、「飲めないくらいなら飲み続けて死ぬ」と考える飲酒家も多かったようです。本人の強力な意志のみを持って治すべき病気とのイメージが強かったのですが、ここ 10 年ほどで、強力な意志を補助するための、飲酒欲求そのものを抑える薬剤など、新しい治療薬が登場してきました。これにより、アルコール依存症の治療も着実に進歩したと言えます。本記事では、アルコール依存症の治療薬にフォーカスして、それぞれの特徴 (ケムステなので化学的な側面と一緒に) に紹介していきます。
*アルコール依存症の当事者やご家族など、より詳細かつ医療的な情報をお求めの方は、専門のサイトをご覧ください。
治療薬① 古典的断酒薬
1. ジスルフィラム (ノックビン®、アンタビュース®)

アルコール代謝は、エタノール → アセトアルデヒド → 酢酸の順に、各酵素によって触媒されますが、本剤はアルデヒドデヒドロゲナーゼ (ALDH) を阻害し、アセトアルデヒドから酢酸への代謝を抑制します。これによりアセトアルデヒドが体内に蓄積しますが、アセトアルデヒドはいわゆる「悪酔い」を引き起こす物質であり、強い不快反応(フラッシング=少量での顔面紅潮や動悸、嘔気、血圧低下など)を起こします。つまり、悪酔い・二日酔いの状態を引き起こし、それを脳や身体が嫌悪することで「飲めない気分」にする薬です。
用法・用量は以下のようになっています。
用法・用量(主なもの)
- ジスルフィラムとして、通常、1日 0.1〜0.5 g を 1〜3 回に分割経口投与する
- 本剤を 1 週間投与した後に通常実施する飲酒試験の場合には、患者の平常の飲酒量の 1/10 以下の酒量を飲ませる
- 飲酒試験の結果発現する症状の程度により本剤の用量を調整し、維持量を決める
- 維持量としては、通常 0.1〜0.2 gで、毎日続けるか、あるいは1週ごとに1週間の休薬期間を設ける
化学的な作用機序としては、ジスルフィラムのジスルフィド (S–S結合) が ALDH のシステイン残基と共有結合し、不可逆的に阻害するというもののようです。
ジスルフィラムの作用機序 |
ジスルフィラムが抗酒剤と使用されるに至った経緯に関しては、インタビューフォームに以下のような記載があります。
ジスルフィラム(Disulfiram, Tetraethylthiuram disulfide)は、1881 年に Grodzhi が初めて合成し、その後ゴムの硫化促進剤として使用されていた。当時、タイヤ工場の従業員がアルコールを飲み、しばしば激しい急性症状を呈することが知られていたが、ジスルフィラムが医薬品として使用されるに至ったのは、1948 年デンマークのJacobsen らによって、ゴムの硫化促進剤として使用されていた Tetraethylthiuram disulfide が微量体内に摂取され、肝臓のアルコール代謝の過程でアルデヒドの酸化を抑制する結果、体内にアセトアルデヒドが蓄積し、顔面潮紅、動悸、呼吸困難などの急性症状を起こすことが明らかにされてからである。
その後、本邦では 1983 年より抗酒薬としての処方が開始されました。
服用中はアルコール・アルコール含有製品の厳格回避が必須 (洗口液や味醂など、微量のアルコールを含む物質でも深い嫌悪反応が起こります)。心疾患や重い肝障害、認知症・精神症状などでは禁忌・慎重使用。医師の監督下での内服が推奨されます。
服用をやめてしまうと、やがてアルデヒドデヒドロゲナーゼの活性は復活しますので、いずれ効果は消失します。そのため、断酒を続けるには添付文書の記載に従いつつジスルフィラムの服用を継続しないといけません。
なお、一部のセファロスポリン系抗生物質 (セフメタゾール・セフメノキシムなど) は構造中に N-メチルテトラゾールチオールを有し、ジスルフィラム様作用を示すためアルコールとの併用は避ける必要があります。
2. シアナミド (シアナマイド®)

シアナミドもジスルフィラムと同様に、アルデヒドデヒドロゲナーゼを阻害してアセトアルデヒドを蓄積させ、強制的に急性アルコール中毒様症状を惹起して飲酒に対し嫌悪感を持たせる薬です。服用に関する注意点もジスルフィラムとほぼ同じ。農薬や化粧品原料としても使用されます。
化学的に特筆すべきはその小さい分子量 (MW=42.041)。既承認医薬品の中でも最小の部類ではないでしょうか。
インタビューフォームには、開発の経緯が次のように記されています。
アルコール中毒に対する薬物療法には石灰窒素療法があるが、これは主成分以外に不純物を含んでいるため、内服剤として適当とはいえない。このため内服剤に適したカルシウムシアナミドの精製化研究が進められ、1959 年向笠らは、諸種の研究を行った結果、カルシウムシアナミドの抗酒作用がシアナミドによるものであることをつきとめた。シアナミドは断酒療法のみならず、従来の disulfiram や石灰窒素療法などの薬物療法では期待できなかった節酒療法にも好適な薬剤であることが認められ、1963年1月に承認され、1963年4月に販売を開始した。
こちらもかなり歴史ある医薬品です。シアナミドの方がジスルフィラムに比べて薬効発現が速く効果の消失も速い (可逆的阻害) ため、完全な断酒以外に、節酒 (飲酒量を減らす) ことにも使われます。
しかし、いずれの断酒薬も服用をやめてしまえば効果が薄れて、やがて再発してしまうため、治療する本人の意思の強さによるところが大きいものでした。
一方、この十数年で依存症の病態に関する理解が進むとともに、断酒の効果を補助する薬が開発、承認され、処方されるようになりました。
治療薬② 新規断酒薬 (断酒補助薬)
アカンプロサートカルシウム (レグテクト®錠) は、2013年に本邦で承認された断酒補助薬です。アルコール依存症の新規治療薬としては、実に約30年ぶりの登場となります。製剤の成分量は 333 mg と、現場薬剤師にとってインパクトのある表示です (どうでもいい)。ドイツでは「Campral®」の商品名で、1995 年には認可されていました。その後、アメリカでも 2004年に認可されていたため、日本ではかなり遅くに承認された経緯があります。いわゆる、ドラッグ・ラグにも直結する問題です。
ジスルフィラムやシアナミド同様、構造中に芳香環を含まない、近年承認された医薬品としては珍しいものとなっています。

先述のアルデヒドデヒドロゲナーゼ阻害薬 (主に肝臓などの末梢で働く) とは異なり、飲酒欲求を司る中枢神経系に作用する医薬品とされています。作用機序に関してははっきりと分かっていない点も多いようですが、脳内の NMDA 受容体や GABA 受容体に作用することが示唆されています。
アカンプロサートは飲酒欲求を抑える薬であり、急性期の解毒薬ではない。アルコール依存症で乱された脳の化学的なバランスを安定化させる薬物であると考えられている。作用機序はグルタミン酸受容体の一種であるNMDA受容体を阻害し、GABA受容体の一種であるGABAA受容体を刺激することによる。アカンプロサートは断酒会などの自助グループに参加し断酒を実行できて初めて効果を示すと報告されている。WHOガイドラインではアルコール依存症の再発予防薬とされている。
ここで重要なのは、上記にあるように自助グループへの参加など、本人の治療意志と併せて初めて効果が出る薬だということです。アルコール依存症治療を古くから行なっている久里浜医療センターの説明では、以下のように記述されています、
この薬はただ飲んでいれば飲酒問題が解決するというタイプの薬ではありません。きちんと断酒を行い、アルコール依存症についての正しい知識を学び、飲酒に対しての考え方を変えた上で服用して、初めてその効果を得ることができる薬です。そのため、ただこの薬を処方され服用するだけではなく、他の心理社会的な治療と組み合わせて使用することが必要と注意書きがつけられています。
治療薬③ 飲酒量低減薬
ナルメフェン (セリンクロ®錠) は、オピオイド受容体に作用し、飲酒による多幸感を減弱させる新しいタイプの薬で、2019 年 3 月に本邦で承認されました。断酒薬とは違い、もっぱら節酒 (飲酒量低減) のために処方されます。そのため、適度な飲酒をしながら服用をし、徐々に飲酒量を減らせる薬であることが断酒薬との大きな違いです。

