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スポットライトリサーチ

プラズモンTLC:光の力でナノ粒子を自在に選別できる新原理クロマトグラフィー

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第422回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 大学院工学研究科 鳥本研究室の秋吉 一孝 (あきよし かずたか)特任助教にお願いしました。

鳥本研究室では量子ドットの研究を主に行っており、独自に開発した科学的手法を用いて、金属や半導体のナノ構造制御を行い、さらにその配列を制御して固体表面に固定することで、高効率な発行材料・光触媒などの新規な機能を持つ材料や、薄膜太陽電池・燃料電池などの高効率なエネルギー変換デバイスを創造することを目指しています。本プレスリリースも量子ドットを対象にしたものです。ZnAgInS 、CuInGaS、AgInGaS などの低毒性元素で構成される多元量子ドットは、幅広い分野で応用が可能な次世代の量子ドット材料として期待されており、その量子ドットの高品質化が盛んに研究されています。一方で、その量子ドットの光学特性を均一にするため、粒子のサイズや形状、粒子組成を高精度に制御する必要がありますが従来の化学的な粒径分離法では、光学特性の違う量子ドットを高精度に分離することができませんでした。 そこで本研究では、金(Au)ナノ粒子などに光を照射すると発生する力を利用し、これを従来の薄層クロマトグラフ(TLC)に組み込むことで、量子ドットの光特性の違いによって選別することができる、全く新たな分離法「プラズモン TLC 法」を開発することに成功しました。

この研究成果は、「NPG Asia Materials」誌およびプレスリリースに公開されています。

Development of plasmonic thin-layer chromatography for size-selective and optical-property-dependent separation of quantum dots

Tsukasa Torimoto, Naoko Yamaguchi, Yui Maeda, Kazutaka Akiyoshi, Tatsuya Kameyama, Tatsuya Nagai, Tatsuya Shoji, Hidemasa Yamane, Hajime Ishihara and Yasuyuki Tsuboi

NPG Asia Mater 14, 64 (2022)

DOI: doi.org/10.1038/s41427-022-00414-3

研究室を主宰されている鳥本 司 教授より秋吉特任助教についてコメントを頂戴いたしました!

秋吉 一孝博士は、名古屋大学鳥本研究室に着任したのち、この研究室で継続していた研究プロジェクト(文部科学省科学研究費新学術研究領域研究「光圧によるナノ物質操作と秩序の創生」(領域代表 大阪府立大学 石原 一))に興味をもち、積極的に参画しました。金(Au)ナノ粒子の表面プラズモン共鳴を光励起するとそれに近づいてきた半導体ナノ粒子(量子ドット)との間に光圧(引力)が作用します。これを古典的な薄層クロマトグラフィー(TLC)と組み合わせ、新原理で動作する「プラズモンTLC」の発明に至りました。特に、プラズモンTLCによって世界で初めて、光学特性の違いによる量子ドットの選択分離に成功しました。この特徴は、対象物のサイズによって分離する従来のクロマトグラフィーでは達成できないものです。秋吉博士の熱い情熱と研究グループの綿密な共同研究があったからこそ達成できたものといえます。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

Auナノ粒子の局在表面プラズモン共鳴(LSPR)を光励起すると、その近傍に局在増強電場が形成され、その電場内に量子ドット(QD)が侵入するとAu粒子とQDとの間に、光圧(引力)が働きます。これを、古典的な薄層クロマトグラフィー(TLC)と組み合わせて、全く新たな分離法を開発することに成功し「プラズモンTLC法」と名付けました。

プラズモンTLCに用いる基板は、従来のTLC基板(シリカゲルTLC基板など)にAuナノ粒子(サイズ:12 nm)を担持したものを用います。この基板のAuナノ粒子担持部分に、そのLSPRを励起するための単色光を照射しながら、従来のTLCと同じように分析対象物を溶媒で展開し、目的とするサイズや光学特性をもつ量子ドットをAu粒子担持部分に光捕捉するのが、プラズモンTLCです。量子ドットの分離原理は、作用する光圧の差を利用するので、サイズの違いによる量子ドットの選別に加えて、従来のTLC法では困難であった光学特性が異なる量子ドットの選択的な分離が可能となります。

図に示すように、プラズモンTLC基板上でZn-Ag-In-S(ZAIS)量子ドット(サイズ:19 nm)を展開させると、Au粒子担持部分に光照射(波長820 nm)したときのみ、量子ドットはAu粒子担持部分に光捕捉されました。これはAu粒子のLSPR励起によりAu粒子と量子ドットとの間に光圧(引力)が発生し、量子ドットの移動速度が著しく低下したためです。従来のレーザーピンセットによる微粒子の捕捉・操作技術では高価で高出力なレーザー光(kW~MW/cm2)を用いる必要がありましたが、本手法ではLED光などの0.5~1.0 W/cm2程度の比較的弱い光強度で捕捉でき、非常に簡便で汎用性の高い技術といえます。照射単色光波長と強度を一定として、サイズの異なる量子ドットの分離を行うと、サイズが8 nm以上の量子ドットが効率よくAu粒子担持部分に光捕捉されましたが、6 nm以下の粒子は光捕捉されなかったことから、精度よく粒径分離が達成されることもわかりました。

さらに、プラズモンTLCでは、サイズの違いによる量子ドット分離に加えて、光学特性の違いによる量子ドット分離が可能となります。サイズが同じで光学特性の異なるZAIS QD(光吸収波長:<500 nm)とAg-Cu-In-Te(ACITe) QD (光吸収波長:<1200 nm)を用いてこれを実証しました。これらの粒子混合物をプラズモンTLCにセットし、820 nm単色光を照射しながら展開します。820 nm 光照射では、Auナノ粒子とともにACITe QDが光励起され、これらの間にはより強い光圧が働きます。一方で、可視域に吸収を示すZAIS QDは光励起されず、Au粒子との間に弱い光圧しか作用しません。したがってACITe QDは効率よくAu粒子部分に光捕捉されますが、ZAIS QDはAu粒子担持部分には捕捉されずにTLCのより上方に移動します。このように、プラズモンTLC のLSPR励起に用いる照射光波長と強度を適切に決めることで、光学特性の異なる二種類の量子ドットを効率よく分離することができました。この現象は、離散双極子近似(DDA)による理論的な解析からも確認されました。担持されたAuナノ粒子と量子ドットとの間に働く光圧が、量子ドットの光吸収特性によって大きく変化した結果、量子ドットが効率よく分離・選別されるというメカニズムを解明しました。

今後は本手法を、目的とする光学特性を示す量子ドットの選択的分離に利用することで、高効率な量子ドット太陽電池材料や新規発光材料の開発が加速できると期待できます。さらにこの手法は、量子ドットなどの無機ナノ粒子だけではなく、タンパク質やリポソームなどのナノサイズの生体分子や分子集合体の光捕捉・サイズ選別に応用することができます。将来は、ナノ構造体の高精度分離・分析がプラズモンTLCを用いて飛躍的に発展すると期待されます。

図:プラズモンTLCの実験装置の模式図と、プラズモンTLC基板上を移動するZn-Ag-In-S(ZAIS)量子ドット(サイズ:19 nm)の時間変化(0, 5, 30, 120秒後の様子)。光照射しないでZAIS量子ドットをTLC基板上で展開しても、量子ドットはAuナノ粒子担持部分に捕捉されないが(下段)、波長820 nm単色光を照射しながらZAIS量子ドットを展開すると、Auナノ粒子担持部分に量子ドットが光捕捉された(上段)。(図は、論文(NPG Asia Mater. 14, 64 (2022))より改変して転載。)

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

光圧による新原理クロマトグラフィーを開発するアイデアは、新学術領域の共同研究プロジェクトを通してすでに発案されていました。私が鳥本研究室に赴任した際には、光圧とTLCを組み合わせるというプラズモンTLCの基礎となる部分は出来上りつつある状況でした。私は、博士課程でプラズモンを利用する機能材料開発の研究をしていたので、量子ドットの精密な分離・選別の要となる光の力を増強する局在表面プラズモン共鳴(LSPR)を示すナノ材料の合成や選定について、そのバックグラウンドが非常に役に立ちました。その際、可視域にLSPRに基づく吸収を示す様々な物質について、学生さんたちと一緒にその特性を評価しました。数多くの試行錯誤の結果、照射する光の波長・強度を適切に選択することで、サイズや光学特性に応じて量子ドットを自在に光捕捉して分離することができるようになりました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

「光圧」の分野は、私にとって初めての研究分野だったこともあり、ゼロから勉強する上で関連する知識を集める必要がありました。また、世界で初めて起きている現象を目の当たりにし、得られた結果に対してどのように解析を行っていくかが非常に難しい点でした。鳥本先生のご指導により、関連する学会やシンポジウムにも積極的に参加し、新学術領域の研究代表者である当時大阪府立大学の石原一先生の研究室に、若手トレーニング道場(光とナノ構造の電子分極に基づく自己無撞着計算の原理及び光圧の具体的な計算方法の習得を目的とする5日間のコース)に訪問させていただいたことが貴重な経験となり、光圧の分野に対する知識と理解を深められました。これにより、光圧という現象を自身の持つ化学と一体化することができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

光を利用したエネルギー化学分野に従事し、持続可能な開発目標(SDGs)が目指す社会の主力となり得るクリーンエネルギーの開発に貢献したいです。未曽有の被害をもたらした東日本大震災の原発事故による環境汚染と深刻なエネルギー不足の問題を目の当たりにしたことで、環境調和型エネルギー社会の実現を目指したいと考えるようになり、低環境負荷の新たなエネルギー資源となりうる材料の研究に挑戦したいと願っています。また、一研究者として研究活動のみならず、教育活動にも貢献できれば幸いです。次世代の優秀な人材の育成も目標とし、化学を通して教員と学生が共に切磋琢磨することで、自由に交流できる開かれた環境づくりの実現を目指したいと思っております。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

研究はチームワークが大切だと思います。新しく始める研究分野では、わからないことがあるのは当然ですので、わからないまま放置せず、研究室の中だけでなく、学会などでも専門分野の異なる研究者の方々とのディスカッションを通じて、お互いに知識を補っていくためのコミュニケーションスキルは重要です。また、海外の学術論文を読むためにも、外国人研究者の方々と円滑なコミュニケーションを行うためにも、英語のスキルも磨いておいた方が良い、と自戒の念も込めて皆さんにお伝えしたいです。

本研究推進にあたり、素晴らしい研究環境と日々の議論を行って頂いている鳥本司教授、亀山達矢准教授、並びに、多大なご助言を頂いた石原一教授坪井泰之教授東海林竜也准教授山根秀勝助教に感謝申し上げます。また、様々な実験や議論を毎日行い、よい研究環境作りに努力してくれている鳥本研の研究室メンバーに感謝いたします。最後に、本研究紹介の機会を設けていただいたChem-Stationのスタッフの皆様にも深く感謝いたします。

研究者の略歴

名前:秋吉 一孝 (あきよし かずたか)

所属:名古屋大学 大学院工学研究科 特任助教

研究テーマ:光電気化学

略歴:

2014/03 東京理科大学 卒業 (荒川裕則 教授・小澤弘宜 助教)

2016/04 – 2019/03日本学術振興会特別研究員 (DC1)

2019/03 東京大学 博士後期課程修了 (立間徹 教授・西弘泰 助教)

2019/04 – 2021/04 名古屋大学 ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー中核的研究機関研究員

2021/04 – 現在 名古屋大学 大学院工学研究科 特任助教

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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