[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

ヒドロゲルの新たな力学強度・温度応答性制御法

[スポンサーリンク]

第230回のスポットライトリサーチは、東京農工大学大学院工学府(村岡研究室)・石田敦也さんにお願い致しました。

生命系にゆかりの深い物質として知られるペプチドですが、ある種のものは自己集合をおこしてヒドロゲルを生成し、配列依存の機能を示すバイオマテリアルとしての活用が期待されています。しかしながらその相関については未解明の部分も多くあり、ちょっとした違いが大きな材料特性の差異に結びつくことも珍しくありません。本論文はそうした現象を突き止めた一つであり、Chemistry European Journal誌論文およびFront Cover、さらにプレスリリースとして公開されています。

“Glycine Substitution Effects on the Supramolecular Morphology and Rigidity of Cell‐Adhesive Amphiphilic Peptides”
Ishida, A.; Watanabe, G.; Oshikawa, M.; Ajioka, I.; Muraoka, T. Chem. Eur. J. 2019, 25, 13523. doi:10.1002/chem.201902083

研究室を主宰されている村岡貴博 准教授から、石田さんについての人物評を下記のとおり頂いています。

石田くんは、私が東京農工大学に移り研究室を立ち上げた際の、一期生の一人です。石田くんはとても明るい性格で、最上級生として研究室を引っ張り、飲み会などのイベントを盛り上げてくれる存在です。(飲み会のときの姿とは大きく違って)黙々と実験をし、やると決めたことをすぐにトライする、行動力のある学生です。常にフラスコやサンプル瓶が最密充填(ただの散らかり)された石田くんの実験スペースも、彼の人並み外れた行動力を示すものかと思います。今回論文発表した研究は、構造自由度を高めるグリシン置換がペプチドナノファイバー、およびそれによって形成されるヒドロゲルの特性に与える効果を調べた基礎的な内容です。無数のペプチド分子が規則的にβシート型に集積することでナノファイバーが形成されるため、構造自由度を高めるグリシン置換は、分子集積する上で不利に働き、ゲル強度を下げると予想されます。しかし今回、ペプチド中央のグリシン置換が、意外にもゲル強度を上昇させることを見出しました。一期生として、石田くんは全くのゼロから本プロジェクトを立ち上げてくれましたが、彼の行動力、積み重ねた実験量、そして注意深さと前向きな性格が、この予想外で興味深い発見につながったと思います。

それでも今回も現場からのインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

自己集合性ペプチドヒドロゲルの力学強度の向上と温度に応答したゲル-ゾル転移特性を両立するペプチドデザインを開発することに成功しました。
ペプチドが集合して作られるナノファイバーから形成されるヒドロゲルは、細胞培養材料や組織回復を促進する再生医療材料としての応用が期待されています。ヒドロゲルの力学強度の制御や温度応答性の付与は、利用性を高める上で重要です。一般的には、力学強度を高める場合、疎水性アミノ酸残基を導入し、ペプチド分子間の疎水性相互作用を強くする分子設計が行われます。しかしこの方法では、加熱に応答してゾル化するなどの温度応答性が失われるため、力学強度の向上と温度応答性はトレードオフの関係にあると言えます。今回私達は、ナノファイバーを形成する両親媒性ペプチドの一つのアラニンをグリシンに置換する手法により、意外にも力学強度の向上と温度応答性を両立することが可能であることを実証しました。通常、グリシンへの置換はペプチド分子の柔軟性を高めるため、ナノファイバー構造を不安定化し、ヒドロゲルの力学強度を低下させます。しかし、今回、両親媒性ペプチドの分子中央に位置するアラニンをグリシンに変えた場合は、室温でのゲルの強度が向上するとともに、加熱によりゲル-ゾル転移する温度応答性も見られました。グリシンへ置換したペプチドが、複数のナノファイバーが集合したバンドルを形成しており、この形態の違いによってゲル強度が上昇したと考えられます。グリシン導入によるコンフォメーション自由度の増加が、新たな集合構造の形成と、加熱に応答してゾル化するダイナミクスにつながったと考えています。

図1. 両親媒性ペプチドRADA16の分子中央のアラニンをグリシンへ置換したA8G。A8Gが形成するヒドロゲルは、RADA16のヒドロゲルに比べて約1.8倍高い強度を有する。

図2. A8Gヒドロゲルの温度応答性。加熱によりゲルからゾルへ転移し、冷却すると再びゲルに戻る。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

グリシンへの置換がペプチド集合体の形態に変化を与えることは、MDシミュレーションにより予測していました。しかし、この分子レベルの集合体形態の変化が、ゲルとしてのマクロな物性にこれほど大きな差異を生むことを発見した時は、大変驚くとともに、予想外のことを見出した喜びを感じました。また、透過型電子顕微鏡観察で、グリシンへの置換によって、ファイバー形態が多様に変化していること自分の目で確かめた時は、とても感動しました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

当初は、思うように実験の再現性が取れませんでした。特に、ゲルの力学強度を再現性良く測定することが困難でした。指導教員である村岡准教授とディスカッションを重ね、溶媒や温度、操作などを徹底的に検討することで、再現性良くサンプルを作成する最適な方法を見つけ出しました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は、幼少より自らの素朴な疑問を解明してくれる化学に魅力を感じ、化学者の道を志すようになりました。そして、大学で「なぜ?」という物事の本質を突き詰めるような研究を学んできました。
私は、来年から某医療機器メーカーにて研究に携わります。そのため、化学という枠組みは同じでも、学生時代とは関わる分野が異なると思います。ただし、これからも大学での研究活動で得た物事の本質を突き詰める経験を糧に、化学を通じて社会に貢献していきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私は、化学者としてはまだまだ未熟で、これからも多くを学ぶ必要がある立場ですが、一つ今回の研究を通じて感じたことは、周囲の人たちとのコミュニケーションの大事さです。今回、私がこのような結果を出すことができたのは、間違いなく村岡准教授と同じ研究室の仲間のサポートやアドバイスがあったからです。実験で問題が生じた際には、村岡准教授と原因や解決につながる可能性を徹底的に話し合いました。研究の進め方についても意見交換することで、納得して実験を行うことができ、こうしたコミュニケーションが研究を前進させる上で欠かせなかったと思います。また、私は村岡研究室の一期生でしたので、研究室の立ち上げからずっと協力してきた同期の存在がとても心強い支えになりました。実験が行き詰まったときなど、辛いときは一人で塞ぎ込んでしまいがちですが、そういう時にこそ皆さんも研究室のメンバーとコミュニケーションを取り、支え合って欲しいです。
最後に、本研究の遂行にあたり、多大なるご助言をいただきました村岡貴博准教授、共同研究でお世話になりました東京医科歯科大学の味岡准教授、北里大学の渡辺助教に改めて感謝申し上げます。

研究者の略歴

左:村岡准教授、右:石田

名前:石田敦也
所属:東京農工大学大学院 工学府 応用化学専攻 有機材料化学専修 修士課程2年(村岡研究室)
研究テーマ:ペプチド集合体の形態と動的特性に与えるグリシン置換効果

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 2022年度 第22回グリーン・サステイナブル ケミストリー賞 …
  2. House-Meinwald転位で立体を操る
  3. 物凄く狭い場所での化学
  4. 有機合成化学協会誌2017年9月号:キラルケイ素・触媒反応・生体…
  5. 比色法の化学(前編)
  6. DNAが絡まないためのループ
  7. 「mihub」を活用したマテリアルズインフォマティクスの実践 -…
  8. 300分の1を狙い撃つ~カチオン性ロジウム触媒による高選択的[2…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. アスタチンを薬に使う!?
  2. プロドラッグって
  3. やっぱりリンが好き
  4. 「優れた研究テーマ」はどう選ぶべき?
  5. お望みの立体構造のジアミン、作ります。
  6. ODOOSをリニューアル!
  7. 第126回―「分子アセンブリによって複雑化合物へとアプローチする」Zachary Aron博士
  8. ケムステイブニングミキサー2019ー報告
  9. 第99回―「配位子設計にもとづく研究・超分子化学」Paul Plieger教授
  10. ケムステが文部科学大臣表彰 科学技術賞を受賞しました

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年11月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

カルボン酸β位のC–Hをベターに臭素化できる配位子さん!

カルボン酸のb位C(sp3)–H結合を直接臭素化できるイソキノリン配位子が開発された。イソキノリンに…

【12月開催】第十四回 マツモトファインケミカル技術セミナー   有機金属化合物 オルガチックスの性状、反応性とその用途

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

保護基の使用を最小限に抑えたペプチド伸長反応の開発

第584回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

【ナード研究所】新卒採用情報(2025年卒)

NARDでの業務は、「研究すること」。入社から、30代・40代・50代……

書類選考は3分で決まる!面接に進める人、進めない人

人事担当者は面接に進む人、進まない人をどう判断しているのか?転職活動中の方から、…

期待度⭘!サンドイッチ化合物の新顔「シクロセン」

π共役系配位子と金属が交互に配位しながら環を形成したサンドイッチ化合物の合成が達成された。嵩高い置換…

塩基が肝!シクロヘキセンのcis-1,3-カルボホウ素化反応

ニッケル触媒を用いたシクロヘキセンの位置および立体選択的なカルボホウ素化反応が開発された。用いる塩基…

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

先端事例から深掘りする、マテリアルズ・インフォマティクスと計算科学の融合

開催日:2023/12/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP