[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

究極の黒を炭素材料で作る

[スポンサーリンク]

GREEN0603black1.PNG

歴史にも残っていないような遠い昔、かつて人類が火を手にしたとき、わたしたちは煙のススとともに、炭素の黒を目の当たりにしたはず。そして、ときは21世紀、人類が到達した究極の黒は、やはり同じくあの炭素でできていました。人類はどこまで完全なる黒に近づくことができたか、その決め手は森のように垂直に並べたカーボンナノチューブにありました。

図は論文[1]より

 

赤でも、青でも、緑でもなく。あらゆる波長の光を反射せず、そのためいかなる色とも混じろうとしない孤高の存在。それが、黒の本質と言われています。

例えば、カーボンブラック。かつては複写紙としても使われていました。確かに黒く見えますが、いくぶん光の照り返しがあるため、どんな色の光も反射しないで吸収するという意味では、完全な黒とはほど遠いでしょう。無秩序にただ炭素原子がそこにあるだけではダメなのです。

 

GREEN201209kuro.png

 

炭素の同素体であっても、カーボンナノチューブとは、炭素原子によって作られる六員環ネットワークのシートが、筒のように丸まったもののことです。ダイヤモンドフラーレンと同じく炭素原子だけからできています。加工次第で有用な性質を引き出せるため、カーボンナノチューブは、盛んに研究されています。とくに、炭素原子の作るシートがただ1枚からできたものは、単層カーボンナノチューブと呼ばれます。

 

  • カーボンナノチューブの森から容易には出られない

やはりそのままではダメで、通常の加工の場合、カーボンナノチューブは、完全な黒ではありません。ところが、近年になって日本の研究チームは、サイズのそろった単層カーボンナノチューブを、平坦な基盤の上で合成することに成功しました。この単層カーボンナノチューブを並べた、カーボンナノチューブのが、現在、完全なる黒に最も近い物質と呼ばれています。

厚さ10マイクロメートルを越えるカーボンナノチューブの森は、さながら樹木のように、およそ垂直方向に並んでいます。林立したこのカーボンナノチューブが、それぞれわずかに傾いている点が実はポイントで、角度が異なるため、カーボンナノチューブの森に入り込んだ光は隙間で反射を繰り返し、やがてすり減っていきます。入ったら容易には抜けられず、灯し火が尽きるまで彷徨い続ければならない、分子の世界に用意された深淵の暗闇が、カーボンナノチューブの森には広がっています。

GREEN0603black2.PNG

暗澹たる闇黒をまとったカーボンナノチューブの森 

 

  • 今までにない機能をひめた炭素材料

プランクの分布則と言えば、極微の世界を統べる量子力学のアイディアが興隆したきっかけのひとつとしても有名で、いわく「自然と放射される光の強さは、それぞれの波長ごと温度にともなって決定され、完全な黒色の物体ならば、光を入射してもすべてを吸収して反射しないため、これ以外の光は観察されない 」とのこと。

 

GREEN0603black3.PNG

実際には、数式で記述されており、ここから導かれる理想の黒を100パーセントとすると、カーボンナノチューブの森は98パーセント以上の完全に近い黒でした。この数値は、従来、知られていた他の材料の追随を許さないずば抜けた数値です。

このようにして、炭素材料は、究極の黒の王座に再び戻りました。

 

カーボンナノチューブは、従来の炭素材料とは異なるユニークな化学構造をしています。カーボンナノチューブをめぐる加工技術は洗練され、スポーツ用品から電子部品、はては宇宙開発まで、その期待ぶりは枚挙にいとまがありません。

まだまだ残暑も厳しく、太陽のまぶしい日々ですが、底知れぬ漆黒の色彩にはどのような可能性が隠されているのか、カーボンナノチューブの森に心ときめかせるのもよいかもしれません。

 

  • 参考論文

[1] "A black body absorber from vertically aligned single-walled carbon nanotubes" Kohei Mizuno et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 2009 DOI: 10.1073/pnas.0900155106

 

  • 関連書籍

 

 

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. ユシロ化学工業ってどんな会社?
  2. アルデヒドのC-Hクロスカップリングによるケトン合成
  3. 第37回ケムステVシンポ「抗体修飾法の最前線 〜ADC製造の基盤…
  4. 第54回天然有機化合物討論会
  5. 巻いている触媒を用いて環を巻く
  6. なぜあの研究室の成果は一流誌ばかりに掲載されるのか【考察】
  7. 理系で研究職以外に進んだ人に話を聞いてみた
  8. 第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで3 |第8回「有機合…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 混合試料から各化合物のスペクトルを得る(DOSY法)
  2. アメリカ企業研究員の生活③:新入社員の採用プロセス
  3. ヒドロホルミル化反応 Hydroformylation
  4. クリスティーナ・ホワイト M. Christina White
  5. 分子光化学の原理
  6. クラリベイト・アナリティクスが「引用栄誉賞2019」を発表
  7. サイエンス・コミュニケーションをマスターする
  8. 新型コロナウイルスの化学への影響
  9. スマイルス転位 Smiles Rearrangement
  10. Name Reactions: A Collection of Detailed Mechanisms and Synthetic Applications Fifth Edition

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年9月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜

第109回薬剤師国家試験 (2024年実施) にて、以下のような問題が出題されま…

産総研がすごい!〜修士卒研究職の新育成制度を開始〜

2023年より全研究領域で修士卒研究職の採用を開始した産業技術総合研究所(以下 産総研)ですが、20…

有機合成化学協会誌2024年4月号:ミロガバリン・クロロププケアナニン・メロテルペノイド・サリチル酸誘導体・光励起ホウ素アート錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年4月号がオンライン公開されています。…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP