[スポンサーリンク]

元素の基本と仕組み

祝100周年!ー同位体ー

[スポンサーリンク]

原子ってなんだろう?原子の構造はどうなってるんだろう? 高校の化学の教科書のはじめにはだいたいこんなトピックスがありますよね。そして同位体とは何かについての記述も必ずあります。 でも我々人類が元素に同位体が存在する事に気づいて実はまだたった100年しか経ってないことはご存知でしたか?

 

今回は同位体100周年を記念しまして、ストックホルム大学のBrett F. Thornton博士とWorcester Polytechnic InstituteのShawn C. Burdette博士によるNature Chemistryのthesisをご紹介しましょう。前回はこちら

 

The straight dope on isotopes Thornton, B. F. and Burdette, S. C. Nature Chem. 5, 979-981 (2013). Doi: 10.1038/nchem.1810

 

ラザフォードノーベル化学賞を受賞したのは1908年の12月のことでした。その頃からある元素が放射性もつことは知られていたわけです。そのような物質はradio-elementと呼ばれていましたが、ウラントリウムをメンデレーエフの周期表でどのように扱えばいいのかは化学者の悩みの種でした。周期表はもはや役に立たないと考えた学者もいたようです。 ラザフォードはノーベル化学賞受賞の後間も無くスウェーデンのウプサラ大学Daniel StromholmTheodor Svedbergという二人の化学者に出会います。彼らは当時ラジウムトリウムXアクチニウムXとして知られていた三つのradio-elementは全て同じものであり、周期表で同一のグループに入れるべきであることを結晶の解析によって明らかにしました。現在ではその三つはそれぞれ226Ra, 224Ra, 223Raであることがわかっています。

しかし、ラザフォードはそれを認めようとしなかったそうです。彼らは論文として発表しましたが、あまり注目されなかったようです[1]。 このような状態が一変するのは1913年の5月にJ. J. Thomsonが重さの異なる(20と22)二種類のネオンについて報告してからです[2]。そしてFrederick SoddyNature誌1913年12月4日号にに同位体の概念についての提案を発表しました[3]。ここで同位体は”化学的に同一で核電荷のことなる原子”と仮定されています。isotopeはギリシャ語で同じ場所を意味しており、この用語はある晩餐会でSoddyに提案されたとされます。9年後にSoddyは1921年に放射性物質の化学に関する研究でノーベル賞を獲ることになりますが、受賞スピーチで二人のスウェーデン化学者の貢献について述懐しています。

 

isotope_2.jpg“同位体”の祖 写真は文献より引用

Soddyは同位体がなぜ化学的に同じ振る舞いをするのかについて、外側は同一であるが、内側が異なるからと述べています。現在では自明となっていますが、原子の化学的性質は外側の電子が主に関係しており、内側の原子核にある陽子、中性子はあまり関係ないことを示したのです。それでも様々な議論はあったようですが、Georg HevesyとFriedrich Panethは鉛の同位体が電気化学的実験において全く同じ振る舞いをすることを示しました。

isotope_3.jpg核図表の前で佇むGlenn Seaborg 写真は文献より引用

現在では3000あまりの同位体が知られており、あと3-4千はあるのではないかと言われています。理研のこちらのページではそれらの同位体を図にしたもの、核図表のポスターをダウンロードすることができます。また、IAEAのページではインタラクティブな核図表があります。

isotope_1.jpg先日のサイエンスアゴラにおける日本原子力研究開発機構が出展していたブロックで作る核図表

教科書には同位体間に化学的な差はないと書かれていますが、果たしてそうでしょうか?1932年にUreyは重水素を発見し、1Hとは化学的性質が異なることを見出しています。さすがに質量数が倍ですからね。違いはあっても不思議ではありません。これは特殊なケースということで目をつぶりましょうか。 では化学者にとって同位体とはどんな関わりがあるでしょうか。まずは同位体間の化学的差異を見つけるというのもいいでしょう。もっと身近には同位体が化学的にほとんど変わらないことを利用した実験というのが考えられます。速度論的同位体効果は化学反応を理解するためにはなくてはならないものになっています。また、化学のみならず同位体は地球や火星の歴史までも紐解いてくれたりもします。 100年近く化学者は同位体についてあまり考えてこなかったようにも思えます。周期表を見れば原子量が載っていますが、これは地球上の同位体比が反映されたもので、決して定数ではありません。新しい、より精度の高い測定法が開発される度、ちょくちょく原子量は変わっています。より精度を上げることで何か見えてくるものもあることでしょう。 では現代の化学者にとって同位体とはなんでしょう?次の100年においてどんな位置づけになるでしょうか?化学的に興味深い、活発な研究領域、あるいは不可欠なツールとなるでしょうか? 答えはあなたがどんな化学者なのかにかかっているのかもしれません。 ちなみにタイトル図は米国マイナーリーグのthe Albuquerque Isotopesのロゴに核図表をマージさせて作成しました。アルバカーキと言えばロスアラモス研究所なども近いですので面白い命名ですね。こちらに命名の経緯があります。

 

関連文献

[1] Stromholm, D. & Svedberg. T. Z. Anorg. Chem. 63, 197-206 (1909).

[2] Thomson, J. J. Proc. R. Soc. Lond. A 89, 1-20 (1913).

[3] Soddy, F. W. Nature 92, 399-400 (1913).

関連書籍

ペリプラノン

投稿者の記事一覧

有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

関連記事

  1. 【第48回有機金属化学セミナー】講習会:ものづくりに使える触媒反…
  2. 第41回ケムステVシンポ「デジタル化社会における化学研究の多様性…
  3. Org. Proc. Res. Devのススメ
  4. MRS Fall Meeting 2012に来ています
  5. 研究者へのインタビュー
  6. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑧:ネオジム磁…
  7. MEDCHEM NEWS 32-4 号「創薬の将来ビジョン」
  8. “follow”は便利!

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. がん治療にカレー成分-東北大サイエンスカフェ
  2. 固体なのに動くシャトリング分子
  3. 企業の組織と各部署の役割
  4. 「つける」と「はがす」の新技術|分子接合と表面制御 R3
  5. 「二酸化炭素の資源化」を実現する新たな反応系をデザイン
  6. 第97回―「イメージング・センシングに応用可能な炭素材料の開発」Julie MacPherson教授
  7. 危険物データベース:第5類(自己反応性物質)
  8. 花王の多彩な研究成果・研究支援が発表
  9. 東レ先端材料シンポジウム2011に行ってきました
  10. 化学系スタートアップ2社の代表が語る、事業の未来〜業界の可能性と働き方のリアルとは〜

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年12月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功

第583回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室の狩野見 …

\脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケミカルリサイクル・金属製錬プロセスのご紹介

※本セミナーは、技術者および事業担当者向けです。脱炭素化と省エネに貢献するモノづくり技術の一つと…

【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る

概要米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い,変えてきたのか ……

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所

細胞代謝研究をテーマに第一線でご活躍されている先生方をお招きし、同仁化学研究所主催の学術セミナーを全…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2023/12/06 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御

第582回のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究…

有機合成化学協会誌2023年11月号:英文特別号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年11月号がオンライン公開されています。…

高懸濁試料のろ過に最適なGFXシリンジフィルターを試してみた

久々の、試してみたシリーズ。今回試したのはアドビオン・インターチム・サイエンティフィ…

細胞内で酵素のようにヒストンを修飾する化学触媒の開発

第581回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP