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- 何をする反応か — 「F⁺ 等価体」として働く試薬で、炭素求核種(エノラート、シリルエノールエーテル、エナミン、電子豊富芳香環、有機金属など)にフッ素原子を 1 個付ける。現在の主役は、N–F 結合をもつ結晶性の固体試薬(Selectfluor・NFSI・N-フルオロピリジニウム塩)である。
- 何ができるか — カルボニル α 位のフッ素化、C–F 第四級不斉中心の触媒的構築、医薬品候補の後期段階フッ素化、さらに Ag・光レドックス触媒と組み合わせたカルボン酸や C–H からのラジカル的 C(sp³)–F 形成まで。N–F 試薬の反応性は約 8 桁の幅があり、基質に合わせて「強さ」を選べる。
- いつ使うか — F⁻ を使う求核的フッ素化(DAST、KF など)では入れられない位置、つまり炭素が求核側になる位置に F を入れたいとき。注意点は、原子効率の悪さと価格、そして Selectfluor が DMF・DMSO・ピリジンと発熱的に反応するなど溶媒との相性。
概要
フッ素原子は水素に次いで小さい置換基でありながら、電気陰性度は全元素中最大である。そのため、分子の形をほとんど変えずに電子状態・pKa・代謝安定性・立体配座を調節できる。C–F 結合は C–H 結合より強く、代謝を受けやすい位置の水素をフッ素に置き換える設計や、ラセミ化しやすい不斉中心の水素をフッ素に置き換えて立体を固定する設計にも使われる。医薬品・農薬・材料化学で含フッ素化合物の需要は大きく、その合成法の開発は今も活発である[24,25]。
C–F 結合をつくる方法は、フッ素の役割で二つに分かれる。フッ化物イオン(F⁻)を求核剤として使う求核的フッ素化と、フッ素を求電子剤(形式的な F⁺)として使う求電子的フッ素化である。後者は、エノラートや芳香環のように炭素側が電子を出す場面で C–F 結合をつくる。
初期の求電子的フッ素化剤は、フッ素ガス(F₂)、過塩素酸フルオリド(FClO₃)、CF₃OF などの O–F 試薬、XeF₂ であった。F₂ は極めて反応性・毒性・腐食性が高く専用設備が要り、O–F 試薬にも取り扱い上の大きなリスクがあった。XeF₂ は比較的安全だが高価である[24]。
転機は N–F 型試薬の登場である。1986年、梅本らは N-フルオロピリジニウムトリフラート(NFPI-OTf)とその誘導体を報告した[1]。ピリジン環の置換基を変えるだけでフッ素化力を段階的に調節できる点が画期的で、手順は Organic Syntheses にも収載された[4]。続いて DesMarteau らの N-フルオロペルフルオロアルキルスルホンイミド(1987年)[2]、Differding らの NFSI(N-フルオロベンゼンスルホンイミド, 1991年)[5]、Banks らの 1-アルキル-4-フルオロ-1,4-ジアゾニアビシクロ[2.2.2]オクタン塩(1992年)[3]が報告された。後者のうち 1-クロロメチル体の BF₄ 塩が Selectfluor(F-TEDA-BF₄) として市販され、現在もっとも広く使われる求電子的フッ素化剤となっている[6]。N–F 試薬の開発史は梅本らの総説に詳しい[24]。
2000年代以降は、触媒的不斉フッ素化(Ti[10]・Pd[11]錯体、有機分子触媒[12]、キラルアニオン相間移動触媒[13])、遷移金属を介した芳香族フッ素化[17–21]、そして N–F 試薬を「フッ素原子(F•)供与体」として使うラジカル的フッ素化[22,23]へと展開した。反応性の定量的な尺度も整備され[7,8]、試薬選択を経験則ではなく数値で議論できるようになっている。
反応機構
(1) 基本像:フッ素上での SN2 様置換
N–F 試薬では、電気陰性な窒素(多くはカチオン性またはスルホニル基で電子不足)にフッ素が結合している。求核的な炭素が F を攻撃し、N–F 結合が切れて窒素側が脱離基(ピリジン、スルホンイミドアニオン、DABCO 誘導体など)として外れる。
求電子的フッ素化の機構については、長く「SN2 型の二電子過程か、一電子移動(SET)を経るラジカル過程か」が議論されてきた[6]。現在は、炭素求核剤との反応については SN2 様の二電子過程を支持する速度論的証拠が積み上がっている。
- Rozatian らは、1,3-ジアリール-1,3-ジカルボニル(エノール形)を求核剤として 10 種の N–F 試薬の反応速度を測定した。Hammett 解析で負の ρ⁺ 値が得られ、活性化エントロピーも負であったことから、律速段階を SN2 様の二分子的フッ素移動と解釈している[7]。
