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スポットライトリサーチ

硫黄配位子に安定化されたカルボンの合成

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第18回目となるスポットライトリサーチは、日本大学大学院生産工学研究科応用分子化学専攻(藤井研究室)・ 諸崎 友人さんにお願いしました。12月に開催された有機典型元素化学討論会にて優秀講演賞を受賞された契機に、今回紹介させて頂くことになりました。

諸崎さんの研究テーマは、有機化学の主役「炭素」の新しい電子状態についての研究です。筆者自身、今回お話に出る「カルボン」という化学種が丁寧に調べられていることを不勉強ながら初めて知ったのですが、人間の想像力とそれを現実のものにする取り組みの凄さに改めて感じ入っております。

研究室を主催される藤井 孝宜 教授は、諸崎さんをこう評しておられます。

カルボンに関するテーマは、炭素の新しい電子状態に関する難しい研究であるため、任せられる学部生がなかなかいませんでした。そんな中、諸崎君が学部4年生として配属されたときに、諸崎君なら何かやってくれるかもしれないと思い、カルボンのテーマを任せることにしました。4年生の頃は結果が出ずに苦労していたようですが、修士課程の間に自力でカルボンの不安定性の解決法を見出し、目的化合物の合成、単離に成功しました。それをきっかけとしてか、決まっていた就職を辞退し、研究室で初めての博士課程学生となってくれました。現在、平成27年度学術振興会特別研究員 (DC2) に採択され、研究室を引っ張る学生として活躍しています。

苦労した研究であればあるほど、壁を乗り越えたときに一挙に報われた気になるものです。そんな良い経験をされ、ラボのリーダー的立場となった諸崎さんに、受賞研究についてお話を伺いました。

それではご覧ください!

Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

「硫黄配位子に安定化されたカルボン (Carbone) の合成と電子供与能のチューニング」です。

カルボンは、2つの電子供与性配位子 (L) と、それらに配位された0価炭素から構成される化合物群の総称であり、中心炭素の4つの価電子は、2組の直交する s 性および p 性のローンペアとして存在します (図1)。この電子特性からカルボンは、4電子供与性の配位子として利用可能です。またカルボンは、L→C←Lのような“炭素錯体”と表記できることから、配位子を変化させることでカルボン炭素の電子供与能をチューニングできることが考えられます。しかし、硫黄配位子に安定化されたカルボンについての知見は、これまでにほとんど報告されていません。

そこで本研究では、硫黄配位子を有するカルボンの合成を行い、それらカルボンの中心炭素が4電子供与性の配位子として振舞うことを実証しました。さらに、低価数の硫黄配位子の導入により、中心炭素の電子供与能が向上することを見出しています (図2)。この結果は、カルボンが、一般的な金属錯体と同様に、配位子を変化させることで中心炭素の特性が変化することを裏付けています。

 

sr_T_Morosaki_3

図1 カルボンの電子構造とビス(イミノスルファン)カーボン(0)の分子構造および電子特性

 

sr_T_Morosaki_2

図2 合成したカルボンの電子供与能

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

我々の研究室では、配位子を変化させることによるカルボン炭素の電子供与能のチューニング法は見出していたのですが、その定量性について実験的な裏付けが必要であったため、サイクリックボルタンメトリー (CV) 測定による評価が必要でした。この際、京都大学化学研究所時任研究室の方々にご協力いただくことができました。CV測定に限らず多くのことを教えていただき、非常に良い経験となりました。また、学会でも多くの方々にアドバイスしていただき、多くの気づきを与えていただきました。この研究結果は、自分だけでは到底成し得なかった成果であり、指導教授、共同研究者ならびにディスカッションしていただいた皆様方に非常に感謝しています。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

2つの2価硫黄配位子を有するカルボンを合成する際に、求電子性の2価硫黄配位子の合成等価体が無かったことです。最適となると考えられた超原子価硫黄化合物を用いて反応を行っていたのですが、目的化合物が全く得られませんでした。この時、別の反応系でメチル化反応を行っていたときに、偶然、4価硫黄が2価硫黄になることを見つけました。この時、化合物がほとんど溶けない溶媒を用いていたため、局所的に試薬が過剰量になっているのだろうなと感じていました。その気づきがあったおかげで、無溶媒下という条件にたどり着くことができました。反応系内のイメージというのがとても大切であると実感させられました。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

硫黄配位子を含む一連のカルボンに関する知見は、炭素が金属錯体の中心元素であるという新たな概念を取り入れることで得られたものです。今後も様々な分野の知識や考え方をどんどん取り入れながら、新しいだけではない、有用な機能を持つ化合物を作り出していきたいと思っています。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私は、気づきをもとにしてよく考えることが大切だと思っています。実験を行っている際の小さな発見でも良いですし、先生方、同期や共同研究者の方々とディスカッションすることによる、気づきでも良いと思います。重要なのは、それらの気づきと、自分の培った知識を組み合わせ、じっくり腰を据えて考えることだと思います。そうすることで新たな化合物の作り方や、それら化合物の性質を合理的に説明できる理論が生まれてくると思います。

自分の行っている研究に関する知見と、気づきを統合して考えることは、現時点で最先端を走っているその人にしかできないことだと思います。みなさんもじっくり考える時間を作って、研究をどんどん前進させていきましょう!

 

参考文献

  1. Morosaki, T.;  Suzuki, W.;  Wang, W.; Nagase, S.; Fujii, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 9569–9571. DOI: 10.1002/anie.201404795
  2. Morosaki, T.;  Wang, W.; Nagase, S.; Fujii,  T. Chem. Eur. J. 2015, 21, 15405–15411. DOI: 10.1002/chem.201502166

 

研究者の略歴

sr_T_Morosaki_1諸崎 友人 (もろさき ともひと)

所属:日本大学大学院生産工学研究科応用分子化学専攻 藤井研究室(日本学術振興会特別研究員DC2)

テーマ:高周期典型元素に配位されたカルボンの系統的合成法と評価法の開発

経歴:1988年千葉県生まれ。2011年日本大学生産工学部応用分子化学科卒業、2011年同大学修士課程に進学、2013年同大学に進学。現在博士課程3年。2011年38回有機典型元素化学討論会ポスター賞、第39回有機典型元素化学討論会優秀講演賞、2015年第42回有機典型元素化学討論会優秀講演賞。

 

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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