天然物化学や薬学の研究者の方なら構造式をパッと見て分かると思いますが、モルヒネに代表されるオピオイド受容体に作用する薬です。オピオイド受容体のうち、μオピオイド受容体およびδオピオイド受容体に対しては拮抗薬 (アンタゴニスト=働きを抑える) として、κオピオイド受容体に対しては部分的作動薬 (パーシャルアゴニスト=働きを一部強める) として作用する、選択的オピオイド受容体調節薬です。
飲酒をすると、オピオイドμ受容体を介した “快” の情動が生じ、その後、κ受容体を介した不快の情動が現れますが、ナルメフェンはμ受容体に拮抗することで快の情動をブロックし、κ受容体には適度に作用することによって各受容体に対するバランスを調整し、ちょうど良いバランス (=非依存者の状態に近づける) にすることで薬効が生じる仕組みになっています。オピオイドというと依存や離脱症状の心配があるかと思いますが、κ受容体はオピオイドそのものの依存に関しては寄与が小さく、いわゆる麻薬中毒のような症状には陥りにくいとされています (なお、モルヒネなども医師の厳格な管理下で使用すれば依存の懸念は低いとされています)。
セリンクロの対象患者は、
・ アルコール依存症と診断された方
・ 断酒ではなく、飲酒量低減を初期段階での治療目標とすることが適切と判断された方
・ 習慣的に多量飲酒をしている方
・ 緊急の治療を要するアルコール離脱症状(幻覚、痙攣、振戦 せん妄等)を呈していない方
・ お酒を飲む量を減らす意思のある方
となっています (医療法人 勤誠会 米子病院 HPより)。アルコール依存症でも初期、軽度の方に適している薬と言えそうです。
その他 (海外のみでの承認薬など)
海外では、抗てんかん薬のトピラマート (トピナ®) にアルコール依存症治療の可能性があると示唆されています。また、抗精神病薬のアリピプラゾール (エビリファイ®) とトピラマートの併用は、アルコールのみならずギャンブル依存症の治療法としても可能性が見出されています。ほかにも、興味深い以下のような報告がなされています。
肥満症治療薬がアルコール依存症を治療する?
欧州の研究者たちは新しい研究で、ウゴービ、オゼンピック、ビクトーザなどの GLP-1 受容体作動薬の使用が、アルコール依存症に苦しむ人々の飲酒を抑制するのに役立つ可能性を発表した。これは、これらの薬剤が依存症治療に使用できる可能性を示す最新の研究となる。
主な事実 フィンランドとスウェーデンの科学者たちは、17 年間のデータを使用した研究の結果を発表した。この研究では、アルコール使用障害と診断され、かつ肥満または2型糖尿病を抱える 22 万人以上を観察対象とした(この状態は、GLP-1受容体作動薬が最も一般的に治療に用いられるものだ)。研究によれば、オゼンピックやウゴービの有効成分であるセマグルチド、およびビクトーザの成分であるリラグルチドを服用している人々は、アルコール消費量の減少が起こり、アルコール関連の問題で入院するリスクが対照群よりも低かった(なお、すべての GLP-1 受容体作動薬で同様の効果があったわけではなく、セマグルチドおよびリラグルチドを含むものに限られた)。
アルコールを含めた依存症の治療薬開発は非常に難しいものと考えられますが、近年の他疾患治療薬の中には予期しないさまざまな薬効が見られるものもあり、ドラッグリポジショニングなどの観点から有望な医薬品に関しては素早い承認が望まれます。
おわりに
本法におけるアルコール依存症の治療はこの10数年で大きく進歩したと言えますが、重要なのは本人の意思や周りの理解・支援、そして自助グループへの参加になります。ひとりで抱え込まずに、悩みを打ち明け一緒に改善していける仲間の存在が最も治療に効果があると言われています。本記事では科学的な話に終始しましたが、依存症やその傾向で悩まれている方々は、依存症対策センターのホームページをご参照のうえ、地域の自助グループを訪ねてみてください。また各地に、アルコール依存症治療に特化した診療を行っている病院もあります (久里浜医療センター、船橋北病院、米子病院など)。入院治療以外にもカウンセリングやセミナー、独自の自助プログラムなどを行っているところもあるので、依存症は治療不可の病気ではなく、寛解を目指せる疾患として受診を始めてみてはいかがでしょうか。
