- Wood らは、エノールエステルと Selectfluor の反応を調べた。シクロプロピル基を組み込んだ「ラジカル時計」基質が開環せずにフッ素化されること、σp⁺ とのよい相関、二分子的な速度式、¹³C 速度論的同位体効果から、酸素で安定化されたカルベニウムイオンを経る極性二電子機構を結論した[9]。なお、TEMPO はフッ素化剤そのものを分解してしまうため、ラジカル捕捉実験の判定には使えないことも指摘されている[9]。
(2) カルボニル化合物のα-フッ素化
ケトンやエステルは、そのままでは N–F 試薬との反応が遅い。そこで、
- エノール等価体に変換してからフッ素化する(シリルエノールエーテル、エノールエステル、エナミン)[4,16]
- 塩基や金属でエノラートを発生させる(1,3-ジカルボニル化合物は酸性度が高く、そのままでも反応しやすい)
- キラルな金属エノラートやエナミンを触媒的に発生させる(不斉フッ素化。後述)
のいずれかで求核性を上げる。シリルエノールエーテルでは、F が炭素に移ったのち、生じたオキソカルベニウム種からシリル基が外れて α-フルオロケトンになる。
(3) 反応性の尺度
N–F 試薬の「強さ」は試薬間で大きく異なる。
- Rozatian らのスケールでは、10 種の試薬の反応性が約 8 桁にわたった。最も強いのはペンタクロロ-N-フルオロピリジニウムトリフラートで、Selectfluor と 2,6-ジクロロ-N-フルオロピリジニウム塩はほぼ同程度、Synfluor は Selectfluor の約 1/10、NFSI や 2,4,6-トリメチル体・無置換の N-フルオロピリジニウム塩は Selectfluor より 4〜6 桁遅い。対アニオンの影響は小さい[7]。
- Mayr らも、エナミンやカルバニオンとの反応速度から N–F 試薬のフッ素化力を比較している[8]。
- 梅本らの N-フルオロピリジニウム塩では、環上の電子求引基が増えるほど(ピリジンの塩基性が下がるほど)フッ素化力が増し、それと引き換えに安定性は下がる[4,24]。
(4) もう一つの顔:フッ素原子供与体
N–F 結合は比較的弱いため、N–F 試薬はアルキルラジカルにフッ素原子を渡すこともできる。Sammis らは NFSI などの N–F 試薬がアルキルラジカルへのフッ素原子移動剤として働くことを示した[22]。光レドックス触媒などでカルボン酸からラジカルを発生させる脱炭酸的フッ素化[23]はこの性質を使っており、極性機構の「F⁺ 移動」とは別の経路である。
特徴・適用範囲・類似反応との比較
強み:
- 炭素求核種に直接 F を入れられる。 エノラート・エナミン・電子豊富芳香環・有機金属など、F⁻ では反応しない相手が対象になる。
- 主要な N–F 試薬は取り扱いやすい結晶性固体で、F₂ や O–F 試薬のような特殊設備が要らない[3,4,26]。ただし湿気を嫌うものもある[4]。
- 試薬の反応性を約 8 桁の範囲で選べる[7]。
- 触媒的不斉化が確立している(Ti・Pd・Ni 錯体、有機分子触媒、キラルアニオン相間移動触媒)[10–14]。
- ¹⁸F 標識(PET)や後期段階フッ素化にも応用が広がっている[20]。
弱み・注意点:
- 原子効率が悪い。 N–F 試薬は F₂ からつくられる F₂ の代替品であり、分子量の大部分が副生物(窒素塩基の共役酸など)になる。量論量以上を使い、価格も高い[26]。
- 溶媒との相性に注意が要る。 F⁺ 試薬の多くは一般的な溶媒と反応しうる。Selectfluor は DMF・ピリジン・DMSO と速やかに発熱的に反応するとされる[26]。
- 過剰フッ素化。 1,3-ジカルボニル化合物やエナミンではジフルオロ化が起こりやすい。エナミンと Selectfluor の反応は、むしろ α,α-ジフルオロカルボニル化合物の合成法として報告されている[16]。
- 酸化剤としての副反応。 Selectfluor は強い酸化剤でもあり、酸化されやすい基質(スルフィド、アミン、電子豊富なヘテロ環など)ではフッ素化より酸化が優先することがある。
- 非活性化芳香環は温和な N–F 試薬と反応しない。 単純なアリール金属化合物(ボロン酸など)も、N–F 試薬との直接反応では効率がよくない。この壁を越えるために Ag・Pd を介する方法が開発された[17–21]。
- 試薬自身の分解。 N-フルオロピリジニウムトリフラートは反応中に一部分解して 2-ピリジルトリフラートを副生する[4]。
主な N–F 試薬の比較
| 試薬 | 形状・入手性 | 反応性の目安 | 主な用途・特徴 |
|---|---|---|---|
| Selectfluor(F-TEDA-BF₄)[3,6] | 結晶性固体、市販 | 強い(N–F 試薬の中で上位)[7] | 最も汎用。MeCN・水に溶け、非極性溶媒には溶けにくい。酸化剤としても働く |
| NFSI[5] | 結晶性固体、市販 | Selectfluor より 4〜6 桁遅い[7] | 中性で有機溶媒に溶ける。不斉触媒反応やラジカル反応で多用[11,12,22] |
| N-フルオロピリジニウム塩(梅本試薬)[1,4] | 結晶性固体、市販 | 環置換基で弱〜最強まで調節可能[4,7] | 基質に合わせて強さを選べる。2,4,6-トリメチル体は酸化されやすい基質向け |
| N-フルオロペルフルオロアルキルスルホンイミド[2] | — | 高反応性 | 初期の N–F 試薬。Barnette の N-フルオロスルホンアミドより強い[24] |
| 超原子価ヨウ素フルオリド | フッ化物から調製 | — | 「毒性が低く扱いやすい」とされる試薬(下記反応例) |
類似反応との比較
| 方法 | フッ素源 | 炭素側の役割 | 得意な変換 | 主な弱点 |
|---|---|---|---|---|
| 求電子的フッ素化(本反応) | N–F 試薬(F⁺ 等価体) | 求核剤 | カルボニル α 位、不斉 C–F、電子豊富芳香環、後期段階フッ素化 | 原子効率・コスト、過剰フッ素化 |
| 脱酸素的フッ素化(DAST など) | S–F 試薬(F⁻ 放出) | 求電子剤(活性化アルコール) | OH → F、C=O → CF₂ | 熱的安定性、脱離副反応 |
| 求核置換・SNAr | KF・CsF・テトラアルキルアンモニウムフルオリド | 求電子剤 | ハロゲン化アルキル・電子不足芳香環 | F⁻ の溶媒和・塩基性 |
| Balz–Schiemann 反応 | ArN₂⁺BF₄⁻ の熱分解 | 求電子剤(アリールカチオン) | アニリン → アリールフルオリド | ジアゾニウム塩の熱的危険性 |
| ラジカル的フッ素化 | N–F 試薬(F• 供与体) | ラジカル | カルボン酸・C–H → C(sp³)–F | ラジカル発生の手段が別途必要 |
使い分けの目安: アルコールを F に置き換えるなら脱酸素的フッ素化、電子不足芳香環なら SNAr(Halex)。カルボニル α 位や C–F 第四級中心、電子豊富芳香環、あるいは合成終盤の分子に F を入れたいなら求電子的フッ素化が第一候補になる。試薬は、まず汎用の Selectfluor(極性溶媒)か NFSI(有機溶媒・不斉触媒)を試し、反応が遅ければより強い試薬へ、副反応(酸化・過剰フッ素化)が出ればより弱い試薬へ移る。
反応例
ステロイドの位置・立体選択的フッ素化(梅本試薬)[4]
エストロン 3-メチルエーテルのシリルエノールエーテルを N-フルオロピリジニウムトリフラートでフッ素化すると、16α-フルオロ体が主生成物として得られる(16β 体は約 4%)。同じ試薬が三置換と二置換のエノールシリルエーテルを区別できること、共役・非共役のビニルアセタートを区別できることなど、試薬の強さを選ぶことで位置選択性を制御できる例も紹介されている。
触媒的不斉フッ素化
- Ti–TADDOL 触媒(2000年): Hintermann と Togni は、単離可能な [TiCl₂(TADDOLato)] 錯体を触媒とし、Selectfluor で 2-置換 1,3-ジカルボニル化合物をエナンチオ選択的にフッ素化した(最高 90% ee)。触媒的不斉求電子フッ素化の最初の例とされる[10]。
- Pd 錯体触媒(2002年): 濱島・袖岡らは、カチオン性のキラル Pd アクア/μ-ヒドロキソ錯体を酸塩基触媒として β-ケトエステルからキラルな Pd エノラートを発生させ、NFSI で高エナンチオ選択的にフッ素化した[11]。エタノールなどのアルコール溶媒中で進み、空気や水分を厳密に除く必要がない点も実用的である。C–F 第四級不斉中心を触媒的につくる代表的手法となった。
- 有機分子触媒(2005年): Beeson と MacMillan は、イミダゾリジノン触媒によるエナミン形成を利用して、アルデヒドの直接的なエナンチオ選択的 α-フッ素化を報告した(NFSI)[12]。
- キラルアニオン相間移動触媒(2011年): Toste らは、Selectfluor が非極性溶媒に溶けないことを逆手に取り、キラルなリン酸アニオンとイオン対をつくった Selectfluor だけが溶液中で反応するように設計した。アルケンのフッ素化を伴う環化をエナンチオ選択的に進めている[13]。
- このほか、Ni(II)–dbfox 錯体によるカルボニル化合物の不斉フッ素化(柴田ら)[14]など、日本発の重要な寄与が多い。
ヨードトルエンジフルオリド(ArIF₂)
p-ヨードトルエンジフルオリド(p-TolIF₂)は、他のフッ素化剤と比べて毒性が低く、安定で扱いやすいとされる超原子価ヨウ素型のフッ素化剤である。稲垣・原らは、p-TolIF₂ を用いて環状エーテルのフッ素化を伴う環拡大を行い、含フッ素環状エーテルを立体選択的に合成した[15]。フッ素化と骨格の組み替えを一段で行える例である。
エナミンとの反応:α,α-ジフルオロカルボニル化合物
Peng と Shreeve は、エナミンと Selectfluor を温和な条件で反応させると、ジフルオロ化されたカルボニル化合物が得られることを報告した[16]。エナミンの求核性が高いため、モノフルオロ化で止まらずに二度目のフッ素化が進む例である。
アリール金属からの芳香族フッ素化
アリール金属化合物は求電子的フッ素化剤との反応性が低く、単純な方法ではフッ素化しにくい。Ritter らは、銀を介在させることでこの問題を解決した。すなわち、アリールスタナンを銀塩存在下で Selectfluor と反応させ、官能基をもつアリールフルオリドを得た[17]。同じ考え方をアリールボロン酸に広げ、AgOTf を介したフッ素化を報告した[18]。
その後、この系譜は Pd を用いる方法へ発展した。
- PET 用の後期段階フッ素化(2011年): フッ化物イオンから求電子的な Pd(IV)–F 試薬をつくり、¹⁸F を芳香環に導入する方法が報告された[20]。¹⁸F の半減期は約 110 分と短いため、短時間で標識できることが重要である。
- 芳香族 C–H の直接フッ素化(2018年): Pd(II) 触媒と温和な N–F 試薬から、触媒的に高反応性の金属フルオリド求電子種を発生させる方法が報告された。有機金属中間体を経ずに、配向基のない芳香環の C–H をフッ素化でき、医薬品も基質に含まれる[21]。
配向基を利用する Pd 触媒 C–H フッ素化としては、Sanford らによる 2-アリールピリジン類のオルト位フッ素化(N-フルオロピリジニウム塩, マイクロ波加熱)が先行例である[19]。
脱炭酸的フッ素化(ラジカル型)
MacMillan らは、Ir 光触媒と Selectfluor を組み合わせ、脂肪族カルボン酸を可視光下で直接アルキルフルオリドに変換した[23]。Selectfluor は電子受容体とフッ素原子供与体の二役を担う。最適化基質の N-ベンゾイルピペリジン-4-カルボン酸では 90%(NMR 収率)でフッ化物が得られ、一級・二級・三級カルボン酸に適用できる。
実験手順
標準的な実施例:N-フルオロピリジニウムトリフラートによるシリルエノールエーテルのフッ素化[4]
(A) シリルエノールエーテルの調製
- アルゴン下、エストロン 3-メチルエーテル 6.8 g(24 mmol) を乾燥ベンゼン 50 mL に溶かす。
- トリエチルアミン 4.0 mL(29 mmol) と TMSOTf 4.9 mL(25 mmol) を加え、1.5 時間加熱還流する。冷却すると二層に分かれる。
- ヘキサン 40 mL を加えて上層を分け取り、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液と水で洗い、硫酸マグネシウムで乾燥して濃縮する。淡黄色のエノールシリルエーテルが定量的(8.6 g)に得られる。湿気に弱いので精製せずに直ちに次へ使う。
(B) フッ素化
- (A) の生成物の入ったフラスコをアルゴン下に保ち、乾燥ジクロロメタン 50 mL を加える。
- N-フルオロピリジニウムトリフラート 6.5 g(26 mmol, 約 1.1 当量) を一度に加え、20〜25 ℃で 8 時間撹拌する。試薬の結晶が徐々に消え、溶液は橙色になる。
- 反応液を水に注ぎ、ジクロロメタン(60 mL × 3)で抽出する。炭酸水素ナトリウム水溶液と水で洗い、硫酸マグネシウムで乾燥・濃縮する。
- シリカゲルカラムクロマトグラフィー(シリカゲル 250 g、ジクロロメタン溶出)で精製すると、16α-フルオロエストロン 3-メチルエーテル 4.8 g(66%) が無色固体(mp 157 ℃)として得られる。原料ケトン 0.95 g(14%)が回収される。生成物には 16β 体が約 4% 含まれる。
スケールに関する注記: 2.5 倍スケールでは 78% で生成物が得られ、原料回収 11% と、試薬の分解物である 2-ピリジルトリフラート 12% が確認されている[4]。
試薬の調製(参考):N-フルオロピリジニウムトリフラート
アセトニトリル中、ピリジンとトリフルオロメタンスルホン酸ナトリウム(各 60 mmol)の混合物に、−40 ℃で 10% F₂/N₂ を吹き込み(F₂ 計 0.12 mol)、NaF をろ過で除いて結晶化させる(純品 68–70%)。F₂ を扱うため、F₂ 対応の減圧弁・流量計、排ガスのアルミナトラップなど専用設備が必須であり、通常は市販品を購入する。得られた塩は乾燥雰囲気下で長期間安定とされる。
実験のコツ・テクニック
- 試薬の「強さ」を基質に合わせる。 N–F 試薬の反応性は約 8 桁の幅がある[7]。反応しなければ強い試薬へ、酸化や分解が出れば弱い試薬へ。梅本試薬なら、2,4,6-トリメチル体はカルバニオン・エナミン・スルフィドのような酸化されやすい基質に、無置換体はエノールエーテルやシリルエノールエーテルに、ジクロロ体以上は芳香環やアルケンに、という目安が示されている[4]。
- Selectfluor の溶媒選び。 定番はアセトニトリル(水との混合も可)。DMF・DMSO・ピリジンとは速やかに発熱反応するとされるので避ける[26]。カチオン性の N–F 試薬は水中でも使える[26]。新しい溶媒・添加剤と組み合わせる前には、小スケールで相性を確認する。
- Selectfluor は非極性溶媒に溶けない。 CH₂Cl₂ やトルエンでは不均一系になる。これを逆に利用したのがキラルアニオン相間移動触媒[13]である。
- NFSI は有機溶媒に溶ける中性試薬。 THF・トルエン・CH₂Cl₂ などで均一系にしたいとき、また金属触媒・有機分子触媒の不斉反応で使いやすい[11,12]。
- 当量で mono/di を制御する。 活性メチレン化合物やエナミンは二度目のフッ素化が速いことがある[16]。モノフルオロ体が欲しい場合は試薬をわずかに過剰(1.0〜1.1 当量)にとどめ、低温・逐次添加・反応追跡で止めどきを見極める。
- シリルエノールエーテルは湿気に弱い。 調製後すぐに使う[4]。加水分解すると原料ケトンが回収されるだけになる。
- ¹⁹F NMR で追跡する。 試薬の N–F シグナル(N-フルオロピリジニウムトリフラートの N–F が δ 48.8、CF₃ が δ −77.6)と生成物の C–F シグナルは離れて出るので、反応の進行と試薬の残量を同時に確認できる[4]。
- ラジカル捕捉実験の解釈に注意。 TEMPO はフッ素化剤自体を分解するため、TEMPO で反応が止まっても直ちにラジカル機構の証拠とはならない[9]。
- 保管と安全。 N–F 試薬は酸化剤であり、還元剤・可燃物と分けて保管する。熱安定性や保管温度はメーカーの SDS で必ず確認する。F₂ は 20% 以下に希釈して専用設備で扱う[4]。
- 後処理。 Selectfluor の副生物(DABCO 由来の塩)や NFSI 由来のベンゼンスルホンイミドは水洗・塩基洗浄で除きやすい。
参考文献
【原著・試薬開発】
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- Singh, S.; DesMarteau, D. D.; Zuberi, S. S.; Witz, M.; Huang, H. N. “N-Fluoroperfluoroalkylsulfonimides. Remarkable New Fluorination Reagents” J. Am. Chem. Soc. 1987, 109, 7194–7196. DOI: 10.1021/ja00257a051
- Banks, R. E.; Mohialdin-Khaffaf, S. N.; Lal, G. S.; Sharif, I.; Syvret, R. G. “1-Alkyl-4-fluoro-1,4-diazoniabicyclo[2.2.2]octane salts: a novel family of electrophilic fluorinating agents” J. Chem. Soc., Chem. Commun. 1992, 595–596. DOI: 10.1039/C39920000595
- Umemoto, T.; Tomita, K.; Kawada, K. “N-Fluoropyridinium Triflate: An Electrophilic Fluorinating Agent” Org. Synth. 1990, 69, 129; Coll. Vol. 8, 286. DOI: 10.15227/orgsyn.069.0129
- Differding, E.; Ofner, H. “N-Fluorobenzenesulfonimide: A Practical Reagent for Electrophilic Fluorinations” Synlett 1991, 187–189. DOI: 10.1055/s-1991-20673
【機構・反応性】
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- Wood, S. H.; Etridge, S.; Kennedy, A. R.; Percy, J. M.; Nelson, D. J. “The Electrophilic Fluorination of Enol Esters Using SelectFluor: A Polar Two-Electron Process” Chem. Eur. J. 2019, 25, 5574–5585. DOI: 10.1002/chem.201900029
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- Rauniyar, V.; Lackner, A. D.; Hamilton, G. L.; Toste, F. D. “Asymmetric Electrophilic Fluorination Using an Anionic Chiral Phase-Transfer Catalyst” Science 2011, 334, 1681–1684. DOI: 10.1126/science.1213918
- Shibata, N.; Kohno, J.; Takai, K.; Ishimaru, T.; Nakamura, S.; Toru, T.; Kanemasa, S. “Highly Enantioselective Catalytic Fluorination and Chlorination Reactions of Carbonyl Compounds Capable of Two-Point Binding” Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 4204–4207. DOI: 10.1002/anie.200501041
【反応例・応用】
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- Peng, W.; Shreeve, J. M. “Reactions of Enamines with Selectfluor: A Straightforward Route to Difluorinated Carbonyl Compounds” J. Org. Chem. 2005, 70, 5760–5763. DOI: 10.1021/jo0506837
- Furuya, T.; Strom, A. E.; Ritter, T. “Silver-Mediated Fluorination of Functionalized Aryl Stannanes” J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 1662–1663. DOI: 10.1021/ja8086664
- Furuya, T.; Ritter, T. “Fluorination of Boronic Acids Mediated by Silver(I) Triflate” Org. Lett. 2009, 11, 2860–2863. DOI: 10.1021/ol901113t
- Hull, K. L.; Anani, W. Q.; Sanford, M. S. “Palladium-Catalyzed Fluorination of Carbon−Hydrogen Bonds” J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 7134–7135. DOI: 10.1021/ja061943k
- Lee, E.; Kamlet, A. S.; Powers, D. C.; Neumann, C. N.; Boursalian, G. B.; Furuya, T.; Choi, D. C.; Hooker, J. M.; Ritter, T. “A Fluoride-Derived Electrophilic Late-Stage Fluorination Reagent for PET Imaging” Science 2011, 334, 639–642. DOI: 10.1126/science.1212625
- Yamamoto, K.; Li, J.; Garber, J. A. O.; Rolfes, J. D.; Boursalian, G. B.; Borghs, J. C.; Genicot, C.; Jacq, J.; van Gastel, M.; Neese, F.; Ritter, T. “Palladium-catalysed electrophilic aromatic C–H fluorination” Nature 2018, 554, 511–514. DOI: 10.1038/nature25749
【ラジカル的フッ素化】
- Rueda-Becerril, M.; Chatalova Sazepin, C.; Leung, J. C. T.; Okbinoglu, T.; Kennepohl, P.; Paquin, J.-F.; Sammis, G. M. “Fluorine Transfer to Alkyl Radicals” J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 4026–4029. DOI: 10.1021/ja211679v
- Ventre, S.; Petronijevic, F. R.; MacMillan, D. W. C. “Decarboxylative Fluorination of Aliphatic Carboxylic Acids via Photoredox Catalysis” J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 5654–5657. DOI: 10.1021/jacs.5b02244
【総説・ガイド】
- Umemoto, T.; Yang, Y.; Hammond, G. B. “Development of N-F fluorinating agents and their fluorinations: Historical perspective” Beilstein J. Org. Chem. 2021, 17, 1752–1813. DOI: 10.3762/bjoc.17.123
- Kirk, K. L. “Fluorination in Medicinal Chemistry: Methods, Strategies, and Recent Developments” Org. Process Res. Dev. 2008, 12, 305–321. DOI: 10.1021/op700134j
- ACS GCI Pharmaceutical Roundtable Reagent Guides, “Specific Solvent Issues with Fluorination” / “Nitrogen-Based Fluorinating Agents”(Web).
関連反応
関連書籍
Fluorine-Containing Reagents (Handbook of Reagents for Organic Synthesis)
Aromatic Fluorination (New Directions in Organic & Biological Chemistry)
外部リンク
- Electrophilic fluorination – Wikipedia(英語)
- フッ素 – Wikipedia(日本語)
- Selectfluor – organic-chemistry.org
- Synthesis of fluoroketones and fluoroaldehydes – organic-chemistry.org
- Organic Syntheses, Coll. Vol. 8, p. 286(N-フルオロピリジニウムトリフラート)
- Nitrogen-Based Fluorinating Agents — ACS GCI Pharmaceutical Roundtable Reagent Guide
- Specific Solvent Issues with Fluorination — ACS GCI Pharmaceutical Roundtable Reagent Guide
- Development of N-F fluorinating agents and their fluorinations: Historical perspective(Beilstein J. Org. Chem., オープンアクセス)
- A quantitative reactivity scale for electrophilic fluorinating reagents(Chem. Sci., オープンアクセス)
- Scale ranks reactivity of fluorinating reagents(Chemistry World)
- Late-Stage Fluorination(Max-Planck-Institut für Kohlenforschung, Ritter グループ)
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