[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

(-)-ウシクライドAの全合成と構造決定

[スポンサーリンク]

“Exploiting Orthogonally Reactive Functionality: Synthesis and Stereochemical Assignment of (-)-Ushikulide A”
Trost, B. M.; O’Boyle, B. M. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 16190. doi:10.1021/ja807127s

スタンフォード大学・Trostらによる報告です。今回取り上げる化合物・ウシクライドA(Ushikulide A)ですが、彼らのグループが合成に着手した時点では、立体化学が全く決まっていませんでした。

そこでひとまず彼らは、立体化学決定済みの類似構造天然物Cytovaricinの構造を参考に、下記構造だと推定して全合成に取りかかっています。

 

ushikulideA_2.gifこのようなケースでは、合成したはいいが天然物と合成品の立体化学が違う、ということが当然ながら起こりえます。多くの場合、とにかく完成させて分析結果を比較しないとダメで、最後の最後まで違いが分かりません。こういう高いリスクを織り込み済みで研究を進めなくてはならない・・・というのが頭の痛いところです。

このような場合、すなわち全合成で天然物の三次元立体構造を確定しようとする場合には、“全ての不斉点を状況に応じて変更できる方法論”を用いつつも、それを各フラグメント毎に実行可能な“収束性の高い合成ルートの設定”、という研究戦略が必要不可欠となります。

上記目的に合致する方法論は、現代ではすなわち(触媒的)不斉合成法をベースとしたものになります。下記に逆合成ルートと鍵反応の概要を示しておきますが、実際、ほとんどの不斉点がreagent/catalyst controlの手法を用いて構築されていることがわかります(詳細は論文をご覧ください)。

ushikulideA_3.gif

 不斉点を制御するための、古今東西あらゆる技術が盛り込まれている全合成といえます。3ページのコミュニケーションですが、読み応えは満点です。論文紹介セミナーなどに適した論文ではないでしょうか。

 ラボが独自に開発した反応を、全合成へ応用して有用性をデモンストレーションするという研究例は多くあります。しかしながら、反応にあわせた基質デザインを必要とし、冗長で非効率的なルートになってしまうという、本末転倒な結果にもなりがちです。鍵反応の持つ制約ゆえに、適用可能な化合物の大きさに限界がある、というのが多くの方法論が持つハードルだといえます。

Trostグループは、常時、独自に開発した反応・方法論を用いて全合成を行っています。にも関わらず、彼らのグループからは、今回のようにかなりの巨大ターゲットが報告されることも少なくありません。彼らが開発する方法論には、“収率・化学選択性・汎用性が高い”という以上のファクターがあるように思えます。つまり反応の結合生成様式そのものが、有機合成の本質を突いているのでしょう。それゆえ無駄の出ないルート設定、ひいては巨大複雑天然物の合成を可能としているのだと思われます。流石に“アトムエコノミー”を謳うだけのことはあるな、と感じます。

 

ちなみに、Trost教授以外の共著者はただ一名。つまりこれだけの仕事をたった一人が現実的にやってのけていることになりますが・・・ちょっと信じられない話に思えます。

(追記) 先日Trost教授のこの話を盛り込んだお話を3時間たっぷり聞かせていただきました。長時間の講演にも関わらず非常にアクティブで面白い講演。齢70に近いにもかかわらず、いまだ第一線を走っている化学者の一人ですね。若手も負けずにがんばらなければなりません(ブレビ)。

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌3月号:鉄-インジウム錯体・酸化的ハロゲン化反…
  2. 有機合成化学協会誌7月号:ランドリン全合成・分子間interru…
  3. 複雑にインターロックした自己集合体の形成機構の解明
  4. 静電相互作用を駆動力とする典型元素触媒
  5. 東大、京大入試の化学を調べてみた(有機編)
  6. 創薬・医療系ベンチャー支援プログラム”BlockbusterTO…
  7. テトラサイクリン類の全合成
  8. 100年前のノーベル化学賞ーリヒャルト・ヴィルシュテッター

注目情報

ピックアップ記事

  1. アセタール系保護基 Acetal Protective Group
  2. ハロゲン移動させーテル!N-ヘテロアレーンのC–Hエーテル化
  3. 100兆分の1秒を観察 夢の光・XFEL施設公開
  4. ハッピー・ハロウィーン・リアクション
  5. 創薬・医療分野セミナー受講者募集(Blockbuster TOKYO研修プログラム第2回)
  6. メチオニン選択的なタンパク質修飾反応
  7. 毒劇アップデート
  8. 【速報】Mac OS X Lionにアップグレードしてみた
  9. 世界5大化学会がChemRxivのサポーターに
  10. 実験条件検討・最適化特化サービス miHubのメジャーアップデートのご紹介 -実験点検討と試行錯誤プラットフォーム-

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2008年11月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP