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化学者のつぶやき

揮発した有機化合物はどこへ?

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有機化合物の中には、蒸発しやすいもの(揮発性の物質)がたくさんあります。研究室でおなじみのアセトンやメタノール、化石燃料から排出されるベンゼンやホルムアルデヒド。また、天然の植物も、イソプレンやテルペン類などの揮発性化合物を排出しています。こういった化合物は、常温で簡単に気体となって大気中に出て行きますが、その後は一体どうなるのでしょうか?有機物が大気中で酸化されていくプロセスは複雑で、詳しく追跡することはできません。

マサチューセッツ工科大学のJesse H. Kroll教授らは、7.5 m3の密閉容器内で、α-ピネンというテルペン化合物が光酸化反応やオゾン分解によって変化していく様子を調べました。彼らは、様々な質量分析計を備えた最新の手法により、系中のほぼ全ての炭素の化学変化を追跡することに成功しました。

“Chemical evolution of atmospheric organic carbon over multiple generations of oxidation”

Isaacman-VanWertz, G.; Massoli, P.; O’Brien, R.; Lim, C.; Franklin, J. P.; Moss, J. A.; Hunter, J. F.; Nowak, J. B.; Canagaratna, M. R.; Misztal, P. K.; Arata, C.; Roscioli, J. R.; Herndon, S. T.; Onasch, T. B.; Lambe, A. T.; Jayne, J. T.; Su, L.; Knopf, D. A.; Goldstein, A. H.; Worsnop, D. R.; Kroll, J. H. Nat. Chem. 2018. DOI: 10.1038/s41557-018-0002-2

1. 大気中の有機物は、環境に影響をあたえる

揮発性の有機化合物(VOC; volatile organic compound)は、大気中で様々に反応します。例えば、大気中の二酸化窒素(NO2)と混ざり、太陽の光を受けると、刺激性の化合物、ペルオキシアシルナイトレート(PAN)を生成します(図1)。都市部に住んでいる人は、空に白いもやがかかっているのをたまに目にすることがあるかと思いますが、PANは、光化学スモッグと呼ばれるその現象の原因物質の一つです。

図1. 大気中での有機化合物と窒素酸化物との反応例。

また、大気中に出た有機化合物は、酸化されて沸点の低い化合物に変化することもあります。そうしてできた分子が凝縮したり、他の分子とくっついたりして、PM2.5のような微小粒子が形成されます。

さて、このような揮発性有機化合物は、大気中でCO2になるまで酸化されるか、途中で地表に堆積して大気中から除かれるかの道を辿ります。しかし、そのプロセスは複雑で、どの時点でどのような化合物ができているのか、はっきりとは分かっていません。特に研究が困難な理由は、大気中での化合物の検出・定量が難しいことや、一つの化合物から様々な酸化物が得られることです。

今回紹介する論文で、Kroll教授らは、密閉された反応容器内で、揮発性化合物のα-ピネンが光酸化やオゾン分解によって酸化していく様子を調べました。彼らは、様々な質量分析装置によって、生成された化合物を経時的に定量・同定し、α-ピネンとして導入した炭素の行方を102±20%の収量で追跡することに成功しました。

2. テフロン製バッグ内での酸化実験

特定の化合物の酸化の様子を調べるには、外部との炭素のやりとりがない反応系が必要です。そこで、Kroll教授らは、大きなテフロン製の反応容器を用意しました(図2a)。この反応容器は、以下のような様々な分析装置と接続されており、生成された化合物をリアルタイムで追跡することができます。

見慣れない装置の名前がたくさん…、と思われるかもしれませんが、基本的に質量分析計では、試料をイオン化して電場や磁場で分離することで、未知試料に含まれる化合物の化学式やその量がわかります。彼らは反応容器中で(i)HONO存在下でのヒドロキシラジカルによる光酸化や(ii)オゾン分解を行い、上記の分析装置を用いて生成物を同定・定量しました(図2b)。

図2. (a) 75 m3のテフロン製密閉バッグ。(Virginia Tech Newsより)(b) α-ピネンの酸化反応。

図3は、α-ピネンをヒドロキシラジカルで光酸化した際の、各生成物の炭素数濃度(濃度(ppb)に炭素数をかけたもの)の経時変化を表しています。酸化反応を開始すると、α-ピネンの濃度が減少し、気体状生成物(gOC)や粒子状の生成物(pOC)がそれぞれ増加していることが分かります。気体状生成物では、一酸化炭素(CO)やホルムアルデヒド、ギ酸、酢酸、アセトン、ピノンアルデヒドが検出されており、これらは測定終了時点で41±5%を占めています。また、C3H4O4のように化学式は分かっても化学構造が分かっていない’unidentified’な物質もたくさん検出されています。

8時間の測定を終えた時点で、これらの分析装置によって検知された総炭素量は、α-ピネンとして容器に導入した炭素量の102±20%となっています。つまり、測定終了時には、反応系に存在するほぼ全ての炭素を検知することができたということになります。ちなみに、測定の初期では全炭素量(点線)と比べて検出された総炭素量が少なくなっていますが、これは、反応初期に生成される化合物が不安定でうまく検出されなかったからだと考えられています。これらの化合物はさらに酸化されてより安定な化合物へと変化するので、測定終了時には高い炭素収量が得られているのだと考えられます。

図3. α-ピネンの光酸化における各物質の炭素数濃度変化(論文より)。270分後に酸化剤(HONO)をさらに追加。TILDASで検出されているCO以外の物質は、ギ酸とホルムアルデヒド。グラフ右側のバーは、各測定・全測定の不確かさを示す。下側のグラフは、系内のヒドロキシラジカル濃度(赤線)と、大気中に換算した経過時間(青の点線)を示す。

3. 生成物の化学特性の分析

さて、上記ではα-ピネンからできる化合物の種類やその割合を経時的に示すことができたわけですが、生成物の化学特性については何が言えるでしょうか。測定によって各分子の化学式(CxHyOz)が分かったので、それをもとに揮発度c*(µg/m3)や炭素の平均酸化数OSC、大気中での寿命τ(h)を算出することができます。[1, 2] 図4は、各生成物の寿命から計算した、系中の化合物のヒドロキシラジカルとの反応性を経時的に示しています。初めは反応性が高かった化合物も、酸化が進むにつれて反応性が下がっていきます。グラフから、化合物が大気に出て3時間程度で反応性の低い物質へと変化する(反応性が最初のe分の1になる)ということが分かります。

図4. ヒドロキシラジカルとの反応性の時間変化(炭素数に重みをかけて算出した系全体での平均値)。点線は指数近似曲線(減衰定数:2.8 h)。(論文より)

4. おわりに

Kroll教授らは、模擬的につくった大気環境で、有機化合物が化学反応を経て変化していく様子を網羅的に追跡しました。ここで得られる情報は、地球の気候変動を予測したり、大気汚染物質を低減するためにとても重要です。地球の環境を守ることは、国連や世界各国が掲げる最重要課題の一つですが、そのために化学が果たせる役割は大きいと思います。

参考文献

  1. Daumit, K. E.; Kessler, S. H.; Kroll, J. H. 
Faraday Discuss. 2013, 165, 181. 
DOI: 10.1039/C3FD00045A
  2. Kroll, J. H.; Donahue, N. M.; Jimenez, J. L.; Kessler, S. H.; Canagaratna, M. R.; Wilson, K. R.; Altieri, K. E.; Mazzoleni, L. R.; Wozniak, A. S.; Bluhm, H.; Mysak, E. R.; Smith, J. D.; Kolb, C. E.; Worsnop, D. R. Nat. Chem. 2011, 3, 133. 
DOI: 10.1038/nchem.948

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kanako

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大学院生。化学科、ケミカルバイオロジー専攻。趣味はスポーツで、アルティメットフリスビーにはまり中。

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