[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

生体組織を人工ラベル化する「AGOX Chemistry」

[スポンサーリンク]

京都大学・浜地格らは、有機触媒としてピリジニウムオキシム(PyOx)を用い、N-アシル-N-アルキルスルホンアミド(NASA)をアシルドナーとするアシル化型タンパク質修飾法の開発に成功した。試験管内での反応に加え、生細胞系に対しても修飾を行うことができ、選択性・安定性・効率も高い。

”Affinity-Guided Oxime Chemistry for Selective Protein Acylation in Live Tissue Systems”
Tamura, T.; Song, Z.; Amaike, K.; Lee, S.; Yin, S.; Kiyonaka, S.; Hamachi, I.* J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 14181–14191. DOI: 10.1021/jacs.7b07339 (アイキャッチ画像は本論文より引用)

問題設定

生体内環境でのタンパク質の選択的ラベリングは、その構造・機能・挙動・集積を調べるのに有用なツールとなりうる。選択的ラベリング法としては、銅触媒によるアジド‐アルキン環化反応を始めとする様々な生体直交反応が知られている。
しかしながらこれら手法の多くは、

  • 遷移金属を用いるため毒性が高く、生細胞に適用しにくい
  • 遺伝子工学的手法で反応の足がかりとなる非天然構造を導入する必要があり、生体内機能に少なからず影響を及ぼす

などの問題があった。

技術や手法の肝

この問題に対し著者らは、タンパク質特異的なリガンドと有機触媒(DMAP)を組み合わせたリガンド結合部位近傍選択的なアシル化法、「affinity-guided DMAP(AGD) chemistry」を報告していた[1]。このケースではアシルドナーとしてはチオエステルを用いており、タンパク質にリガンド関与で結合したDMAPが求核攻撃を起こすと、活性アシルピリジニウム中間体が形成される。これによりリガンド近傍のLysでのみ反応が進行し、選択的なラベリングを行えるというコンセプトである。
ただこのAGD法にも以下の欠点が知られており、別の有機触媒/アシルドナーが必要とされていた。

  • DMAPの求核力を担保するために塩基性条件が必要(pH > 8)
  • チオエステルの反応性が高く、低温反応させないとバックグラウンドでの非選択的アシル化が進行してしまう。
  • チオエステルが生体条件で分解されてしまう

今回の論文で著者らは、ピリジニウムオキシム(PyOx)を有機触媒、N-アシル-N-アルキルスルホンアミド(NASA)をアシルドナーとした「affinity-guided oxime (AGOX) chemistry」を報告した。
PyOxは塩基性・求核性が高く、中性条件下で加水分解活性を示すことが知られている(pH7.2、37℃でp-nitrophenylacetateの加水分解速度を測定すると、PyOxはDMAPの9倍の活性を示した)。
一方NASAは既知のアシルドナーであり、アミドの一種でありながら求核攻撃を受けやすいため、ペプチド固相合成のC末端リンカーの接合部に用いられていた[2]。非天然構造のため酵素分解に安定であり、スルホニル部(R1)とアミド部(R2)の構造を調節可能である。また、チオエステルと比べると求電子性が低く、バックグラウンド反応も抑えられる。

このように、基本的なコンセプトはAGDと同様だが、いくつかの点で改善が見られている。

主張の有効性検証

PyOxに連結させるリガンドと、NASAアシルドナーの組み合わせを変えることで、様々なタンパク質修飾が可能になる。特に本論文において重要なクレームは

  1. リガンド-PyOx触媒を介した修飾のみが進み、バックグラウンド反応が起きない
  2. 中性・37℃で反応が進行する
  3. 生細胞系への応用可能性(細胞膜上のタンパク質を標的にできる)

の3点である。以下にこれを支持する実験結果を示す。

①FKBP12のビオチン修飾

FKBP12結合リガンド(SLF)とPyOxを連結させた分子(SLF-PyOx)を触媒として用い、Bt-NASAをビオチンドナーとして用い、タンパク質Lys残基のビオチン修飾を行なった。 NASA構造もいろいろ検討しているが、p-ニトロフェニル基を持つ図の構造が最も高い修飾効率を示した。リガンド近傍に位置する反応候補は二つ(Lys44, Lys52)あり、どちらも試薬を加えると定量的に変換されうる。

また、

  • PyOxがないと修飾は起きない
  • SLFに競合するFK506を入れると反応が起きなくなる
  • Bt-NASAはそのチオエステル版試薬より半減期が長い
  • チオエステル版試薬ではバックグラウンドでの反応が起きる

ことから、AGOX Chemistryに特徴的な反応性が示されている。

②生細胞表面における炭酸脱水素酵素(CAⅫ)のフルオレセイン修飾

膜に存在するタンパク質CAⅫを蛍光ラベルしている。ここではさらに触媒活性を上げるため、リガンド(SA)にPyOxを2分子備えたSA-diPyOxを用いている。

SA-diPyOxとフルオレセインラベル化試薬(FL-NASA)をpH7.2、37℃で細胞にかけると反応が進み、3時間で48%のCAが蛍光ラベル化されることがSDS-PAGEモニタリングによって明らかとなった。対照実験としてSA-triDMAPを用いるAGD chemistryでもラベル化を試みているが、非特異的なラベル化がかなり進行してしまう。なお、リガンド-CAII結合阻害剤(EZA)を加えると、やはり修飾は起きなくなる。

 膜表面のタンパク質が蛍光標識されることを利用し、レーザー光退色実験によりその拡散速度[3]も調べている。こちらはGFP融合タンパクで調べた値と一致している。

③マウス脳組織でのAMPARのフルオレセイン修飾

マウスの脳切片を用意し、神経細胞膜に含まれるα-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionic acid (AMPA)型グルタミン酸レセプター(AMPAR)を修飾している。リガンドにはPFQXを用いている。
これに関してもAGD系(PFQX-triDMAP)とAGOX系(PFQX-diPyOx)を比較しており、SDS-PAGEでの分析からAGOX系でのみ標識が達成されることを確認している。

議論すべき点

  •  以前の報告と比べると選択性がかなり改善されており、生細胞系にも適合性が高いことを示せている。使用可能なリガンド・アシルドナーの種類も多く、抗体の部位特異的修飾などにもそのまま転用できそうである。
  •  次なる課題は生細胞「内」化学反応への適用だろう。現在未達であることについては著者も言及している。PyOxのピリジン部のカチオン性が細胞膜透過性を著しく下げていることが原因のようだ。

参考文献

  1. (a) Koshi, Y.; Nakata, E.; Miyagawa, M.; Tsukiji, S.; Ogawa, T.; Hamachi, I. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 245. DOI: 10.1021/ja075684q (b) Wang, H-x.; Koshi, Y.; Minato, D.; Nonaka, H.; Kiyonaka, S.; Mori, Y.; Tsukiji, S.; Hamachi, I. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 12220. DOI: 10.1021/ja204422r (c) Hayashi, T.; Sun, Y.; Tamura, T.; Kuwata, K.; Song, Z.; Takaoka, Y.; Hamachi, I. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 12252. DOI: 10.1021/ja4043214 (d) Hayashi, T.; Yasueda, Y.; Tamura, T.; Takaoka, Y.; Hamachi, I. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 5372. DOI: 10.1021/jacs.5b02867 (d) Song, Z.; Takaoka, Y.; Kioi, Y.; Komatsu, K.; Tamura, T.; Miki, T.; Hamachi, I. Chem. Lett. 2015, 44, 333. doi:10.1246/cl.141065
  2. Heidler, P.; Link, A. Bioorg. Med. Chem. 2005, 13, 585. doi:10.1016/j.bmc.2004.10.045
  3. (a) Soumpasis, D. M. Biophys. J. 1983, 41, 95. (b) Sprague, B. L.; McNally, J. G. Trends Cell Biol. 2005, 15, 84. doi:10.1016/j.tcb.2004.12.001

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 特許の基礎知識(2)「発明」って何?
  2. プラズモンTLC:光の力でナノ粒子を自在に選別できる新原理クロマ…
  3. 高分子ってよく聞くけど、何がすごいの?
  4. ナノ合金の結晶構造制御法の開発に成功 -革新的材料の創製へ-
  5. 「決断できる人」がしている3つのこと
  6. 高分子材料におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用とは?
  7. あなたの合成ルートは理想的?
  8. 第97回日本化学会春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Pa…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 抗菌目薬あす発売 富山化学工業 国内初の小児適用
  2. 化学で「透明人間」になれますか? 人類の夢をかなえる最新研究15
  3. 創薬化学―有機合成からのアプローチ
  4. 乳化剤の基礎とエマルション状態の評価【終了】
  5. 有機合成化学協会誌2018年2月号:全アリール置換芳香族化合物・ペルフルオロアルキル化・ビアリール型人工アミノ酸・キラルグアニジン触媒・[1,2]-ホスファ-ブルック転位
  6. Process Mass Intensity, PMI(プロセス質量強度)
  7. リンダウ会議に行ってきた①
  8. AIと融合するバイオテクノロジー|越境と共創がもたらす革新的シングルセル解析
  9. 細胞が分子の3Dプリンターに?! -空気に触れるとファイバーとなるタンパク質を細胞内で合成-
  10. スズ化合物除去のニュースタンダード:炭酸カリウム/シリカゲル

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年3月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

注目情報

最新記事

分子糊 モレキュラーグルー (Molecular Glue)

分子糊 (ぶんしのり、Molecular Glue) とは、2個以上のタンパク質…

原子状炭素等価体を利用してα,β-不飽和アミドに一炭素挿入する新反応

第495回のスポットライトリサーチは、大阪大学大学院工学研究科 応用化学専攻 鳶巣研究室の仲保 文太…

【書評】現場で役に立つ!臨床医薬品化学

「現場で役に立つ!臨床医薬品化学」は、2021年3月に化学同人より発行された、医…

環状ペプチドの効率的な化学-酵素ハイブリッド合成法の開発

第494回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院生命科学院 天然物化学研究室(脇本研究室) 博…

薬学会一般シンポジウム『異分野融合で切り込む!膜タンパク質の世界』

3月に入って2022年度も終わりが近づき、いよいよ学会年会シーズンになってきました。コロナ禍も終わり…

【ナード研究所】新卒採用情報(2024年卒)

NARDでの業務は、「研究すること」。入社から、30代・40代・50代…と、…

株式会社ナード研究所ってどんな会社?

株式会社ナード研究所(NARD)は、化学物質の受託合成、受託製造、受託研究を通じ…

マテリアルズ・インフォマティクスを実践するためのベイズ最適化入門 -デモンストレーションで解説-

開催日:2023/04/05 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

ペプチド修飾グラフェン電界効果トランジスタを用いた匂い分子の高感度センシング

第493回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 物質理工学院 材料系 早水研究室の本間 千柊(ほ…

日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part 2

第一弾に引き続き第二弾。薬学会付設展示会における協賛企業とのケムステコラボキャンペーンです。…

Chem-Station Twitter

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP