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化学者のつぶやき

芳香族化合物のC–Hシリル化反応:第三の手法

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昨年、アルカリ金属触媒で進む炭素ー水素結合(C-H結合)の直接シリル化反応を紹介しました(記事:アルカリ金属触媒で進む直接シリル化反応)。遷移金属を用いなくとも、アルカリ金属(KOt-Bu)だけで進行するという、驚くべき報告でした。

ところが最近、理化学研究所の侯教授らによりそもそも金属を使わないC–Hシリル化が開発されたのです。

本記事では、近年報告されている代表的な直接シリル化反応をもう一度まとめながら、今回の

「第三の方法ホウ素触媒を用いた手法」 について紹介したいと思います。

 

第一の方法:遷移金属触媒を用いる手法

遷移金属触媒を用いた芳香環C–Hシリル化反応は、近年盛んに研究されていました[1]。様々な遷移金属によるシリル化反応が報告される中、2014年、米国カリフォルニア大学バークレー校のHartwig教授らはロジウム触媒によるC–Hシリル化反応を報告しています[2]

配位子としてL1、シリル化剤として(TMSO)2MeSiH、水素受容体としてシクロヘキセンを用いることで、芳香環の最も立体的に空いた位置でシリル化が進行します(図 1(a))。その後、彼らは新たにIr触媒によるC–Hシリル化反応も開発しています[3]。Rh触媒に比べて広い官能基許容性を有しており、ハロゲンを有する基質や芳香族ヘテロ環、さらには様々な医薬品にも適用可能です(図2 2(b))。

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図1. 遷移金属触媒を用いるC-Hシリル化反応

 

第二の手法:KOt-Buを用いた手法

2015年、米国カリフォルニア工科大学のStoltz教授およびGrubbs教授らはカリウムtert-ブトキシドによる芳香族ヘテロ環のC–Hシリル化反応を報告しました(過去記事:アルカリ金属触媒で進む直接シリル化反応[4]。触媒量のカリウムtert-ブトキシド存在下、N-メチルインドールに対しシリル化剤としてトリエチルシランを作用させることでインドールのC2位選択的にシリル化反応が進行します(図 2)。

本反応はラジカル機構で進行すると考えられており、電子豊富な芳香族ヘテロ環でシリル化が可能です。

 

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図2. カリウムtert-ブトキシドによる芳香族ヘテロ環のC–Hシリル化反応

 

第三の方法:ホウ素触媒を用いた手法

ごく最近Houらはトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランB(C6F5)3を用いヒドロシランを活性化することで、上述した第一、第二の手法と異なる第三の形式で進行するC–Hシリル化反応を報告しました[6]

トリス(ペンタフルオロフェニル)ボランB(C6F5)3について

空軌道をもつ三置換ホウ素化合物は高いルイス酸性を示す。中でもトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランは、ヒドロシランと特異な複合体Xを形成することが知られています(図3)[5]。つまり、トリス(ペンタフルオロフェニル)ボランはヒドロシランのケイ素–水素結合と相互作用し、水素がホウ素に配位した複合体Xを形成します。この際生じるカチオン性シリル種を利用し、これまでに様々なシリル化反応が報告されてきました[5]。例えば複合体Xに対しアルコールを作用させると、水素の発生を伴ってアルコールのシリル保護が可能となります[5(a)]

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図3 水素がホウ素に配位した複合体Xを形成

 

著者らはこのホウ素化合物をつかって新たなシリル化反応の開発を行いました。その結果、N,N-ジメチルアニリンに対し触媒量のトリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン存在下、ジフェニルシランを作用させることでパラ位選択的にシリル化が進行することを見出しました(図 4)。

 

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図4. ホウ素触媒を用いた芳香環のパラ位選択的直接シリル化

[想定反応機構]

想定反応機構を以下の通り(図5)。はじめにB(C6F5)3に対してヒドロシランを作用させることで前述したカチオン性シリル種Aが生成します。この活性化されたAに対してN,N-ジメチルアニリンがパラ位で付加し、Bを経由したのち水素分子の脱離を伴ってB(C6F5)3が再生し、触媒サイクルが完結します。

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図5. 想定反応機構

[本反応の特徴]

本反応はN,N-ジメチルアニリン誘導体のパラ位選択的に進行し、多様なアニリン誘導体に適用することが可能です。

シリル化剤としては様々なヒドロシランを用いることができ、クロロヒドロシランを用いた際には檜山カップリングに応用可能なヘテロ原子置換ケイ素化合物に誘導することも可能です(図6)。また基質としてN-メチルインドールを用いた際には最もFriedel–Crafts反応がしやすいC3位ではなくC5位で反応が進行する点も非常に興味深いと思います。

 

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図 6. ヘテロ原子置換ケイ素化合物に誘導

 

 

まとめ

今回HouらはB(C6F5)3によるヒドロシランの活性化を鍵とした第三の芳香環C–Hシリル化反応を開発しました。ただし、金属がいらないのならば、第一、第二の方法にとってかわるのか?といえば、それは難しいです。多様なシリル化剤が適用可能である一方、基質がN,N-ジメチルアニリン誘導体に限られるといった問題点をもっているからです。やはり遷移金属を用いた場合が、もっとも様々な化合物をシリル化することができます。

しかし、C–Hシリル化反応においてカチオン性シリル種を経由する数少ない報告で、本研究は芳香環へのシリル基の導入に新たな選択肢を与えたと言えるでしょう。

 

参考文献

  1. Cheng, C.; Hartwig, J. F. Chem. Rev. 2015, 115, 8946. DOI: 10.1021/cr5006414
  2. Cheng, C.; Hartwig, J. F. Science 2014, 136, 12064. DOI: 10.1021/ja505844k
  3. Cheng, C.; Hartwig, J. F. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 592. DOI: 10.1021/ja505844k
  4. Toutov, A. A.; Liu, W. B.; Betz, K. N.; Fedorov, A.; Stoltz, B. M.; Grubbs, R. H. Nature 2015, 518, 80. Di: 10.1038/nature14126
  5. (a) Blackwell, J. M.; Foster, K. L.; Beck, V. H.; Piers, W. E. J. Org. Chem. 1999, 64, 4887. DOI: 10.1021/jo9903003(b) Parks, D. J.; Blackwell, M.; Piers, W. E. J. Org. Chem. 2000, 65, 3090. DOI: 10.1021/jo991828a (c) Piers, W. E.; Marwitz, A. J. V.; Mercier, L. G. Inorg. Chem. 2011, 50, 12252. DOI: 10.1021/ic2006474 (d) Houghton, A. Y.; Hurmalainen, J.; Mansikkamaki, A.; Piers, W. E.; Tuononen, H. M. Nat. Chem. 2014, 6, 983. DOI: 10.1038/nchem.2063
  6. Ma, Y.;  Wang, B.; Zhang, L.; Hou, Z. J. Am. Chem. Soc.2016, 138, 3663. DOI:10.1021/jacs.6b01349

bona

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