[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

高分子と低分子の間にある壁 1:分子量分布

[スポンサーリンク]

Chem-Stationを閲覧されている方は「有機化学」の分野の方が多いように思います。
「有機化学」というと慣例的に有機”低分子”を扱う化学とされ、”高分子”を扱う「高分子化学」とは区別されています。

筆者は大学~社会人の数年間は「高分子化学」に携わっていたのですが、異動になり、今は「有機”低分子”化学」を主に扱っています。
両者を経験してみて、その間にある壁の存在を改めて感じましたので、一般的かどうかはわかりませんが、筆者の経験談として紹介したいと思います。


紹介が遅れましたが、スタッフとして新しく入りましたきのんと申します。
今後とも、よろしくお願いいたします。この記事が私の最初の記事になります。

 

2つの分子量 ~数平均Mnと重量平均Mwは何が違う?~

分子量分布は高分子化学の教科書の最初の方に出てきますが、これがまた低分子ばっかりさわってる人にとっては厄介な概念であるかもしれません。
低分子では十分に精製して単一分子として議論をすることが多いため、様々な分子量の分子が混ざっている高分子を直感的に理解することができないようです。

高分子化学では数平均分子量Mn重量平均分子量Mwという2種類の分子量があります。
(ほかにもいっぱいありますが、基本はこの2つです)
低分子のように単一分子であれば、MnとMwが一致し、分布を持つと必ずMn<Mwとなります。
よって、Mw/Mnの値が大きいほど分布が広く、小さいほど分布が狭い、1に近づくほど単一分子、ということになります。

では、なぜこの2つの分子量MnとMwを使い分けているかというと、ざっくり言ってしまえば、Mnは計算用、Mwは物性議論用です。

極端な例として、分子量1,000の分子と1,000,000の分子が同じ”数”だけ入っている高分子で考えます。

1g中に何molの分子があるか?と言われたら、

1000*(x/2)+1000000*(x/2) = 1ですから、
x = 1/500500(=1.998E-6)になります。

一方、数平均分子量は、それぞれの分子の(個数)存在比は1/2ですから
Mn = 1000*(1/2)+1000000*(1/2) = 500500
となり、1g中何molかという計算をMnを用いて計算しても同じ答えになることがわかります。

一方、1g中何gが分子量1000の分子か、と問われたら、

上記のxの値を利用して、
1000*(1/500500)/2 = 1000/1001000 = 0.000999gとなり、
同じ個数とはいえ、分子量1000の分子はほとんど入っていないことになります。
逆に分子量1000000の分子は0.999001g入っているということですね。
両分子の密度が同じだとすると、この分子の体積のほとんどが分子量1000000の分子で占められていることになります。
この高分子を使った膜の強度や耐熱性を測定する場合は、ほとんどを占めている分子量1000000の性質が色濃く反映されると考えるのが自然ですよね。
これを加味した分子量として重量平均分子量Mwが使われています。

この高分子の場合は
Mw = 1000*1000/1001000+1000000*1000000/1001000 = 999001
となり、Mnと比べてかなり1000000に近いことがわかります。

 

分子量設計 ~狙った分子量のポリマーをどうやって作る?~

高分子材料を評価する場合、必ずどこかで「分子量効果」を調査します。
そのときはMw = 5000, 20000, 50000というように、Mwで狙いをつけて合成します。
材料の物性と分子量の関係を見たいわけですからMwをふるというのは自然の感覚です。

ポリウレタンなどは仕込みモノマー比から理論的な分子量を簡単に計算できます。
反応の濃度や温度は基本的に関係ありません(もちろん例外はあります)。
ここで計算できる分子量はMnなのですが、分布(Mw/Mn)は同じ合成をしているとあまり変化しないので、一度経験があれば狙ったMwで合成することも容易です。

筆者が初めて合成する樹脂の場合、Mw/Mn=2と仮定して合成しています。

アクリル樹脂は、ウレタン樹脂ほど一筋縄ではいきません。
アクリルの溶液重合の場合は、モノマー、重合開始剤、溶剤を入れるわけですが、モノマー濃度、開始剤濃度、重合温度、そしてそれぞれの添加の仕方(何を最初にフラスコに入れて、何を滴下で入れるかなど)様々なファクターが分子量に影響してきます。
理論的に考えて分子量を設計することもできるはずですが、周囲の先輩方を見ている限りでは、一人ひとり、自分流の標準処方というのを持っていて、

まずそれで作ってみて、じゃぁこう変えたら分子量倍くらいになるかな?って感じで分子量をふっていきます。

まさに職人技です。
筆者は溶液重合(均一系)でしか重合したことありませんが、乳化重合のような不均一系だとさらに複雑で、これをずーっとやってる人なんかもいるのですごいなぁと感心します。

MnとMw、それぞれの意味を理解する多少の助けにはなったでしょうか。

もし、Mwにここまで明確な物理的な意味がなかったら、正規分布のように平均値と標準偏差で分布が表現されていたかもしれませんね。

分子量分布にもいろいろ高分子と低分子の壁はあるのですが、記事が長くなってしまったので、あらためて書くことに致します。

きのん

投稿者の記事一覧

化学メーカーの研究開発をしております。大学時代は光電変換、特に有機薄膜太 陽電池の研究に携わっていました。今は有機化学と高分子化学の間のような仕事 をしております。音楽好き

関連記事

  1. 金と炭素がつくりだす新たな動的共有結合性を利用した新たな炭素ナノ…
  2. ChemDraw for iPadを先取りレビュー!
  3. 第99回日本化学会年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part…
  4. 有機合成化学協会誌2021年6月号:SGLT2阻害薬・シクロペン…
  5. マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例 -なぜあの企業は…
  6. 光照射による有機酸/塩基の発生法:①光酸発生剤について
  7. 危ない試薬・面倒な試薬の便利な代替品
  8. 葉緑素だけが集積したナノシート

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第一製薬、仏サノフィに脳梗塞予防薬の営業権を返還
  2. House-Meinwald転位で立体を操る
  3. メカニカルスターラー
  4. 【追悼企画】水銀そして甘み、ガンへー合成化学、創薬化学への展開ー
  5. アステラス製薬、抗うつ剤の社会不安障害での効能・効果取得
  6. 青色発光ダイオードの赤﨑勇氏らに京都賞
  7. 除虫菊に含まれる生理活性成分の生合成酵素を単離
  8. ペプチドの精密な「立体ジッパー」構造の人工合成に成功
  9. ペロブスカイト太陽電池の学理と技術: カーボンニュートラルを担う国産グリーンテクノロジー (CSJカレントレビュー: 48)
  10. 第96回日本化学会付設展示会ケムステキャンペーン!Part I

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2010年6月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP