[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アレーン三兄弟をキラルな軸でつなぐ

[スポンサーリンク]

パラジウム/キラルノルボルネン触媒によるヨードアレーンとブロモアレーン、およびアリールボラートとのアトロプ選択的なoターフェニル合成法が報告された。本反応により一挙に二つの軸不斉ビアリール結合が形成できる。

アトロプ選択的o-ターフェニル合成

軸不斉(アトロプ異性)ビアリール化合物は、生物活性分子、不斉配位子や不斉有機触媒に多くみられる。これまでに報告されたアトロプ選択的ビアリール合成法は一つの軸不斉導入法が中心であり、二つの軸不斉を一挙に構築できる手法の開発は挑戦的な課題である。二つの軸不斉を有する化合物の一つとしてo-ターフェニルが挙げられる。2006年に柴田らは、キラルイリジウム触媒を用いたトリエンの分子内[2+2+2]環化反応を開発し、高立体選択的に二つの軸不斉をもつo-ターフェニル合成に成功した(Figure 1A)[1]。これはo-ターフェニル合成の先駆的な例である。また、Zhouらは、1)不斉[3+2]付加環化、2)トシル化、3)酸化反応による点不斉-軸不斉転写、という三工程を経る2,3-ジアリールベンゾインドール合成を達成した(Figure 1B)[2]。しかし、用いる原料の特殊性と、得られる生成物の構造多様性の拡大が難しいという課題を残し、より汎用性の高いo-ターフェニル骨格構築法の開発が求められた[3]
一方で、武漢大学のZhou教授らは2020年に、パラジウムとキラルなノルボルネンの触媒系(Pd/(+)-N1*)によるエナンチオ選択的ビアリール合成法を報告した(Figure 1C)[4]。中間体Aの還元的脱離により軸不斉ビアリール結合を形成できることが鍵である。今回、彼らは同様の触媒系を用いることで、入手容易なヨードアレーン1、ブロモアレーン2、アリールボラート3の三成分連結反応が進行し、一工程でアトロプ選択的に種々のo-ターフェニル4が得られることを見いだした(Figure 1D)。

Figure 1. (A) 柴田らの反応 (B) Zhou, L.らの反応 (C) Zhou, Q.らの反応 (D) 今回の反応

 

“Catalytic Synthesis of Atropisomeric o‐Terphenyls with 1,2-Diaxes via Axial-to-Axial Diastereoinduction”

Gao, Q.; Wu, C.; Deng, S.; Li, L.; Liu, Z.-S.; Hua, Y.; Ye, J.; Liu, C.; Cheng, H.-G.; Cong, H.; Jiao, Y.; Zhou, Q.  J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 7253–7260.

DOI: 10.1021/jacs.1c02405

論文著者の紹介


研究者: Qianghui Zhou
研究者の経歴:
2001–2005 B.S., Peking University, Department of Chemistry (Prof. Weihong Li and Prof. Jin-Guang Wu)
2005–2010 M.S., Ph.D., Shanghai Institute of Organic Chemistry (Prof. Dawei Ma)
2010–2011 Research Associate, Shanghai Institute of Organic Chemistry (Prof. Dawei Ma)
2011–2015 Postdoctoral Fellow, The Scripps Research Institute (Prof. Phil S. Baran)
2015– Professor, Wuhan University, College of Chemistry and Molecular Science, and Joint Professor, Wuhan University, Institute for Advanced Studies
研究内容: パラジウム/ノルボルネン触媒を用いた反応開発, 天然物合成

論文の概要

本反応はTHF中、Pd/(+)-N2*触媒と炭酸カリウム存在下、アレーン12および3の三成分連結反応が高エナンチオ、かつジアステレオ選択的に進行し、二つの軸不斉を有するo-ターフェニルが得られる(Figure 2A)。本手法を用いれば様々なo-ターフェニル骨格が構築できる。例えば、1,2-ジアリールベンゼン(4aaa, 4baa)や、ジアリールナフタレン(4cba, 4cca, 4cab, 4cac)が合成できる。ブロモアレーン2のオルト置換基としては、エステルのほかアミド(4cba)やホスフィンオキシド(4cca)が適用可能である。また、3としてキノリン(4cab)やジベンゾフラン(4cac)を用いれば対応するヘテロビアリールも合成できる。
本反応が高エナンチオかつジアステレオ選択的に進行する理由は以下の通りである(Figure 2B)。はじめにPd/(+)-N2*触媒により12が反応し、軸不斉ビアリール錯体Iが形成する。この軸不斉ビアリール形成は中間体A(Figure 1C)を経由する(詳細は以前の論文参照)[4]。もう一つの軸不斉は、このI3がトランスメタル化して生じるパラジウム錯体IIの還元的脱離で決定される。著者らは、DFT計算により、隣接位の軸不斉が足がかりとなって、遷移状態II-TS1を経由して第二の軸不斉ビアリール結合が形成されると結論付けた。考えられるもうひとつの遷移状態II-TS2は二つの置換基(R1とR4)の立体反発が生じるため、不利となる。

Figure2. (A) 基質適用範囲 (B) 二つの軸不斉ビアリール結合形成

 

以上、Pd/(+)-N2*触媒を用いる高立体選択的o-ターフェニル合成法が開発された。得られたo-ターフェニルは、種々のキラル触媒やキラル配位子への誘導体化が可能であり、今後それらを利用した新たな不斉反応の開発が期待できる。

参考文献

  1. Shibata, T.; Tsuchikama, K.; Otsuka, M. Enantioselective Intramolecular [2+2+2] Cycloaddition of Triynes for the Synthesis of Atropisomeric Chiral ortho-Diarylbenzene Derivatives. Tetrahedron: Asymmetry 2006, 17, 614–619. DOI: 1016/j.tetasy.2005.12.033
  2. Hu, Y.-L.; Wang, Z.; Yang, H.; Chen, J.; Wu, Z.-B.; Lei, Y.; Zhou, L. Conversion of Two Stereocenters to One or Two Chiral Axes: Atroposelective Synthesis of 2,3-Diarylbenzoindoles. Chem. Sci. 2019, 10, 6777–6784. DOI: 10.1039/C9SC00810A
  3. (a) Lotter, D.; Neuburger, M.; Rickhaus, M.; Häussinger, D.; Sparr, C. Stereoselective Arene-Forming Aldol Condensation: Synthesis of Configurationally Stable Oligo-1,2-naphthylenes. Angew. Chem., Int. Ed. 2016, 55, 2920−2923. DOI: 10.1002/anie.201510259. (b) Lotter, D.; Castrogiovanni, A.; Neuburger, M.; Sparr, C. Catalyst- Controlled Stereodivergent Synthesis of Atropisomeric Multiaxis Systems. ACS Cent. Sci. 2018, 4, 656−660. DOI: 10.1021/acscentsci.8b00204. (c) Dherbassy, Q.; Djukic, J.-P.; Wencel-Delord, J.; Colobert, F. Two Stereoinduction Events in One C−H Activation Step: A Route towards Terphenyl Ligands with Two Atropisomeric Axes. Angew. Chem., Int. Ed. 2018, 57, 4668−4672. DOI: 10.1002/anie.201801130
  4. Z.-S.; Hua, Y.; Gao, Q.; Ma, Y.; Tang, H.; Shang, Y.; Cheng, H.-G.; Zhou, Q. Construction of Axial Chirality via Palladium/chiral norbornene Cooperative Catalysis. Nat. Catal. 2020, 3, 727–733. DOI: 10.1038/s41929-020-0494-1

同著者のケムステ内記事

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 偏光依存赤外分光でMOF薄膜の配向を明らかに! ~X線を使わない…
  2. STAP細胞問題から見えた市民と科学者の乖離ー後編
  3. ゲルマニウム触媒でアルキンからベンゼンをつくる
  4. 乾燥剤の脱水能は?
  5. 無金属、温和な条件下で多置換ピリジンを構築する
  6. 銀の殺菌効果がない?銀耐性を獲得するバシラス属菌
  7. 化学探偵Mr.キュリー6
  8. 反応化学と生命科学の融合で新たなチャレンジへ【ケムステ×Hey!…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 試薬会社にみるノーベル化学賞2010
  2. ヤンセン 新たな抗HIV薬の製造販売承認を取得
  3. 捏造のロジック 文部科学省研究公正局・二神冴希
  4. 京都大学人気講義 サイエンスの発想法
  5. マイクロ波によるケミカルリサイクル 〜PlaWave®︎の開発動向と事業展望〜
  6. 亜鉛挿入反応へのLi塩の効果
  7. 低分子の3次元構造が簡単にわかる!MicroEDによる結晶構造解析
  8. ミツバチに付くダニのはなし
  9. 科学予算はイギリスでも「仕分け対象」
  10. 金と炭素がつくりだす新たな動的共有結合性を利用した新たな炭素ナノリングの合成法の確立

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年7月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2023年9月号:大村天然物・ストロファステロール・免疫調節性分子・ニッケル触媒・カチオン性芳香族化合物

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年9月号がオンライン公開されています。…

ペプチドの精密な「立体ジッパー」構造の人工合成に成功

第563回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 工学系研究科応用化学専攻 藤田研究室の恒川 英…

SNS予想で盛り上がれ!2023年ノーベル化学賞は誰の手に?

さてことしもいよいよ、ノーベル賞シーズンが到来します!化学賞は日本時間 10月4日(水) 18時45…

ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2023年版】

各媒体からかき集めた情報を元に、「未来にノーベル化学賞の受賞確率がある、存命化学者」をリストアップし…

DMFを選択的に検出するセンサー:アミド分子と二次元半導体の特異な相互作用による検出原理を発見

第562回のスポットライトリサーチは、大阪府立大学(現:大阪公立大学)大学院 工学研究科 電子・数物…

イグノーベル賞2023が発表:祝化学賞復活&日本人受賞

今年もノーベル賞とイグノーベル賞の季節がやってきました。今年もケムステではどちらについても全速力で記…

ポンコツ博士の海外奮闘録XXII ~博士,海外学会を視察する~

ポンコツシリーズ国内編:1話・2話・3話国内外伝:1話・2話・留学TiPs海外編:1話・…

マテリアルズ・インフォマティクスの導入・活用・推進におけるよくある失敗とその対策とは?

開催日:2023/09/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

第40回ケムステVシンポ「クリーンエネルギーの未来を拓く:次世代電池と人工光合成の最新動向」を開催します!

まだ暑いですが、秋の気配は感じられていますでしょうか。2020年初頭から…

材料開発の未来を語る、マテリアルズ・インフォマティクスに特化したカンファレンスが9/26(火)開催!

【参加無料】詳細・視聴予約はこちら今まさに、第一線で活躍しているマテリアルズ・インフォマティクス…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP