[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ちょっと変わったイオン液体

[スポンサーリンク]

新機能で広がるイオン液体の応用範囲   反応溶媒に、電池材料にと、今まで注目を集めてきたイオン液体。従来は思いもよらなかった機能が新たに付け加えられて、期待される応用範囲は広がりつつあります。アミノ酸イオン液体に、磁性イオン液体に、農薬イオン液体。さらには次世代医療の急先鋒、核酸医薬にも使われて、まだまだアイディアは出てきそうです。

 

元素の単体のうち、常温で液体なのは、臭素と水銀。また、単体のうち、ガリウムは融点30度なので、夏場は溶けます。東京観測史上初、最低気温でさえ30度超と、8月11日のニュースになっていましたが、これだと溶けっぱなしです。液体の話を化合物にも広げると、例えば水はそこらにあふれています。汗だくになって、プールや海水浴に行って、そうめんを食べて、夏はとりわけ水が身近な季節です。臭素や水は固体になると分子結晶、水銀やガリウムは金属結晶。ええっと、イオン結晶はみな高融点で常温液体はないのかな。

実はあります。 食塩を思い出してのとおり、確かにイオン結晶は常温下でたいてい固体です。しかし、常温下でも液体であるわずかな例外があります。これが、イオン液体(ionic liquid)です。 イオン液体の発見は1914年までさかのぼることができます[1]。「ワルデン反転」で有名なワルデン(Paul Walden)さんの報告[1]した融点12度の硝酸エチルアンモニウム (CH3CH2NH3NO3)が最初だそうです。イオン液体には100年近い歴史がある一方で、取り扱い方法が改善されて反応溶媒や電池材料にと注目された時期は、ここ10年か20年のことだとされます。さらにここ数年で、従来は思いもよらなかった機能が、イオン液体へ新たに付加され、期待される応用範囲は広がりつつあります

 

アミノ酸で作ったイオン液体[2]

アミノ酸イオン液体は、使い終わったら自然に分解されるような、環境にやさしいイオン液体を目指して開発されました。1-エチル-3-メチルイミダゾリウム(1-ethyl-3-methylimidazolium)塩の場合、実際に作ってみると、転位温度(glass transition temperature)は、最も構造が単純なアミノ酸であるグリシンでマイナス61度、他の標準アミノ酸でマイナス57度からプラス6度でした。反応溶媒・潤滑剤・薬剤輸送担体など、様々な応用が期待されるとのこと。

2015-07-20_22-37-27

 

グリシンを使ったアミノ酸イオン液体のひとつ[2]

磁石に応答するイオン液体[3]

塩化鉄と1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム(1-butyl-3-methylimidazolium)の塩です。磁石に反応する流体としては、この磁性イオン液体の他に、磁性流体という粉末磁石を懸濁させた油などが知られています。しかし、これらは固体と液体に分離してしまいやすく不安定でした。磁性イオン液体は、極めて安定で、しかも揮発せず、燃えないなど、イオン液体らしい性質を持っています。固体磁石にはできなかった液体磁石の新しい用途に向けて応用が期待されるとのこと。

 

2015-07-20_22-38-53

 

磁性イオン液体[3]

除草剤で作ったイオン液体[4],[5]

植物成長調節ケミカルである合成オーキシンは、除草剤として広く使われています。双子葉植物にはめっぽうよく効き、単子葉植物にはほとんど効かない2,4-ジクロロフェノキシ酢酸2,4-dichlorophenoxyacetic acid; 2,4-D)およびその類縁体は、農業上とりわけ重要な化合物です。イオンの組み合わせを工夫して、すでにイオン液体が作られており、実際に植物に投与して効果が調べられています。農薬は植物の葉の上にどう残るか、その動態によっても効き目が変わるので、イオン液体にしてみようという発想はユニークでしょう。

 

2015-07-20_22-39-53

農薬イオン液体[5]

 

核酸医薬を溶かしたイオン液体[6]

とくに、メドレックス社の開発したイオン液体が有名で、アンジェスMG社とともに塗り薬タイプの核酸医薬に向けて、臨床試験中です。特許文献[6]には次のように記述されています。

炭素数2~20の脂肪酸と炭素数4~12の有機アミン化合物とから得られる脂肪酸系イオン液体に、転写因子デコイを溶解して含有する、皮膚透過性の良好な転写因子デコイの外用剤組成物を提供する。

 

あなたの好きな、お気に入りのイオン液体は、どれでしょうか?

 

参考文献

  1. “Molecular weights and electrical conductivity of several fused salts.” Walden P et al.  Bull. Acad. Sci. St. Petersburg 1914
  2. “Room Temperature Ionic Liquids from 20 Natural Amino Acids.” Kenta Fukumoto et al. J. Am. Chem. Soc. 2004 DOI: 10.1021/ja043451i
  3. “Discovery of a Magnetic Ionic Liquid [bmim]FeCl4.” Satoshi Hayashi et al. Chem. Lett. 2004 DOI: 10.1246/cl.2004.1590
  4. “Ionic liquids with herbicidal anions.” Juliusz Pernak et al. Tetrahedron 2011 DOI: 10.1016/j.tet.2011.05.016
  5.  “2,4-D based herbicidal ionic liquids.” Juliusz Pernak et al. Tetrahedron 2012 DOI: 10.1016/j.tet.2012.03.065
  6.  転写因子デコイを有効成分とする外用剤組成物 (http://www.google.com/patents/WO2009119836A1)されました。今後5年間、強化策を実行に移します。秘策としては◯◯◯….(秘密です)。このために全国の研究者を行脚して回っています。

 

関連書籍

[amazonjs asin=”462108612X” locale=”JP” title=”イオン液体の科学 新世代液体への挑戦”][amazonjs asin=”4781308783″ locale=”JP” title=”イオン液体〈2〉驚異的な進歩と多彩な近未来 (新材料・新素材シリーーズ)”]
Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. ケクレン、伸長(新調)してくれん?
  2. 多才な補酵素:PLP
  3. ある動脈硬化の現象とマイクロ・ナノプラスチックのはなし
  4. スポットライトリサーチムービー:動画であなたの研究を紹介します
  5. 【技術系スタートアップ合同フォーラムのお知らせ】 ディープテック…
  6. 有機合成化学協会誌7月号:ランドリン全合成・分子間interru…
  7. データ駆動型R&D組織の実現に向けた、MIを組織的に定着させる3…
  8. 究極のナノデバイスへ大きな一歩:分子ワイヤ中の高速電子移動

注目情報

ピックアップ記事

  1. ポンコツ博士の海外奮闘録 ケムステ異色連載記
  2. 来年の応募に向けて!:SciFinder Future Leaders 2018 体験記
  3. プロドラッグの話
  4. Pallambins A-Dの不斉全合成
  5. 科博特別展「日本を変えた千の技術博」にいってきました
  6. 自由研究にいかが?1:ルミノール反応実験キット
  7. 第17回 研究者は最高の実験者であるー早稲田大学 竜田邦明教授
  8. アザ-ウィティッヒ反応 Aza-Wittig Reaction
  9. ヒドロキシ基をスパッと(S)、カット(C)、して(S)、アルキル化
  10. 化学の成果で脚光を浴びた小・中・高校生たち

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年8月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

第4回鈴木章賞授賞式&第8回ICReDD国際シンポジウム開催のお知らせ

計算科学,情報科学,実験科学の3分野融合による新たな化学反応開発に興味のある方はぜひご参加ください!…

光と励起子が混ざった準粒子 ”励起子ポラリトン”

励起子とは半導体を励起すると、電子が価電子帯から伝導帯に移動する。価電子帯には電子が抜けた後の欠…

三員環内外に三連続不斉中心を構築 –NHCによる亜鉛エノール化ホモエノラートの精密制御–

第 628 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院薬学研究科 分子薬科学専…

丸岡 啓二 Keiji Maruoka

丸岡啓二 (まるおか けいじ)は日本の有機化学者である。京都大学大学院薬学研究科 特任教授。専門は有…

電子一つで結合!炭素の新たな結合を実現

第627回のスポットライトリサーチは、北海道大有機化学第一研究室(鈴木孝紀教授、石垣侑祐准教授)で行…

柔軟な姿勢が成功を引き寄せた50代技術者の初転職。現職と同等の待遇を維持した確かなサポート

50代での転職に不安を感じる方も多いかもしれません。しかし、長年にわたり築き上げてきた専門性は大きな…

SNS予想で盛り上がれ!2024年ノーベル化学賞は誰の手に?

さてことしもいよいよ、ノーベル賞シーズンが到来します!化学賞は日本時間 2024…

「理研シンポジウム 第三回冷却分子・精密分光シンポジウム」を聴講してみた

bergです。この度は2024年8月30日(金)~31日(土)に電気通信大学とオンラインにて開催され…

【書籍】Pythonで動かして始める量子化学計算

概要PythonとPsi4を用いて量子化学計算の基本を学べる,初学者向けの入門書。(引用:コ…

ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2024年版】

今年もノーベル賞シーズンが近づいてきました!各媒体からかき集めた情報を元に、「未…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP